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雲の下のスナイパー いコックピットの中、メインモニタに投影される緑掛かった外界は、妙に物寂しいものに思えます。 濁り無い空に浮かぶ月と雲は宇宙を感じさせてくれます。子供の頃は天文学者になるのが夢だった僕に、空に浮か んでいるのがオリオン座だと分かりました。 夢。もう、ずっと昔のように思えます。 3年前。僕はまだ15の少年で、今でもそうですが何も知りませんでした。ただ、普通の人達より僕は物を覚えるのが 得意だったようで、その年に大学を卒業する予定でした。普通に進学するよりも7年も早いのですが、僕にとってはどれ も聞いた傍から理解出来る内容でしたし、講師の方々も実に分かりやすく教えて下さいました。 卒業後は、そのままその大学で天文学者として木星の正体を探ろうか、それとも土星の輪がどのように出来たのか を研究してみようか、何をしようか、考えるだけでも楽しい日々。でも、いつものように電車で自宅に帰ろうとした時のア ナウンスを切欠に、全てが変わりました。 家族は母代わりに僕を育ててくれた姉さんだけでした。歳は3つしか違いませんが、毎日印刷所で働いて僕を養ってく れました。両親の事は記憶に無い僕にとっても、本当に親代わりと言えます。 ですが、その姉さんは上半身と下半身が切り離された状態で横たわっていました。周囲は炎に包まれた廃墟。姉さん の身体を切り刻んだと思われるものがそこにありました。 それは薬莢。単なる薬莢。でもそれは赤く後を引き、転がっており、その先には姉さんがいました。 そして後日、街に設置されていた監視カメラから、この惨劇はACがもたらした物だと分かりました。蟲のような、蟹の ようなシルエットの巨大な機械が、正に街を踏み潰し、破壊の限りを尽くしています。その迎撃に向かったのは、巨大な 盾と大砲を担いだ巨人。ですが、あまりに無力でした。鋏の如き巨大な腕から吐き出される光弾にその盾は効果を示さ ず、次々と倒れていったのです。 翌日、僕は衝撃を受けても嫌に冷静でした。記憶力には自信があるため、映像で見たACの姿からそのACの所有 者、レイヴンが何者かは調べればすぐに分かりました。そして同時に、レイヴンという存在に対する復讐の方法が少な いという事も、同時に知りました。ほぼ本当のプロフィールは隠蔽されているレイヴンに出会う事など殆ど不可能であ り、出来たとして顔が分からなければ殺す事も出来ません。 そう、復讐。僕はそれを誓いました。少しでも姉のためになるかと進んだ道でしたが、今となっては無意味です。残っ ている選択肢は、自然と限られていました。 唯一分かっているのは名前とACの姿。いいえ、名前だけでも十分です。ACの姿は常に変動するもの。ですがレイヴ ンの名前だけは変わらないはずです。だから、ACを破壊すれば、自然とそのレイヴンも殺す事が出来るはず。 そしてそれが個人の力で出来るのはACに乗る事が許されるレイヴンであり、それになろうと決意したのも自然の流 れかも知れません。 どういうわけか、僕はACの操縦が人並み外れて得意だったようです。元々機械の扱いは得意で、免許はありません が車の運転も姉の教えだけで手馴れてしまいました。レイヴンになるための試験でもその機体性能もありますが何機 にもなるMTを薙ぎ払い、その後も依頼の一つも落とす事無く時を待ちました。 アリーナに赴く事はありません。命を奪う事が出来ませんから。それにアリーナに顔を出していないのはあちらも同 じ。全くの無駄足です。 およそ一年が経ちました。初めの内は安定しなかったアセンブルも次第に落ち着き。その頃にはすでにある一つの 目的を持った姿をしていました。それは何よりも遠くを見透かす術と何よりも遠くを撃ち抜く術。この二つを持ち合わせ た形。ACは兵器でありながら機能美一辺倒では説明し切れない美しさを持っていると、時折思います。いくら考察して も見出せない人型の有効性を、しかしACは一騎当千の戦略戦闘機として世界の戦況に変化をもたらす戦力を保有し ています。