アーマード・コア ブレイヴ・オブ・キング いるのだ。突然の侵略者、エイリアンから。 突如現れたエイリアンは巨大な宇宙船によって世界中の主な軍事基地を一瞬にして殲滅し、今は人間狩を楽しむか のように小型の円盤によって破壊活動を行っていた。小型といってもそれから発射される緑色のビームは高層ビルを 一瞬で粉砕してしまう威力を持っている。もはや人類に打つ手は無かったのだ。 正義少年は今にも倒れそうになっている巨大なビルを見つけた。 あれには近づかない方が良いだろう。 そう思い遠回りしようとした時だった。 そのビルの中に怯えて動こうとしない子犬がいたのだ。ビルは今でも悲鳴を上げている。それどころか遠めにも分か るほど巨大な亀裂をあちこちに刻み始めているのだ。 正義少年は迷わず駆け出していた。そして三年前に殉職した警察官であった父親の言葉を思い出していた。 正義。誰かが助けを必要としていた時は助けてあげなさい。 自分のためでなく、他人のために戦えるという事は、すごくかっこいいことだと思うだろ? 正義少年は子犬を抱きかかえ、すぐさまビルから出ようとした。しかし、もう少しのところで天井から巨大なコンクリート の塊が落下してきたのだ! 「うわぁーーーーーーー!」 少年は眼を瞑り叫んだ。 もう終わりだ。せめてこの子犬だけでも助けたかったけど。ごめん父さん。俺には何もできなかったよ。 コンクリートの砕ける大轟音。正義少年は死を覚悟した。 しかし、いつまで経っても死ぬどころか痛みすら無い。正義少年がゆっくりと目を開けると、そこには巨大な“手”があ り、正義少年達をコンクリートから守っていた。 気付けば自分のポケットで何かが眩い光を発していた。取り出してみるとそれはいつも大事にしているメモリーカード だった。しかし、何故これが。 『早く立つんだ! 正義君!』 その手が叫んだ。いや、正確にはその手ではない。その手の持ち主である巨人だった。 「AC!?」 正義少年は見上げた光景に思わず叫んでいた。 ACとは彼が毎日しているゲームに登場する巨大な人型兵器の略称だ。そして全身で黒光りする緑色の装甲。淡く光 を発する赤い光学カメラは正しく彼の愛機の姿だったのだ! しかし、ACはあくまでゲームの中の存在に過ぎない。だというのになぜ。 しかし正義少年はその巨人の言う通り立ち上がると素早くそこから離れた。するとその巨大な手はどけられ、コンクリ ートがバラバラと崩れ落ちた。 改めて見上げるとビルほどではないが、人の形をしているだけとてつもなく巨大に見えた。それはゆっくりと膝を突くと 優しく正義少年は見下ろしていた。 『君が、正義君だね?』 ACがそう、問い掛けてきたその時だった。 直径10メートルはあろうかという円盤が次々と現れたのだ! 「エイリアン!」 少年は叫んだ。憎むべき敵だ。 『あれがエイリアンか……!』 ACはそう言うと両腕を持ち上げ、そこに搭載されたロケットランチャーからロケット弾を次々と打ち出した! ロケット 弾が着弾して円盤は次々と爆発する。何という攻撃能力だ! しかし残った円盤が緑色の光線を発射した! この攻撃にはさすがのACも無傷というわけにもいくまい。 ACは正義少年と子犬を右手で拾い上げ、その光線から逃れた。そしてそのまま左肩から巨大な何かを持ち上げる と、そこから白煙と共にミサイルが発射された! それはしばらく円盤を追いかけると突然炸裂し、爆弾を撒き散らした。これは避けられない! 円盤は爆発し、地上に 吸い込まれていった。 もう、円盤の姿は無い。少なくともこの近くには。 「ありがとう」 正義少年はACの手の中で“彼”にお礼を言った。しかしこの感謝の気持ちはそう簡単に言い表せるものではない。 