ANOTHER STORY を見た、という話をよくネット上で見かける。これは偶然にも我が編集部の所在地であり、詳しい調査を…… 「マジッスか? ! これ僕にやれって!?」 目の前の書類のさわり部分だけを見て若い男がいかにも驚いたように大声で言った。その顔には引きつった恐怖に 似たようなものがある。 「大声を出さなくても聞こえるよ。仕方ないだろ、他はみんな出払ってるしスケジュール開いてるのお前だけなんだから よ」 「でも僕バイトッスよ?」 「それは運が悪かったな。次週までに調査してレポートにしてくれれば良いから。もし、大成功だったら正規社員として 迎えるし。頼むよ,ケネディ君」 「編集長〜」 ここは<アリーナで勝つ! >という雑誌の編集部である。アリーナとはレイヴンという傭兵同士が己の愛機、ACと 呼ばれるロボットで戦い合い、観衆はどちらが勝つか賭けるというものである。アリーナ運営にかかっている資金も莫 大なものであり、それゆえ掛け金の最低金額も高い。裏返せば勝ち続けることが出来れば、それこそそれを職業と出 来るほどの見返りが見込めるという言わば命を賭けた賭博である。しかし、最近はレイヴンという存在の衰退によりそ の規模も収縮傾向にあり、もちろんそれに関係しているこの雑誌も部数的には危険なところにきている。だから最近で はこのようなアリーナにも関係無いような話題まで持ちあがるようになってきている。 「はぁ……」 若い男は肩を落として自分のデスクに戻った。彼は元々編集者を目指していたが悲しくも学力が足りず現在は大学を 目指し留年中である。しかし、編集の仕事を実際にもやってみたいという強い希望でここでアルバイトをしているのだ。 「おいクリス。どうしたよ、あからさまに落ち込んでるけどよ」 「リバークさん。あれですよ。骸骨男の事調査しろって言われちゃって。もうどうすりゃ良いのかわかんないッスよ」 リバークと言われた金髪の男は笑いながらクリスの肩を叩いた。先輩風を吹かしているがそうクリスと歳が違うわけで はない。 「分かるよ。あの人無理言うもんな。まあ、逆らえないだし頑張るしかないじゃないかね?」 笑いながら編集部を出て言った。クリスは何やら追い討ちを掛けられたような気分のままパソコンの電源を入れた。 とりあえずネット上で情報集めだ。元々こういう都市伝説っていうのはそこが発生源というのが多い。 「<骸骨男の噂>について……と」 検索サイトにキーワードを打ち込む。少し時間を置いて検索結果が出たがヒットした項目は無かった。次にクリスは掲 示板、そして骸骨男と打ち込んだ。意外にも出てきたのはたったの二つで、そのうちの片方を開いた。 「へぇ、結構あるんだな」 <悪霊の住む廃屋>、<絶対に出るトンネル>、<住むと死ぬアパート>……このACだのインディーズだのの世の 中に意外にもそういう話がここでは多く語られていた。そしてそのページの一番下にそれはあった。<グラムの骸骨男 >。これを書きこんだ人物はわからないがレスが多く存在する事からただの嘘とは言い切れない事はわかる。 『最近はコルナートベイシティのグラムという所で骸骨男が出るらしいです。そいつは顔が骸骨みたいなやつでいきなり 話し掛けてくるらしいです。逃げると車よりも早く追いかけてきて捕まるとそのまま地下都市にあるそいつの墓まで引き ずり込まれるんだそうです。ぞ〜』 車より速く走る? 『その話は私も聞いた事があります。そいつは路地裏で徘徊していて幽霊とかとは違うそうです』 路地裏か。 『骸骨男は路地裏に近づいた人に「サンクトゥクスを知っているか?」って質問するんです。知っているって言うと追いか けてきて、知らないって言うとフッて消えちゃうらしいです』 サンクトゥス……。中にはどう考えても信じられない物もあるがこの「サンクトゥスを知っているか」については多くの人 が証言している。他の事についてはもっともらしい説明がなされているが、これに関してはまったく分かっていないよう だ。中にはサンクトゥスは天使の名前だとか、神の事だとか書かれているが結局これだと言った事は皆無だ。 「この人たちと連絡取れないかな」 ここに書きこんでいる人物は皆メールアドレスなどを伏せており、連絡は取れそうにない。この掲示板の管理人に調 べてもらおうかと思ったがそれはさすがに無理そうだった。 「サンクトゥスを知っているか? ……」 クリスは声に出して言ってみた。何もわからない。とりあえず、残っている別の仕事をする事にした。 「ただいまー」 クリスは自宅の玄関を開けた。会社から列車で30分の立地条件が彼にはうれしかった。 「おかえり、おじちゃん」 「ただいま。良い子にしてたかい。ケイト」 クリスはケイトを抱っこして家に入った。初めは未成年であるクリスはおじちゃんと言われることにも抵抗があったがさ すがに慣れてしまった。 「あら、早いじゃない。クビにでもなったの」 そしてもうひとりの女性がクリスを出迎えた。 「姉ちゃん、んなわけないでしょ。ちょっとした宿題がでたんだよ」 「……というわけで骸骨男の調査をしろってさ。冗談じゃないよ。僕は探偵じゃないっつーの」 クリスは大好物のハンバーグをフォークで切りながら愚痴った。疲れたような顔の弟に対しその姉は興味深々といっ た感じである。 「その話だったら私も時々聞くわ。あれでしょ。話し掛けられて返事をすると食べられるやつでしょ」 「(ホントにいろんなバリエーションがあるんだなぁ。)それはどうだかわかんないけどさ、いるわけ無いじゃん、そんな の」 ハンバーグを口に運び、口の中に広がる味に満足しながら更に言葉を続ける。 「そういや姉ちゃん。サンクトゥスって知ってる?」 「サンクトゥス? 何それ」 一気に興味を失った姉は空いた皿をかたつけ始めた。その手際はさすが専業主婦といったところか。 「聞いてんの僕なんですけど」 「お父さんかジャンにでも聞いたら? 特にジャンってこういうの得意だから」 ジャンは姉の夫でありクリスの義理の兄にあたる。クリスとは気が合うので本当の兄弟の様だが、ジャンが変わり者 だとすればそれはクリスも変わり者ということにもなる。 「でもジャンって何時帰ってくるかわかんねーじゃん。親父もさ。ガードなんて割に合わない仕事するなんてそれこそ変 わり者だよ」 彼の父と義理の兄はガードと言われる組織で働いている。かつては企業に雇われた治安維持部隊を意味していた。 一応ポリスとしての役割を持っていた企業に雇われている以上、中途半端な面もあったが、今では地球政府がそれら の組織を一つにまとめ上げ、完全なポリスの機能を与えたのだ。しかし一部では地球政府に吸収されたことにより弱体 化し、レイヴン無しでは成り立たない組織となってしまったのも事実であった。 「ジャンは私の夫です」 姉に勝ち誇ったように言われクリスはそれ以上は言わなかった。ハンバーグと同じ皿に盛られているサラダを口にす る。