先の管理者は僕などとは比較にならないほどの英知を持っていたのでしょう。今となっては昔語りに過ぎま せんが、その落し子であるACは未だ世界を支配しています。 その日も僕は依頼を探し、端末に向き合っていました。あの頃の日々は嘘のように、今ではレイヴンとして定着した日 常。戦場に赴く事に慣れてしまった自分に驚き、同時にそんな自分にも冷めてしまった気がします。ですが、その日は 僕の待ちに待った日でした。 目に留まった依頼は、今夜ACの襲撃を皮切りとした他企業の侵攻を妨害すると言うものでした。つまり、初めのAC を破壊しろという内容です。ACの高火力による先制攻撃で疲弊した防衛戦力を本隊が押し切るのが目的でしょうか ら、ACが何も出来ずに行動不能に陥れば作戦は失敗のはずです。単体の迎撃。僕の最も得意とするミッション。 その日も今日のように空に月と雲が浮かんでいました。AC、インビジブルは極力その姿を外部に漏らさぬように最小 の状態で敵を待っていました。遥か遠方の獲物を探るべく、レーダーだけはその能力を最大限に機能させています。A Cはおろか、下手な戦略兵器をも圧倒する探索能力を有するこのレーダーにより、僕はまず先制攻撃を受ける心配が ありません。そして果ては、この姿を晒さぬまま敵を撃破するのも十分可能でした。 レーダーが赤い点を示し、僕に敵の存在を知らせます。とは言え遥か遠方。僕はその場を動かず、右腕に装備され たスナイパーライフルに連動する高性能光学スコープによって鷹の目を借りるように敵の姿を捉えます。するとどうでし ょう。その姿は姉を殺したACに似ていました。ところどころ微妙に違いますが、次にACの姿を認識したインビジブルが 告げたそれの名前はまさに待ち侘びたものだったのです。 武装をレーザーキャノンに変え、FCSは使いません。こちらの存在が知られてしまいます。 僕は冷静に、時を待ちました。待ちに待った復讐の時も、理性を失う事も無く、常に頭には計算が巡り、まるで復讐な どどうでも良いように、僕は。 ACがその動きを変えました。前もって設置していたダミーに反応してそちらへ向かっているのでしょう。僕が待ってい たのはその時でした。 狙いは重装甲に守られたACの中では最も薄い、後頭部から側頭部。メインモニタに投影されるガイドラインをそこへ 向け、アンテナ状のそれを狙い、トリガーを引きました。 見事に光がその頭部を撃ち抜きました。いくらACとは言え頭部を失ってはその性能は大きく落ちます。いつもならば これで終わるのですが、今回はそうはいきません。 復讐。 その言葉が頭を掠め、僕は頭の中が弾けたように、インビジブルを動かしていました。頭部を失い、再起動状態の内 に接近しました。そして、全火力を駆使し、その欠片一つ残さないように、トリガーを引き続けました。 2年が経ちました。今日は僕の誕生日で、姉さんと同い年になってしまいました。復讐を終えても、レイヴンのまま。 僕は罪深い人間です。今更日常には戻れません。ですから僕は死ぬまでレイヴンでいる事にしました。復讐をしようと する方がいるのならそれを受け入れ、戦場での力足らずで死ぬのならばそれも良しと受け入れようと。 ですが、僕はレイヴンには若過ぎるようで、一目でそうだとは認識出来ないそうです。それに、復讐したくとも僕の顔は レイヴンである僕とは別に管理されており、まず、知る事は出来ません。そしてまた、戦場においても一度たりとも危機 を感じた事は無かったのです。 僕は死を求めながら、それとは最も遠い場所にいるような気がします。例えそれが戦場でも、物理的な意味でも遠く、 精神的な意味でさえも。例え近距離戦闘になろうとも僕は冷静で、常にその場を切り抜けるのです。 奇しくも今日の依頼はあの時と似たようなものでした。それだけ似たような侵攻作戦が幾度と無く繰り広げられている と言う事なのでしょう。曲線を描く地平線の彼方、僕は今を思います。 レーダーに反応がありました。やや左方向。オーバードブーストを使った急加速から、余力を利用した慣性移動に移 っているようです。速度から見て中量級でしょうか。インビジブルをやや後退させ、未然に余裕を作ります。 