cB2k00XX


 アイザック4番・西通路1番・中継3番。
 比較的低い地下天井には、地上からの太陽光を伝えた集光照明がそこを地上のように照らしていた。しかし天井から逆にそびえる建物や、あちこちの壁に根付く巨大なコードが目につき、地上と同じと誰一人思う事はない。それ以前に地上など存在しないも同じだが。そしてなにより、今この空間でふたつの巨体が激しく争っていた。資源不足を解消するための汎用兵器。何と惨めな事か。
 一方は鳥の脚を持つ緑色、名はフォクシーレディ。もう一方は太い二本脚の黒、名はプロテウス。事はクロームと呼ばれる企業体がレイヴンを使って通路を封鎖したのが始まり。それに対してもうひとつの企業体ムラクモも手を打った。その程度の話だ。両方ともその意図など知らないだろう。
 このふたつの機械はレイヴンと呼ばれる傭兵が動かしている。それぞれ偽名を使い、失われた人権と引き換えに自由を手に入れた。人間というものは人間を辞めて初めて自由になれるものらしい。しかし、傭兵同士が退治した時、自由を巡る戦いが始まる。
 それは人間の歴史と笑いたくなるほど同じだ。
 フォクシーレディは強力なジャンプ力を活かし、立体的な攻撃でプロテウスを圧倒していた。しかし厚い装甲に対してライフルはあまりに無力にも思えた。一方プロテウスの両腕となっているグレネードキャノンに一度でも捕まれば、比較して装甲の薄いフォクシーレディの勝機は遠退く。彼女の中で傭兵、ラインが呻いた。
「クソッタレ、装甲に物言わせやがってそれでも傭兵かよ。どうせアリーナで稼いだ小銭で作った機体なんだろ。ヘタクソ過ぎて動きが読めねぇよガキが」
 汚い言葉とともにフォクシーレディは無理矢理空中で機動を変えられ、無理な機動にブースターで両脚が焼けた。それに構わず左腕から光の剣を伸ばし、アクロバティックな一撃を頭部に叩きつけた。ACの特殊装甲も唯一の対AC武装であるブレードの前には効果無く、出力にしたがって焼けた頭部は液化した金属を撒き散らしながら脱落した。冷却油が血のように噴出するも、それはすぐに収まり、システム管理は頭部からコアに移される。能力の低下は覚悟しなければならない。
 プロテウスの主、キーンは動揺を隠せない。頭部を破壊された事など初めてた。もちろんシステムがコアに移行する事は知っていたし、分かっていたが、現実にそれが起こるとまるで世界が変わったかのようだった。モニターに移る世界の画質は一気に落ち、ACの挙動が酷くもたつく。これなら脚をやられたほうがまだマシだ! 弾丸を受けながら傭兵は毒づいた。
 元はと言えば依頼の文章内容のせいだ。戦闘など無いと言っていたではないか! しかしそれはただの八つ当たりに過ぎず、現実問題としてACが戦闘をしないという事は無い。もちろん劣勢なのは実力の差のせいだった。
『おいチビ野郎!(重量二脚は自重が重いため体高が低く、逆間接は実体高が高い)オメェの鈍間(のろま)っぷりには飽き飽きしてきたぜ。トリガー引いてる指も攣っちまいそうだ。どうよ? 素直に武器捨てて逃げちまえば命は助けてやるぜ』
 フォクシーレディから外部音声が響いた。おそらく地声だろう。つまりは、挑発だ。弱っている相手に更に焦れと急かしているのだ。もちろん生かす気など無い。レイヴンとレイヴンは会ったその瞬間から両者を殺し合う本能を持つ。習性と言っても良いだろう。その両者の間に交わるのは弾丸とビームと罵倒。そして時折、金。
 その程度の存在だ。
『うっせえ狐野郎!』
 しかし傭兵は挑発に乗る。もともとレイヴンの多くは人間としての知能が低い。だからこそレイヴンなどという道を選ぶ。一方、生き残るのはレイヴンに相応しくない頭脳組が多い。当然だろう。ACに乗る以上、腕力など大した差になるはずもない。結局生き残るのはその知性を持って人類が生き残ったのと同じように、より優れた知性を持った者なのだ。