不味くはないができれば食べずに済まないだろうか、子供の考えそうなことを頭の中でぐるぐる巡らせながら遂に食 べきってしまった。 「ごちそうさん」 皿を流しに置くとそのままソファーに座りこんだ。今日はいろいろ疲れた。このまま眠れそうだ。しかし本を持った姪が それを阻止する。 「ないんぼーる」 ケイトが持っている本の表紙には大きくそのACが描かれていた。赤と黒で色塗り分けられ、その肩には9のエンブレ ムが描かれていた。少しでもACの知識を持っている者なら誰でも知っている。大深度戦争以前AC史上最強と言われ たAC,ナインボールだ。ハスラーワンというレイヴンが搭乗し、いくつもの戦場を火の海にして行ったと聞く。 「それどうしたんだい、ケイト」 「ママに買ってもらったの」 少し呆れたようにその本を受け取った。ぱらぱらとめくるとそこには旧式のACの写真が幾つも並んでいた。どうやら そういう本らしい。クリスがこういう関係の仕事に就き、たくさんの資料を持って帰った影響らしい。今では子供特有の 記憶力もあり、ACの名前に関してはもはやデータベース言えるほど覚えている。レイヴンの名前を少しも覚えないのは やはり子供らしく見て分かるものに限定されているからか。 「好きだな、まったく」 自分の影響であることを自覚しているクリスは少しうれしそうだ。さらに色々と眺めてみる。写真以外には子供にはと ても読めそうに無い文章が陳列している。表紙裏には19ドル70セントとある。高い……。 「ママ、よく買ってくれたな」 本当になんでこんなの買ったのだろう。これは間違い無く子供には過ぎたものだ。ACの本なら他に安いのがあったろ うに。 「あのね、ママがね……」 「ケイト!」 何かを言おうとしたケイトを姉が止めた。ケイトも何かを思い出したように笑いながらそこを去って行った。どうやら親 子の取引があったようだ。クリスは本を返しにケイトの後を追った。 夜、街の明りが暗闇を隅に追い遣っている。時間帯により景色が変わる地下都市とは違い、その灯りはむしろ眩しい ものだった。その中にも当然光の届かない部分は存在する。ビル街の隙間はまるでそこだけ切り取られた様に黒く、ト ンネルの下は灯りが灯りながらもその暗闇は長い影に姿を変えていた。 女性が路地裏を歩いている。所々に灯る電灯もチカチカと音をたて点滅を繰り返す物があれば、まったくその光を失 った物もある。それでも政府というものが確立して少しはましになったと言える。政府の存在しない大深度戦争以前は 市民権を持たない準市民がそれこそ野党の様に市民を襲っていた時代があった。それが今では完璧な整備がされて いないにしても電灯が存在するのだから変われば変わるものである。 女性が自分以外の足音に気付いた。その足音は重く、その間隔は長い。そして女性にはそれが確実に近づいている ように思えた。 ズシリ。ズシリ。 女性は足を速めた。そしてバックの中の拳銃を握る。弾丸は入っていないが脅すくらいには使える。重い足音が速ま った。女性は走り、そして振り返った。その視線の先には白い顔があった。白い皮膚がその骨格に張り付きまるで骸骨 の様で、目は窪み影で確認出来ない。唇は剥がれ落ち、血が通っていないように白い歯茎と歯が剥き出しになってい た。スーツを着ているがそれこそホームレスのような身なりで、袖から見える手も、ズボンから見える足も包帯で巻か れ、靴も履いていなかった。 女性はその人とは思えない容姿に声を出すことも出来ず、その場に座りこんでしまった。しかし、その手に握られてい る物の存在に気付き、勇気を振り絞って大声を搾り出した。 「来ないで! 近づいたら撃ちます!」 そう言ってリボルバー式の拳銃を両手で突き出し、フロントサイトとリアサイトを重ね骸骨男の眉間を狙った。これは 父に習ったことで、銃器の扱いに慣れているように見えれば相手は逃げ出すのだという。しかし、骸骨男は前進を止め なかった。 「来ないで……」 骸骨男がすぐ目の前にいる。足腰に力が入らず逃げることが出来ない。骸骨男の剥き出しになった口が開かれた。 食べられてしまうのだろうか。そんな子供滋味ながらも恐ろしい想像が女性の頭を駆け巡り、全身が寒くなった。そして 目を閉じた女性の耳にはっきりと低い声が入り込んで来た。 「サンクトゥスを知っているか?」 一瞬意味がわからず女性は沈黙した。頭を抱え、目を閉じたままその意味を考えていた。辺りに電灯の点滅する音 だけが響き、まるで時間が止まったようだがしばらくするとまた同じ声が聞こえてきた。 「サンクトゥスを知っているか?」 まるで押し潰されそうな威圧感の中女性はやっと一声を搾り出した。 「知らない……」 静寂。電灯の点滅する音さえも聞こえない。女性が顔を上げるとそこにはもう骸骨男の姿は無かった。再び点滅音が 聞こえてきた。 クリスは街を歩いていた。海辺に存在する都市、コルナードベイシティ。そこに連立する街、グラム。ビルに挟まれた 街並みからはどこに海があるのか分からず、実際クリス自身もその目で海を見たのは子供のころ旅行で海辺の道を 通りかかった時だけである。 「あ〜あ。どうしようか」 街で暇そうな人に骸骨男について聞いても、まともな話は皆無だ。やはり作り話じゃないのか? 何度と無く思う。 ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ…… 携帯電話が鳴る。液晶画面にはリバークからだと映されていた。 「ケネディです」 『リバークだ。ついでで色々調べて見たんだが噂の書き込みにメールアドレスを載せてたやつがいたんだよ。メールで そのアドレス送るから連絡をとってみろよ。そうそう、そいつはこう書き込んでるぜ。「骸骨男を見た」ってな』 その言葉は正しくクリスの待ち焦がれていたものだった。クリスはしばらくその言葉を噛み締め、目を見開いた。 「マジッスか? ! ありがとうございます!」 電話を切り、早速携帯電話を叩いた。 骸骨男を見たなどとメールアドレス掲載で書き込むとは本物の匂いがプンプンする。少なくともクリスのジャーナリスト としての鼻はそう言っていた。 『私はジャーナリストのクリス・S・ケネディという者です。このメールはあなたが掲示板に書き込んだ骸骨男について詳 しくお話を聞きくためにお会いできないかと考えたからです。お忙しいとは思いますがお返事をお待ちしています』 クリスは自分のメールアドレスを送付し送信した。このアドレスが携帯電話のものか端末のものかはわからないがとり あえず今日はこれまでだ。クリスは会社に引き返した。 クリスは会社のパソコンで例の掲示板を覗いてみた。そこには確かに骸骨男を見たという記事が存在していた。話に よれば裏路地を歩いていたら例の骸骨男に話し掛けられたという。そしてやはりこう言っていたようだ。 「サンクトゥスを知っているか?」 