『ありがとうと言いたいのは僕の方さ』 しかし“彼”はそう言う。しかし当然正義少年には何を言っているのか分からない。 『君の愛と正義と友情の心が僕をこの世界に解き放ってくれた。おかげで僕は君のため、その子犬のために戦う事が 出来た』 まるで父親の言葉のようだった。 「じゃあ、俺と一緒に戦ってくれる?」 『もちろんさ! 地球の平和を取り戻すため、一緒に戦おう!』 「わんっ!」 “彼”はそう言って彼らを手に乗せたまま歩き出した。そこはとても高い。まるで自分がACになったようだ。 しかし、いつの間にか再び円盤が姿を現した。しかも、空を覆い尽くさんばかりに今度はとてつもなく大きい。しかし、 それはこのACという存在を恐れているかのようだ。 「そう言えば、お前、名前は?」 これから行なわれるであろう戦いを前にして正義少年は“彼”に尋ねた。 『ふふふ。君がつけてくれた最高の名前があるじゃないか』 しかし“彼”は不適に笑うと正義少年に問い返した。それを聞くと正義少年は今までで最高の笑顔を見せた! 『そう! 僕の名前はエーシーキングだ!』 正義(まさよし)少年はエーシーキングのコックピットの中で巨大な円盤が重量に従って落下いていくのを“彼”の目を通 して見ていた。煙を吐き出しながら遥か遠方に消えていく黒い影。何とも不思議な光景に思えた。 『大丈夫かい。正義君』 黙りこんでいる正義少年にエーシーキングは優しく声を掛けた。この声は彼の胸の中に向けて掛けられたものであ り、よく考えればこれも不思議な事だ。 「俺は大丈夫」 「わんっ」 自分を忘れるなとでも言いたげに子犬は正義少年の膝の上で鳴いた。 「こいつも大丈夫みたい。エーシーキングは?」 『僕はいつでも大丈夫さ』 正義少年が問い返せばエーシーキングはやはり大丈夫だと答える。しかし、耐久値を示すAPは4000を切ってい る。ゲームの中での数字が現実でも適応されるとすればとても大丈夫とは言えないような気がするが、それもエーシー キングなりの気遣いなのだろう。今更何も言う必要は無いかも知れない。 「あのデカイ円盤は後いくつ残ってるんだろう。いくらなんでもこのまま全部落とすのは無理だと思う」 だが、弱音が漏れてしまった。いざ戦うとなれば誰でも緊張してしまう。それは正義少年も同じだった。 『それは僕にも分からない。でも誰かがしなきゃいけない事だったら、それは今考えるべき事じゃないと思う。いくら無謀 でも、しなくちゃ。じゃないと何も変わらない』 その金属的な姿とは対照的な優しく、相手を諭しながらも元気付けてくれる言葉に正義少年は“彼”の中で首を縦に 振る。 エーシーキングの言うとおりだ。今更どうこう考えても仕方が無い。やれる事をしよう。出来る事をしよう。それが出来 るのが自分達だけなら、尚の事。相手が話し合いの通じないのならエーシーキングの力は絶対的に必要なのだ。 「そうだよね。よしっ」 行こう。 そう続けようとした瞬間、手前のディスプレイの中で何かが赤く煌いた。 「エーシーキング!」 これはロックアラームだ。何者かがエーシーキングを狙っている! 正義少年が叫んだのとほぼ同時にエーシーキングはブースターを推進させその場から離脱した。そしてその残像を 射抜くように紫色の閃光が照射されその場を焼き尽くした! 「何だ? 今までのやつとは違うぞ?」 円盤の発する光線は緑色だ。 『CWG−XCMK/70』 「え?」 エーシーキングの突然発した記号のような言葉に正義少年はそう疑問の声を上げるしかなかった。その間も紫色の 光は次々エーシーキングに向けて発せられている! 『ACの武器だよ。この攻撃はACのものだ』 「そんな」 自分達が戦っているのはエイリアンだ。そしてそのエイリアンの武器は円盤。