通常レベルのレーダーを搭載しているのならそろそろダミーを察知する頃合でしょう。僕は慣れた手つきでスナイパー ライフルの光学スコープにその視界を同調させ、遠方を望みます。するとそこには予想通りの中量級、中量二脚ACが 断続的に推進光は迸らせながらこちらへ向かおうとするのが確認出来ました。 そして僕は驚くのです。その姿を確認し、インビジブルが伝えるその名は、ムゲン。かの誉れ高いアリーナのトップ、メ ビウスリングが乗るACではありませんか。ダミーなどには目もくれず、まっすぐにこちらを見据えています。 期待を持ちました。僕を死に向かわせてくれるのではないかと。 ですが、僕は何もせずに死ぬ気はありません。すでにこちらの存在は悟られていると仮定し、後退しながらスナイパ ーライフルで狙撃します。さすがに遠すぎるのか、中々当たってはくれません。 次第にブースター出力の差が現れ、その距離は詰められていきます。迎撃能力には劣るインビジブル。その追撃を 止める事が出来ません。ですが、不思議と死の予感はありませんでした。どこか、冷めた部分が自分の中にあり、そこ から冷たい血液が流れ込んでいるようです。 砲弾がすぐ間近で炸裂し、爆風に巻き込まれ砂塵と共にインビジブルは吹き飛びました。コックピット内は慣性が緩 和されるとは言えそれでも全身が容赦無く揺さぶられます。 ムゲンはその砲身を動きの止まっているこちらに向けます。黒く陰る砲口の向こうには姉さんのいる雲の向こうに繋 がっているのでしょうか。はたまた罪人を罰する地獄の門か。この砲弾が発射された時、それを確かめる事が出来るで しょう。ですが、冷めた部分は冷静のその時を計り、僕に命令を下しました。 瞬間、大気を切り裂いた砲弾が目標であったインビジブルから反れ、遠方に着弾しました。 ステルスシステムを作動させたのです。彼には一瞬インビジブルが消えたように思えたでしょう。これは発射の瞬間に 合わせる必要がありました。作動させた後に、しばらくの感覚があればロックの必要無しでも十分動かぬ獲物を狩る事 が出来たでしょう。しかし瞬間なら、もはや考える余地も無かったでしょう。 そのままインビジブルにレーザーキャノンの発射体制をとらせ、頭部を狙います。この距離ではかわせないでしょう。 砲弾の装填は間に合いません。ミサイルは今のインビジブルに対して無力ですし、レーザー程度なら耐えてくれるでしょ う。 発射。迸る光線は、頭部を庇った右腕を吹き飛ばしました。更にもう一回。コアの装甲を蒸発させます。 装填が完了する頃合です。ステルスの効果も切れていますし、インビジブルを後退させ、次の瞬間に砲弾が空を掠め ました。 再びステルスを作動させます。翼のようなECM発信装置が光を発し、メインモニタを僅かに紫色に脚色します。 ならばと彼はブレードを振るおうと光を発しました。それをライフル、ハンドガン、イクシードオービットの放つ弾丸の雨 が出迎えます。もちろん、剣と成す光は回避し、距離を離しつつ追撃を加えます。 それは深刻なダメージだったのでしょうか。下がるインビジブルを追おうとはせず、ムゲンも後退します。ミサイルの攻 撃でしょうか。しかしそうなれば再びステルスを発動させ、グレネードランチャーとブレードだけの実に予測しやすい攻撃 の相手をすれば良いだけです。 さて、どうでるか、とこちらも後退しながら様子を見ているとムゲンはあろう事か背を向け、オーバードブーストの急加 速により戦場から姿を消したのです。 再び訪れた静寂に、僕は空しさを覚えました。アリーナと言う、箱庭の戦場とは言え、彼は最強の存在のはずなので す。しかし、彼は僕を倒す事も、殺す事も出来ませんでした。なら、誰が僕を殺す事が出来ると言うのでしょう。 雲の上の姉さん。罪深き僕は、まだしばらくあなたの所にはいけそうにありません。ただ雲の下で、その時を待ち続け るしかないようです。 ブレイヴ・オブ・キングと同じ天輪さんに投稿した小説です。 コンセプトは罪無き罪。復讐する相手を失った復讐者のする事。 デュライと違ってすっげえ書きにくい。むう。 その他小説トップへ |