クリスは今日何度目になるか分からない言葉を口にした。そして首を傾げる。 何故誰も知らないと分かっているような質問をするのか。 「やっぱ鍵はサンクトゥスかぁ?」 もう一度今日何度目になるか分からない言葉を口にする。 サンクトゥス。なんだろう。辞書によればミサ通常文5章中の第4章、またはそれにつけた音楽とあるけど。どう考えて も関係ないよなぁ。 いよいよ信憑性を帯びてきたのだがその謎が解けなければどうにもならない。とりあえず例の人物から話を聞かなく ては始まらないということだろうか。元々噂の範疇を出ないわけだからこれ以上の情報検索は不可能だ。 「今週中は無理臭いなぁ。っていうかこの仕事自体冗談じゃないよ」 クリスもこの話をまるっきり信じていないわけでは無い。しかし、他の噂の類は何処から手に入れたか知らないような 詳細がネット上で語られているのに対し、このグラムの骸骨男については「骸骨男が出る」で話が止まっている。その 他は例のサンクトゥスについてだがどれも信憑性が無い。 バンッ 「大変そうだな」 リバークがクリスの肩を思いっきり叩いて言った。 「何スか! マジで痛いッスよ」 クリスは痛む肩をさすりながら言った。肩はわずかに熱を帯び、少し腫れているようだ。 「いやわりぃ。やり過ぎたわ。あれだ、返事来たか?」 リバークは自分が調べた事なのでとても気になっているようだ。それに対しクリスは携帯電話を覗いてから言った。 「まだです」 それを聞いてリバークは幾分かがっかりする。どうやら端末を使用しているのだろう。既にクリスがメールを送ってか ら数時間経っていた。 「せめて似たようなやつでも骸骨男で無ければこんなに苦労しなかったと思うんですけどね。他のやつならネットで拾っ た情報で書けるんですけどこれは駄目ですね。どれもこれも嘘臭くて」 「じゃあ、やっぱあのアドレスの奴に話聞くしかないよな」 少し自慢げに言う。どうやらリバークはよほど自分で見つけた情報にこだわっているようだ。 ピピピ…… クリスの携帯電話の着信音が一呼吸置いてすぐに消えた。メールだ。クリスがそれを確認するために携帯電話のボ タンを押してメールを確認し始めた。 「おっ! 来たか来たか!?」 液晶画面に出てきた文章を一通り読み終えるとクリスは椅子に掛けてあったリュックを背中に背負って、パソコンの 電源を切った。 「よーし、行って来い」 クリスはリバークの差し出したボイスレコーダーを受け取り編集部を後にした。 クリスは知らされていた住所を尋ねていた。そこには歩いているだけで心が洗われるような綺麗な景色が続いてい る。綺麗に整理された歩道の脇には緑色の葉を纏った木々が立ち並び、夕日に照らされてまるでここの植物だけが先 に紅葉を楽しんでいるようだった。 「グラムにこんな所あったんだ……。知らなかったなぁ」 混雑した市街地で育ったクリスにはこういう場所が新鮮に映った。大きな家が立ち並び高級住宅地である事がわか る。 更に歩道を進むとマレインと書かれた郵便受けがあった。ここだ。クリスはその先にある天然木材のドアの横に取り 付けられたインターホンのボタンを押した。 「おいおい、天然木材だよ。すごいよ、おいおい」 大破壊と呼ばれる最後の世界戦争の後、人は地下にその生存を移す事になるのだがその原因の一つが大部分の 植物が失われた事にある。大深度戦争によりもう一度地上に舞い戻った人類は地上の緑化に力を入れ、今ではある 程度の生存区域を確保する事に成功したがそれでも今だ植物は保護扱いとなっておりこのように天然木材を使うのは 珍しい事である。 『はい』 インターホンからの声が大きな庭に見惚れていたクリスを我に返させた。 「クリス・ケネディです。ニティーカ・マレインさんとのお約束があって伺ったのですが。ニティーカさんはご在宅でしょう か」 クリスは慣れない敬語を使いながらそれに答えた。 『あ、はい。少し待っていてください』 言う通り待っているとドアのチェーンと鍵を外す音が聞こえた。 「じゃあ、骸骨男に会ったのは間違い無いんですね?」 「はい。骸骨男は彼に間違い無いと思います」 二人はリビングのテーブルを挟み、話をしていた。庭はどのくらい広いのだろう、この家はいくらだろうか、あの壷は何 時の物だろうか、彼の中途半端なジャーナリスト精神はそんな事まで考えているが、今はどうにか抑えていた。 「で、何処で見たんです。やっぱグラムの何処かでですか?」 その質問にニティーカは少し考えて答えた。 「駅の帰りの路地裏です。ここから駅に行く途中にある路地裏で見ました」 「具体的には何処です?」 クリスはそういうとリュックからこの辺りの地図を取り出した。方向音痴のクリスは知らない土地に行く時は必ず地図 を購入するのだ。クリスはテーブルに地図を広げ、上着の胸ポケットからペンを取り出しニティーカに手渡した。 「えっと、駅近くの……あ、ここです」 ニティーカはその目撃地点に黒いバツ印をつけた。しかし、ここに必ずしも「出る」わけではないのだろうが。 「結構近いですね。ここから二キロぐらいの所ですか」 地図の読み方に慣れたクリスが言う。とりあえずここに行こう。そう決意する。 「失礼ですがニティーカさんは何故ここに? 何か用があったんですか。あと、何かいつもはもって無い物を持ってたと か。いつもとここが違ったとかありませんか?」 クリスはとりあえずその骸骨男の出現条件が知りたかった。こうなったら写真の一つでも撮ってやろうといつもとは違 うやる気がでてきたのだ。 「私は大学の帰りだったんです。ここはその帰りの駅から自宅への近道なんです」 「大学……ですか」 その言葉にクリスは一気にやる気を失った。「大学」。今のクリスにこの言葉ほど重い言葉はなかった。 「どうかしましたか?」 心配そうに聞くニティーカにうなだれていたクリスはやっとの事で我に返った。 「いやぁあ! 気にしないでくださいよ! 僕は全然平気ですから!」 とりあえず意味も無く大声で返事をした。 「それより市民ガードとかに通報はしたんですか? 僕の親戚がそういう仕事してるんでなんなら紹介しますけど」 「したんですけど信用してくれませんでした。それに今はインディーズの動きが活発になってますよね? それでこういう 事件には人事を割けないそうなんです」 「そうですか」 そういえばクリスも最初は信用していなかった。もし、リバークが彼女のアドレスを見つけてくれなかったはクリスもそ のまま詳細を知ることは出来なかったかもしれない。クリスはもう一度心の中でリバークに感謝した。 「あと、言ってました? 「サンクトゥスを知っているか?」って」 それを聞いて今度はニティーカが黙り込んでしまった。 「(やばっ。調子に乗っちまったか)」 良く考えて見ればこれは彼女にとって忘れたい事であったはずだ。それを自分はわざわざ引っ掻き回している事に今 やっと気付いた。 「あの、すいません。