 重量二脚の巨体がプラズマを吐き出し、宙に舞った。制空権さえ奪えば火力と装甲の差で撃ち勝てる。もちろん、逆間接を相手にそんな事出来るはずもない。熱がその重量を必死に持ち上げている間に、細身のフォクシーレディはひと跳びで悠々とその頭上に舞い上がった。すでに頭など無いが。
 プロテウスが苦し紛れに両腕から砲弾を吐き出す。炸薬の炎をまとった砲弾は軽々と交わされ、複合コンクリートの天井で爆発を起こした。コンクリートの破片が弾丸のようにフォクシーレディを襲うが、むしろそれを利用し加速した。瞬く間に肉薄すると左腕から再び火柱を伸ばした。
 装甲が溶岩のように飛び散り、コアを庇った右腕を焼いた。その腕は辛うじて繋がっていたが、内部機構は全て焼かれ、装甲で繋がっている状態だった。その腕から砲弾を撒き散らしながら巨人が堕ちていく。素人が、落下分のエネルギーを計算に入れていなかったのだろう。しかし優秀なACのシステムは足からの着地を成功させた。アスファルトが津波のように波立ち、破裂する。
 残された左砲身から上空に砲弾を撃ち上げるが、それはまるで明後日の方向へ飛んで爆炎を巻き上げた。その前に鳥の足が頭部が失われた部分を踏みつけた。装甲は大きく窪み、ブースターが火を噴いたかと思うと爆発を起こした。燃料タンクに強い衝撃を受け、過燃焼を起こしたようだ。しばらくはブースターは使えまい。
『手詰まりだぜ、プロテウス!』
 コアの上で跳躍すると右肩のプラズマディスペンサーが起き上がり、それはいくつもの火球を吐き出した。その火球は実にゆっくりと弧を描き、装甲に付着、爆発を起こすと装甲を吹き飛ばした。遂に膝が折れ、プロテウスは倒れた。
「テメェ殺してやる!」
 瀕死と言えるプロテウスはそれでも抗うべく残された左砲身を持ち上げるが、キーンの意思に反しACはそこで沈黙した。トリガーが反応しない。ディスプレイには誤作動の文字が乱舞している。メインモニタには敵がACを跨ぎ、見下ろしている。現実の恐怖にも傭兵は狂いかけている精神を震わせた。もちろん、プロテウスの体は死んでしまっているので動くはずもない。
 対してラインはこの牡牛をどう料理しようかと献立を考えていた。まずは吹き飛ばしたヘッドポイントから背骨フレームを抜き出し、それをコアに突き立ててやろうか。それとも全身いたるところに弾丸を叩きつけて死の瞬間までその恐怖を刻み込んでやろうか。
 しかしそのコアを睨みつけて考えは変わった。
「D0ぉ?」
 XXL−D0。クローム製第3世代のコアシステム。フォクシーレディの搭載しているクローム製第2世代コアXCL−01に比べても、未だ値の張る高性能パーツだ。傭兵はそれを見て腹を立てた。
『弱ぇくせして高級品使いやがってクソッタレがぁ!』
 フォクシーレディは咆哮と共に右手からライフル銃を捨てると、マニピュレーターを使い装甲を剥ぎ取った。装甲自体は強固とは言え、所詮は取り付けられているものだ。破壊に対して、作業機械による破棄は簡単だった。
「畜生! なんのつもりだ!」
 叫んでいる間に2枚の装甲が剥がされ、コックピットが剥き出しとなった。更にはコックピットの蓋さえも剥がされ、ACの最も非力な部分が剥き出しとなった。
「この狐野郎!」
 愚かにもキーンはシートベルトを外すよりも、銃をとる事を選択した。右腿に取り付けていたホルスターから取り出されたのはパルス拳銃。対生物火器としては優秀だが、今回目の前にいるのは鉄の巨人だった。まるで鉄をライターであぶるように、ACに光が注がれると僅かに装甲が赤くなるだけで、とてもではないがその手を止める事は出来なかった。
