第七話 落ちた翼 日は空の頂点で輝き、アスファルトを焦がしていた。夏でも最も暑い時期にさしかかり、雨を降らす気配の無い真白の 雲と少しの濁りも無い青空が美術品のひとつの様に美しい。 店先に野菜や果物が並んだ店。地下では考えられない光景と言えるだろう。太陽の下という環境はやはり少なから ず心に関係しているらしく、地下に比べて治安はずっといい。もしこれが地下だったら間違い無く職を持たないものの餌 食になっているところだ。 「や! こんにちは。コヨミちゃん」 いきなり背後から話し掛けられコヨミは少し距離をとってから振りかえった。そこには何回か見た事のある栗色の髪 の青年が立っていた。 ジーノからは何度聞いても教えてはもらえなかったがやはり整備士の方なのだろうか。コヨミにはそれぐらいしか考え られない。やはり彼女もまさかレイヴンだとは思わなかったようだ。 「コヨミちゃんもお買い物?」 ロジャーは自分より二回り以上小さい少女に膝を曲げ、目線を同じ高さにして聞いた。 「あ、はい。えーっと……」 コヨミはそういえば名前すら聞かされていなかった事に気付いた。 「あれ、ジーノちゃんから聞いてなかったかな。俺はロジャーっていうんだ。よろしくね」 その様子に気付いて自分から自己紹介をした。元々初対面ではないためとても簡単にだが。 「ロジャーさん?」 「うん」 大きく頷きロジャーはバイクを引きながらイチゴを見比べていた。バイクに取り付けられたカゴには他にもいろいろな 物が入れられている。 「やっぱりスーパーとかよりこういうお店のほうが良いよね。こういうふうに外に並んでるといかにも安全ですよって感じ だもん。こういう所は決まってガレージから遠いんだけどさ」 屈託の無い笑顔がよく動く。最初の印象通り明るい人のようだとコヨミは思った。 「どうするんですか、そんなにいっぱい」 「これ? ケーキ作るんだ。ほら、明後日ジーノちゃん誕生日でしょ? 。その時に作ろうと思ってさ。今のうちに買って おかないと。そうだ、コヨミちゃんもどうかな」 人は多い方が賑やかでいい、ロジャーはそういう考えの持ち主だ。ロジャーがケーキを作る事はジーノには秘密にし ているのだが。 「すみません。母にガレージには行くなって言われてて……」 「あ、そっか。残念」 そういえばそうだよな。ロジャーは今更ながらガレージはそういう場所だという事を思いだした。少なくとも親にしてみ れば娘には行って欲しくないには違いない。あれが戦車だったらロジャーでも居辛いだろう。 「あ、じゃあ私の家で誕生会しません? ジーノとも約束してますし」 「俺が行っていいのかな?」 そういうのに出席して良いのだろうかとロジャーは確認した。予想していた反応とは違うのでコヨミにとっては意外だっ た。 「私は良いですよ。ジーノには私から言っときますから」 「うん。じゃあその時はお願いね」 ロジャーは買った果物をカゴに入れバイクを引いて歩き始めた。しかし、まだコヨミは一番聞きたかった事を聞いてい ない。 「ロジャーさんって何なさってるんですか?」 「俺? 俺はレイヴンだよ」 ロジャーは笑顔のままで返した。あまりに普通に言ったのでコヨミはそれは冗談だと思ったようで、特に聞き返そうと はしなかった。ロジャーは言い終わると手を振ってさよならをした。 リグの中は意外と狭い。その殆どがACの収容スペースになるんだからしょうがないんだがな。結局俺が買ったのは3 000000コームの安物だ。いや、価格が同じでもあんなビルみたいに馬鹿でかいものを買う気は毛頭無い。これでも 大きすぎる位なんだがな。 だがそのぶんAIには金を掛けてある。俺が出ている時にこっちを壊されちゃあたまんねぇからな。長距離航空爆撃機 に使われてる最高級品だ。しかもジオ製。目的地まで自分の足で行ければその分報酬も増えるからな。まあ、航空機 が必要なところまではさすがに行けないがな。 鍵を開け、まだ入った事の無い部屋に入る。カードリーダーを使っていない当りいかにも安物ってところだな。そこは 他よりも少し広い感じの部屋だ。他の部屋と同じで鉄の床鉄の壁で殺風景なものだがまあ贅沢言えたものじゃあない な。俺はここを自室にする事にした。 俺としては部屋に窓が欲しいな。朝起きてそっから景色を眺めるってのはある意味贅沢な事だ。だが輸送用と言って もこいつも一応戦闘兵器だからなぁ。改造はさすがにまずいか。 そこを後にして手に持っている間取り、いやマップを見ながら進んだ。さすがに広い。狭い通路をいやになるほど歩い たところで遂にそこに着いた。圧倒的に広い、いや、大きいという表現もなんとなく間違っていないという感じもする。AC 格納庫。そこにはまだ俺のデスズブラザーは置いてない。だから余計そこは広く感じられる。 「ダッ!」 大声を出してみた。広い格納庫にその大声は反響する事は無い。防音対策が万全なのか、それともそれほど広いの か。いや、そんなことはどうでもいいのか。 俺は出口に向かった。今度は荷物を積めこまなけりゃならん。確かに高い買い物だなこれは。 ピピピ、ピピピ………… 道を引き返したと同時に携帯電話がなった。その電子音は広い格納庫に反響した。 白衣を着た男が地下都市の人工光の下で歩いていた。街中のショウウィンドウを覗きながらもその足取りは止まるこ とは無い。そしてその足取りを止めたのは一件のバーだった。西部劇に出てきそうな左右に開くドアを叩き、男はバー に入っていった。 そこは時間帯もあり、あまり人はいないようだ。地下都市にも一応時間帯によって照明の明るさを調節する機能は存 在するがやはりそれは照明に過ぎないのでそれを気にする人間は少ない。しかしそんな中でも時間は確かに流れてい るのだ。 霧の様に濃い煙草の煙の中に男は目当ての人物を見つけた。そしてその男のとなりの席に座り目も合わせずに口を 開き言葉を発した。 「どうだ? なにか分かったか?」 男は白衣の男を横目で確認した。白衣の男に比べてその男はむしろ老人と言ってもいい容姿をしていたがその眼光 はそれを感じさせない鋭さだった。 「レイニー、お前いったいこのネタどこで見つけたんだ? こっちは端末ひとつ駄目にしたんだぞ?」 明らかに不満を含んだその言葉にレイニーと言われた白衣の男も横目で老人を見た。 「大体お前が持ってくるネタはどれも胡散臭い。この前の強化人間の女の話もそうだったがレイニー、どこでこんなネタ を見つけたんだ?」 老人はもう一度同じ質問をする。 「で、何がわかった?」 レイニーはこの業界は不干渉がルールの筈だと強い調子で同じ質問を繰り返した。老人はそれ以上追求はせず、旅 行にでも行くのではないかと思わせる大きな鞄から書類を取り出し、それをレイニーに渡した。 「これで全部だ。