冷房が全開になっている車の中で男はだるそうに溜息を吐いた。それでも車の窓から射す太陽光が半袖のTシャツ
を着ている男の肌を焼いている。彼は思っている。
 体感温度は未だにグングン上がっている。このままでは死ぬ。これだから地上には上がりたくなかったんだ。しかもよ
りによって夏。俺に何の恨みがあるんだ
 そう思っているのは火星出身、地下在住の医者、ニコライだ。地球に来て以来、その高温のあまり地下での生活に終
始していたが今回やむなく彼は地上に上がっていた。
 その理由は一通の電子メールが送られてきたことによる。その送り主は彼と同業者である医者の一人。それはビリ
ー・デリースを名乗る者からのものだった。ニコライが自宅のパソコンでその内容を読んだ時にはすぐさま勤めている
病院に有給を申し込んでいた。
 あなたの診たデュライという患者に酷似した特長を持つ患者を診た。
 そこでニコライは直接そこを尋ねることにしたのだ。今時は端末を使った情報交換でもまったく支障は無いのだが彼
はそういうのはあまり好きではない。相手側もそれを望んできたため彼が向かうことになったのだ。
 しかしそれにしても暑い。かえって長袖のほうが良かったのかもしれない。
 彼がそう思った時だった。
 遠くビルに挟まれた場所で影が動いていた。その周りを重機が囲い戦闘、いや、工事をしていた。古くなったか脆くな
ってしまったコンクリートを引っぺがしているようだ。そして中央で大きな影を作っているのは、
「あれは…ACだな」
 赤、白、黄で色塗り分けられた派手なACだ。中量二脚タイプ。そんなところだろうか。ACが工事作業に参加するとは
治安が良いのか悪いのか、彼は判断しかねた。
 そのまま工事をしている地帯を遠回りして目的地の病院へ向かった。



 作業用の防護ヘルメットをかぶった男が派手な色合いのACを見上げた。そのACは下半身が固定されたように動か
ない代わりに両腕をクレーンのようにゆっくりと動かしていた。腕の先のマニピュレーターはMTのものよりも複雑にでき
ているためより複雑、それでいて力が必要な作業を可能にしている。
 そしてそのACがやっているのは剥がしたコンクリートを掻き集める作業だ。もともとこれは作業用MTや作業メカの仕
事だがここで使用されているコンクリートは仮設都市時代に使用された混合溶解性のもので、余っていたり不要になっ
た素材を適当に混ぜ合わせて作ったものだ。そのため部分的に脆いが部分にとてつもなく強固だ。その危険な性質の
ため今回の工事がとり行われることになったのだがその性質は作業の効率を著しく低下させる。部分により脆かったり
するため不用意に重機を使えば崩れ、危険を招く。それを回避するには極めて高い状況対応能力を持つACが適任と
いうわけだ。そもそも多重多種層行型装甲で包まれたACはとてつもなく重く、歩くだけでコンクリートを粉砕してくれる。
 しかし彼の目から見てこのAC、いやレイヴンはどうにも不器用だ。戦い以外でACを動かすことなど滅多に無いから
だろうか。その動きはまるで下手な道化のロボットダンスだ。
 それを見て男は腰にかけてあった携帯無線を手にとった。その無線で言葉を届ける先はAC。周波数を合わせ、口を
開く。
『もっとてきぱき出来ないか? こっちが終わってもまだ次があるんだぜ?』
 男はできるだけACを急がせるように無線の先のレイヴンに言った。しかしそれは無理だ。今までにも色々と言ったが
その返事は今までと同じだった。
『すみません! これでも結構頑張ってるんですよ!』
 その言葉を聞くたびに男は笑いを洩らした。これがレイヴンの言葉なのか、と。
 その言葉の主はACのコックピットの中で四苦八苦していた。慣れないACのマニュアル操縦をマニュアルを片手に行