ACであるはずが無いし、そもそもACは ゲームの中の存在。今回エーシーキングが実体化したのは正義少年がその存在を知っていたからで、エイリアンが俗 に言う宇宙人ならばそれを知る事は無いはずだ。 だが、接近し、目視出来る距離にまで迫ったそれは間違い無くACであった。しかもそれは、正義少年にとって見覚え のある形をしていた! 「アティトゥス……ニヴァリス?」 呼び難い名前だが、今でも覚えている。その複雑な名前ゆえに何度も言う練習をしたものだ。 『知ってるのかい?』 その呟きにエーシーキングは尋ねずにはいられなかった。ACである“彼”でさえACが自分を攻撃している事に戸惑っ ているようだった。 「エーシーキング! 俺に任せて!」 正義少年はコントローラーを手に取るとエーシーキングを操り街中を疾走させた。重量級と言ってもACの動きは俊敏 だ。更に建物の隙間を縫うように移動すれば射線も通らない。 『正義君。変だ』 その身を正義少年に任せながらエーシーキングはそう、声を掛けた。 『円盤の姿が無い。確かにこの辺りに落としたはずなのに残骸の一つも無いんだ』 その言葉に正義少年も初めて気付いた。確かに円盤の残骸は無い。 エーシーキングの視界を通してその様子を眺めているとその目の前にアティトゥスニヴァリスが飛来し、ロケットランチ ャーを開け放った! 『正義君!』 “彼”は叫ぶなり自分の意思で両腕を持ち上げた。 「駄目だ! 攻撃しちゃ駄目だ!」 『どういう事なんだ! 説明を!』 エーシーキングは両腕を下げると代わりにミサイルランチャーを持ち上げ、射出した。飛び出したミサイルから更に弾 けた爆弾が辺りに撒き散らされる。それに反応しアティトゥスニヴァリスは回避行動に移った。 「このまま突っ切る!」 正義少年はその黒煙の中にエーシーキングを走らせた。 『ガイドラインを表示させる』 その言葉と同時に真っ黒の空間に赤い矢印が表示された。この通りに進めと言う意味なのだろう。 『それよりも正義君。一体どういう事なのか説明してくれないか』 改めてエーシーキングは尋ね、長くも短くも感じられる沈黙の後に正義少年は口を開いた。 「あれは、友達のACなんだ」 黒煙を抜け、開けた空間の先にまったくの無傷、まるで何事も無かったかのような街並みがあった。大きくも小さくも 無いマンションを中心にほぼ円形におよそ1キロの空間だ。 そしてそのマンションに彼の言う友人がいる。エーシーキングには推測ではなくそう“思えた”。 「きっと俺と同じようにACを現実の世界に呼び起こしたんだと思う。でも俺達を敵だと勘違いしてるんだよ。きっと」 アティトゥスニヴァリスが飛来し、ここから先には行かせないとばかりに立ちはだかる。 エーシーキングとは対照的に細身で、どこか女性的な印象を持つ淡い紫色のAC。敵とは思えない。いや、思いたくな いのが正直なところだ。 『それじゃあ、誤解は解かないと』 エーシーキングは建物に身を隠すとコックピットから正義少年と子犬を開放した。 『女性との付き合いは得意というわけじゃないけど、彼女は僕に任せて。君はその友達のところに』 そして一人と一匹を乗せた掌をアスファルトにまで下ろすとカメラを点滅させた。それは正にACのウィンクだ。 「分かった!」 正義少年は辺りに放置してあるいくつもの自転車の中から鍵のかかっていないもの、更にその中から最も速そうで自 分のサイズに合いそうなものを選び出し、それに跨った。子犬はカゴに飛び乗り、準備は整った! 「頑張って!」 そして正義少年は走り出す。 エーシーキングはアティトゥスニヴァリスから正義少年を守るように突進を掛けながらそれに応えた。 『君も!』 その声ととてつもなく大きな音を背にペダルを漕ぐ。