これを読めば聞きたくなる俺の気持ちもわかるさ。これ以上の検索は例えコームで金を積まれても受 けんぞ」 その書類は青いファイルに閉じられているがあまり多くは無い。レイニーはそれを受け取ると少し目を通すぐらいにめ くりはじめた。そしてその内容に眉を寄せた。それがまるで下手なSFのような内容だからだ。 「じゃあ、これは受け取っておく」 そう言い残し席を立つ。老人は返事をすることも無くグラスに入った黄色い液体をあおっていた。 ドアを叩きバーを出る。後ろでドアが軋む音を気にせずにレイニーは携帯電話を取り出し、登録されたナンバーを押し た。呼吸音。それが何回も繰り返す事無くすぐに切れる。 『俺だ』 「デュライ、見せたい物がある。これから出られるか? 場所は病院前の噴水でどうだ」 『ニコライか? ああ、構わない。』 「じゃあな」 手早く要件を済ませる。病院前の噴水。それはこのまま歩けばすぐに着きそうな場所にある。 ロジャーはバイクでガレージへ疾走していた。メーターを見ればすでに時速65キロ。スピードガンを持っているガード 関係者に見つかれば確実に止められるだろうが気にはしない。ロジャーはヘルメット越しでも風を感じるのが好きだっ た。ロジャーが前にも言った通りこのバイクならば今の倍以上のスピードが出せるのだがさすがにそこまでは出さな い。それでもこのスピードなのだが。 バイクのままガレージに入る。大きな輸送車や、時にはACが直接出入りできるほどの巨大な出入り口なのでバイク での出入りは簡単だった。 「ただいまー」 ロジャーはヘルメットを脱いで誰と無く言う。ガレージの中は彼のフエーリアエの換装で騒々しく、どちらにしても聞こえ ないのだろうが。 「ちょっと! ロジャー!」 そこにこの喧騒を打ち破る大声でジーノが駆け寄ってきた。その手にはバーメンタイドの影響かどうかはわからない がスパナが握られ攻撃体勢は万全だった。 「あんた、あたしの誕生パーティ来るって本気!?」 ジーノのその様子にもだがその話の伝わる速さにもロジャーは驚いた。携帯電話などロジャーには馴染みの無い物 なのだ。 「うん、コヨミちゃんに来てもいいって言われたからさ」 とりあえずロジャーは本気であるという意味を含んだ返事をした後、バイクのカゴに入っていた買い物袋をジーノに渡 した。思わず受け取ってしまったジーノはなにこれ、と言いたげにしている。 「ごめんねジーノちゃん。俺この後すぐ行かなきゃいけないんだ。これ厨房に置いといて」 「え? なにそれ」 ロジャーはパイロットスーツを取りに自室に向かった足を止め振りかえり、更に付け加えた。 「あ! そうそう、夏は果物傷んじゃうから冷蔵庫に入れといてね。上から三番目の野菜室でいいから」 そう言って今度こそ自室に走って行ってしまい、ジーノはそれ以上なにも言うことは出来なかった。そして携帯電話の 液晶画面を睨む。その携帯電話には鉢巻を巻いた猫のキーホルダーがつけられていた。 停まっているタクシーを見つけた。車を持っていない俺の交通手段は公共のものだ。車を買うのもいいが今更免許を 取るのも面倒だ。特に俺みたいな仕事をしているとな。 眠っているのだろうか。俺がすぐそこに立っているというのにドアを開けようとしない。とりあえずガラス窓を叩いてや る。すると少しもたついて後部座席のロックを外した。 「複合地下中央病院まで頼む」 狭い車内に入り込むと行き先を言った。この車が小さいわけじゃ無い。俺が少しばかり大きすぎるだけだ。 「オールド・ザムのですよね? 分かりました」 白髪の混ざっているのが帽子をかぶっていてもわかる運転手はタクシーを発車させた。車内にはタバコの匂いが充 満し、見てみればラジオの下に取り付けられた灰皿から吸殻がこぼれ落ちている。 「お客さん、ラジオ何聞きます?」 運転手は車を走らせて最初の信号で俺に聞いてきた。俺はラジオを聞くことは無い。でもBGMぐらいにだったら聞い てもいいだろう。 「あんたが普段聞いてるのでいい。俺はあまり聞かないからな」 それを聞いて運転手はラジオに電源を入れてそのままにした。なるほどこいつも普段は聞いていないわけだ。 『次のニュースです。ネオ・アイザックシティ所属都市・カウヘレンからさらに西に150キロ程のポイントに所属不明の勢 力が集結しているのが本日午前四時に確認されました。まだ未確認ですがACの存在もあるとのことです。彼らの勢力 規模からインディーズか、それに関連しているテロ組織ではないかというのが監督局の今の見解です。これに対しさま ざまな方面で交通規制がガガガ……ザー……』 興味深い内容だったので聞き入っていたが突然ノイズが入り、続きが聞けなくなってしまった。 「ありゃあ、このあたりは電波悪いみたいですね」 運転手は周波数を変えようと片手でメモリを調節しているがこのあたり全体が電波の渡りが悪いようでノイズが途切 れることは無い。 「かまわねぇよ。切ってくれ。ノイズがBGMじゃ考え事も出来ないからな」 俺がそう言うと運転手はラジオを切った。そしてそのまま一言も喋ろうとしない。 目を閉じ、腕を組んで首をシートによりかけた。疲れた、寝よう。 ……ネオアイザックから西に150キロ。そこは砂漠だな。一応二、三工業施設はあるがそこでもないみたいだな。し かしそうなるとそこには無意味に戦力が集中していることになる。そこからどう移動するかわからんがどこも距離があり 過ぎるんじゃないか? となるとそこに何か意味があることになる。もしかしてテロどもの演習か何かか? 「お客さん。着きましたよ」 「ん? もうか?」 随分と長い間考え事をしていたな。とりあえず俺は財布を……財布を……財布……? 忘れちまったか? しかしズ ボンの右ポケットに何か硬い物が当った。しょうがない、これを使うか。 「カードリーダーはあるよな」 俺はポケットに入っていたその黒いカードを運転手に渡した。それを見た運転手はカードと俺を交互に見比べながら 不信そうにカードリーダーにカードを通した。 この反応はまあ予想できた。そのカードはコームと一般通貨が一緒に入っている特別なものだからな。そう、コームと 一般通貨を一緒に使う者、レイヴンしかもっていないカードだからな。 「どうも」 無愛想にしている運転手からカードを返してもらうと俺は煙草臭い車内を出た。 地上ではすでに夏真っ盛りらしい。地下では関係無いことなんだがな。 ロジャーはコックピットの中で本を読みながら出撃を待っていた。しかし、その本はいつものマニュアルではなく、ケー キの作り方が書いてある料理雑誌だった。ジーノの誕生会は彼自身が前々から楽しみにしていたことだ。だから中途 半端なものを作ることは彼自身が許さない。 目的地まで結構距離があるので航空機を使用している。