第一話 始まりの朝 たのだ。その息遣いさえも遠いものに感じられた。 そして爆音は既に音という生易しいものではない。それは確かな質量を持って少年が脚をかけている階段を揺らして いるのだ。 なぜ屋上を目指しているのだろう。 少年の冷静な部分が自身に語り掛けてくる。しかし目の前で母親が吹き飛ばされた衝撃が少年の心の耳さえ潰して しまったのだろうか。彼はただ屋上を目指していた。言わば衝動的な行動と言える。 少年の栗色の髪はすでに振動で粉末となったコンクリートの埃にまみれ、時折窓から覗く光景は彼を絶望させた。 少年の好きだった街。コルナードベイシティ、グラム、ノーシスベイ。夏は暑く冬は寒い極端な気候だが、彼はそれが 好きだった。季節の移り変わりが分かりやすく、その度に街はその表情を変える。 そして今日も街はその表情を変えていた。破滅的なほどに。 街はあちこちから黒煙を吐き出していた。植林された街路樹は炎に包まれ、見慣れた光景はもう見る影も無い。 そして見えた。破壊の元凶である巨人。人の形をしているが人ではないもの。装甲を赤く染め上げ、巨大なままの武 器を担いでいる。それは兵器、ACだ。 AC、アーマード・コアと呼ばれる戦闘兵器の略称である。 コアと呼ばれる胴体部分を中心に武装を施し、いくつものバリエーションを誇る高凡庸を売りとする巨大人型兵器だ。 完全なコア思想により造られたこの兵器は、内骨格を有し、それが支える複合装甲<多重多種層行型装甲>は通常 では考えられない強度、重量を誇る。 人型というACの最大の特徴があらゆる兵器の武装を可能とし、巨大ながらも柔軟性の高い動きによりたいていの攻 撃の回避さえ可能としていた。 戦場における少ない資源による大規模な破壊活動を目的に設計され、極めて高い汎用性、及び継続戦闘能力を持 ち、ACという存在は絶対的なものである。 しかしこのACも元は兵器ではなかった。そう、かつては「地下世界における人類の希望」とさえ言われた工業用機械 だったのだ。 大破壊と言われる戦争があった。あらゆる宗教とは独立した年号、地球暦の06年にそれは起きた。現在218年。今 現在から112年ほど昔の事になる。 その戦争の起きた原因に関しては未だよく分かってはいない。大破壊以前の記録や技術の多くはその戦争によって 文字通り焼き尽くされてしまったからだ。ただ、現在では小さな民族紛争がその火種で、それが世界中に飛び火したと いう説が有力である。 更に言えばその戦争が今では想像も出来ないような恐ろしいものであったのは確実であると言う。なぜなら当時の世 界は数百年も戦争を知らなかったからだ。しかし技術だけは暴走するように発達する。その結果、地球は新兵器の実 験場となった。 今では最終兵器となった核。それさえも豆鉄砲としか言えないような兵器が次々と実戦に投入され、躊躇いも無く使 用された。想像を超える破壊力は地球の循環機能を停止させ、放射能を大気にぶちまけた。勝利者などいない。人類 は壊滅的な被害の中、しかし生き残った。かつての1割にも満たない人口を残して。その過程で記録、技術は失われ た。 呼吸して手に入れられるのは酸素ではなく高濃度の放射能。そうなった地上から人類が身を寄せたのは皮肉に も増えすぎた人口を収めるための地下都市だった。唯一全てが大破壊以前の技術で造られているエアクリーナーによ って地下世界は何とか人の住める場所ではあったが全ての人類がそこに済むには狭すぎた。更なる地下世界の開発 が必要だったのである。人はこれを100年計画と呼んだ。しかしここで人類は新たなる壁にぶち当たった。大破壊が奪 ったのは生命の住める地球環境だけではない。資源だ。 今までの作業機械ではあまりにも効率が悪すぎた。人的資源も同様である。その結果必要となったのは実用に耐え うる汎用性を持つ、脚と手を持った人型作業機械である。 脚は補整されていない通路の移動を可能し、手、即ち完全人型マニピュレーターは人のように場合場合に必要な機 械、即ち作業用デバイスを持つ事によって状況に対応出来る機械を装備、使用できた。もちろん造るには今までの作 業機械とは比べものにならない資源が必要となった。だが、この人型作業機械は通常の数十倍の作業効率と寿命を 誇った。また、各部をパーツに分け、各企業がこれを販売し、更に汎用性が強化されてゆく。これが地下世界における 人類の希望と言われた由縁である。そしてこの作業機械は筋肉をなぞる者、マッスル・トレーサーと言われた。 しかし地下の世界が安定し始めた時期、かつての国家に取って代わった企業は他企業に対する防衛の大義名分の 元に戦闘用マッスル・トレーサー、MTを造り始めた。それまでその役割のため名前を略されることは無かったが、戦闘 用となるとその名は飽きるほど聞く事が出来るようになった。その結果、マッスル・トレーサーはMTと言われるようにな り、今ではその正式名称を知る一般市民はいない。 そしてMTの中で完全に戦闘用となったMTは今まで通り互換性を持ったパーツによって構成されるように設計され た。そしてその結果考案されたのが完全なるコア思想であった。 胴体であるコアを中心に専用の完全戦闘用MTパーツを換装する事により機体を構成し、今まで兵器には考えられ なかったほどの汎用性を持つに至った。それはかつてMTに求められたものと同じだったからだ。 更に人型の兵器と言うものは内骨格を持つに至った。