地震でも起きているかのような振動がペダル越しにも伝わり、少 しばかりふらつくが今はそんな弱音を吐いている場合でない。 遠くで二体の巨人が戦っている。今すぐこんな戦いは止めさせなくては! 幸いアティトゥスニヴァリスはマンションへの攻撃を躊躇っているのかマンションへの到着は難しくなかった。自転車を その場で乗り捨てるとエレベーターに向かうが、案の定止まっていた。 目的地は10階。 だが、彼は迷わない。自転車の運転でばてばてになって緊張している両足を殆ど機械的に動かして、いつまで経って も先の見えない階段を登り続ける。途中白い子犬は正義少年を追い抜き、正義少年はそれに負けまいと更に頑張りを 見せる。 到着した頃には壁に掛けられた“10”の数字がまるでマラソンのゴールのリボンのように見えた。だが、ゴールはまだ 先だ。ここでへこたれていてはエーシーキングに申し訳が立たない! 1051 覚えている。 “一応来い” そう文字を当てている。 そして今、間違い無く目の前には1051とプレートが張られているドアがあった。ここに立つのはこれで二度目だ。 インターホンを何度か押すが音はならない。この辺りは電気が通っていないのだろうか。 「おい! 正義だ! いるんだったら返事しろ! いなかったらいないって返事!」 「わんっ!」 正義少年はドアを叩きながら大声を張り上げ、子犬は甲高く鳴いた。そして反応は意外なほど早かった。 「何?」 彼を押し退けて開かれたドアからは色白く見るからにひ弱そうな少年だ。 「何じゃないだろ!? 啓(ひらく)のACが俺達を攻撃したんだ! あれは啓のだろ!」 正義少年はその少年を啓と呼んだ。 「……いいよ。どうでも」 「よくない!」 「うるさいなあ」 啓はまるで今起きている事など知らないように気にも留めない。 「とにかく、入るぜ!」 正義少年はとりあえずメモリーカードを探す事にした。邪魔をしようとした啓を押し退け、狭くも広くも無い室内に土足 のまま上がりこんだ。 するとそこには異様なものがあった。 円盤だ。 紙粘土で作られ、絵の具で色を染められた円盤の模型。それが新聞紙の上にいくつも置かれていたのだ! 「おい」 信じられない。 まさか。 だが、今までの事を考えると否定は出来なかった。 「エイリアンの正体……、お前だったの?」 振り返ると啓は暗い表情をそのままに言うのだ。 「もうどうだって良いんだよ」 その日、僕はいつものようにお母さんが帰ってくるのを待っていました。僕が赤ちゃんの時にお父さんは天国に行って しまったのでお母さんは毎日忙しいのです。でも、いつもなら帰ってくるはずの夜11時を回ってもう12時です。遅くなる 時は必ずあるはずの連絡もありません。僕は心配になりましたけど、眠くなってしまったのでお母さんの分のハンバー グにラップをかけて歯を磨こうとしました。すると、ぷるるると電話の音です。 お母さんだ。 僕は嬉しくなり、思わず走って受話器をとりました。でも、お母さんではありませんでした。知らない女の人の声です。 「佐倉望さんのお子さんですか?」 僕ははいと答えました。なぜか次の言葉を聞くのがとても、とても怖い気がしました。 「先ほど、お母様が……事故で……」 「もうどうだって良いんだよ」 啓はまるで呪文のようにその言葉を繰り返した。 「良くない! 何だよ!? 何でこんな!」 正義少年は紙粘土の円盤を蹴り飛ばしながら怒鳴った。確かに彼とは特別親しいわけじゃない。だが、同じAC好き として信頼はしていた。なのに、まさか。 遠くで爆音が鳴り響いている。閉まったままだったカーテンを開け、そこから覗く光景は二体の巨人が高速で建物の 間を駆けながら炎を上げている様子だった。