っていた。
 この場合ACの指はトリガーを引くだけのアクチュエーターではなく、れっきとしたマニピュレーターとして使用しなけれ
ばならない。つまり「手」と「指」を使わなくてはならないわけだ。それは操縦桿の握り部分についている握りの強弱を感
知して連動するスイッチを使い「指」を操作するわけだ。もちろん戦闘中はそれらの機能をロックすることが多い。下手
にマニピュレーターが動いても武器を落としてしまうことになりかねないからだ。
 その極めて難しい操縦をしているのはロジャーだ。4000コームの安い報酬だが近場且つ、戦闘の必要性が無いと
いうことから彼は喜んでこの依頼を受けたわけだが、甘かった。「手首」をひねり、「指」を微妙に動かすのは彼の想像
以上に難しかった。マニュアルを読むだけでは簡単だと感じていたが何事も実践無しでは成しえないものだ。
「これが…こうか?」
 マニュアル通りにコンソールを叩いてみる。これで横になっているフエーリアエの「手」を縦に持ち上がるはずだ。しか
しその瞬間マニピュレーターが高速で一回転し瓦礫を辺りに吹き飛ばした。それを見てロジャーはあっ、と声を上げた。
もしやその瓦礫の下敷きになってしまったかぶつけてしまったのではないか。心配そうに無線に声を掛けようとしたが、
『てめえ、こんの…馬鹿が!』
 しかしどうやら無事のようだった。すぐには侮辱の言葉が思い浮かばなかったようで無線の先の男は分かり易い言葉
でロジャーを罵倒した。その様子にロジャーは安心した。
「あの〜、だいじょぶですか?」
 しかし聞いてみないことには判断できないとロジャーは確認した。目線の先でまだ砂塵が舞っている。
『だいじょぶですか? じゃねえ! 死んじゃいねえが死にそうだったぞ! 減収だ! 減収!』



 フライトナーズを語るテロリストや武装集団は今までにもいくつか存在していた。まあ大体は物騒な名前を付けただけ
だったり、単なる趣味だったり、確かにその残党が再び小さなAC部隊を組んでテロリスト化したこともあったそうだ。だ
がそいつらはフライトナーズではない。もちろんクラインを語る人物、レイヴンも俺の知る限りでは現れることは無かっ
た。
 だがジャグに乗っていたレイヴンは確かに言った。
 クライン
 その理由はいくつか考えられる。
 そのレイヴンが元フライトナーズであった場合。ただこれは信憑性のある考えじゃない。フライトナーズのメンバーは
揃いも揃って強者だ。俺も火星でやつらとACと戦ったことがあるが少なくとも全員がジャグよりは手強かった。そう考え
るとフライトナーズと考えにくい。
 もしくはただ単にクラインの狂信者か。これの場合この思考はここで終わりだ。
 俺の座ってる席に太陽光が射してる。地上の証だ。黒ずくめの俺をじわじわと焼いてくる。それでも少しばかり身体が
丈夫なせいか気にするほどじゃない。
ACとリグはガレージに預け喫茶店でゆっくりとしているわけだが、その代金は結構な額になりそうだ。まずリグの整備
にはパンフレット以上の費用がかかる。これには正直驚いた。安いAC一体を用意できるほどの額だ。冗談じゃない。
次に装甲の交換。オールド・ザムと地上ザムとではジオ製品の規格が微妙に違うらしく、フレームがすべてジオ製品構
成のデスズブラザーは殆ど買い替えが必要らしい。地上の人間は商売が上手だ。
 そう言えばこういうのは喫茶店と言うのか? 俺の座っている席は白いテーブルと一緒に路上に設置され、やや離れ
たカウンターから食い物を受け取る。…確かオープン…オープンなんとかだった気がするが。…駄目だな。記憶喪失
だ。
 受け取ったばかりのアイスコーヒーをすする。甘い。ブラックを頼んだはずだが。それともこれで砂糖が入ってないの
か? 