 バッテリー切れを起こした銃に、予備バッテリーを取り付けようとしたが、焦った男にそれが出来るはずも無かった。右手から逃げ出した円柱状のバッテリーはシートの奥へ消えていった。代わりに巨大な手がたんぱく質の塊を捕まえる。キーンや、傭兵、レイヴン、人間などと呼ばれる物体をだ。シートベルトを引き千切り、巨人は獲物を巨大な一つ目の前で睨みつけた。
 傭兵は初めてACの光学カメラを間近に見た。いくつものカメラと照明がリング状に重なり合って巨大なひとつの目を作っている。光学カメラの放つ光は思ったよりも眩しい。
『どんな死に方が好みだ?』
 下品な声が傭兵のヘルメットを震動させた。全身に衝撃を受けるほど圧倒的な音量だ。
『回転ベッドの上で永眠が好きか?』
 マニピュレーターが回転を始めた。初めはせいぜい自動洗濯機、しかし3秒後には換気ファンのように回転していた。しかし肉に食い込むほどに握り締めた金属の指は人形を離さなかった。人間とはなんと脆いものだろう。内臓を口から、肛門から吐き出しながら生と死を幾度と無く往復する。何度も、何度も。そして心臓が肺に挟まれた時に、ようやく傭兵の時は止まった。無意味な21年の歳月は誰にも知られる事も無く闇の彼方へ消える。
 レイヴンという生物の死はその程度のものだ。



 アイザック4番、A3産業地区、クローム工場。
 薄暗い兵器工場に巨大な兵器が横倒しにされていた。とは言え既に各部分解されており、最も重要なコア部分には5人の技師が担当する事になった。ACパーツにおける修理とは、ブロックの組み立てに近い。コア思想によって生まれたACは、当然のように全てを修理する必要性を持たない。せいぜい使える部品を取り出す程度か。最も重要なのは回収によって簡単に直せるか否かの取捨選択であり、直る見込みの無い機械に力を浪費する事ではない。
 コアだけだと戦車か装甲車のように見えるそれのコックピット部分から技師の一人が黒い箱を手にして現れた。ACの状況を逐一記憶するログブロックだ。実際戦闘となるとこれが残っている例は少ないが、残っているとあれば整備も修理も簡単だ。
 それは戦闘の後の割には面白いほどに綺麗な形をしていた。最も傷がついていたであろう装甲が剥がされている他、後部がブースターで焼けているおり、頭部アタッチメントの破損。その気になれば回収作業に十数分もかかるまい。
「シリアルコード、小文字シー、大文字ビー、2、小文字ケイ、ゼロふたつ、大文字でエックス、エックス。バージョンはスペック2、だね」
 黒い鉛の箱には白い文字でcB2k00XXと書かれていた。大文字と小文字のアルファベットと数字の組み合わせで作られるシリアルコードはほぼ無限のパターンのコードを吐き出す。それは実際には個別の認識よりもコードの偽造を極力避けるのが目的だ。
「バージョン2? 最近出たばっかりじゃん。換えの在庫あんの?」
 技師の一人が軽口を叩く。しかし実際のところこれだけ原型を留めた状態であれば回収に関して苦をする事はあるまい。問題は彼の言うように新型用の代えがあるかどうかであった。
 更に一人が携帯電話を手に場を離れた。在庫の確認らしい。ログボックスを手にした男もそれを端末に接続して情報を閲覧している。関節一つの動きから、歩行によって足裏が探知したものまで記憶している。これ全ての目を通していれば人間の命など容易く枯れ果ててしまうだろう。もちろん駆動による消耗を除いたダメージ系に情報を絞り込めば、テキストにして百数十桁でどうにか形になる。
「乗ってたのはキーンってやつだね」