ACの目には代わり映えしない格納庫の壁が映るだけであっ た。 しばらくするとコックピット内に小さな振動が伝わってくる。どうやら目的地に着いたようだ。予想通りコックピットに通 信が入る。 『レイヴン。作戦領域に入った。すでにAC一体を確認している。MTの存在はまだ確認されていない。出撃してくれ』 その通信が終わる前に格納庫の開閉口が開き始めた。そこからは白い砂の平原が広がっており、遠くには陽炎のよ うなものができている。 「出撃します」 雑誌を閉じ操縦桿を握る。ブースターで一気に加速し航空機から出撃した。そこは完全な砂漠だが所々に大破壊以 前のものであろう建物が砂に埋もれていた。ロジャーはブースターで下降スピードを和らげながら今回のミッションの内 容を思い出していた。 『監督局からの依頼だ。現在ネオ・アイザックとオールド・ザムの調度中間にある砂漠地帯に未確認勢力が駐屯してい る。各企業もこの勢力との関係を否定していることから、不法武装集団インディーズの部隊だと思われる。奴らの目的 は不明だがこの地域は砂漠ながらも重要な施設も多数存在しこのまま放置していたら経済的影響は計り知れない。す でにそこにはAC一体が確認されており、正面からの戦いは不利だ。よってレイヴンに協力を依頼したい。依頼はACの 陽動だ。レイヴンが来たとなれば相手もACを出さざるを得ないだろう。そこを我々が本隊を叩く。これが今回の作戦 だ。くれぐれも時間厳守で頼む。以上』 それはロジャーのような新人に任せるには重要過ぎる依頼の様に思えた。しかし、その報酬は80000コーム。それ は陽動、つまり囮は誰にでも出来る、ならばレイヴンは言ってしまえばどうでもいいということだ。その為の80000コー ムだし、あくまで目的は本隊での本隊への攻撃だからだ。ロジャーはそれに気付くことも無くこの依頼を選んでしまった のだが。 砂の上に着地する。その衝撃はブースターによってやわらげられていたが、大量の砂塵を空中に巻き上げた。しか し、それもすぐにおさまる。風は無い。 『其方のAC。回線を開け』 いきなりコックピット内に男の声が響いた。それは回線越しにも威厳を感じさせる低い声で、ロジャーはすぐにはそれ に答える事は出来なかった。 『汝、我が声を聞いているか? 拙者は十時の方角に在り』 もう一度語り掛けてくる。ロジャーはその通信に言われていた通り十時の方向に機体を旋廻させた。罠かもしれない。 さすがにレイヴンとして疑う、ということを覚えたロジャーだがその声にはそれを感じさせないものがあった。 機体を旋廻させるとその目線の先には白い光を放つ砂とは違う黒い点が見える。あれが確認されたACだろうか。そ の点の先には敵部隊だと思われる更に小さい黒い点が幾つも見えるが砂に埋もれている建物が視界を遮りよくは見え ない。 「回線を開きました」 ロジャーは送信システムをオンにして答えた。 『我が名はツルギ。AC、フエーリアエのパイロットであるロジャー・バートに話が在る』 その口調は丁寧過ぎると言うより古風なものだった。しかし、ロジャーはそれより自分の名前を知っていることに驚い た。ACの情報提供能力ではレイヴンの名前は出ないはずだからだ。 『我が名を知られていることに驚きか。だがほぼ基本機体で在ったにも関わらず「強すぎる卑怯者」、メイテンヘイデン のセーゼカを退けたフエーリアエはそれなりに名がある。拙者はそのパイロットの名を調べただけでござる』 丁寧な説明だが少しも気が抜けない人物であることはロジャーにも容易に分かった。しかし、彼の言っていた話という ものも気にならないわけでは無い。 「なんですか。俺に話って」 『簡潔に話そう』 ロジャーのその言葉を待っていたようにツルギと名乗る男は答える。 『ロジャー・バート。拙者は御主の力を買っている。我ら<フライトナーズ>の新しい力にならんか、否か?』 強制では無い。しかしその内容は信じられないものだった。 「フライトナーズ……?」 いかにロジャーがレイヴンとして無知でもその言葉は知っている。いや、あの世界的出来事の中心に存在するその名 を知らない者などいないだろう。しかし,それはロジャーの知っている限りでは五年前に崩壊しているはずだ。 フライトナーズは地球政府がまだ十分な戦力を持たない時、火星移住を機会に着々と力をつけた企業に対しレイヴン を集め創った特殊部隊だ。元々テロ活動を制圧するのが面目上の役割だが、実際は他勢力に対する牽制の役目を持 っていたんだろう。そしてその中心だったのが当時地球最強のレイヴンだったレオス・クラインだ。 レオス・クライン……。ニコライに渡された書類にはその名があった。しかしこの書類、初めて見た気がしない。 レオス・クライン。五年前、フライトナーズを率い火星の支配を目論んだ革命家。イカレ野郎。だがあいつの行動には 支配やらそういうのを超えた何かがあるとレイヴンの間では噂があった。結局実は兵器だったって噂の火星衛星フォボ スであるひとりのレイヴンにそれごとやられたわけだが、あいつに関しては今でもはっきりしないことが多い。 この書類を読んでわかること、それはエデン、ヘヴンの両施設は今から32年以前に設置されたこと。その施設はレ オス・クラインが創ったこと。そこではプラスになる資質を持った人間が製造されていたこと。 多分これは俺が夢の中で読んでいた書類をニコライの医者の情報網ってのが拾い集めたものなのだろう。だから俺 にとってはこれはその時の記憶を埋めるぐらいにしかならない。 「あまり言いたくないがただいたずらに謎を深めたってところだろ?」 すぐ横でニコライが言う。仕事が一段落したばかりなのか白衣を羽織ったままだ。ただその下に着ているのが黒いT シャツにインディゴブルーのジーパンと、レイヴンである俺としても信じられない装いだが。非番に呼び出されたのだろう か。 「まあ、そうだな」 俺は出来るだけ自分がここで創られた人間であるとは考えないようにしている。理屈じゃない。ただ、俺は自分が自 分じゃないような気がして堪らなくなることがある。そしてあの記憶に残る夢を見始めてからそれが多くなった。その時 俺は文にして表現できない絶望感を感じる。それが何なのかはわからないが。 「これは俺の考えだがー」 急にニコライが人差し指で空に円を描きながら始めた。 「デュライ。お前はここで作られた」 …… 「わかってる」 まったく。いい友人を持ったな俺は。 「俺はフライトナーズには入りません」 ロジャーにとってフライトナーズはテロリストに過ぎなかった。あくまでレイヴンはヒーロー、ACは正義の味方であり、 それによって火星の支配など考えられない。 『さようか……。