この内骨格は言わば外骨格によって構成されていた兵器とは 比べものにならない積載力を持つ事が出来た。その結果今まで企業の空論であった完全兵器用超重量複合装甲、多 重多種層行型装甲の搭載を可能にした。その結果今までの半戦闘用MTではこのコアドMTと言われた完全戦闘用M Tには破壊は不可能な強度を持つに至ったのである。 それだけに留まらない。企業は皮肉にも更なる技術向上に他企業との技術的交換を求めた。その結果全てのコアー ドMTパーツは完全な互換規格が設定され、コアードMTはアーマード・コア、ACと名付けられ完全に独立した兵器とな った。 資源不足から今では数を活かした戦略的な戦闘は不可能になっていたが、ACはそれ自体が戦略であった。空母並 みの装甲。ヘリコプター並に小回りの利く機動力。戦艦並みの火力。そして互換パーツによって他の追随を許さない汎 用性。正に閉鎖空間における究極の兵器であった。 しかしそのACにも転機が訪れた。 大深度戦争、もしくは30年戦争と言われた地下世界最大の戦争である。この戦争の原因はそれまで地下の世界を 管理して二大企業、クローム社、ムラクモ社の突然の崩壊だと言われている。この二大企業倒産の原因自体は未だ不 明だが、その結果は悲惨なものだった。 地下世界の生命線、エアクリーナー。それが戦争の影響で破壊されたのだ。その結果地下都市の多くが事実上破棄 され、人々は地上にしか行き場が無い事に気付くのだった。 今まで1000年は地上の復興は無いと言われていた。しかし意外にも地上は回復していた。緑が繁茂し、酸素が十 分にあった。最も心配された放射能汚染も空気中に漂っているものに注意さえすれば十分回避できるものであったの だ。 更に同時期に発見された大破壊以前の計画、火星テラフォーミングであった。これは画期的なもので、増え始めた人 口、足りない資源問題、それを解決するものであった。 しかし地上復興から浮き彫りになり始めた企業間の闘争はそのまま火星に持ち越され、戦闘は激しくなった。火星か ら新たに採掘される資源。それは今まで封印されていた数を活かした戦略的戦闘を復活させたのだ。 その結果、ACは駆逐されるようになった。単体での戦術。それは既に時代遅れのものになってしまったのだ。大型爆 撃機、量産型戦闘機、更にはACに匹敵する汎用性を持つに至った戦闘用MTによってACは次第にその勢力を奪わ れるようになった。 しかしその問題はある簡単な発想によって解決される。それは既に時代遅れとなった技術による旧規格を廃止し、新 たなAC企画を持ち上げるというものであった。そしてその結果ACは今まで以上に手におえない兵器となったのだ。 まずは火星という過酷な戦況に対応しえる強力なジェネレーター。補給出来る機会の少ない火星においてジェネレー ターの出力強化、高効率化は絶対的に必要だったのだ。その結果、更なる長期戦闘に耐ええるものとなった。 そして単純な多機能化。コア内部に拡張搭載されるインサイドウェポン、腕部サイドに機能強化のため搭載されるエ クステンション、更には重量の増加に伴う瞬発力の低下を解決するオーバードブースター。スーパーチャージャーと言う 大容量エアタンクに吸収され、圧縮された空気をブースターから出力する事によって今まででは考えることが出来ない 加速が可能になったのだ。 機能強化に伴い、ACは今までよりも一回り程巨大化し、重量は二倍近く増加した。しかしジェネレーターと同時にブ ースター出力も強化され、それは問題ではなかった。 巨大化に伴う火器の強化も著しい。戦艦並と言われた火力はそれ以上のものにまでなったのだ。 かつてとは比較にならない傲慢さを発揮するAC。それが今少年の生まれ育った街を破壊していた。少ない資源によ る戦闘を基本理念に設計されているACはその手を休める事は無かった。 そしてACはある特定の人種しか所有が許されなかった。 その人種をレイヴンという。 かつてはレイヴンズ・ネスト、現在ではコンコード社の運営するナーヴス・コンコードによって破壊の権利を得る存在。 正しくは企業に代わって厄介事を力によって解決する者だ。 合法非合法を問わず依頼をこなし、その報酬を己の血肉とする傭兵。その中でも、ACをその相棒とする者をこう言 う。彼らは死肉食いとも、災悪の予兆とも言われた。そしてそのどちらも間違ってはいない。 そして今この街を襲っているのは紛れも無くレイヴンの乗ったACなのだ。 暗い非常階段が明るく感じられてきた。出口が近い。少年は更に足を速めた。屋上についた所で何の解決にもならな いと知りながら。 「着いた!」 遂に屋上にまで到着した少年は意識して大声で宣言した。自分の中で蛆のように這い回っている恐怖と絶望を押し 殺すためだ。そして空を見上げる。そこには今の惨事を無視するように雲一つ無い青空が広がっていた。まだ朝と言え る時間帯で太陽は低く、建物はそれぞれ長い影を落としていた。 十数年前までは考えられない景色。それが少年を安心させた。しかしそれと同時に母親を失った悲しみがよみがえっ てくる。 当然の爆発。それが発端だった。危険を事前に知らせるはずのサイレンもそれを追うように大気を切り裂く警告音を 発し、その頃には既にACによる破壊活動は行なわれていた。あまりにも突然現れたそれは巨大なAC輸送航空機によ って空から降ってきたのだろう。