 別の技師がコアのシリアルコードからACとレイヴンを割り出した。AC、プロテウスと、レイヴンのキーン。南アイザックアリーナのサブファイターだ。アリーナはレイヴンの匿名性を奪う代わりに富と名声を与える。慎重な者ほどアリーナへの参戦は控え、愚かな者ほどアリーナを利用する。アリーナのファイターになった瞬間から、天敵はレイヴンから一般人に変わる。何せ殺しても罪に問われる事のない野良犬のような物。匿名性を失えばいつ殺されてもおかしくはない。若者の間では清掃作業員を名乗る、レイヴン狩りを行う殺人集団さえ存在する。殺人と言っても、人であるのは姿形だけ。書類上はレイヴン、人間という言葉は無い。性別さえも。
「キーンかあ。この間は稼がせてもらったよ」
「アリーナ?」
「そうそう。400ドル勝った」
「なんだよ、奢れよ」
「女で使った。コーヒーくらいなら奢るぞ」
「いらね」
 語られるとすればこの程度。箱庭の哀れな獣に感情移入する文明人は少ない。
「良い死に方だな。他のカラスどもにも見習ってもらいたいよ」
 技師の一人が勝手な事を口走るが、彼でなくとも他の誰かが言った事だろう。これが霊柩車だとすれば少しは敬意を払った者がいたかも知れない。だがどこの誰が使ったかも分からない銃に目を細める者はいない。
「装甲と頭ポイントとブースターポイントと、それだけ。システムとか細かいのはネスト任せで良いでしょ」
 ログボックスを参照していた技師が顔を上げた。その言葉に3人の技師は安堵の表情を作った。後は部品の在庫があれば、今日中に帰り、今日中に眠る事が出来るだろう。人間らしい生活だ。在庫もほどなくしてある事が分かった。届くのには一時間ほどかかったが。



 アイザック3番、B3業務地区、レイヴンズネスト公認ACガレージ、アルゴノーツ。
 男はフィルターだけになったタバコを足元に転がすと再び手すりから身を乗り出す。
 例えば他人のものが欲しくなる。それは人間ばかりではなくあらゆる動物の持つ習性だ。肉食動物は血や肉として、草食動物は縄張りとして。人間の場合、端的に欲望を満たすものなら何でもよく、レイヴンの場合もそれに準じる。
 ラインはようやく納入された新型コアが愛機に搭載され、緑色にされている事に上機嫌だった。いつもよりも2ドル高いタバコに火をつけるとそれを加えた口元を歪ませた。素晴らしい。
 XXL−D0。軽量ながら現行コアの中では最高の防御能力を持つ新型。反面ミサイル迎撃機銃の性能と装弾数に劣る。とは言えミサイルは自力で避ければ良いものだ。人間の歩兵を殺すのが面倒になるが、それもさして問題にはなるまい。
 具合を確かめるためとシステムの慣らしのために軽い仕事を入れてある。後1時間もすれば送迎の輸送車両が到着するはずだ。傭兵は夢想する。フォクシーレディが、否、それに乗る自分が何十というMTを破壊し、何千という人間を殺す様子を。考えるだけで背筋が振るえそうだ。とは言え今回の仕事はちょっとした破壊活動というやつだ。正確には陽動だが、事実関係の解釈は簡単な方が良い。無駄な事実背景は戦う時に邪魔になる。
 程なくしてガレージの大型エレベーターから何かの冗談かと思わせるほど巨大な輸送車が到着した。ACを同時に2機輸送できるサイズだ。まさか他のレイヴンと一緒に仕事をしろと言うのかとラインは不機嫌な顔をしたが、どうやら何かの都合らしい。
 コックピットに乗り込み、装甲に閉じ込められ外界から遮断される。同時にパワーが供給から自発に切り替わり、コックピット内が計器の光で緑色に染められた。情報ディスプレイにシステム情報が映し出され、OSマジェスティック144のシンボルが映し出された。傭兵は初めてのM144OSとシステム起動のため、念のためディスプレイに目を通す事にした。
シリアルコード・cB2k00XX