非現実的な光景だが、確かだ。正義少年と啓が現実に呼び出した人型兵 器。それが戦っている。 「止めてよ。こんな戦い意味無い!」 エーシーキングに戦う気は無い。だからアティトゥスニヴァリスが攻撃を止めさえすれば事は収まるのだ。しかし、その 様子は無い。 「エーシーキング!」 正義少年は窓の外に向かって叫んだ。しかし、返ってくるのはひたすら爆音だ。 「眩しい……」 窓から射す日光に暗闇に慣れていた啓は目を細め、手をかざした。まるで吸血鬼か地底人だ。 「お前……」 正義少年は生まれて初めて本当に怒った。今まで、何億と言う人間が死んだと言うのにそれを見ていなかったのだろ うか。カーテンを閉め、窓の外の光景など気にも留めなかったのだろうか。自分がした事にまるで何も感じていないの だろうか。 「来いよ!」 正義少年は啓の腕を掴んで部屋から連れ出した。啓は何の抵抗もせず、人形のようにそれに従う。10階分の階段 の往復に息を切らしながらもアパートから出てみた光景は先ほどよりも酷かった。戦いが次第にこちらに近づいてきて いるのだ。 「乗れよ」 乗ってきた自転車に乗り、啓にも後ろに乗るように言った。その間に白い子犬はカゴに飛び乗って正義少年を振り返 る。だが、啓はそこに立ったきり、動こうとしない。仕方なくその腕を引っ張り無理やり座らせると車道を走り出した。 初めは綺麗なものだった街並みが次第に荒廃を始める。ビルにはまった鏡のようだった窓ガラスは廃屋の障子のよ うに律儀なほど割れており、漕げた匂いが充満している。円盤の光線が舐めたアスファルトはガラス質化していた。 遠くでひときわ大きい爆音。エーシーキングがよけたミサイルがビルに直撃し、吹き飛ばしていた。広がる爆炎からは 黒煙のなびかせながら破片が飛び出している。下手をしたらここにまで飛んできてしまいそうだ。 それを見ながら啓は震えていた。その震えが正義少年の背中にも伝わる。 「逃げるな。全部お前やったんだぞ」 それが気に入らないように正義少年は啓を責めた。何があったか知らないが、だからと言って自分のした事に対して 何も責任を持とうとしないその態度に彼は我慢ならなかったのだ。 「違う。僕は何も悪い事なんかしてない」 途端、地面が揺れた。先程の遠くから伝わるものとは違う。まるで足元そのものが揺れたようだ。正義少年は自転車 を止め何事かと周囲を見渡した。確かに、揺れている。ガラスが共鳴し、足元で砕けたコンクリートが踊っている。植物 の葉が揺れ、アスファルトが悲鳴を上げた! 「何だ!?」 その言葉に呼応するかのように亀裂が走り、大地が立ち上がった。灰色の殻が剥がれ落ち、土が弾けた。そしてそ の中から現れたのは紛れも無い人型、巨人、ACであった! 大地のうねりに巻き込まれた正義少年達はおよそ3Mの高さからそれぞれ叩きつけられた。子犬は持ち前の身体能 力で着地するも、自転車に乗っていた正義少年と啓はどうしようもなく、全身に強い衝撃を受ける。 突然現れた巨人はそれを見下ろしていた。人型だが、何かが違う。全身が赤いが、本当に赤いのかと一瞬と惑わせ る斑模様。翼のような四連重分子ビームキャノンがそこにアクセントを与え、悪魔か、天使のどちらかに見える。だが、 どちらか一方には限定出来ない不可思議な姿をしていた。 正義少年は痛む身体を持ち上げる。全身、どこが痛いのか分からないほどに痛覚が駆け巡っていた。視線の先で啓 は、ぐったりと横たわっている。 「……おい」 這うようにして啓に向かうも自分の手よりも明らかに大きい“手”が啓に向かっていた。血塗られたように赤い左マニピ ュレーター。 『その子に手を出すな!』 途端、遠くで女性の叫び声とともにアティトゥスニヴァリスが赤いACに突進する。