それでなければあの巨大な兵器をレーダーが見逃すはずがない。 なぜこんな事になってしまったのだろう。いや、その前に今何が起こっているのだろうか。 少年は混乱しかかっている思考の中そう考えていた。 突然家庭を揺らした爆音。埋もれたシェルター。そして突然の爆発にその身を飲まれた母の姿。少年の思考に次々と 呼び出される映像。 全ての悲しみを踏みにじり少年は青い空と太陽を睨み付ける。強力な太陽光にも少年は怯まない。 「きっと父さんが悪いやつを倒してくれる!」 そしてまだ続く爆音に負けないように大声で少年は宣言する。 「母さんだってきっと生きてる!」 しかしそれは気休めだと少年は気づいていた。あの爆発でコンクリートの天井に叩きつけられた地点で彼の母親は 原型を留めてはいなかったのだ。だが、否定する。自分の記憶を。 少年の住む五階建ての建物から悪いやつが見えた。それは全身を深紅に染め上げ、手にしたバズーカ砲で戦闘ヘ リを撃ち砕き、次々と火球へと変えていく。その度に大気が震撼し、少年の頬を震わせる。 しかし赤いACはその重武装が災いしたのか周囲を飛び回るヘリの大群を捕らえられずにいた。ヘリによる攻撃など ACの重装甲には通用しないが、ACのパーツとパーツを繋ぐアタッチメントポイントには装甲が施されてはいない。そこ を狙えば破壊は出来ないが弱体化させる事は出来る。しかし次の瞬間には横から割り込んできた閃光がヘリを叩き落 していた。 高層ビルの間から出現したそのACは、ACの標準である人型とはまるでかけ離れた形状をしていた。腕部には特殊 腕と呼ばれる火器が取り付けられ、その形状はまるで蟹の鋏だ。頭部には頭と呼べるものは無く、レーダーにしか見え ない物があるのみで、下半身は地上から浮いており、うるさく機械音を発していた。 それはフロートと呼ばれる高速戦闘を目的とした比較的新しい脚部パーツである。それまで汎用性に優れる二脚、基 本機能性に優れる逆関節、通常機動性能に優れる四脚、圧倒的な重装甲を施す無限車両がACにおける基本的な脚 部分類であった。しかし火星においては高い効率性を持ちながら高速での移動を可能とする<何か>が必要であっ た。その結果生まれたのがこのフロートだ。 ディーンドライブと言われる遠心力を機体の上部に集中させる特殊な機構が装備され、それが機体を浮遊させる。こ の遠心力をやや傾ける事により移動が可能だ。しかし高速移動には推進力が必要であり、その機能は未だ未完成と 言えるものである。加えてディーンドライブによる移動自体は無音だがディーンドライブの機動音は非常に喧しく、隠密 行動には向かない。しかしAC自体にはその巨大さのため隠密などという言葉には無縁に等しいのだ。 二機のACに囲まれ、ヘリ郡は統制を失っていた。そこを離脱すれば閃光に巻き込まれ、応戦しようとしたヘリも赤い ACのバズーカ弾が叩き落すだけだった。共にその破壊力は理不尽なもので、うまくヘリが回避できたバズーカ弾はそ の直線上にあった建物は着弾と同時に爆発し、大きな窪みを作った。 ヘリ群を全滅させた二機のACは次の目標を探しているのか動かず頭部を回転させていた。その動きはとても人のも のとは言えない。当り前の事だ。やつらはAC、兵器なのだ。 そこに重いものが動く音が大気を振動させた。それは二機のACの動きに似たものだった。当然だ。その音の主もA Cであるのだから。 二機のACがレーダーで確認した目標をその目で確認しようとその音の主を振り向く。赤い重量ACの人の目のように 見える光学カメラがそれを捉えた。 「フエーリアエ!」 そこには一機のACが立っていた。二機のACのように大型の輸送機から飛び降り、二機のACを迎え撃つため立ち はだかる。それは少年の父が乗るAC、フエーリアエだ。少年の父はレイヴンとしてこの街のシティガードと長期契約を 結んでいたのだ。 シティガード、それは都市単位で治安を守る自警団のようなものだ。かつては企業が自社が統制する都市を管理す るためのものであったが今では地上復興と同時に設立された地球政府が多くを管理している。もちろん企業ガードも今 でも存在する。しかしガードにとって主な戦力は汎用性の高いMTやヘリだ。戦闘機などは滑走路が無ければ使えず、 ACの使用は許可されていない。そのためレイヴンを雇うという事は珍しくはないのだ。 そのAC、フエーリアエは中量二脚というスタンダードな機体構成だがそれが彼の自身を物語る。トリコロールに色塗 られ、二機のACに比べれば正しく正義の味方のようだろう。 彼は被害を大きくしないしないために近接戦闘を選んだ。敵ACに向かってブースターに火を入れ接近する。白煙と青 白い光を残しフエーリアエはその大きさが信じられないほど高速で加速する。 それに合わせてビルの影に隠れていたヘリ群が再び編成を組み出撃する。ACから見ればまるで蜂の群れのように 見える。その数は優に20を超える。しかし、やはり二機のACの戦闘能力は高く、形成逆転とまではいかない。 その中、彼は冷静だった。敵弾を回避しつつ、目標を赤い重量ACに絞る。非人型ACはすでに残弾が少ないため、 ヘリでも十分戦闘可能と踏んだのだ。ならばもう片方の意識をこちらに向かせたほうが被害は少なくて済む。 すでに至近距離。彼は何発目かになるバズーカ弾をかわしながら左腕に装備されたブレードから青白い光を発生さ せる。 