「ダブルゼロのダブルエックス。ツーペアとは幸先が良いな」
 ラインは口元を緩ませ、肺にまだ残っていた煙が口端からこぼれた。大気異常を察した生命維持機能が空気を正常するために機械音を発し始める。気にする事無く暇を潰すためにシステムを変更、チェスゲームを始めた。レベル2でもまだ勝てる気がしない。結局勝利する事の無いうちに到着した。
 アイザック4番、南通路9番、中継1番。
 不当な可戦闘車両の進入に、クロームのガード部隊は有無を言わさず攻撃を開始した。まずは歩兵が手持ちのライフル銃で攻撃を加えると、天井からは対装甲兵器用の機銃が現れた。そして同時に地下最強の兵器が現れる。名はフォクシーレディ。翼無き戦闘機は右腕を持ち上げライフル弾を天井の機銃に撃ち放った。対装甲弾丸の前に次々と爆発を起こし、炎を上げて脱落していった。
 さてどうすれば良い? レイヴンは自問する。
 ぶち壊せ。レイヴンは自答した。
 プラズマディスペンサーが火を噴き、歩兵を次々と吹き飛ばした。逃げ隠れる事など許さず、建物ごと炎に包み込んでいく。爆発地獄だ。即死できる分業火より優しいだろう。続けて手当たり次第に建物に対してプラズマの火球をぶつけた。強化ファイバーコンクリートが面白いように吹き飛び、溶けていった。
 ラインは笑いを堪えなかった。楽しい、とてつもなく楽しい。積み木を崩す子供は本能的に理解していたのだ。破壊は美しい。無限の運動が描く風景はとても綺麗だ。物を作り出すなど、破壊の前には児戯に等しいのだと。
 ブースターが甲高い音を立てて巨大な兵器を加速させた。アスファルトを削りながら中継都市を無法者が突き進む。無法者には力があった。悪を正当化する力だ。そしてその力を振るうのは無法を合法的に遂行できる者なのだ。
 中継都市は昼間の間だけ人で賑わう。アイザック自体、その規模に対して居住区画は少なく、午前と午後では人口密度が違うのだ。そして現在は午後2時。人々は賑わっていた。
 傭兵は笑いながらそれを見下していた。無力で、無価値で、無能な人間を。レイヴンという戦闘生物は圧倒的な優越感に任せそれらをその脚で踏み潰し、プラズマで吹き飛ばした。ACはその優越感に従い、文字通り手足となる。同時に感覚をラインに伝えた。敵だ。
 先制攻撃をブースターを切る事で回避し、反撃のライフルを叩きつけた。命中したのはビショップという量産のみを考えた初期型MTだった。相手になるはずもない。弾丸が着弾するたびに跳ねるように吹き飛び、遂には転倒して沈黙する。しかしその量産性からくる数は脅威そのものだ。遠隔操作のため死を恐れる事も無い。逆にそれが戦闘要員としては弱点とも言えるが。
 物量の差を目の前にしてフォクシーレディは一次後退する事にした。なに、目的は派手に暴れる事。まともにつきあう事はない。冷静に状況を見つめていても、レイヴンはシートの後ろから円柱状の何かが足元に転がってきた事には気付かなかった。
 比較的大きな建物に隠れると天井から機銃が現れた。対装甲弾丸が雨のように降り注ぐ。クソッタレと呟き、右のペダルを踏む、が十分に踏み込む事ができずにブースターは沈黙を続けた。
「んなぁ?」
 十分に踏み込めないのはすぐに分かった。甲高い出力音の変わりに異様な金属音がコックピット内に響く。しかしラインに足元に手を伸ばす余裕も無く、ただ何度もペダルを踏むしかなかった。弾丸に装甲が失われていく感触を味わいながら、何度も。
 そしてようやく変化が訪れた。ぼん、と音。同時に足元が照らされた。炎だ。男は叫んだ。炎の事もある。だがそれ以上に自分の右足がどこかに消えてしまった事に気付いたからだ。痛みは無い、感覚も、しかし同時に確かにそれは、無い。