 ガシャン
 スプーンでコーヒーをかき混ぜていると後ろの席からコーヒーカップの跳ねるような音がした。何を騒いでいるんだ
か。エチケットがなってないな。
「おい、どうすんだよこれ。どこ見てたんだよあんた」
 男の声だ。低いが、喋り方からすると若い。背が高いんだな、多分。
「それはあんたでしょ。そんなとこに目ェつけてるからぶつけたんだ。そっちこそ私の紅茶どうしてくれるのよ。ん?」
 こっちは多分被害者の方の女だな。言葉を選んでるあたり結構余裕があるみたいだ。内容を考えるとやっぱ男のほ
うは長身のようだな。
「そんなことはどうでも良いだろ! 弁償しろよ。高かったんだぞこいつ!」
 せこいな。
「紅茶も結構高かったんだけど?」
 うまいな。こいつは面白そうだ。
「そんなわけ無えだろ!」
「な、ちょっと。放せっ、この!」
 なんだ? 実力行使に移ったか? サングラスを外し、それを鏡代わりに背後の様子を窺ってみる。黒くてよく分から
んがどうやら長身の男が女の腕を掴んでいるようだ。男の方は何やら色っ白い細長いやつだ。体力の方は分からんが
単純に身長差があり過ぎる。女の方に勝ち目は無さそうだ。つまらん。金は払ってあるんだ。さっさとガレージに様子を
見に戻るか。
「どうした? あっちの黒いデカブツにでも助けてもらえよ。緑野郎!」
 …。そうだ。あっちの白いデカブツをやるか。このまま退散するよりは面白そうだ。



「放せって、この!」
 女は力一杯長身の男に掴まれている手を振り払おうとするが、やはり男女での腕力の差は著しくうまくいかない。そ
れに身長差のせいで高所から見つめられる形となっているため知らないうちの女の心を萎縮させた。
 長身の男はにきびだらけの不健康そうな顔いっぱいに不適な笑みを浮かべ、自らの手を振り解こうとする女を見下ろ
していた。
 その様子を迷惑そうに見ている人々は、しかしそれに関わろうとはしなかった。男は長身であり、それだけで周りに威
圧感を与えていたのだ。長身の男にとってもだからこそ、このように大手を振って好きにしていられたのだ。
「この、クソ野郎!」
 しかし女は一歩も引かずに自由の利く左腕で長身の男の腹部を叩きつけた。利き腕ではなかったがそれでも長身の
男は身体をくの字に曲げ、悶える。それでも次にはその目を怒りでぎらつかせた。女がそれに気付き離れるよりも早く
その長い手を払い、その手の甲が女の頬を叩いた。派手に吹き飛び、白い椅子と共に倒れこんだ。更にはテーブルに
置かれていた紅茶の入ったティーカップまでコンクリートの地面に落ち、派手な音が辺りに響いた。
「チクショオ! 殺す!」
 長身の男は殴られた腹を片手で抱えながらパンツのポケットからナイフを取り出した。刃は厚く、切るのには向かない
のだろう、刃は弧を描くのではなく切り取ったかのように角張っており、1センチはありそうな厚みがある。刺すことを目
的に設計されたコンバットナイフだ。ダマスカスが黒光りを放っている。
 その様子を見ていた店員らしい女が叫び声を上げた。これから繰り広げられるであろう光景を想像するだけで恐怖
が彼女を縛り付けた。
 それに構うこと無く長身の男はそのナイフを収めていた皮袋を放り投げ倒れている女に歩み寄った。既に正常な思考
能力は失われている。目は血走り、息は荒かった。女も頭を抱えよろよろと起き上がり、その様子に気付いていないよ
うだ。
 長身の男は逆手にナイフを持った手を振り上げた。もしその手が振り下ろされていたのならそのナイフは女の背中に
突き刺さっていただろう。しかしそうなることは無かった。
「お客様。お静かになさってください。ナイフならカウンターにて申し上げれば私が責任を持ってお持ちしますから」