彼のACに装備されているMOONLIGHTはブレードの中では圧倒的な性能を持つ。それゆえ重量に難を残すが近接 戦闘を得意とするレイヴンは好んでこれを装備している。彼もその一人だった。 しかしこのMOONLIGHTは極めて希少な存在である。なぜなら火星でしか産出出来ない鉱物がレーザー発生に使 用されており、火星でさえ滅多に手に入る物ではない。だからこそあるだけでその存在は圧倒的である。 閃光が熱をともない赤い装甲を切り裂く。さしもの重装甲もこのエネルギーの塊に耐えられず表面が赤熱し蒸発す る。液化した鉄があたりに撒き散らされ、それに触れたアスファルトが蒸気を噴出した。 赤いACはフエーリアエから距離を離そうとするも機動力が違い過ぎた。フエーリアエを追い払おうとバズーカ砲を向 けるが、それはライフルの銃身で払い除けられ、更にレーザーによる攻撃を受けた。それは先程の出来た赤い傷と交 わり、×の字を作った。いかに重装甲であろうとこの攻撃に何度も耐えられるはずも無く、コックピットまで光が達せば 破壊する必要も無くなる。 余裕の出てきた彼はレーダーに目を通す。フエーリアエは肩に大型のレーダーを装備している。頭部に相殺されてい るものとは比べものにならないほど広域を確認できるタイプだ。 しかしそこにはあれだけいた味方ヘリの機影は無く、代わりに敵機を意味する赤い点が3つになっていた。このレーダ ーが誤作動を起こす事は今まで無かった。そしてこれからも無いはずだ。つまり、ヘリは全て撃墜された。 彼は赤いACに右手に握られたライフルで追撃を加えながら距離を離していく。新たなるもう一機をACのカメラで確認 するためだ。 ライフル弾は、次々と赤熱しわずかに光を放つ装甲に吸い込まれるが致命傷には至らない。とてつもない重装甲だ。 しかもそれを邪魔するように目の前に非人型ACが進路を塞ぐ。更に追撃とばかりに赤いACが肩のミサイルランチャ ーからミサイルを発射する。彼はなるだけしたくはなかったが、これをビルに隠れて回避すると同時に、目の前の邪魔 な浮遊物に対しブレードを発生させた。 しかし、その刹那トリコロールの機体が爆炎に包まれ、その衝撃でビルに叩きつけられた。超重量兵器、ACが衝突し た瞬間建物はコンクリートの破片に変わる。 それは隠れたもう一機のACによる攻撃だ。それは察しがついた。 彼はディスプレイでまだ戦えることを確認すると機体を安定させ、更に加速させる。一刻も早く目視で捕らえないとまた <あれ>を食らう事になる。しかし機体の至る所に黒煙が巻きつき、ビルに叩きつけられた左肩装甲は接続部分を残 し剥がれ落ちていた。エクステンションに搭載されていた降下ブースターも共に外れ落ちる。それでも攻撃は止む事は 無く、それを回避するだけでも容赦無くコンデンサ容量は減ってゆく。 背後から甲高い音。大きな砲弾が吐き出される、ACのグレネードランチャー特有の砲撃音だ。 彼は機体を急上昇させる。そして予想通り数瞬間置いてそこは爆炎に包まれた。コンクリートのアスファルトは抉られ 吹き飛び、辺りに撒き散らされる。 爆風に煽られ、トリコロールの機体はさらに上昇を加速させる。それを追うミサイルが白煙を棚引かせながら飛来す るがそれをゆっくりと回避する。 そして遂に確認した。フエーリアエのほとんど真下にもう一体赤いAC。しかしその機体は軽量二脚ACに分類される、 高機動ACだった。その脚は悪い冗談のように細く、兵器であることを忘れさせるほど優美な外見をしている。しかしそ の右手にはグレネードライフルが装備され、先程の攻撃の張本人だとわかる。 戦況は厳しい。三機のACはそれぞれ完成されており、レイヴンの腕も良い。連携も完璧ときている。彼は幾多もの戦 場を駆けた歴戦のレイヴンであったが、それゆえに勝ち目の無いことも自覚していた。 ロケット弾が右脚に命中する。着弾の瞬間装甲が貫通され、爆発が内部機構を傷つけた。それはプラズマビームが 発射限界に達した非人間型ACからの攻撃だった。 動きが鈍ったトリコロールの機体に対し次々にミサイルが吸い込まれる。爆炎に包まれ、更にグレネード弾が迫るがそ れを間一髪でかわす。甲高い音だけが残されると、フエーリアエは下降を始めた。先程の回避に全出力を使い果たし 遂にオーバーロードしたのだ。 着地。道路の表面のコンクリートが飛び散り、舞い上がる。装甲に叩きつけられたコンクリートは弾丸が命中したよう な音を残した。着地の衝撃で両脚のフレームが軋んだ。 まだ戦闘は可能のようだが機体の至る所が限界に近づいていた。特にロケット弾を食らった右脚の状態は酷く、先程 の着地で関節部分が悲鳴を上げている。 彼はライフルで目の前の赤い重量ACを牽制しながら距離をあける。しかし右脚の反応が悪い上、赤い重量ACの装 甲はライフル弾を余裕を持って受け切り突進してくる。 背後からの強い衝撃。ロケット弾が命中したようだ。まもなく更に強い衝撃をトリコロールのACを襲う。爆炎に包ま れ、至る所の装甲が剥がれる。弱っていた右脚が千切れ飛び、右腕もそれに従うように吹き飛ぶ。バランスを失い、前 のめりに倒れる機体に更に追撃が続く。バズーカ弾が頭部を吹き飛ばす。首部分を残し、そこから火花と潤滑油が噴 き出す。それはあたかもACの血のようで悲惨な状況を思わせた。 グレネード弾が遂にコアを捕らえた。剥き出しになっていたジェネレーターが高温に晒され爆発する。