それは初めて聞く“彼女”の声に他な らなかった。 “彼女”が放つ光線が赤いACの両肩から放たれる炎のような赤い光に遮られ、反撃とばかりに放たれた重分子ビー ムがその左半身を抉り取った。無残なまでに深い傷を負った“彼女”はしかし啓を守ろうと前進を続けるが、次の瞬間 には時間から切り取られたようにその場で動きを止め、停止した。それはACの“死”だった。 正義少年は痛みを一度頭から捨て去り、降り注ぐアティトゥスニヴァリスの破片を避けながら啓に歩み寄った。しか し、その身体を巨大な“手”が拾い上げた。そしてその先には黒い、心というものが削げ落ちたかのように黒いコアがあ った。その上板装甲が持ち上がり、そこからコックピットフレームがせり上がった。 何をしようとしているのか、正義少年にはなぜかすぐに分かった。案の定赤いACは次にはそのコックピットフレーム に啓を無造作に放り込み、咀嚼するようにその口を閉め、飲み下すようにコア内に収納してしまった! 『……あ゛ぁ゛〜』 そしてその途端に聞こえたのは野獣の呻きのような声だった。遥か上、赤いACの声だった。それに対抗するように 子犬は甲高く鳴き対抗する。しかし、それは雲の向こうの神に怒りを伝える愚者のように、無力な事だった。 『正義君!』 アティトゥスニヴァリスに機動力に大きく劣るエーシーキングが遅れて到着し、赤いACと相対した。お互いに人型であ るはずなのに赤いACの異質さは他と並んでいるからこそ際立った。 二体の巨人は少年と子犬を挟んで睨み合う。 エーシーキングは正義少年達の事を考えると迂闊に手が出せず、赤いACは何を考えているのか分からない。 『……っはぁ』 だが、気だるそうな声とともに突然赤いACは右手を持ち上げる。それに対してエーシーキングは反射的に体当たりを 仕掛けた。二つの巨体が衝突した瞬間、赤いACの右手から高純度ナパームが噴出し、超高温の蒼炎を空に描いた。 それが放つ熱光さえも周囲のコンクリートを焼いた。 赤いACを突き飛ばし、エーシーキングは高速後退すると正義少年と子犬を拾い上げるとその場から後退する。しか し赤いACは逃がさないとばかりに態勢を立て直すと左腕を差し出し、光を発した。それは禁じられたINTENSIFY能 力、光波だ! 通常ならば一条の体を成すそれは拡散して辺りに破壊をもたらす。それはさながら乱心した妖精があち こちに激突する様だ。 『正義君。大丈夫か?』 先程の様子を見ていたエーシーキングは何も出来なかった自分の無力を呪った。それが重量級の仕方の無い弱点 とは言え、それは言い訳でしかない。 「うん、何とか大丈夫。背中痛いけど」 正義少年は“彼”の“手”の上で無事を伝え、腕を回して見せた。多少無理をしているとしてもこれならば本当に大丈 夫かもしれない。 『とりあえずコックピットに』 何枚にもなる装甲板が隆起し、中からコックピットフレームが競り上がる。正義少年と子犬はすぐさまそれに乗り込ん だ。 『正義君、あれは?』 正義少年がシートベルトを締めるのを確認するとエーシーキングは全力で後退しながら尋ねた。例の如く啓と関係の あるものだと踏んだのだ。だが、正義少年は頭を振る。 「知らない。見た事も無い」 彼の知る限り、啓は堅い守りからのカウンターを得意としており、あそこまで攻撃的な武装はしない。何よりINTENSI FYを使うはずが無い。 その事を説明しようとした瞬間隠れていた建物が粉砕された。破片の隙間からは幾条もの光が溢れ、炸裂する。 『お〜い』 その光の中から気だるそうな声と共に赤いACが姿を現した。ガラガラと崩れ落ちるコンクリートの滝で濁った光が煌 いた。 『遊ぼうよ』 右手の火炎放射器から炎を吹き上げる。