ならば力を持つお主は我々の障害となろう』 ツルギは大きな溜息の後、淡々と言葉を繋げた。説得を諦めディスプレイを指で叩く。その度に液晶画面に光の波が 発ち薄暗いコックピット内を明るくした。最後にEXITを叩くと今まで光が灯っていなかった戦闘用の計器が緑色の光を 灯し始め、それがツルギのヘルメットからはみ出ている長い黒髪を緑色にした。 『最適OSロード開始。戦闘オプション機能開始。コンバットバランサー作動開始。機体誤差修正開始。FCS作動開始。 最適化完了。誤差修正完了。ラジエーター戦闘状態移行。機体状態チェック終了。システム、戦闘モードを起動します』 適切かつ、全くの無駄の無いコンピューターボイスがコックピット内に響きそれが通信を通しロジャーにも聞こえた。ロ ジャーはすでに戦闘モードに移行していたフエーリアエに右手のアサルトライフルを構えさせ気を引き締めた。 『すまないが障害は除去せねばなるまい。<天照大御神(あまでらすおおみかみ)>。参る』 それがまるで戦いの始まりを告げる合図であったように天照大御神はオーバードブーストで一気に距離を詰めた。初 めはただの点であったACがすぐにロジャーに見えるまでになった。 その機体は黒地に蛍光パープルを塗り分けており、一見派手だがパイロット同様落ちついて見える。両肩には翼の ような物がついており、ロジャーの知識ではそれがなにか判別出来ない。両腕はマニピュレーターがついていない特殊 腕のようだが火器は取りつけられていない。そしてそれはフエーリアエと同じ中量二脚ACだった。 その距離は即座に近距離に移り、ロジャーは焦りながらも右手のアサルトライフルを発射させた。しかし、天照大御 神は機体を左右に振りそれをかわすと両腕から紫色の光を伸ばす。 それは接近戦に白眉を持つデュアルレーザーブレード<ZAW−2/SAMURAI>だ。両腕にレーザーブレード発生装 置を設置した特殊腕で、一撃の威力も最強のレーザーブレード<MONLIGHT>より少し落ちる程度とその破壊力は 絶大である。しかし,他の特殊腕同様装甲を施すことができず、接近そのものにリスクが伴なってしまうため使用者は 少ない。その反面この武器を装備しているACはその武器の名から『侍』と仇名され恐れられるのだ。 一気に至近距離まで距離を詰めた天照大御神は左ブレードを左に薙いだ。その攻撃を予測していたロジャーはフエ ーリアエを天照大御神の右上空にブーストダッシュさせ回避する。しかし,それはツルギの「誘い」であった。ツルギは 天照大御神のエクステンションに取り付けられた旋廻ブースターを機動させると同時に右ブレードを右に薙いだ。 「うぁあっ!」 紫色の光の束がそこを離脱しようとしていたフエーリアエのコアを捉えた。その威力は旋廻ブースターによる加速も相 成り圧倒的な熱量がコアの装甲を舐め,ミサイル迎撃機銃の砲身を断ち切った。そしてその装甲を貫通した衝撃がコ ックピットを大きく揺らし,シートベルトをしたロジャーを何度もシートに叩き付けた。 それでもなんとかフエーリアエは体勢を立て直し天照大御神から距離を離す。そして背後の天照大御神の動きを知る 為,レーダーに目を通したが…… 「映ってない!?」 そこには敵機を示す反応は一つも無かった。どういう事か理解できず半分混乱していたロジャーはフエーリアエを反 転させながら火器を八連小型ミサイルランチャーに切り替えた。敵機がレーダー外まで距離を離したのならばこれが最 も有効なはずだ。少なくとも敵機の武器があのデュアルブレードだけなら反撃をくらう事は無い。 しかし反転したフエーリアエの目に飛び込んだのは紫色の光を伸ばした天照大御神の姿だった。空中から真っ直ぐ 真一文字にブレードが振るわれる。即座に反応することが出来たロジャーはフエーリアエを後退させたが、それでも間 に合わず既に迎撃機銃の砲身が無くなっていたコアを更に垂直に傷つけた。さらに即座に右に振るわれたが、それを ロジャーは更に接近し、体当たりする事で回避した。その右腕はブレードではない部分をフエーリアエに叩きつけるだ けで終わり,天照大御神が体勢を崩した隙にロジャーはフエーリアエに後退させた。そして確かにロックオンし天照大 御神にアサルトライフルを連射する。しかし,それは画面にノイズが走ったかと思うとロックが外れあらぬ方向へ発射さ れてしまった。それにロジャーは驚きとともにある確信を覚えた。 「そうだ、思い出した。あれは確かステルスってやつだ」 ロジャーは不鮮明な画面の先にいる天照大御神の背中に取り付けられた物を見て何度も見たカタログにあったひと つのパーツを思い出した。それは先程は無かった紫色の光を放っており,その光は蛍の光の様に儚げに輝いていた。 ステルスとは正式コード<ZXR−S/STEALTH>と分類されるACが装備する物の中では最も特殊な物である。ス テルスと言う装備自体は大深度戦争以前の旧式ACの装備するパーツにも存在していた。 通常レーダーは電波を目標に発射しその反射波を感知してその存在を感知するシステムだが、ステルスは常にそれ を解除してしまう妨害電波を発信する事により敵レーダーから姿を消すことが出来るのである。更にその電波は自機に は影響を及ぼさないように発射角を調整されており,レーダーから姿を消すのは自機だけと強力過ぎる物であった。 しかし,出る杭は打たれる。優秀過ぎた為即座にその解決策は見出され、その妨害電波を除外するレーダーが開 発,販売されるようになった為その姿はめったに見られない物となり、遂にはそのパーツは見られなくなってしまった。 しかし,第二次ACの開発にあたってジオ社が開発したジャミングロケットに搭載されたナノマシンの開発により、同社 はそれをステルスに応用する事を思いついたのだ。 それは純粋にFCS機能に障害を及ぼす妨害電磁波を発射する物に改造され、ステルスにそれを散布する機能を付 加させたのである。散布したナノマシンはステルスから発射される妨害電波をエネルギー源とし、その寿命はジャミング ロケットに搭載されている物に比べ数倍長い。更に発生源は自機である為その電磁波をかいくぐりロックされる事は今 の技術では考えられない事なのだ。今でもステルスのレーダー撹乱機能を解除してしまうレーダーは存在するが,この FCS機能の妨害に関しての対応策は今のところ存在しない。もちろんその間は自機もFCSによる武器の使用は不可 能だがそれを解除するのは任意に可能であって、あくまで妨害を受けるのは敵なのだ。 しかし,その優秀性に反してこのシステムはあまりにもエネルギーを消費してしまい,その重量も半端ではなく扱いは 難しい。デュアルブレード同様圧倒的な性能と共に併せ持つ圧倒的な欠点の為、使用するレイヴンは少ないのが現状 だ。 