その爆風に晒さ れたビルの窓ガラスは一枚残らず弾け飛んだ。 鉄塊が粉々に吹き飛ぶ。炎を伴う黒煙はしばらくの間その場に残っていた。あの中に何が含まれているのだろうか。 命なのか。絶望なのか。 爆風によって吹き飛ばされたトリコロールの左腕が宙を舞った。それは意外なほど原型を留めていたが少年の目に 映る事は無かった。少年の見つめているのはその先。爆炎と黒煙の混ざりあったフエーリアエ、そして父であった物 だ。 父さん? 視界が暗転する。力が出ない。まるで絶望が形を持って少年の体に巻き付いているようだった。まるで体中の細胞が 現実を否定し、その活動を停止させたようだ。 知ってるか?ロジャー。お父さんのレイヴンネーム。 レイヴンネーム? そうだ。お父さんがレイヴンの時の名前だ。 お父さんってレイヴンなの? 知らなかったのか?レイヴンはな、みんなのヒーローなんだ。だからレイヴンはかっこいい名前を持ってるんだよ。 へぇ。ずっとガードの仕事してるのかと思ってたよ。 まあ、今はそうかな。でもACに乗れるのはレイヴンだけなんだ。だから父さんはレイヴンとしてここに残ってるんだよ。 なんで? ACは無敵の正義の味方だからさ。 そうなんだ。 すごいだろ? うん、すごい。 爆音。いつのまにか力無くその場に伏していた少年は現実に戻った。父に聞かされていたレイヴンとACの姿はそこ には無く、少年の視界を次々に赤く染め上げていた。彼らの目的は街の殲滅のようで戦力が無くなっても、なお破壊活 動は続いていた。 赤い重量ACは体当たりをするように建物を崩し、非人間型のACはただ高速で移動する。その度に衝撃波が辺りを 襲った。細身の赤い軽量二脚ACは左手から伸びた赤い閃光で手当たり次第切断していった。 なんで? 声を出す力も無く、ただ虚ろな目に悲惨な現実を目に映していた。そこにあるのはただ、破壊。 レイヴンはな、みんなのヒーローなんだ。 嘘だよ。 ACは無敵の正義の味方だからさ。 じゃあどうして? 少年の目の前で破壊活動を続けているACは<無敵>の悪魔にしか見えなかった。次々に起きる爆発の中に友人が 巻き込まれているのだろうか。考えたくない。信じたくない。 更なる爆音。今日何回目になる音なのだろう。絶望している少年の目にそれが映し出される。そこには今までとは違 う光景が展開されていた。 非人型ACが火を噴いていたのだ。その姿は原型を留めてはいたものの、無傷の部分は無く、まさしく蜂の巣になっ ていた。そしてその傍らにACが立っていた。 銀色のAC。蜂の巣を刻んだであろう右手に握られたマシンガンの銃身からは紫煙がたなびいている。その銃身は熱 を帯び僅かに赤い。左肩装甲には金色に輝くの鷹が描かれ、銀色の装甲と共に影が出来るのを拒むように眩い光沢 を放っていた。 辺りを静寂が包んだ。 銀色のACが場を支配してしまったような錯覚。二体のACも突然のことで状況が把握しきれないでいた。 銀色のACが歩行を始めた。誇るように、堂々と。その度にアスファルトは砕け、白煙となったコンクリートがACの足 元を覆った。 緊張の糸が初めに切れたのは赤い重量ACだった。距離を離そうと機体を後退させながらミサイルを連発する。しか しミサイルの群れは数発を残しそのコアに設置されたミサイル迎撃装置により撃ち落とされていた。 銀色のACは、それを確認すると中量二脚ACとは思えないスピードで上昇していく。ミサイルはその急な動きに対応し きれず、ある程度上昇したところで推進力を失い自爆した。 一気に真上まで迫った恐怖に赤い重量ACはバズーカ砲をロックもせずに乱射するが、それは当たるわけも無く、そ の反撃のマシンガンの雨を浴びる。 弾丸の雨にその場に釘付けにされた重量ACの目の前に銀色の恐怖が舞い降りていた。左腕から青白い光が伸び る。少年の父親と同じMOONLIGHTだ。先程の戦闘でできた亀裂に寸分の狂いも無くブレードを突き刺す。 深く抉られたコアからは火も上がらずにゆっくりと重量ACは沈黙する。重いものが倒れる音が響く。それはまるで地 震のようで振動がびりびりと辺りの建物に染み込む。 今度は甲高い音。銀色のACは潜るようにそれをブースターによる急加速でそれを回避する。後には爆風と爆音が残 され、新しい振動が生まれた。 銀色のACからミサイルが発射される。軽量ACのコアからミサイル迎撃機銃が発射されたが、ミサイルはそれに掠る 事も無く推進を続ける。迎撃が失敗したのを知ると軽量ACは上昇を始めた。持ち前の高機動でミサイルを振り切るつ もりだ。しかし、そんな甘い考えは許さないとミサイルは四基に分裂する。 俗にマルチミサイルと呼ばれる特殊多弾頭ミサイルだ。一基のミサイルに四基のミサイルが内蔵されており、信管に より分裂する。敵に命中させるのを最大の目的とした特殊ミサイルである。 さすがの高機動でもそれをすべてかわしきるのは難しく、右肩に一基のミサイルが命中した軽量ACは空中で大きく 姿勢を崩す。その隙を見逃すことなく銀色のACはさらに接近する。そして同じ高度になったところで左肩に装備された グレネードランチャーを展開させ始めた。 少しでもACの知識を持つ者にとってこれは驚嘆すべき出来事である。キャノンと分類される大型火器は通常タンクタ イプのAC以外空中では使用できない。地面と密着して発射しなければその反動がコア、すなわちコックピットを直撃す るのである。