 長身の男の腕をそれよりも更に長身の男が掴んで放さないのだ。その男はこの暑い中を黒ずくめの服装で、仮面を
被ったような無表情だった。そしてその双眼は黒く冷たい光を放つサングラスに隠され、冷たく長身の男、いや、にきび
の男を見下ろしていた。
「なんだ、手前は!」
 にきびの男はその男に見下ろされ、興奮状態から混乱状態に陥っていた。掴まれた腕を動かそうにもびくともしない。
振り上げた状態のまま空中に固定されたようだ。無表情で自分を見下ろすその顔に右頬の大きな切り傷を確認すると
にきびの男は更に恐怖した。
「ただの黒いデカブツだぜ、坊主」
 黒い男はにきびの男を嘲るようにそう言う。ただしその表情は動かない。ただ、ひたすらに無表情だ。そしてその無表
情のまま掴んでいる腕を握る手に力を入れた。
 にきびの男はそれに声にならないような悲鳴を上げた。その力は万力で締め付けられるように圧倒的なものだった。
彼の手は一気に紫色に変わり、何かが砕ける音が彼の身体を通して伝わった。その手は力を失いそこからナイフがこ
ぼれ落ちた。力無い金属音が響く。
 それでもにきびの男は諦めようとはせずに自由が利く腕で思い切り黒い男の顔面を殴りつけた。彼の掛けていたサ
ングラスが飛ぶ。しかし彼はびくともしない。何事も無かったようにその手を放さないのだ。なおもにきびの男は彼の顎
や脇腹、みぞおち等知りうる限りの人体急所を殴りつけたがやはりびくともしない。そして遂にはそれさえも出来ないよ
うになった。
 辺りが静かになった頃、黒い男はその手を放した。にきびの男はあまりの苦痛に声も出せず、その場にへたり込ん
だ。彼の掴まれていた手首は変な方向に曲がっており、命令を受け付けずにだらりと垂れ下がっていた。折れているど
ころではない、間違い無く砕けている。
「うわ、うわあ…」
 それを見てにきびの男は力無くうめいた。更には黒い男を殴り続けていた手も赤く腫れていた。彼は砕けた腕を外れ
てしまわないように片手で抑えながら去って行った。数人がそれを追ったが黒い男はそれに加わろうとはしなかった。
「しょうがねえな。こんな物騒な忘れもんしやがって」
 その様子を目で追った後彼は落ちているナイフを拾った。よく見てみればそのナイフは刃こぼれを起こしており、使用
もされていなければ手入れもされていないようだった。お粗末なものだが脅しに使うには十分だったのだろう、黒い男は
呆れたようにそのナイフを一緒に拾い上げた皮袋に収めポケットにしまった。
 その彼にサングラスが差し出された。そのサングラスは無残にも片側のフレームが外れてしまっており、更に止め金
具の部分が破損していることから素人目にも修理は難しそうに見えた。黒い男はそのサングラスを受け取りそれを知る
と表情を変えること無く、
「あの野郎」
 と悔しそうに悪態を吐いた。その様子を見ていた女は笑った。緑色のメッシュが入った黒髪をポニーテールにしてお
り、そのせいかどうかは分からないが少し釣り上がった目が印象的だ。にきびの男に殴られた頬は赤く腫れていた。
「何笑ってやがる」
 なおも彼は無表情のままその様子を不信がった。
「ごめんなさい。笑うとこじゃないわね。ええっと、ここ。血が出てるけど?」
 そう言いながら女は自分のこめかみを指先で叩いた。黒い男がそれに従い右のこめかみの辺りを手で探ってみると
湿ったものに触った。その触った指を見れば真っ赤だ。自分の血の色が赤ならばまず間違い無く血であろう。それも結
構な量だ。このままサインにでも使えそうだ。
「サングラスに引っ掛けたのね」
 そして女はチェックのハンカチを取り出し黒い男に差し出した。彼女としてはささやかなお礼のつもりだったのだが、黒