 ACの生命維持機能に大気調整はあるが、消火となれば別問題であった。備え付けの小型消火器を自分の手で使うのだが、元々コックピットが燃えるなど想定されるはずも無く、火の手は確実に男を蝕んだ。
 たんぱく質も燃えやすい。すなわち、男はよく燃えた。実によく。皮肉にも生命維持による大気調節は火の回りを早くし、レイヴンの体内の酸素に引火した。炎はよく化け物に例えられるが、少なくともラインにとってはそうであっただろう。だがラインという言葉はすでにその意味を無くしていた。



 アイザック4番、A3産業地区、クローム工場。
 今日もそこにはコアが横たわっていた。5人の技師はもの珍しげな目でそれを見ている。すっかり炭化した人間のようなものの亡骸だ。耐圧服も含め見事に黒く、ヘルメットの向こうには白濁化した何かが見えた。
「おいおい見ろよ。これがほんとの目玉焼きじゃねーの?」
 一人が軽く口を開くと4人はしばらく間を置いて笑った。言葉と目の前の亡骸を何度も反芻し、そしてまた笑った。傑作だ。本当に目玉が焼けてやがる。
 技師達は3人がかりで作業の邪魔になるそれを取り除く事にした。笑いながら。シートベルトはすっかり脆くなっていたため取り外すのは簡単だった。それを取り除きコックピット内を見渡すと、流石に兵器と言うべきか。表面が焼けてはいるが変形は免れている。シートと液晶保護パネル、後は掃除をすればまだ使えるのではないか? ひとりがそう考えていると背中から再び笑い声が聞こえた。振り返ると仲間のひとりが死体と黒いボールを持っていた。いや、それはボールではないようだ。
「見ろよ! メット取ろうとしたら頭ごと取れちまった! サイコーだろ!?」
 彼はそれを自分の顔の横に並べ、
『おいテメェら。俺はレイヴンだ。テメェら全員ぶち殺してやる』
 一同は再び大笑いした。腹話術としては未熟極まりないが、そこにあるのが炭化した頭だと思うと腸が引き千切れそうだった。
「それの下はどうなってんだ?」
 ひとりが提案すると、残された者達も興味を示した。ほう下か、と。すると技師達は頭を放り投げ、すっかり固まった体に群がった。そしてまるでACを解体するように死体をばらばらにし始めた。腕を、脚を、腰を。面白いようにそれは崩れ、外れていった。
「なあ、右足が無いぞ」
 ひとりはもぎ取った右脚を眺めながら呟いた。しかしその言葉に誰も興味を示さなかった。足がなんだ。こっちは心臓だ、こっちは肺だ。足よりも楽しい玩具がたくさんある。だからそんな事は気にする必要さえなかった。
 一方、炭にまみれまるでそこだけ影が落ちきっているようなコックピットのシートはレイヴンのおかげで綺麗なものだった。更にその下はあらゆるものの影になった。そこに何かが転がっている。前回隠れていたものよりずっと大きいが、全体のスケールからすれば小さなものだ。
 シリアルコード・cB2k00XX。手抜き業者には気をつけよ。そういうお話。


 書いていくうちに割りと気に入ってきました。狂ってる方が良いですよね、地底人。傭兵にその関係者なんて普通の神経でやっていけるもんじゃないだろうし。レイヴンに人権が無いって設定は気に入ってます。やり放題だけどされ放題。そんなどっちが良いんだか普通の神経じゃ考えられない、狂う事を強要される存在。レイヴンはそうあるべきだと思ってます。
 ちなみにここに出てくる名称は全て映画関係です。ACの名前が出たらレイヴンの名前はその監督の名前。ただフォクシーは狐ではなく、4人の意味です。俺の勘違いではなく、意図して意味を変えているものだと思ってください。狐って表現は一度だけですけど。

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