まともな人間ならば死にはしなくとも間違い無く意識を失うだろう。それで無くとも発射の衝撃で目標からは 大きく外れてしまうはずだ。当然、ACのOSにはそんな動作自体できないようにプロテクトがなされている。 しかし銀色のACは当然のように発射する。肩に背負われた凶器を。 甲高い音。 グレネードランチャーから発射された高熱の砲弾が軽量ACを叩き落すように着弾する。グレネードライフル以上の爆 炎を噴出し、軽量ACは地面に吸い込まれていく。コアには醜い窪みが浮かび上がっていた。銀色のACは先程の攻撃 に気後れする様子も無く、さらにもう一度砲弾を発射する。それは寸分の狂いも無く先程と同じ場所を捉え、圧倒的な 破壊力と熱量に軽量ACは地面に叩きつけられる前に大爆発を起こす。四肢が飛び散り、二度の直撃を受けたコアは 原型が分からないほどになっていた。 しばらく滞空を続けていた銀色のACは極めてゆっくりと下降を始める。 戦闘が終わったのだ。小さいとは言え街全体の戦力を総動員して対抗したというのに歯が立たなかった三機のACを 相手に、その銀色のACは圧倒的とも言える勝利を収めたのである。 着地。殆ど音がしない。余程ゆっくり着地したようだ。しかし歩行を始めると再び大きな音とそれに伴う振動が生まれ る。 少年と銀色のACの目が合う。ACの赤い一つ目は少年の心の凍った部分を一つ一つ溶かしていくようだ。人ではな い。しかし人のようだ。人型なのだ。 少年は圧倒的な巨大感に恐怖を抱きながらも、呪縛から解き放たれた口からやっとひとつの言葉を搾り出した。 「助けてくれた?」 それに答える口を持たないACはその言葉を確認すると視線を外し、歩行を再び始めた。そして十分に距離を取ると スーパーチャージャーが展開されるのを少年の目からも確認できた。そしてそれは轟音と共に陽炎の中に消えていっ た。 「あれが本当のACとレイヴン……なのかな……」 数秒もしないうちに見えなくなるACの影を見ながら少年は呟く。栗色の髪が僅かに届いた衝撃波に揺れていた。 赤い光景が広がる。何度目だ。自分に聞いてみる。答えは無い。いつもこれだ。 話し声が聞こえる。あれは誰だ。自分に聞いてみる。答えは無い。いつもそうだ。 たまにはなにかヒントをくれても良いだろうに。いや、この光景がそのもの答えなんだろう。 起きてしまえば忘れてしまう夢に過ぎない。しかし俺の過去の記憶かもしれないと思うと必死で覚えていようとする。夢 の中の努力など無駄だと知っているのに。 しかも俺にとってこれは悪夢らしい。できれば見たくない光景ばかりだ。 決まって起きてしまえば覚えていない。夢の中では見飽きた映像が続くばかりだというのに。 またあの女だ。この夢の終わりに必ず出てくる。 「あなたは今日からレイヴンになるの。後は好きになさい」 ん? 目が覚める。またあの夢だ。しかも決まって覚えちゃいない。部屋に置かれたデジタル式の目覚し時計から緑色の光 が伸びている。まだ暗い。カーテンを開けてみようと思ったが止める。どうせ見飽きたコンクリートの空があるばかりだ。 俺の住む地下都市はその名の通り地下だ。空は無い。コンクリートの天井だ。ただし時刻にあわせて光度を変える 集光システムによって地上と同程度の明るさを保っている。 集光システムとは簡単に言えば光を光ファイバーで運ぶことができる技術全般を指す。この場合照明としての集光シ ステムが使われている。地上が暗ければ暗く、逆に明るければ当然明るい。便利なもんだ。 似たようなものに、宇宙空間を漂う人工衛星が太陽光をマイクロウェーブに変え、それを地上のアンテナで電気エネ ルギーに変えるレクテナシステムがある。 四時ちょっとか。 鳴ってもいない目覚ましを止める。考えて見れば間抜けな事だ。そもそも俺は鳴った目覚ましを止めたという記憶が 無い。眠りが浅いって事か? いや、俺は眠気ってやつを感じたことも無い。ただ時間に合わせて寝てるだけだ。 次の仕事までまだ半日以上時間がある。しかし眠気が無い以上寝るわけにはいかない。たまには髪のセットでもして みようか。そんな事を考えながらベッドから起きあがる。 狭い自室。アパートの個室を一つ借りているわけだが、俺の身長は2メートル近い。少しばかりでかすぎる。天井は大 きく見積もって3、4メートルってところか? 手を伸ばせば指先が届くから3メートル少しってところだな。どちらにしても 俺には狭い事には変わり無い。 洗面所に移ると俺の面が大きく鏡に映った。 我ながらなんとまあ立派な悪人面なんだかな。寝癖も相まってボサボサになってる黒髪を水で洗い流す。こうするとま だ頭に凝り固まってる眠気も一緒に流れ落ちるようだ。濡らした髪をタオルで拭きまとめるとリビングに戻った。 冷蔵庫を開けその冷気にあたる。ろくなものが無い。とりあえず一本だけ残っていたビールを取り冷蔵庫を閉め、そ れは飲まずテーブルの上に置いておく。普通なら朝っぱらからなどと言われるんだろうが俺はアルコールで酔う事は無 い。何故かは知らんがそういう体質だ。 髭はまだ剃らなくて良いだろう。顎を摩りながら確認する。指が右頬の傷に触れる。いつ出来た傷なんだろうか。あい まいな過去の記憶を探ってもなにも出てこない。知り合いの医者に言われたことがある。 まるで火傷みたいな切り傷だな、と。 そういう知識はさすがに無い俺にはどういう意味で言っているのか判断は出来ない。