無神経な事聞いちゃって……」 「言ってました」 「えっ?」 クリスは少し戸惑った。もしかして謝ったのはむしろまずかったのかもしれない。 「彼は確かに言ってました。どういう意味なんですかサンクトゥスって」 うつむきかげんに言っているのでそれが無理しているのだろうとクリスには分かった。謝らなければ彼女を無理させ ずに済んだのにと、クリスは後悔する。 「多分……今は誰にも分からないと思います。でも、僕がそいつの正体を暴いてみせますって。 大丈夫ですよ、ペンは ACよりも強しって言いますから」 クリスは大見得を切って見せた。実際はそんな自信は少しも無いが。 「じゃあ僕そろそろ……。あ、そうだ」 そう言ってクリスは携帯電話の番号を書いたメモをテーブルに置いた。 「僕の携帯電話の番号ですから、何か気になったり思い出した事があったら言ってください。それに関係無い事もぜん っっっぜん大歓迎ですから気軽にかけてくださいね」 そしてできるだけ心配させないように言う。 「あの、ケネディさん」 「はい?」 リュックを背負おうとしたクリスをニティーカが止めた。その手にクリスの渡したメモが握られている。 「ありがとうございます」 …… 「いやぁあ! 別に全然大した事じゃないッスよ! じゃあ、失礼しました!」 ニティーカの微笑みに耐えきれず、耳まで真っ赤にしながらクリスはマレイン宅を後にした。 「ここだよな」 クリスはバツ印の書かれた地図を見ながらそこに立ちつくしていた。あたりは暗く、電灯は点滅し頼りない。遠くで走っ ている列車の音が妙に大きく感じられた。 「……なんもないよな」 列車が通り過ぎそこには電灯の点滅音だけが残された。しばらく待っているつもりだったクリスはとりあえず冷たい鉄 製のベンチに座りこんだ。 ありがとう、か。どういう意味だろ。 妙に落ち着かない気持ちでクリスはニティーカの別れ際の言葉を思いだしていた。 「もしかして今ごろ初恋なんて言うんじゃないだろうなぁ」 声に出して自分が言った事を笑ってみる。しかしそれはどんどん冗談じゃなくなってきた。 「まさか……」 ガサッ いきなりの物音にクリスの浮かれた気分は一気に凍りついた。 「なんだ……?」 クリスは無け無しの勇気を振り絞って物音がした方向に向かって走った。そこには二つに分かれた道路と草むらがあ った。交通量も少なくどうやら音がしたのはこの草むらだ。 「犬か猫だよな」 恐怖にかられたクリスはそういう事にしてそこを後にした。 草むらで血の海をつくっている猫の死骸に気付く事も無く。 そのモノの血肉が我が血肉に変わり、何時か私も誰かの血肉になるか土になる。 そして全てがメビウスの如く無限に回り真の終わりは永遠に訪れる事は無い。 その事実も真に問題ではなくただ狂おしいほどに何かを待ち焦がれている。 サンクトゥス。 私は待っている。 私は探している。 しかし何処までが私で何処からが私でないのだろう。 ただ私は知ろうとしているだけなのに。 何時から私はこうしているのだろうか。 何時から私は私で無くなったのだろうか。 既に私に冷静に考える部分は残されておらず、この思考も仮初のものである事を知った。 ただ力を持つ者が憎くそれが何故かを知らないのだ。 サンクトゥス。 お前なら知っているのだろう。 私の全てを。 教えてくれるのだろう。 私が失いし過去を。 止めてくれるのだろう。 赤く塗られた仮初の思考を。 私はただ待ち焦がれている。 失われたものが帰る事を。 サンクトゥス。 それが叶わぬならば私の全てが永遠の黒に浸らん事を。 キーボードを叩きディスプレイにそれに対応した文字が現れる。とりあえず今までで分かった事をまとめているのだ が、これでは一ページ分にもならない。 「やっぱこれだけじゃ駄目だよな。写真の一つでも撮らないと駄目かなぁ」 「そうだな」 「うわっ! 何スか」 いきなり独り言に割り込んできたリバークにクリスは普通に驚いた。 「で、どうだったよ。なんかあったか」 リバークは今度こそ何か成果があるだろうと聞いて来た。自分の情報の行く末が気になるあたりジャーナリストらし い。 「とりあえず出てくるらしい場所はわかったんスけどね。後はこれからですよ」 「そうか……。ん? なんかいいことあったか?」 リバークはクリスが妙に浮かれているような顔をしている事に気付いた。 「へっ? 別に何にも無いッスよ?」 クリスはその質問を意外そうに応えた。 「そうかぁ?」 二人の間に妙な沈黙が流れる。しかしそれをクリスの携帯電話が破った。マナーモードになっていなかったためうるさ い電子音が辺りに鳴り響いた。慌ててクリスはそれを止めた。 「はい。ケネディです」 『ケネディさんですか? ニティーカです』 「え……? ちょっ、えっ? ニティーカさんですか? どうしたんスか、いきなり」 クリスは意識のし過ぎで上擦った声で応えてしまった。 『はい。少し思い出した事があって。すみません。お忙しそうな時に……』 ニティーカは申し訳無さそうに言う。それでクリスはまたも失敗したと後悔した。なんとか心配させないように平静を装 って応える。 「いやいや、全然大丈夫ですよ。それでなんですか。思い出した事って」 『私、その時銃を持っていたんです』 「銃ですか……」 その言葉にクリスは眉間を寄せた。クリスの中ではいかにもニティーカに似合わない物だったからだ。 『その日は遅くなると分かっていたので父に持たされていたんです。弾は入ってなかったんですけど』 「そうですか」 クリスは考え込んだ。どういう意味だろう。今思えば帰りの近道ならば毎日通るはずだ。それがその日だけ例の骸骨 男に出会うというのは偶然にしては出来過ぎじゃないか? 『あの……お役に立てますか? 』 長い間黙り込んでしまっていたのでニティーカが心配そうに聞いてきた。 「はい! かなり役に立ちそうです! 情報提供感謝します。それでは!」 そう言って電話を切った。クリスの結論はこうだ。さっぱりわけが分からん。とりあえず銃を持っていれば会えるの か? 「リバークさん。銃持ってません?」 クリスはずっと後ろで話を聞いていたリバークに貸してくれないか聞いた。しかしリバークはニヤニヤしながら応える。 「俺は銃は持たないって決めてんだ。それにペンはACよりも強し、だろ?」 リバークは手に持ったボイスレコーダーをクリスに見せた。何時の間に盗られたのだろうか。 「げっ!」 クリスがそれがどういう意味か悟るのに時間はかからなかった。 「ただいま」 クリスはスチールのドアを開けて自宅に入った。あの後リバークに散々からかわれ色々な意味でクリスは疲れてい た。 「おかえり、おじちゃん」 疲れ知らずのケイトがクリスの足にしがみつき出迎えた。 「ケイトはいっつも元気だな」 そのままの足でクリスはリビングへ進んで行った。キッチンからミートソースの匂いがする。今日はパスタか、ロール キャベツか。そう考えているとキッチンからもう一人出てきた。 