ロジャーは目の前で堂々と仁王立ちしているACを半分恐怖と半分尊敬の目で見つめ素直に思った。 「(強い……。俺よりもずっと……)」 それでも戦意を衰えさせる事無く火器を回し,小型ロケットランチャーに切り替えた。そうすると少しノイズの入ってい る画面にレーザーサイトが現れ,これならばいつも通り使用できる事を確認する。そして深呼吸の後ヘルメットのバイ ザーを上げ、画面を睨んだ。 対するツルギも少なからず驚きを感じていた。 『(どれも浅い……。拙者はあれで本気のつもりでござったが……,あれがレイヴンとなり二月足らずの者の動きと言う のか? )』 ツルギは目の前のまだ図りきれない存在との戦闘を嬉しそうに口の端を上げた。 『(なるほど……天賦の才か。しかしそれだけでは足りぬ)』 そして今度は開きっぱなしになっている回線を気にせずに口を開けた。 『貴様はまだ戦い方を知らんのだ!』 その言葉を合図に天照大御神はブーストダッシュで距離を詰める。ロジャーもその言葉を合図だと悟りロケットを発 射させた。発射音と共に音速で迫るロケットをツルギは天照大御神を左右に動かす事により回避し、すぐさまブレード の間合いとなった。 機械音の後、伸びる紫色の光をロジャーはフエーリアエをを後退させ回避するが、ツルギはそれさえも予想してい た。事前にオーバードブーストのスーパーチャージャーをオープン状態にしていた為,それを即座に作動させたのだ。 一瞬離れた距離がまた一瞬にして詰まり,もう一撃のブレードをかわすことができず直撃した。 「くあっ……」 コックピット内に二度目になる大きな衝撃が走りロジャーは食いしばった歯の間から呻き声を出す。その一撃は傷だ らけのコアを捉え、右胸の装甲を完全に破壊し、内部の機構が剥き出しになってしまった。 『回避に気を取られすぎだ! 其れ故必要以上に攻撃を受けねばならんのだ!』 まるで師が弟子に言い聞かせる様にツルギは回線を通してロジャーを叱咤した。 『回避と攻めは共に在ると心得よ! その片方だけでは突け込まれるのみ!』 的確な言葉が回線を通しフエーリアエのコックピット内に響き、ロジャーの心の中でそれは更に大きく,激しく響いた。 尚も続く斬撃をぎりぎりでかわしながらそれが一瞬止んだどころでロジャーは天照大御神を飛び越えるようにして背後 を取る。しかし,それさえもツルギの「誘い」だった。 ツルギは天照大御神を小さくジャンプさせ,旋廻ブースターを吹かすと背後を飛んでいるフエーリアエの背中にブース トで加速された斬撃を加えた。それはフエーリアエの背後を斬り付ける事は無かったがロジャーの頼みの綱であったロ ケットランチャーを見事に破壊した。そしてその爆発がフエーリアエを加速させ,距離が開いた。 ツルギもコンデンサ容量が頼りなくなったのでナノマシンを散布しなおして天照大御神を仁王立ちさせる。ロジャーも その爆風を利用して反転し、即座に天照大御神と相対する。 「(強い……。本当に……。)」 ロジャーは肩を上下させて息を整えながら全くの隙の無い目の前の敵に尊敬の目を向けていた。フエーリアエも剥き 出しになったコアの内部機構から時折火花を飛ばしながら主の指示を待っている。 「一緒に頑張ろう,フエーリアエ。今までの相手とは全然違って勝ち目は少ないけど……」 それでも強い笑顔で自分の相棒を労わる。 『右肩武装が全壊しました。復旧の見込みはありません』 「大丈夫。俺達にはこれがあるだろ?」 機体の異常を冷静に告げるコンピューターボイスとまるで会話をしている様にロジャーは言った。そして左腕につけら れた高効率レーザーブレード<ZLS−T/100>から赤い光を伸ばさせた。 『ウエイトバランスを最適化しました』 そしてまるでそれに応えるようにフエーリアエが朗報を告げる。それで勇気付けられたロジャーはブースターに火を 入れた。 「行くぞ! フエーリアエ!」 ロジャーはロックオン出来ない強敵に対し目視でアサルトライフルを連射しながら自らその距離を詰め始めた。 青年は狭いコックピット内の薄暗がりの中でコミック雑誌を読んでいた。時折レーダーに目を通してはまたその視線を コミックに移す。そんな事を何時間となく繰り返していたので青年は不機嫌そうに脇に置かれているヘルメットを叩い た。 「おせーな,ツルギさん……」 その青年はACの目を通して今立っている建物の下でまるでチェスの駒の様に規則正しく並べられたMTの群れを見 ていた。<バードラ>と言われる支援型逆関節MTと,まるで白い卵に手足をつけたような重装甲突撃型MT<バソー ルト>の二種類。これはこのまま部隊として使える見事な組み合わせだろう。その数も全体は把握出来ないがどちらも 20は下らない。これらをどう使うのかは知らされていないが青年はそれをどうでも良さそうにしていた。 次にその目をレーダーに移した。それにはMTの群れとかなり離れた距離で争っている二つの点が点滅している。青 年のAC<ブルースコープ>に肩に装備されているレーダーは最高級品でその有効距離の広さはもちろん,ステルス の放つ妨害電波を除外する機能を持っている。機体をその名の通り青く染め上げ,その手には高い攻撃力を持つエネ ルギースナイパーライフルが持たされており,支援機だとわかる。 「どうせ増援は無いだろ。ミニッツスターがすぐお手伝いに行きますよ」 暇なあまりそこを守る使命を破り、青年、ミニッツスターはヘルメットを被りバイザーを降ろすとACのブーストに火を入 れた。 紫色の光が右に振られた。そこには陽炎が残り,戦闘で舞い上がっている砂塵を上昇気流が更に上昇させる。レー ザーに巻きこまれた砂が赤く光り、花火の様だ。 フエーリアエはそれを後退してかわす。天照大御神はそれを見透かした様にまたオーバードブーストで機体を急加速 し、ブレードを振るう。しかしフエーリアエはそれをジャンプでかわすと着地を待たずしてブレードを振るった。それも天 照大御神は旋廻ブーストとオーバードブーストの慣性を利用しかわす。 『早い……!』 ツルギは既に回線がオフになっているにも関わらず押し殺した声でその驚きを表現した。少し前までその動きは荒削 りでしかなかったのにも関わらず,その動きはツルギの天照大御神に近いものになっていた。 メイテンヘイデンの攻撃を弾切れまでかわし続けた。その話は間違い無く真実である事をツルギは確信した。このロ ジャー・バートというレイヴンは戦えば戦うほどにその集中力を増してゆく。そして天賦の才と言わしめるほどに常人離 れした反応速度。これがレイヴン,ロジャー・バートの武器だ。 ツルギは目の前の敵を図りきれない存在から,強敵と認識を変えた。そして…… 『全身全霊を掛けていざ戦おう』 嬉しそうにその目を細め,操縦桿を握る手に力を入れた。 