とりあえず普通じゃないって事だ ろうな。 とりあえず食料を調達しなくては。レイヴンも食わなくてはやっていけない。 そう、俺はレイヴンだ。いつなったかは覚えていないが。情けねぇ。まったくを持ってな。 俺が最初に自分をレイヴンだと意識したのは忘れもしない。 15年前。8月2日。地球、オールド・ザムのガレージを出た時だった。どうしようも無ぇ灰色の空間にそいつはいた。ど こから紛れ込んできたかは分からないが俺がそいつを見たのは初めてだった……気がする。 烏だ。 俺と同じ黒い色。力無くアスファルトに伏して全身を痙攣させていた。クチバシからは泡と一緒に赤いもんが流れてい た。血だろう。赤いのは酸素を送るヘモグロビンが含まれているからだ。それだけ。 珍しかった。見た覚えが無えんだからな。そいつを抱きかかえる。意味なんか無ぇ。 だが俺は気付いた。こいつは死のうとしてる。 なぜだ? 車にでも轢かれたか? 弾丸を撃ち込まれたのか? それはなんだ? ハンドガンか? ライフルか? 何口径だ? 種類は? 重量レベルは? ……なぜ撃ち込まれた? ……なぜここにいる? 俺はどうでもいい事を考えていた。何分そうしていたのかは分からない。だが、気付いた時にはそいつは死を迎え た。 全身を大きく痙攣させ。大きく開かれたクチバシからは赤いものが飛び出す。そいつが俺の腕を伝う。熱かった。女 や、熱湯や、炎や、ビームや、俺の知る何よりも。 そして死んだ。その眼は俺を睨んだまま。 両腕からは力が抜けた。ぽとりとそいつはアスファルトに落ちた。音なんかあったのか? そいつは軽かった。流れた 血液の分軽くなったのか? それとも無くなった命の分か? 街が俺を見ていた。両腕を血だらけにしている大男。その脚下には烏だったもの。 ふと気付いた。 俺はなぜここにいる? 地下都市だ。24時間営業の店ぐらいいくらでもあるだろう。お気に入りの黒いオーバーを羽織り、サングラスを掛け ると、カードリーダーにカードを通し自室の玄関に鍵をかけた。ガチャリとアナログな音がしたのを確認すると自分の住 むアパートを後にした。 街を歩きながらカードを眺めた。銀色。黄色のライン。その上にはアパートの名前。こいつの中には情報が入り込ん でいる。どうやって? 同じように俺にも似たような情報が彫り込まれてるのか? 自分自身では見れないような情報だ としたらいらんが。 俺の好きな色は黒だ。黒は良い。見ていて目が疲れない。一部ではレイヴンカラーなどと言われていたりもするらし い。お似合いだ。気付けばレイヴンだった俺にはな。 地下都市は色んな物でごった返している。実際には朝も夜も無いんだからな。朝働いて夜寝るやつもいれば、夜働い て朝に寝るようなやつもいる。中には眠りっぱなしのやつも働きっぱなしのやつもいるんだろう。俺の場合はあまり関係 無い。レイヴンの仕事はそれこそ朝も夜も関係無いからな。いや、夜の方が多いか。単純に攻めやすい。 数分歩いたところで行きつけのスーパーを見つけた。まだ薄暗い閉鎖空間に赤と黄色のネオンが眩しい。 そう言えば聞いた事がある。この色の組み合わせには人の食欲を誘う軽い催眠効果があるんだそうだ。飲食店では よく使われるそうだが……、スーパーの基本は雑貨だ。この色の組み合わせはただの偶然か? 防弾ガラスの自動ドアを抜けるとそこは小奇麗な場所だ。地下である事を意識する必要は全く無い。屋内だからな。 黄色い再生プラスチックのカゴを手に取る。何を食おうか。 料理は出来ない。面倒だからしないだけだが。住んでいる個室にはキッチンも無い。料理をする理由は皆無だ。俺は 歩きながら適当にビニールに包まれた加工パンをカゴに放り込んだ。 カゴがビニールで埋まったところでレジに向かった。これだけでもかなりの量だろう。少なくとも何日かで食う量じゃな い。賞味期限が持てばいいが。 レジに立っていたのは従業員には見えない若い女だ。征服と一緒になっているんだろう帽子のせいで顔はよく分から ない。だが若い女だ。あの炭酸の抜けたビールのような態度を見れば分かる。 目の前に立つと首を曲げて俺の顔を見上げる。俺くらいになるとそんなに珍しいか? お前は手元だけを見てりゃいい。 そういう意味を込めて睨みつけてやる。サングラス越しでも意思を理解してくれたのか、そいつは俺から視線を逸らす と手早く会計を済ませた。 48.33 大体50ドルか? 随分と買ったもんだな。今はそれほど持ち合わせは無い。だからカードを渡す事にした。今時カー ドリーダーの無い店など存在しない。 だがレジの女はカードを見て凍りついた。 俺の渡したカードは表も裏も黒く、後の下部分に白地のラインがあり、そこにはCONCORDとだけある。 コンコード。レイヴンを斡旋するナーヴス・コンコードを運営する企業の名前だ。 そしてこのカードには基本通貨であるドルとレイヴンとしての報酬である企業間通貨コームが入っている。これらはす べてある事実を示している。 俺はレイヴンだ。死肉喰いとも言われるらしい。どちらにしても嫌われ者だ。 そのせいだろうな。女は固まっている。 だから俺はもうひと睨みしてやった。早くしろ、ってな。 カードリーダーに黒いカードが通され軽い電子音が発せられる。女は半分固まったような手でカードを渡した。面倒な やつだ。レイヴンが嫌なら地下でなど住むもんじゃない。