い男はそれを受け取らずに自分の黒いパンツから白いハンカチを取り出しそれで血を拭った。それを見て女は再び笑
った。そんな彼女を黒い男は無表情のまま睨みつけた。
「ごめんなさい。でもハンカチまで黒かと思ったら違うから」
 女は弁解するように自分が笑った理由を説明した。
「黒いハンカチは汚れてても分からねえだろ。当たり前だ」
 それに対して黒い男はさも当然のように言った。しかし拭っても拭っても止まらない出血に苛立っているようだ。
「ちょっと、結構深いんじゃない?」
 それに気付き女は心配そうにその傷口を見上げた。
「すぐに止まる」
 しかし彼はそれに構うこと無くハンカチで傷口を押さえ続けた。彼の経験上この程度の傷なら数分で塞がるものだ。
少なくとも大袈裟にするものではない。
「とりあえず自己紹介ね。私はシーク。“ネイティン・シーク”」
 それは素直な感謝の表れなのだろうか。シークというらしい女は急に名乗った。しかし黒い男はなおも無表情でその
様子を見ていた。どうでも良いという様子だ。
「そうかい。ご丁寧にどうも」
 そして自分の名を名乗ろうとはせずにまるで冗談のようにそう言った。彼自身は最初から名乗る気は無かったし、彼
女が勝手に名乗ったのだから関係無いという考えだ。しかしその様子にさすがにシークも気を悪くしたようだった。
「私の言ったことが聞こえなかったの? 自己紹介。意味分かる?」
 そして先程のように皮肉を込めた言葉を吐いた。彼女はこのように人を言葉で言い包めるのが得意だ。相手が誰で
あろうと口論に持ち込めば勝つ自身はある。しかし黒い男は執りあわない。やはりどうでも良いという様子だった。シー
クはその様子にますます気分を害した。そして更に何かを言おうと口を開けたが黒い男がそれを制した。
「何か言いたいんなら後でゆっくり聞いてやる。あんたはどう思っているかどうか分からんがさっきの騒ぎで人が集まっ
てるんだ。首謀者のあんたがこんなところにいつまでもいても良いのか?」
 そして彼はその言葉を言い終わる前に歩き出していた。
「待てって。首謀者ってどういうこと?」
 それを追ってシークは走った。その様子をそこにいた全員が見送っていた。
「何? 首謀者って」
 それからしばらく歩いてからシークはその言葉の意味を黒い男に聞いた。二人は歩幅があり過ぎるため、シークは歩
いては走り、歩いては走りを繰り返している。その様子を振り返って確認した後黒い男は相変わらずの無表情で言う。
「騒ぎの原因をなんて言う」
「あれはあいつが…」
黒い男はシークの弁解にも耳を貸さずに言葉を続けた。
「何にしてもあんたがあいつを挑発したのは原因の一つだ。ただ無視すれば良いものを無謀にも立ち向かったってとこ
ろだ」
 そう言いながら今まで当てていたハンカチを折り畳み始めた。まだはっきりと赤い傷口が確認できるが出血は止まっ
ているらしい。
 その様子を見ながらもシークは反論出来なかった。確かに自分は無鉄砲な性格であることは自覚していたのだ。そ
のことはよく兄に注意されていたのだが、その兄はもういない。あまり意識しないようにしているのだがそれは難しいこ
とだ。
「おい、寝てんのか」
 考え込んでしまったシークは黒い男に声を掛けられ、我に返った。その二人の横を通行人が訝しげに通っていった。
「無謀主義でおまけに注意力散漫か。よく今まで生きていけたな」
それを見て呆れた様子で黒い男は言った。しかしやはり無表情でその心理は読み取れない。しかしその言葉は彼女の
図星を刺してゆく。
「あんたに何が分かるのよ…」
それでもシークはその言葉に反論せずにはいられなかった。しなければこの男の言っていることを認めることになって