対するロジャーもその神経を一層研ぎ澄ませ,天照大御神の一挙一動に反応していた。ブースターの向きや、スーパ ーチャージャーの開閉、更には旋廻ブースターの動きを無意識のうちに目で追っていた。 互いを中心にブースターでの旋廻で出方をうかがい攻撃の機会を待っていた。そしてどちらかが攻撃を仕掛ければ 閃光が切り結ばれ、その閃光は互いに装甲を焦がすだけで直撃する事は無い。 そしてその状況を一転させたのはツルギだった。既に散布できるナノマシンが底を突いたステルスを強制排除したの だ。接近戦での戦闘で決着がつくのならレーダーに映ろうが映らなかろうが関係無いということだろうか。 「これじゃ今までと同じだ」 更にスピードを増した天照大御神にロジャーは撹乱されそうになりながらも必死に追いすがる。レーダーに映るように なり、ロックオンできるようになったは良いがこのままでは正面に捕らえる事も出来ない。もし捕らえる事ができてもロッ クオンできる時間は僅かでライフルは牽制の役割すら果たせない。 ロジャーはそのスピードに振りまわされない為にオーバードブーストを機動させた。間合いをとり、仕切り直すつもり だ。しかし,ツルギもそれを察してオーバードブーストを機動させる。こちらもその甘い考えを許さないつもりだ。 一瞬離れた間合いがすぐに詰まる。天照大御神はフエーリアエに比べ軽量でそのコアに内蔵されたブースターの出 力も高いのだ。それ故先ほどまで並んでいた二機のACもその差が次第に現れ始めた。 その中ロジャーはあのいつもの感覚を感じていた。全身が感覚神経になった様な異様な感覚。それは前に感じたも のよりはっきりした形となってロジャーもそれを受け入れるようにその感覚を解き放った。 遂に天照大御神がフエーリアエを追い抜いた。そしてブーストを切り、慣性を働かせたまま旋廻、それと同じに裏拳の ようなブレードでの斬撃を加える。それは高速移動しているフエーリアエの頭部を狙った渾身の一撃だった。 しかし,フエーリアエの動きはそれを上回った。こちらもブーストを切り、そのままバレエのアクセルを踏むようにして 旋廻する。頭部を狙った紫色の光は旋廻しているフエーリアエの右肩を斬りつけた。そしてその外れた肩アーマーが宙 を舞うがフエーリアエの動きは止まらない。そのまま旋廻のスピードを利用してブレードを振る。赤い光が天照大御神 の軽量コアを捉え、深く傷付けた。 『見事だ! しかしまだ足りん!』 ツルギはコックピットを大きく揺らす衝撃を無視して天照大御神を旋廻させ、そのままその動きを止めているフエーリ アエにブレードを振ったその時、 ピン…… 閃光がフエーリアエの右膝の関節を捉え、吹き飛ばした。 「なんだ!?」 いきなりの衝撃に驚きながらもロジャーは考えを巡らせた。確かACは一機だと知らされていた。しかしその一機はス テルスを装備している為レーダーには映らない。という事はACがもう一機いるという事だ。もう少し早く気付くべきだっ た、ロジャーはフエーリアエの体勢を立て直しながら後悔する。 『光学狙撃銃! ミニッツスターか!』 それ驚いたのはロジャーだけではなかった。その武器から自分の部下が犯人だと知り回線を開く。 『止めよ、ミニッツスター!』 しかし、その言葉を言い終える前に遠方で何かが煌くのが二人に見えた。その瞬間放たれた閃光がまたしても正確 にフエーリアエの右膝の関節を捕らえた。それにより先程の攻撃で弱っていた関節が完全に貫かれ、膝から下がゴトリ と落ちる。右の推進力を失い、バランスをも失ったフエーリアエは空中をさまよった後砂漠に叩きつけられた。 仰向けになったフエーリアエのコックピットの中でロジャーは食いしばった歯からうめきをもらす。かなり強く叩き付け られた様で全身に激痛が走った。そしオーバーロードを告げる警告音が鳴り響く。出力も安定せずフエーリアエも限界 だ。 『止めろって、僕は恩人ですよぉ?』 ミニッツスターは無気力な返事をツルギに返した。 彼のACブルースコープは膝を曲げ、両手でエネルギースナイパーライフルを構えていた。遠距離からの射撃精度を 更に上げているのがわかる。 『お主の役目はあくまで警護でござる! 邪魔をするな!』 明確な怒りと共に大声を叩き付けた。その声は怒りに駆られてもまだ落ちつきを感じさせるものだったが、無気力なミ ニッツスターの耳にはその言葉の半分も届いていない。 『どうせ増援なんて来ないッスよ』 そして無気力な返事の後管理火器を左肩の軽量グレネードランチャーに切り替えた。この軽量グレネードランチャー は一発当りの火力と装弾数に劣るが、その通称通り軽量化がなされている。その為装備が容易いのだ。 動く事の無い目標にその標準を合わせロックする。長距離狙撃用のFCSが殆ど黒い点にしか見えない目標さえも、 まるで神の目で見ている様に捉える。そして近くにツルギがいるのにも構わず発射した。甲高い音と共に短い砲身から 火球が吐き出される。それは辺りを赤く照らしながら、倒れているフエーリアエに命中した。 爆発。 砂漠の砂がACよりも高く舞い上がり、それに続く赤い爆炎が辺りにある砂や岩を構わず吹き飛ばす。そしてフエーリ アエもその重量に関わらず、まるで子供に投げつけられた玩具の人形の様にきりもみしながら何度も乾き切った砂に 叩きつけられた。そしてその度に砂漠の大地は砂を巻き上げる。 フエーリアエは全身に白い砂と黒い黒鉛をつけたまま微動だにしない。その両腕は外れ今も宙を舞っており、傷だら けだったコアは深く抉れコックピットのあるフレームが剥き出しになっている。 『止めよ!』 部下の暴走を止めようとツルギは声を張り上げる。しかしミニッツスターは耳も貸さず次弾の装填を待っていた。しか しそれを止めたのはツルギではなかった。 ブルースコープのコックピットに警報が鳴り響いた。それは増援を表すものだ。ミニッツスターはレーダーに映った新し い幾つもの反応に向けて機体を旋廻させた。 そこにはかなり上空を飛んでいるのも関わらず,そのシルエットがはっきりと見える三角形の黒い影が見えた。 『<サンクチュアリ>! しかもMk2!?』 それを目にしたミニッツスターはブルースコープを加速させた。 サンクチュアリはエムロードが設計した高高度長距離航空戦略爆撃機である。大型輸送車両に匹敵する大きさで、 重装甲重武装。空の戦車と言われるほど堅固な、爆撃機の最高傑作である。もともとジオ社との権力抗争の場が火星 に移った際に設計されたもので、補給できる機会の少ない火星の戦場で大きな戦果が出せるように造られたのだ。そ のために大きな燃料タンクを積めるように巨大かつ、それを守るために重装甲が施され、すぐさま戦場を離脱できるよ うに大量の爆薬兵器で武装しているのだ。 