「あらおかえり。今日は遅いんじゃない?」 「今日のディナーは何かな?」 クリスはその質問に答えずに質問で返した。 三人でテーブルを囲んでいた。そこあるスパゲッティが湯気を上げキッチンにはミートソースの匂いが充満していた。 最近はいつも三人で食事しているな。そんな事を考えながらスパゲッティを口に運んでいた。 「最近のガードってのは一般の事件に何も出来ないくらい忙しいのかねぇ」 クリスはそれとなく言ってみた。別に悪気があるわけじゃ無い。ただ本当に意味は無く言った。 「そうねー。最近はお父さんもジャンも滅多に帰って来ないしね」 特に気にする風もない返事が返る。代わりに別の事を気にしていたようだ。 「そういえば例の宿題はどう?」 「順調とは言えないなぁ。ごちそうさん」 空になった皿を流しに置いて再びテーブルに座った。 「例のサンクトゥスで袋小路だよ。目撃情報は掴んだんだけどそれだけじゃあ何も書けないからなぁ」 皿に並べられたミニトマトを食べながら言う。疲労感が伝わる言い方だ。 「サンクトゥス? 結局分からないの?」 「そゆこと」 「さんくとぅす?」 口の周りをミートソースだらけにしてケイトが興味深そうに聞き直した。フォークの持ち方が悪いのか白い服が赤くなっ ていた。 「そ、サンクトゥス」 「ケイト知ってる」 「へぇ?」 信じているとも信じていないとも言えない返事だが、ケイトの言葉に驚いていないわけではない。むしろその言葉は妙 な説得力を持っていた。 「これだよ」 そしてケイトは大きな本をめくってそのページを開いて見せた。 「こいつはこの前ママが買ってくれた本かい?」 クリスはその本を受け取る。そしてそこには確かに存在した。 AC・サンクトゥス。 これは地下都市で撮られた写真なのだろう。本来薄暗いはずの地下都市が赤い炎に照らされてまるで夕焼けのよう だ。その中央に少しぼやけたようにACが映っていた。白と黒で縁取りされ、人の形はしていない。鳥の脚、逆間接脚部 で、その腕はマニピュレーターの換わりに火器が取り付けられた特殊腕部だろうか。ただしそれは旧型の物でクリスの 知識では何なのかは判断出来ない。そしてその写真の下には長い文章が添えられていた。このACに乗っていたレイ ヴンの名前、その戦歴などが。 「もしかして……マジかこれ」 それを読んでいるうちにクリスにはそれとこの事件の関連性が感じられた。そう、このACのパイロットの死は確認さ れていない。何より最後にその存在が確認されたのはシュ海近辺。つまりコルナードベイシティの何処かだ。 それが分かったらクリスは何故かは分からないが落ち着かなくなってしまい、今日中に勝負を決めなくてはならないよ うな胸騒ぎを感じた。 夏と言っても夜は冷える。自室に戻り長袖の上着を着てキッチンに戻った。 「姉ちゃん……。僕、行くわ」 申し訳無さそうに言うクリスだが彼女は心配していないようだ。 「そう、あんたって勇気は無いけど好奇心だけは旺盛だからね。明日中には戻りなさいよ」 その言葉に勇気付けられたクリスはリュックを背負いドアに手をかけた。 「おじちゃん、お土産は?」 追いかけてきたケイトは何処に行くのかを聞く事は無かった。しかし、逆にそれがクリスにはありがたかった。 「もうすっごいやつだよ。期待してな」 二人のおかげで緊張する事も無く自宅を後にした。 こっちも携帯の番号を聞いとけばよかった……。 クリスは夜の高級住宅地を小走りで進んでいた。土地感が無いため電灯の前で地図を確認しながら暗い道を睨んで いた。この前来たばかりのはずなのに時間帯が変わるだけでずいぶんと変わるものだ。 ここだ。 そこには見るのは二度目になるだろうマレインと書かれた郵便受けがあった。クリスはドアの前に立つと携帯電話で 深夜でない事を確認するとインターホンのボタンを押した。 『はい、何方様ですか? 』 インターホンの向こうで女性の声が聞こえる。その声はニティーカのものではなかったがクリスは気にもしなかった。 「ケネディという者です。聞いていただきたい事があるのですが」 出来るだけ丁寧な言葉を繋げる。元々言葉を使う仕事を目指しているのでこういうのは得意だった。 『少々お待ちください』 チェーンと鍵を外した音の後ドアが開いた。そこからこぼれる暖かい光でクリスは少し心が安らいだ。 「すいません、夜分遅くに……」 「どうしたんですか?」 クリスはその声を聞いて顔を上げた。その声は先程インターホンから聞こえた声とは違い、そして聞き覚えのある声 だった。 「あ、ニティーカさん……。その、あれですよ。あれ? さっきの声ニティーカさんだった?」 そこにいたのはニティーカだった。ドアからこぼれる明かりの逆光でよく見えないが心配そうな顔をしているのが分か る。覚悟はしていたのだが、いざ彼女を目の前にするとうまく言葉が繋がらない。 「いえ、さっき出たのは母です。ケネディさんだって聞いたので私が出たんですが……、母に用があったんですか?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」 クリスがもたついている間にリビングからニティーカの父親らしい男が出てきた。仕事が終わったばかりなのかスーツ を着ており、何故かクリスを睨みつけていた。クリスはそれに気付かずにあたふたし続けている。 「上がってもらえ」 睨みつけていた視線を外しリビングに戻って行った。 「とりあえず上がってください。お食事は済ましましたか?」 「あ、いや、……まだだけど」 つい口が滑ってしまった。とはいえ今更訂正するわけにもいかない。 「じゃあ、食べて行ってください。母は料理が上手ですから」 そう言ってニティーカもリビングに戻って行った。それを見送ってクリスは大きく溜息を吐く。彼はどう思っているか分 からないがクリスは彼に助けられたような気がした。 「銃を貸して欲しい?」 「はい」 テーブルを挟んでクリスとマレインが話をしている。そして単刀直入に言った。クリスのすぐ横にはニティーカが座って いるが目線から外れているのでクリスはいつもの調子を取り戻していた。マレインは眉間に皺を寄せていた。考えてい るようでクリスは更に言葉を続けた。 「あの道は毎日ニティーカさんが通っていた道です。それがあの日銃を持っている日に限ってあの骸骨男に会った。私 にはこれが出来過ぎているように感じられるんです。それに改めて調べてみると、他の目撃情報にも銃を向けたが怯ま なかったという話はありました。だから私は銃が奴に会うための条件だと思っています」 目線を目の前の男に向けたままずらす事も無く自分の説を話続けた。 「では、娘を襲った男は銃を持っている者を選んで接触していると言うのか?」 「まだ確信ではありません。でも可能性で言えば極めて高いと言えます」 「じゃあ君は銃を持ってそいつに会うつもりか」 顔を上げて言う。