しまう。しかし言葉が出ない。反論するための「言葉」が出ないのだ。だから彼女はただ黙るという方法によって黒い男
の言葉を認めなかった。
「分かると思うか?」
 しかし黒い男はそれさえも許さなかった。
「分かると思うんだったらあんたはよっぽどの馬鹿だな。知らない人間同士何が分かる? 俺が聞きたい位だ。手前は
甘えてんだよ。何にかは知らんがな」
 彼のその言葉は矛盾していた。何も分からないと言って置きながらその次には彼女の行動原理を決めつけていたの
だ。しかし彼はそのことを気にしている様子は無く更に続けた。
「今までに何に頼ってたんだか知らんが一人になったんだったらそれなりに自分のすることに責任を持て。迷惑なんだ
よ。何でもかんでも何かのせいにしようなんて奴は。それともこのまま死ぬか?」
 最後の言葉に通りかかったスーツ姿の男が振り返ったが単なる痴話喧嘩だと判断したらしくそのまま通り過ぎていっ
た。そして黒い男はその言葉を最後に沈黙した。俯いたままシークも動かない。
 そんな状況が何分続いたのだろうか。黒い男は溜息をついた後何も言わずにその場を後にした。
「死にたくなんかない…」
 シークはそのことに気付きもせずに思いつめた表情でそうとだけ言った。彼女の緑色のメッシュが入った髪が昼の日
に光った。



 まったく。下らねえことに首突っ込んじまった。



 カウヘレン医大病院。ニコライは移動中の車の窓からそう書いてあった看板を見つけた。白地に黒字で書かれてい
たため遠目でも読みやすい。看板から500メートルほど先のようだ。ニコライは目線をその先に移すといくつかの建物
の先に三階建てで大型の施設があった。あれが目的地のようだ。
 ニコライの愛車は交通ナビゲーションシステムが存在しない火星で作られたため、当然ナビゲーションシステムを装
備していない。加えて互換が利かないため後付けも出来ないのだ。彼ほどの収入があれば新車は買えるだろうがこの
車が気に入っているからだろうか、そうしようとはしなかった。
 大きさは彼が以前勤めていたザム仮設都市にあったものと同程度だ。駐車場もそれに習いある程度の広さを持って
いる。病院はどこも混んでいるらしく、なかなか空きが見つからない。しかしいきなり現れた水色のシャツを着たガードマ
ンに誘導されながら駐車した。
 嫌々ながらもニコライは車から身体を出した。車内の冷気が外気に吸収されすぐさま夏の空気に変わった。そして彼
は予想通りの暑さに溜息を吐いた。吐く息が白かった時が懐かしい。いつまでもこの空気に触れていないために彼は
病院に急いだ。少なくとも外よりはマシなはずだ。
 と思ったがそれは甘かった。病院内は天井からファンが起こす穏やかな冷風が彼を撫でただけだった。
 慣れるしかない。
 ニコライは諦めの笑顔を作りそう考えた。しかし人間とは不思議なものだ。そう考えたら暑さは気にならなくなった。消
毒液臭い病院の中、彼はまず受付に向かった。とりあえずは本人と顔を合わさなければならない。ロビーを少し進んだ
角に受付があった。
「オールド・ザムから来たトゥワイフという者です。ビリー・デリース先生との約束があって参りました」
病院と言うよりもホテルのフロントと言ったほうが近いようなそういう受付で、そこに受付嬢が座っていた。単純に美人と
表現できる若い女性だ。彼女はにこやかにニコライを出迎え手元に張り出された数枚のメモを眺めた。
「デリーズですね。はい、伺っております。少々お待ちください」
 そして綺麗な声でそう答え、内線電話に手をかけた。する事の無いニコライはとりあえずその様子を眺めていた。手
馴れたようにボタンひとつを押した後、手にとった受話器に向かって一言二言話し始めた。途中男の声が聞こえたがそ