これの爆撃機はベストセラーとなり、他企業はもちろん本来敵である筈のジオ社でも使用されるほどのものであった。 そしてサンクチュアリMk2は戦場が再び地球に移った事により、安定した補給が受けられるため燃料タンクを小型化 し、更に重装甲にされたものだ。更にその火器は高高度からでも高い命中率を持つレーザーキャノンになった。これは まだ製造されて間も無いが、既に監督局の勢力が使用している事からかなりの人気がある事を伺わせる。 距離が離れすぎていた為さすがのエネルギースナイパーライフルもロックできる距離ではない。それを半分砂に埋ま った建物に乗る事で距離を稼ぐ。 片膝を着き、軽量グレネードランチャーを構えさせる。そしてロックしたのを確認するとそれを発射させた。吐き出され た火球はもう少しというところその勢いを失い、煙をなびかせたまま重力に捕まり自由落下を始めた。FCSの性能に火 器が追い着いていないのだ。 サンクチュアリはその砲身を群がっているMT達に向けた。そしてものすごい勢いで、レーザーキャノンが発射され る。それは一撃一撃がMTを蒸発させるほどの威力を持ちながらも、それあ速度で光速連射させられる。 レーザーにさらされMT群が次々と爆発してゆく。パイロットは乗っていないため、回避は不可能だ。それらはINDIES と書かれた装甲を撒き散らしながらただの鉄屑へと変わっていった。 『退け、もう何をしても無駄でござる』 失望を含んだ声でツルギがミニッツスターに告げた。 そう、こうなってしまってはACと言えど何も出来ない。ACにとって爆撃機は真上につかせない事が大事なのだ。しか し、ミニッツスターは任務を放棄していたため、発見が送れてしまいそれももう不可能だ。 『はいはい、りょーかい』 ミニッツスターはそれに恥じる事も無く無気力に応えた。背後で続いている爆撃から逃れるように二機のACは砂塵を 巻き上げながらそこを離脱していく。そしてあらかたMTが破壊された時には既にその領域から姿を消していた。 フエーリアエのコックピットに通信が入った。しかし、それはノイズでしかなく意味が含まれているようには思えない。そ してそのコックピットに乗っているパイロットはそれすら聞こえている様子は無く、微動だにしなかった。 「まずはこうだ」 ニコライは空に円を描いていた指を止め、その指を曲げ拳にするとそれを膝のうえに置いた。 「お前はここに書いてあるプラスになる資質を持った者として作られた。ここまでは分かるよな? デュライは頑丈だ。資 質はまあ十分だな」 何を基準に言っているのか分からないが自身たっぷりに言う。 「ああ」 それにしてもニコライのこのレイヴンとしての知識はなんだろう。明らかにレイヴンしか知らないようなディソーダーの 特性をまでまるで戦った事のあるように解釈する事がある。 俺の疑問を無視してニコライは更に続ける。 「お前の歳を三十前後と考えれば時期はぴったり当てはまる。次にレオス・クラインだが当時もこいつはフライトナーズ の最高責任者だった。どうやってこんな研究をさせる事ができたかはまあ死人に口無しだが、ここで作らせたプラスを 戦力にするつもりだったのは明白だな。まあこの辺りは例の記憶に残る夢ってやつで見当はついてるだろうけどな」 その通りだ。俺の考えと同じだ。だがそれでいいのか? 「問題はその後だ」 しかし、ニコライはそれに更に付け加えた。 「フライトナーズがクーデターを起こした、つまり五年前だがな、その時お前は既にデュライだった。これだ。さらに言え ばお前の話が正しければ十五年以上前からレイヴンでいるわけだ。さあ、これをどう解釈する?」 そこまで言って俺に話を振る。おいおい、何も考えて無いのか? 「俺には見当もつかないな。記憶が無くなってる理由も知らないわけだからな」 正直な話こういう事だ。しかし、その疑問は確かにもっともだ。レオス・クラインがクーデターを目的にプラスの製造を 始めたとしたら、その一人である筈の俺がしかもプラスじゃない状態でここにいるのは何故だ? そして何故無事にこう して生きているんだ? 「これについてはみっつ考えられる」 なんだよ、ただ出し惜しみしてただけか。ニコライは拳にしていた手を開き人差し指で再び空に円を描き始めた。 「ひとつ、お前は自力でどうにか逃げ出した。この説だと時間的な問題はクリアされるが、追っ手の類が一つも無い点 は証明出来ない。プラスでないのも疑問だな」 御丁寧に説明してくれるな。ニコライは今度は指を二本にして空中で止めた。 「ふたつ、お前は演習中ACで施設を破壊してから逃げ出した。この説は更に追っ手が無い点をクリアしてくれるが、当 然お前はその後もACに乗っている事になるから次はガードなりレイヴンなりに追われる事になる。この場合前者よりも 更に生存率は低い。プラスじゃない点も気になる。そしてこの二点にお前がレイヴンになる理由及び記憶が無くなる理 由は見られない」 そうかも知れないな。俺がレイヴンだというのも確かに謎だろう。……? 「おいニコライ、三つ目はどうした」 「三つ目?」 ニコライはその言葉を聞くと眉を寄せ険しい顔をした。 「三つ目……。それは……その他だ」 ……下らねえな。 「何かしらの不確定要素があったのかもしれん。レイヴンの襲撃にそこでなにか災害があったのか……。上げれば切り が無いから省いただけだ」 「だが可能性を考えればその不確定要素の方が大きいんじゃないか? なんせその前の二つは倒れてるじゃねえか。 となるとその不確定要素でなんとか俺だけが生き残った、どうだ?」 その時俺の記憶が飛んだ。まあ有り得ない話じゃ無い。ニコライ風に言えばこの場合俺がレイヴンである理由は成立 しない。他もそうだがな。 「そういう事になる。これ以上言っても真相はお前の脳みその中じゃしょうがないけどな」 そう言うとニコライは笑い始めた。どうやらこの話はこれでお終いらしい。気の利いたジョークらしいがその程度じゃ俺 の横隔膜は痙攣しない。 「リグを買ったんだったな。これからどうするんだ?」 そうだな。どうしようか。 「まだしばらくはここにいるさ。荷物はまだ詰め込み終わってねえし、コンコードにやったメールの返事もまだ来てねえし な。そうだな。その後はザムを回った後他に移るさ」 それになにかしら見覚えのある場所を見つける事ができるかもしれないしな。 コンコード社がレイヴンに送る依頼はガレージを中心とした所在を確認した上でだ。だから俺のようなリグ持ちはその 依頼を全て開放してもらわなければうまく依頼を受けることが出来ない。俺はそれを受理してくれるようにメールを送っ たわけだ。 「そうか。それより覚えておけよ。