娘と変わらない歳だというのに一人でその得体の知れない化け物と接触しようとはどう考えても正気 とは思えない。しかもそれが事実だとわかっていれば尚更だ。 「もちろんそのつもりです」 しかし当の本人は顔色一つ変えずに言い張った。しかしクリスとしては出来れば会いたくないのだが、仕事である事と 持ち前の好奇心がそれを許さなかった。 「わかった、貸してやろう。ただしこちらは何があっても責任は取らないぞ」 そう言ってマレインはスーツの内ポケットから拳銃を取り出した。ニティーカの持っていた物とは違うオートマティック式 の中型拳銃だ。黒い輝き、まったくの装飾が無いことがエムロード製であることを知らせているようだ。 「いいか? 弾丸は入っている。変な気は起こすなよ」 「お借りします。できれば明日中に返しますから」 クリスはマレインの差し出した拳銃を受け取りズボンのベルトに差し込み、席を立った。 「あ、ケネディさん」 しかし立ち去ろうとするクリスをニティーカが呼び止めた。 「会ってどうするんですか?」 「そーですね〜」 その質問にクリスは照れながら答えた。 「とりあえず逃げるかどうか考えます」 照れ隠しに言ったつもりだったがクリスの顔は赤いままだった。 これは聴覚ではない。 視覚でもない。 なんだ? ただ目を瞑っていても分かる。 力を持った何かが近づいている事が分かる。 奴は知っているのか? サンクトゥスを。 私の知っているものを。 クリスはその場所に向かっていた。骸骨男の居たその場所に。この前とは違い、点滅していた電灯は完全にその光 を失っておりその役目を果たしていなかった。代わりに点滅している電灯が増えている様に思える。 「いやな順番待ちだな……」 そう冗談を言ってみた。これから起こるかもしれない恐ろしい出来事に恐怖している自分を励ますために。気のせい だろうか。息が白いような気がする。気のせいだよな、そんなわけ無い。……でも少し寒いか? 手をポケットに入れよ うとしたら右手に何かが当たった。銃だ。右手で握ってみる。意外と重い。でもこれからの事を考えると少し頼りなかっ た。僕の予想が正しければこんなのじゃどうにもならないからな。 ザッ…… クリスは背後に気配を感じた。一瞬恐怖が全身を走り、体が言う事を聞かない。しかし、恐怖を振り払い背後を振り 向く。 にゃ〜ん それは猫だった。クリスの気も知らないで呑気に走り去ってしまい、黒い夜に消えて行った。 「なんだ、猫か……。驚かすなよ」 「サンクトゥスを知っているか?」 背後から重く、低い音。いや、声だ。先程の事で油断していたクリスはもう一度凍りついた。いや、このまま逃げるの ならばいつも以上の力が出そうだがクリスはそうはせずに振り向いた。 そこにはホラー映画にでも出てきそうな姿をした男がいた。骸骨男でなかったら悪魔としか表現できないおぞましい 姿。 「サンクトゥスを知っているか?」 唇の無い口が開閉し、そこから寒気のする声が出てくる。その息が白く見えた。 「あ、あ、し知ってるさ」 クリスは噛み合わない口をどうにか動かし意味のある言葉を話した。その言葉に骸骨男は幾分反応を見せた。クリス は上着の下に握った拳銃を隠しながら続けた。 「サンクトゥスってのはあんたが乗ってたACの名前さ。レイヴンのグレゴリオさん」 「グレゴリオ? 私の名はグレゴリオか?」 骸骨男は自分の包帯に巻かれた手を見つめながら何度も自分の名を繰り返した。その手は小刻みに震えており、は み出した包帯がそれと同じように揺れている。 「多分サンクトゥスは今ごろシュ海の藻屑になってるよ。なんであんたが今ごろ現れ始めたのか知らないけどガードに保 護を求めたらどうかな。あんたの時代と違って今はレイヴンも市民権を持ってる。損はしないはずだ」 クリスは出来るだけは自分が有利であるように話した。そうで無ければ落ち着かない。しかし、相手は自分の手を見 たまま自分の名を繰り返しているだけでその心配は無い様だ。 「僕の話聞いてんか?」 「グレゴリオ……グレゴリオだ……。奴の名はグレゴリオだ。そうだ」 クリスは骸骨男の様子がおかしい事に気付いた。その言葉に意味らしいものが含まれてきたのだ。 「おい……どうしたんだ?」 「そしてサンクトゥスだ! 私はサンクトゥスを知っている! 今、仮初は終わるのだ!」 既にクリスの声は耳に入っていないようだ。そして今まで影になって見えなかった目が金色に輝き、口から漏れる息 はいっそう白く見えた。 グレゴリオはクリスに向かって歩き出した。すでに説得が不可能である事を悟ったクリスは拳銃を取り出し、トリガー に指を掛けた。しかしトリガーを引く事は出来なかった。 「チックショウ! 安全装置がついてんのかよ!」 何時の間にか逃げるなどという事はクリスの頭には無かった。迫り来る骸骨男を睨みながら安全装置を外す。これで も父に職場を見学に行った時に拳銃の扱いを受け賜ったのだ。そして今度こそトリガーを引く。 破裂音と共に銃身から弾丸が飛び出し命中した。それは骸骨男の左胸に命中し、意外にもそこから赤い血が噴出し た。しかし前進は止まらない。クリスは膝を笑わせる恐怖を無視してトリガーを引き続ける。 バンッ、バンッ、カチッ、カチッ、カチッ………… 三発目を撃ったらそれ以上破裂音が鳴る事は無かった。 「たった三発!?」 納得がいかないクリスは次弾を装填するためスライドを前後させるが全く手応えが無い。どうやら正真正銘の弾切れ のようだ。 それを知ってか知らずか骸骨男は歩き続けている。色褪せて黄色かったコートはその血で赤くなっているが弱ってい る様子は無い。 クリスは使いものにならなくなった拳銃を骸骨男に投げつけ走り出した。こうなったら逃げるしかない。クリスがいくら 走っても骸骨男は追いかけてくる様子はない。その姿が微かに見える位になった時骸骨男は身を引き裂かれるような 大声で叫んだ。 「私の名はサンクトゥスだ!」 その声はいくら距離を離してもクリスの頭を離れる事は無かった。 「私の名はサンクトゥスだ!」 「あ〜あ……」 「なんだよクリス。またへこんでんのかよ」 編集部でクリスは今まであった事を全て文章にしてみたがどう読んでもうそ臭い。たった一度のチャンスに写真を撮る 事すら出来なかった。信憑性が無い以上当然この記事は没。 「あ〜あ……」 それだけではない。クリスはあの後投げ捨てた銃を回収しマレイン宅に返しに行ったのだが、マレインは全弾が発砲 されている事を大いに不信がっていた。おまけにニティーカに会う事も出来なかった。 「どうやら駄目か? この記事」 リバークの言う通りだった。これではそこいらの心霊雑誌と代わらない。この雑誌の趣旨を考えればそれは困る。 「駄目ッスね。これ信じる人は詐欺師に騙されても気付かない人ですよ」 自分でそう言うのだから余程なのだろう。文才はあるつもりなのだが題材がそれに追いつかないのが現状といったと ころだ。 