化学ビームとは違い、真の意味で熱である炎に晒され、エーシーキングの 装甲が溶解する。 『まずいっ』 エーシーキングはイクシードオービットを開放する。機動力の差は歴然だ。この距離では下手に交代するよりも迎え 撃った方が有利だと踏んだのだ。しかし、オービットから発射された弾丸は赤いACを守る赤い閃光にその動きを干渉 され、大きく威力を軽減されながら着弾した。 「お前は何なんだ!」 マイクを使って正義少年が叫んだ。先程の言葉といい、啓の事と言い、不可解過ぎる。 『う〜ん』 しかし、考えるような唸り声の後、後方へ飛びながら赤いACはキャノンを持ち上げ、照射した。四条のビームは先程 までエーシーキングのいたアスファルトに突き刺さり、地下で大爆発を起こした。大量の物質が舞い上がり、エーシーキ ングは体勢を崩す。だが、土のカーテンの向こうの対象をミサイルで捕捉、発射する。炸裂し、撒き散らされた爆弾が 辺りを炎で包み込んだ。 『どうだって良いよ』 だが、その爆発を意に介さず、装甲を焼き、引き剥がしながら赤いACはエーシーキングに肉薄するとブレードを振る った。後退して、それを回避するも迎撃機銃が焼き切られ、弾倉が爆発する。更に剣を形成していた光とプラズマジェッ トがその形を変え幾条もの光波となってエーシーキングの装甲を叩き、装甲を吹き飛ばす。 「お前っ! 啓か!」 『正義君、何を言ってるんだ!?』 エーシーキングは左右の動きではかわしようの無い光波を避け、空中へ回避行動をとる。 『ああ〜?』 正義少年の言葉に赤いACは動きを止めた。そして、 『そうかも』 否定とも、肯定とも取れる気だるそうな言葉と共に、重分子ビームが照射された。それがエーシーキングの右膝を貫 き、爆発と共に“彼”は墜落する。 「エーシーキング!」 『大丈夫だ』 エーシーキングはブースターで体勢を整え、エーシーキングは答える。しかしディスプレイを見れば右膝から下をごっ そり失った事は簡単に分かり、間違い無く“大丈夫”などではない。 『それよりも、どうする。あのビームさえ使えないように出来さえすればこっちにも十分勝機はある』 だが、エーシーキングは弱気にはならない。すぐさま算段を正義少年に持ちかける。しかし、彼はそれに答える事は 出来なかった。 あれは間違い無く啓だ。勘に過ぎないが、これほどまでにその勘に確信が持てたのは初めてだ。 『ヒラクと言うのは友達の事かい?』 そんな彼の心を見透かしたようにエーシーキングが尋ねた。その間にオーバードブーストによって赤いACはその距離 を詰め、炎を撒き散らす。 「うん」 『正義君はどうしたい?』 「どうしたいって」 どうしたいのか、それを聞きたいのは正義少年自身だった。自分が何をしたいのか分からない、何が出来るのか分 からない。色々な事がありすぎて、混乱しているのも事実だ。だが、最もしたい事、望む事は決まっている。 「助けたいよ」 だが、それはきっと無理だ。それは分かり切っている。 何かに絶望し、啓はああなった。なら、本当に助ける事など、きっと誰にも出来ない。理解する事さえもだ。そして、A Cとして、すべてを捨てた今、啓は啓ですらない。出来る事など、何も無い。 『分かった』 だが、エーシーキングは正義少年の言葉に従う。“助けたい”最も言うのは容易く、成すのは厳しい言葉。 「分かったって」 正義少年が言うのも構わず、エーシーキングは炎の中に身を投げ打った。更には全兵装を開放。あらゆる火器が一 点に集中し、赤いシールドに大穴を穿つ。だが、もちろん“彼”も無事と言うわけにはいかない。高熱に晒されイクシード オービットが吹き飛び、コアを庇っていた左腕が肘から溶け落ちた。その様子をディスプレイで見ていた正義少年は恐 怖する。