お前の血液型はB型だ」 それが会話を締めくくった。ニコライは聴診器のはみ出した白衣に手を突っ込み病院向かい歩き出していた。 お前は人間だ。そういう意味を含んだ言葉なんだろう。あいつの性格を考えれば少し捻じ曲がった表現だが随分と助 かる。 俺はニコライの白い背中に背を向け全く逆の方向に歩き出した。 既に日は傾いていた。時折雲の切れ目から姿を見せてはその下を赤く染める。この街では珍しい夕日が今日は綺麗 に街をセピア調に仕立て上げていた。 その街並みを二人の少女が歩いていた。ひとりは鞄に戦利品のぬいぐるみを突っ込み、もうひとりは隣で歩いている 友人に比べて必要以上に背が低い。 「どうするコヨミ、今回のレポート」 少女は手に持ったまだインクで書かれた文字しかないレポートを眺めながら言う。そこには『大破壊以前の文学作品 を読んだ感想』とある。 「ジーノは昔の本持ってなかったっけ。なんなら今度私ん家の貸そうか」 コヨミは隣の友人を見上げる角度で親切に言った。 「うん。明日辺りね」 そう。明日はジーノの誕生日だ。両親の帰らない友人の家で親友と誕生日会。今までガレージの整備士達と祝ってい たのは忘れたい事だ。しかし、ロジャーの存在がジーノには気掛かりだった。 「じゃーなー」 交差点にさしかかりコヨミはいつもの道を戻って行った。小さく手を振りその小さい体から長い影を作りながら。ジーノ も小さく手を振りながら横断歩道の白い部分だけを踏みながら帰り道を進んで行った。ロジャーのバイクで五分の道の りはジーノにとって一時間近い。それでも途中まではコヨミと同じ道を帰れるのは嬉しい事だ。 そういえばコヨミ、ロジャーがレイヴンだって知ってるのかな……。 ジーノはふと、そんな事を考えた。結局昨日は帰らなかったが今ごろフエーリアエの整備でガレージは大忙しだろう。 それできっとロジャーはボロボロの機体を見てしょんぼりしているに違い無い。そうだ、レポートはあいつに書かせよう。 もっともらしい事を言えばきっとレポートとも気付かないんだ。 ジーノはそんな事を考えながら歩いていた。しかし,ガレージが見えるまでになってもいつものうるさい作業音は聞こえ ず,虫の鳴き声の方が良く街に響いた。 「ただいまー」 ACが出入りできるほど巨大なシャッターをくぐりジーノは一応誰とも無く自分が帰ってきた事を伝えた。しかし,それに 応える声は無く,皆、バーメンタイドを中心にデスクを囲んでいた。 「どうしたの?」 何人かの同僚を押しのけデスクの上を見た。そこにはACパーツの内部構造が詳しく書かれた書類が広げられてい た。 「ん? ジーノ、帰ってたか? いや、あれだ……」 バーメンタイドは言い難そうにしながら一瞬上げた顔をもう一度デスクに戻した。 「やっぱり頭以外は役に立たないな。左脚は辛うじて使える程度だから状況次第……。ジェネレーターは修理しても五 分五分か。よし、とりあえず使える物は取っておけ。後は交換だ。すぐに は無理だから作業は明日始める。今日は早 めに切り上げて体力貯めておけ」 結局状況を把握していないジーノの説明を諦め、その場を治めた。そして顔をもう一度顔をジーノに向けた。 「実物を見てからの方が説明しやすいだろ。ついてこい」 広がっていた書類をファイルに納めるとバーメンタイドは歩き出した。ジーノが辺りを見渡してもハンガーに掛かってい るACにヒーロー色に染められたフエーリアエの姿は無く、一体どういう事か分からないままバーメンタイドの後をついて 行った。 ついて行けばそこはパーツを置いておく倉庫だった。バーメンタイドは夕日で赤くなった倉庫に灯りをつけると階段を 上がり、ジーノもそれについていく。 「まあ、こういう事だ」 階段を昇りきるとバーメンタイドそれを指さした。そしてそこには仰向けになっているフエーリアエが大きな影を落して いた。両腕はアタッチメント部分を残しちぎれ、右脚も無くなっていた。左脚は意外に無事かと思えば脛から下が変にね じれており、足は無くなっていた。そして最もひどいコアは両胸の装甲板が無くなっており、そこからはみ出たコードやパ イプが人の内臓の様にだらしなく倉庫いっぱいに伸びている。そして剥き出しのコックピットフレームさえもその中をさら していた。 「なにこれ……」 「ロジャーのフエーリアエだ。一応な」 目の前の信じられない光景をジーノは大きな目をいっぱいに見開いて見下ろしていた。無事な部分を探そうとしても 見つからない。バーメンタイドが無事だと言っていた頭部も光学カメラを保護するバイザーが綺麗に無くなっており、そ こから緑色の『目』が高い天井を見上げている。 そして当然ジーノの頭には一人の青年の顔がよぎった。 「ねえ、おじさん……、ロジャーは?」 バーメンタイドは自分を見上げている娘同然のジーノを見ながら言葉を探した。しかし適当な言葉は見つからない。こ れを見せた後で大丈夫だ、は無駄だろう。 「わからん」 そして目線をそらし事実を告げることにした。 「俺達整備士にレイヴンのどうこうを知る術も、権利も無い。情けないがあいつ次第だ」 そして先程のファイルから本を取り出すとそれをうつむいているジーノに渡した。 「あいつのコックピットに入ってた。あいつの事だから鍵はかけて無いだろ。部屋に返しておいてくれ」 それは雑誌だった。ロジャーが毎週買っている料理の雑誌だった。ジーノはその表紙が外れている雑誌を見てどうし ようもない不安を感じていた。 AC フエーリアエ RAVEN ロジャー・バート
大きな変更点は無いが、右手武装がアサルトライフルに換装されている。このためフィーリングでの火力が強化さ れ、撃ち負ける事が少なくなった。また、ブレードの出力も強化されている。ここにきてフエーリアエもようやくACらしくな ってきたようだ。 AC 天照大御神(あまでらすおおみかみ RAVEN ツルギ
ACの近接戦闘仕様を突き詰めた構成である。中量二脚を選んだのは近接戦闘での重量移動が容易なためであり、 旋回ブースターによる重量バランスの崩れを即座に解消出来る。 ステルスによって火線を掻い潜り、高速で接近、斬撃を加える。各パーツは曲面を多用したものが選択され、風の抵 抗を最小限に抑える事が出来るため、見た目以上にその機動力は高い。 AC ブルースコープ RAVEN ミニッツスター
ツルギの乗る天照大御神をサポートする長距離射撃型中量二脚AC。情報処理能力、偵察能力に長け、逸早く味方 に情報を送信する。 火力にはエネルギースナイパーライフル、軽量型ながらもグレネードランチャーを装備し、長距離から強力な一撃を 加える事も出来る。ただし、総合火力に関して言えば貧弱と言わざるを得ない。 FCSの圧倒的な性能により、超長距離からフエーリアエを撃破した。 |