「まあ、サンクトゥスの事が分かっただけでも大収穫って考えるしかないじゃないか? そいつの 反応はそれっぽかった んだろ? 次があるさ、次が」 「次ですか……」 クリスは本当はこう言いたかったのだが。次も何ももう怖い目に会うのは御免だ、と。それでも正式採用のチャンスで もあるのでそうもいかないのだが。 バン! 編集部のドアが大きな音と共に開かれた。そこから慌てた様子の先輩編集部員が肩で息をしながら走りこんできた。 「どうしたんスか」 リバークが何事かと聞いた。 「グラムのコウクグラム方面でACが出たらしい。一応ガードが出てるが案の定歯が立たないらしい。まだここからは距 離はあるけど一応地下に逃げ込んだ方が良いんじゃないか?」 ごもっともな意見だ。しかし、クリスはその言葉に不安を感じた。昨日の今日でACの出現。もしかしたら……。 「もしかしてそのAC旧式だったりしますか?」 「よくわかったな。その通りだよ」 「……やっぱり」 クリスはどうしようもない責任を感じていた。 大轟音と共にACの上半身が大爆発を起こした。プラズマビームを何発も受けて上半身は跡形も無い。四脚である脚 部はその場で鉄の塊に変わってしまった。 「くそ! 援軍のレイヴンもこれで三体目だぞ!」 ガードである彼らは苛立つように言い放った。その手に握られているあらゆる火器を発射するがそれはその装甲に 弾かれるだけで効果があるようには見えない。所詮は人が持つ事を前提に設計された兵器である。少ない資源による 大規模な破壊活動を目的に設計され創られたACにはその効果は皆無であった。 そしてそのACは殆どの塗装が剥げ落ちていたが白と黒に色塗られていた事が分かる。なにを目的としているのかは 分からないが街の中央で破壊活動も行わずただ、自分を攻撃するモノを破壊していた。 ガガガガガガ………… ACはコアに設置された本来ミサイルを迎撃するための機銃をガードに向けて掃射した。吐き出される弾丸がガード に命中するたびにそれは破裂する様に赤いものを撒き散らしそれ以上動かなくなった。 「畜生!」 一人が装甲車に入りこみ無線を取った。その右腕は無く、血が滴っていた。 「こちらコウクグラム先行歩兵ガード! 増援は! ガードメカは! MTは! レイヴンはまだですか! AC相手に歩 兵が何の役に立つんです!」 『ガード拠点から距離がありすぎるんだ。一分前にヘリを向かわせた。ここは辛抱してくれ』 「しかし……」 その言葉を言い終える前に装甲車の到る所がギシギシと軋み始めた。まるで重い物が乗りかかったような……。 「まさか!」 その予想は当たっていた。そして予想通り装甲車は彼ごと潰れてしまった。ACの太い脚の爪がその上に乗っかって おりそこから煙がなびいている。そこは悲惨な状況だった。歩兵ガードが血の海をつくり、あるACは上半身だけとなり 建物に倒れこみ、またあるACはコアに大きな穴を作っている以外は無傷でその場に立ち尽くし、更にあるACは四脚 の下半身を残して完全に蒸発していた。 そしてその中心にいるのはAC、サンクトゥスだった。 頭部を動かし、まるで次の獲物を探しているようだ。そしてその頭部はそれを見つけ動きを止めた。それは空気を切 り裂く音と共に現れた。 「援軍だ!」 ガード達は歓喜の声を上げた。援軍の到着、それは彼らにとって逃亡が許されるという事だからだ。装甲車に乗る 者、停めてあった一般の自転車に乗る者など様々だが皆そこから逃げるのに必死である。 サンクトゥスは左肩のレーザーキャノンを展開させ、それをヘリの群れに発射した。レーザーがヘリの群れに飛びこみ 大爆発を起こす。それはヘリ群を飲み込み辺りを赤い光で包み、火の玉と化したヘリが避難していたガード達に向けて 落下してゆく。アスファルトに叩きつけられ爆発しそれに巻き込まれる者や、運悪くそれに直撃してしまった者もいた。 爆発の巻き添えを逃れ散開したヘリがサンクトゥスに向けてロケットを発射した。サンクトゥスはそれを上昇して回避 する。ヘリは自機より上の敵に攻撃する事を苦手にしているのだ。 サンクトゥスは左右の腕のプラズマキャノンをそれぞれ別に動かし生き延びたヘリに発射した。FCSやOSといったコ ンピューター機構を完全に無視した動きで、全てをマニュアルで動かしているとしか考えられない。おそらく攻撃にレー ザーサイトすら使用していないのだろう。しかし、その攻撃は一撃も外れること無くヘリに命中していった。 全てのヘリがついに火の玉となり墜落していった。墜落したヘリは爆発を起こしそこを火の海に変えた。建物にその まま突っ込み、それを吹き飛ばしてさえいた。 グレゴリオを依り代とし力を持つ者を破壊する。 まだ足りない。 貴様達では。 伸びているケーブルに繋がれている。 骸骨男は新たなる何かに気付き、サンクトゥスは頭部を上げた。そこにはAC輸送用航空機が待機しており、そのす ぐ下では黒い点が降下している。サンクトゥスは新たなる力に対し左肩のレーザーを発射させた。しかしそのレーザー はACが放ったマシンガンに触れ、目標に命中することなく爆発した。その爆発によりACの銀色の塗装が煌いた。その 左肩には金色の鷹が描かれそれも金色の光を放っていた。 ラッグガンを連射した。エネルギーの散弾をブーストジャンプでかわし右腕のマシンガンをサンクトゥスに連射した。しか し、それも掠る事無くサンクトゥスは建物に隠れた。銀色のACはその建物の横にグレネードランチャーを発射した。爆 炎が上がりそれを逃れるためにサンクトゥスは上昇し、そこに狙い澄ましたグレネードが迫るがそれもいとも簡単にか わされた また貴様に会えるとは思わなかった。 のACはそれをオーバードブーストによる急加速でかわしながらエクステンションに装備された連動ミサイルと同時にマ ルチミサイルを発射する。一気に発射されたミサイルの群れに対しサンクトゥスは距離を離しながらコアに搭載された 迎撃機銃を放ち、マルチミサイルが分裂する前にそれによって撃ち落され、連動ミサイルによって発射された四発のミ サイルも同様に一発も逃さず撃ち落された。 一気に距離が離れ互いに左肩のランチャーを展開させる。その両方が発射され交錯する。爆発が爆発を生み辺りは 一気に炎と黒煙で埋め尽くされた。大轟音と爆風が建物の窓ガラスを一枚残らず割り尽くし、衝撃でアスファルトが歪 み破裂する。 その黒煙の中から銀色のACが姿を現しマシンガンを連射する。幾つにも連なった火線がサンクトゥスに向けて発射 されたが、サンクトゥスはそれを逆間接特有の高いジャンプ力で一気に上昇し掠る事も無い。そしてそのまま上空から 両腕のプラズマキャノンを連射する。銀色のACはそれをブーストダッシュでかわすがプラズマキャノンが着弾した道路 が爆発を起こしその爆風が幾つにも連なってまるで炎の柱が何本も立ち並んでいる様だ。 銀色のACは体勢を立て直しオーバードブーストを起動させた。