簡単なシルエットで表示された四肢が、次々と消えていくのだ。子供心にも痛々しくて仕方が無い。 「止めろ! 逃げろ! このままじゃ死んじゃう!」 叫びながらコントローラーを手にとって逃げるように命令を下す。しかし、エーシーキングは止まらない。全身から火花 を散らしながら、花火になりながら。 『正義君。僕は君の望みが生んだ偽りの存在だ』 「そんな事ない!」 『そうだ。僕は決して偶像じゃない。生まれた経緯はどうあれ、望まれた存在だ』 「エーシーキング」 『そう、君のために生まれた。この命も身体もそのためのものだ。君を守り、君の望みを叶える』 もはや、“彼”を止める事は出来そうに無かった。本来、この世界には存在しない“アーマード・コア”。それが“彼”だ。 『そのために生まれた』 そしてその存在意義は大きく変え、今は一人の少年のために戦う“勇者”となって、その望みを叶える。例え、その身 に何があろうとも。 遂にその“手”が赤いACの胸部装甲板を捕らえた。そしてそれを引き剥がし、剥き出しになったコックピットフレーム を掴む。 『止めろぉ!』 赤いACは叫ぶが、エーシーキングは迷わず、それを引き抜く。 さながら心臓を引き抜かれたように潤滑油とコードが弧を描く。そして鉄色のコックピットフレームが太陽に照らされた 時、一瞬全てがその存在を失った。 今でも信じられない事だったと思う。エイリアンとAC。しかし、夢だったというにはあまりにも輪郭がはっきりしていて、 何より今でも世界は混乱している。 エーシーキング。 “彼”の言葉は今でも俺の中に生きている。 エイリアンとAC、姿を消してもう一週間になる。食べ物を探して街の中を彷徨って、時々知り合いに会う事も出来る。 すっかり、今の生活にも慣れてしまった。例え文明の大部分が破壊されても、人間は絶対に諦めたりしない。少なくとも 自分は絶対に絶望なんかしない。 だけど、エーシーキングがその命と引き換えに救ったと思った啓は、改めて戻った彼の部屋で死んでいた。もう、何日 もそうしてたように、嫌な匂いがした。だとしたらきっと俺が会っていた啓も啓自身が作り出した、望んで作り出した存在 なんだろう。 絶望して、しかし何か心残りがあって。それを実現するために再び生きようとしたんだと思う。だとしたら俺は、エーシ ーキングはあいつを救えたのかな。 多分、それは誰にも分からない。分かるもんか。あいつ自身にだって。 世界は深い傷跡を残した。たった一人の子供のわがままが、意思がその傷を作った。ACや円盤は影も形も残してな いけど、傷はそう簡単に消えるもんじゃない。 でも、大丈夫。簡単じゃなくても、人は強いんだ。意志があればACの力も、それこそ円盤だって要らない。直してくれ る。絶対。俺にだって出来る。何か、出来る事がある。エーシーキングはそれを教えてくれたんだ。大破壊なんて起きて たまるか。 ふと、遠くで配給をしてる事を知らせるメガホンを通した人の声が聞こえた。そんなに遠くじゃない。 「今日はまともなもんが食べれそうだ」 俺は隣のそいつに声をかけた。 たくさんのものを失った。ママ、友達、日常、エーシーキング。でも大丈夫。きっと。 「行こう、リトルキング」 「わんっ」 こいつも一緒だ。 俺は世界が酷い事になっているのに自分でも信じられないくらい嬉しくなって走り出していた。 君なら大丈夫さ。 遠くで、そんな懐かしい声が聞こえたような気がした。 コンセプトは人と人でないものの会話、でしょうか。ちょっとした衝動に駆られたと言うか、書きたくなった作品です。A Cだって喋ったって良いじゃない! 天輪さんところで画像付きで掲載されてますので、詳しい様子を知りたい方はそちらへ。 その他小説トップへ |