話によれば地下は地上に比べて10倍以上の割合でレイヴン がいるって事だ。地上に住めるのは金持ちだけだが。 レジからサービスエリアに移り、買ったものをカゴから白いビニールに移し替える。やはり多いな。見事に大袋が二 つ。下に埋まっているものが潰れちまわないか心配だ。 白いビニールの袋を二つ手に下げながら歩いている。狭苦しい地下世界は見ていて飽きない。確かに地下に無い物 が地上にはあるんだろう。だが地上に無い物が地下にはある。例えばこの風景そのものとかな。 ポケットから携帯ナーヴを取り出し、時刻を確認する。 携帯ナーヴというのは今では地下、地上を問わずに世界中を包んでいるネットワークである、ナーヴネットワークと無 線で繋がっている携帯端末の事だ。小さいながらも文字を使った簡単な受け答えならできる、レイヴンならば誰でも持 っているものだ。いや、レイヴン以外の人間は持っていないのだが。 5時前。 液晶画面に時刻を知らせる数字が浮かんでいる。メールは来ていない。 ガレージに顔を出してみるか。まだまだ時間はあるが準備は早いに越した事は無い。整備士の連中には嫌な顔をさ れるだろうが俺には関係無いな。どうせ見てやらないとろくにまともな仕事が出来ないような奴らだ。そのくせ金だけは 懸命にせびる。 俺が死肉喰いの烏なら奴らは烏に集る寄生蟲か。 アパートに着き、自室のカードリーダーにカードを通す。一度エラーが出たがもう一度試したら鍵が開いた。例の如く ガチャリとアナログな音。なるほど、安いわけだ。後一月もすれば別の街に出て行く予定だが少々心配だ。いくらなんで もその度大家の世話になるの御免だからな。 テーブルの上に荷物を置く。途端ビニールが倒れ、ビニールに入ったパンが転がる。そしてその横にあるものに気付 いた。ビールは当然の用にぬるくなっていた。 畜生。忘れちまってた。俺が最初に買おうと思ってたのはこいつじゃねぇか。 「ビールも買ってくるんだったな……」 俺は意味も無く独り言を呟いてみた。 AC 不明(赤い重量二脚AC RAVEN 不明
ロジャーの住んでいた街で破壊活動を行なったAC。依頼主、目的は不明。 装甲を強化した長期戦を重要視した構成となっている。基本的な火力は弾数の多いミサイル、敵勢力の破壊には硬 質弾頭と炸薬を持つバズーカ砲弾を使用する。 火力、装甲、更には瞬間的なものながらも機動力も殺してはいない。FCS性能の関係上接近戦には難を残すが接近 させない戦い方は十分可能な火力である。総合的に見れば極めて強力な構成と言える。 AC 不明(非人間型AC RAVEN 不明
当時、実戦使用され始めたAC用ディーンドライブ航行型脚部、無脚を採用したAC。 人型とは完全にかけ離れた形状が人型どころかACとも言えない風貌を湛えている。 主力武装は両腕のプラズマビーム砲。当時は破壊活動が目的であったためか、両肩には高火力ながら軽量な小型 ロケットランチャーを搭載している。また、無駄な兵装は一切無いが、フロート機能が未だ不完全なものである事を見越 してジェネレーターは最強のものが選択されるなど、乗り手のアセンブルセンスは並々ならぬものである事が伺える。 耐久性がACとは思えぬほど犠牲になってはいるが、その機動力はやはり当時としては極めて先行したものだった。 AC 不明(赤い軽量二脚AC RAVEN 不明
破壊活動は行なわず、まさかの場合である対AC戦を想定したAC。これらの徹底した役割分担からこの3機のACは レイヴンチームが構成しているものと予想される。 現行ACとしては最軽量である脚部に最高出力のブースターの組み合わせが常人には制御不能な機動力を発揮す る。 右腕に当時搭載弾頭が20発であったグレネードライフルを搭載し、それを最大の火力としている。左腕に照射型レ ーザーブレードを搭載してはいるがこれはむしろ緊急時の補助武装と言ったところであろう。 また、火力を使い果たしたと思い込ませ、逃走時に後方の敵機に対し爆雷による奇襲を仕掛ける用意がなされるな ど、したたかな面も持ち合わせる。 他の二機もそうだが、極めて高い次元でまとまった性能を持ち、コストを度外視した高級な使用となっている。これは この3機の主たるレイヴンが強く、高名であるからである事は疑うべくもない。 AC フエーリアエ RAVEN 不明(少年の父親
ノーシスベイのガード部隊と長期契約を結んだレイヴンの乗るAC。 極めて標準的な中量二脚タイプであり、装甲も薄く貧弱に思えるが、最強のレーダー、そして何よりも現在では入手 の困難な最強のブレードMOONLIGHTを搭載している。また、ライフルも軟質金属弾丸を使用しているタイプが選択さ れ、極めて接近戦を重要視した構成である事が分かる。これには街を可能な限り破壊せずに対象を確実に破壊する ためでもある。しかし、その構成上、対多数での対応力には難を残し、3機のACを相手に完全に破壊された。 AC 不明(銀色のAC RAVEN 不明
突如飛来し、高い戦闘能力を持つ3機のACを相手に圧倒的な戦闘能力を持って破壊したAC。違法改造が疑われる ほどに強力である。 外見はありがちな基準違反中量二脚ACだが、それを感じさせない機動力を発揮する。また空中で狙いを定めキャノ ン兵器を使用するなど常識を打ち破る性能を持っているようだ。 雇われたのか、元からノーシスベイと契約していたレイヴンの乗るACなのか、不明である |