そして今だ上空でプラズマキャノンを連射しているサ ンクトゥスに向けて急加速した。接近してくる銀色のACに対してサンクトゥスは連射を続ける。そのFCSに頼らない正 確な射撃も銀色のACには当たらない。 銀色のACの左腕から伸びる光が高密度のエネルギーを湛えたエネルギーとなりサンクトゥスに向けて振るわれた。 しかしそれをサンクトゥスは微妙なブースト加速でかわすと至近距離でレーザーを放った。それもただ掠めるだけでそ のままビルに命中し爆炎で薙ぎ倒した。銀色のACがブレードを振ればそれはかわされ、サンクトゥスがレーザーキャノ ンを放てばそれもかわされる。 交わる閃光と閃光。それは太陽の光と共に眩しい程だ。 拮抗した状態を打破したのは銀色のACだった。ミサイルを発射したのだ。至近距離で放たれたミサイルは当然の様 にサンクトゥスを掠めその後ろに回り込んだ。そして銀色のACは地上に向かい降下し始めた。サンクトゥスもその背後 のミサイルを振り切るために地上に降下する。 銀色のACが着地した。それをレーザーが追う様に迫るがそれを後退してかわす。 やがてサンクトゥスが銀色のACと距離を離し着地した。しかしミサイルの追撃は止まない。左右をビルに、上と後ろを ミサイルに、前を銀色のACに。動きの取れないサンクトゥスに銀色のACはブーストダッシュで接近する。動きの取れな いサンクトゥスは両腕のプラズマキャノンを連射した。それは銀色のACの装甲を容赦無く焼くがそれでも動きは止まら ない。 上空のミサイルが遂にサンクトゥスを捉えた。爆発しその動きを封じ、銀色のACはまるでそれを見透かしたように左 腕の光を伸ばした。そしてその光が一瞬消えたかと思うとそれは次の瞬間光の波となって一直線に飛んだ。それがサ ンクトゥスのコアを捉え、光が爆発するように炸裂した。そこを見過ごす事無くグレネードを発射し、その反動を利用して 急上昇、サンクトゥスの真上をとる。真下ではサンクトゥスが爆炎にもまれている。そして右腕のマシンガンを有らん限り 撃ち込む。特殊腕を装備しているため薄くなっているサンクトゥスの装甲がそれにより容赦無く削られる。その動きが止 まったところでもう一度グレネードを発射した。それが先程の攻撃で剥き出しになっていたジェネレーターに引火し大爆 発を起こした。 会えるのだろうか。 土に帰る事無く消える事によってメビウスの輪から逃れることが出来るのだろうか。 もう一度会いたい。 お前に。 サンクトゥス。 我が愛する妻よ。 もし、 それが叶わぬのならば、 私の全てが永遠の黒に浸らん事を。 骸骨男・グレゴリオ コルナードベイシティ、グラムで多発した骸骨男騒動。それは一週間前(八月五日現在)のコウクグラムで破壊活動を 行った旧型ACと深い関係を持っていた。 間の前に現れ「サンクトゥスを知っているか?」と質問をするという。多くの人はその質問に答える事は出来なかった。 そして彼らの前から姿を消してしまう。 その姿はその仇名に違わず骸骨そのものだ。白くやつれた顔に唇の無い口。色褪せたコートを着ており、両手に包 帯を巻いている(所在の分かっている目撃者の話によると足にも包帯を巻いていたようだ)。 えられる。彼の言っていたサンクトゥスとは当時乗っていたACの名で、それは写真を見れば分かるようにコウクグラム を破壊した旧型ACと同一のものであった(次ページ参照)。これらが彼がグレゴリオである証明である。 しかし、何故彼が今更出現し破壊活動を行ったのかは不明だが、彼は自分の事をサンクトゥスだと言ったのを自分自 身で聞いた事があり、これから彼は分裂症を患っていたのではないかと思われる。 これはあくまで私の考えだが、彼は自分の事をACであるサントゥクスだと勘違いし、その状態でサンクトゥスを発見、 搭乗したため破壊の衝動に駆られたのではないだろうか。ただ、これは予想の範囲を出ないため結論として出す事は 出来ない。 (AC関連雑誌、アリーナで勝つ! より一部抜粋。記事C・S・ケネディ) 「そういえばケネディさんは何で正式に編集部員にならなかったんですか?」 そういえばとは関係無くニティーカは突然聞いた。 「突然だね。誰に聞いたんだい?」 クリスは苦笑しながら答える事にした。クリスはあの記事を書いた後ちょっとした有名人になってしまい、当然その月 のアリーナで勝つ! は大幅に売上を伸ばした。これにより当然編集長はクリスを正式な編集部員として迎えようとした がクリスはそれを断ったのだ。 「リバークさんにです」 「あの人また余計な事言って……」 二人は道を歩いていた。かつてここでサンクトゥスが戦闘を起こし、街は破壊し尽くされたがたった一年足らずでそこ はかつての街並みを取り戻していた。 「なんつーかさ……。ああなったのがもしかして僕のせいかと思うと申し訳無くてさ。それに……」 そこまで言ってクリスは止めた。 「それに?」 「ああーいやぁあ! 何でもないって」 聞きなおすニティーカだが、それをなんとかごまかす。クリスは顔を真っ赤にして手袋をとった。この辺りは元々寒いと いうのもあるのだが今年はもう四月だというのに異常に寒い。しかしクリスはそれどころではなかった。 「なんか暑いな」 「そうですか?」 ニティーカもクリスの真似をして手袋をとった。しかしあまりの寒さにすぐに手袋をはめ、コートに手を突っ込んだ。 「まだすごく寒いですよ。変ですよケネディさん」 「そ、そうか?」 クリスが焦っている事に気付きもせずにニティーカは自分なりに答えをだした。 「やっぱり大学を出て実力で仕事に就かないと意味が無いと思ってるんですか? あ、でもそれだったらあの記事で十 分じゃないんですか?」 「ま、そんなとこ」 クリスはお茶を濁す。どうしても答えたくないようだ。 「あ、そういえば今日発売日だったっけ」 クリスは売店に並んでいるアリーナで勝つ! を見つけた。リバークからバイトを止めるんだったら毎月買え、と言わ れているのだ。クリスとしてはそんな事を言われなくても毎月買うつもりなのだが。 「ニティーカさん。僕ちょっとあの売店で本買うから先行ってよ」 「いいですよ、待ってますから」 クリスは売店の前に立ちその雑誌を手にとった。「今月のケネディ賞」。表紙に書いてあるこの見出しを見るたびにク リスは嬉しいような恥ずかしいような感じがする。嫌な感じでは無いのだが。 「これください」 売店の店員にその雑誌と一緒にカードを渡した。3ドル50セント。この雑誌のおかげで色々あった。本当に色々。し ばらくしたらまたこの雑誌に関われるのだろうか。 「早くしてくださいよー」 「ちょっと待ってよ。今日カードしか持ってないんだからさ」 クリスは雑誌とカードを受け取る。 「(言えないよなぁ。ニティーカさんと同じ大学に行きたいからだなんて)」 そして走ってニティーカの元へ戻った。いつまでも待たせないために出来るだけ急いで。 |