れがデリーズと言う人物の声だろうか。その後彼女は受話器を置き、視線をニコライに戻した。
「間もなく参りますのでお待ちください」
 そう言ってニコライに通路向かいにある長椅子を勧めた。クリーム色の壁に青の入った灰色の長椅子が冴えている。
「地上は暑いですね」
 しかしニコライはその勧めを無視して彼女に話し掛けた。病院における「間もなく」はまったく信用できない。10分は余
裕を持って待たされる。そういうものだ。彼自身経験があるためそのことは分かり切っていたのだ。
「はあ」
 だからそれまで彼女と話そうと考えた。彼女のような美人と話せる機会も滅多に無いし、何よりもしもの展開が待って
いるかも知れないからだ。しかし彼女はそんな彼の考えを知ってか知らずかあまり気乗りしない返事をした。いきなりな
のだから当然の反応だった。
「私は地下に住んでいますからどうにも暑いのは苦手です。最近は毎日こんなに暑いんですか?」
 会話は無難なところから入ったほうが良い。彼はこの話題から始めた。
「夏ですから…」
 それに対する彼女の反応は良いものとは言えなかった。控えめと言えばそれまでだが親しげに話し掛けるニコライに
戸惑っているようだった。
「夏ですか。地下には季節感がありませんからね。暑くなければ羨ましいんですが」
 とりあえず冗談でも言ってみたが、反応が返ってこないので失敗だったかと悔やんでいると彼女は突然上品に笑い出
した。
「そうじゃあ夏になりませんよ」
 そして笑いながら言う。どうやら気に入ってくれたようだ。
ニコライは安心した。得意のジョークが通用しないこと自体が彼にとって衝撃的な事だし、女性に白い目で見られるのこ
とは彼にとって致命的だからだ。
 そんな調子の彼女が目線を下からニコライの横に向けた。彼がその目線を追うと見るからに気の弱そうな男の子が
二人を見ていた。大体の事情を飲み込んだニコライは、彼女にでは、と短く声をかけた後、初めに勧められた長椅子に
向かった。
 彼が長椅子に座った頃、遠慮がちに男の子は受付嬢の彼女に声を掛けた。彼の背は受付よりも低く、背伸びしても
足りていない。それを察した彼女は受付を回って男の子と話し始めた。彼の声は見た目通り小さくニコライの耳には届
かなかった。
 その様子をしばらく眺めているとやや離れたエレベーターが到着したことを知らせる電子音を放った。ニコライはそれ
に向き返る。ちょうど開いたエレベーターから白衣を着た男が出てきた。長袖の白衣をまくり上げ、それでも暑苦しい無
精髭を蓄えている。見た目にはニコライよりも幾分か若いようだがそう大して違うわけでも無さそうだ。
あの男がデリースか? 
 手順的に考えるとそういう事になるだろうとニコライは予想した。だとしたら随分と早い。その男も一瞬ニコライに視線
を向け、そのまま未だ男の子と何かを話している受付嬢に声を掛けた。すると彼女はニコライに目線を向けて男に一
言二言言い、再び男の子と話し始めた。
 どうやらあの男がデリースで間違い無い。ニコライは確信し長椅子から腰を上げた。
「ビリー・デリースです。遠い所来て頂いて申し訳ありません」
 ビリーは歩み寄りながら自己紹介した。こう言った堅苦しいな言葉は苦手なのかどこか棒読み的で、彼自身喋りなが
ら目線が定まっていなかった。
「私がニコライ・ヴァン・トゥワイフです。わざわざお招き頂いてありがとうございます」
 それに対してニコライはこれが手本だと言いたげに慣れた調子で作法的な言葉を繋げた。
「それで、早速で悪いのですが色々と聞かせていただけますか?」
 そしてそれを済ませると早速本題に入った。
「はい、あー、とりあえずエレベーターにでも」
 急だったのでビリーは少し慌ててそれに答えた。あり合わせの言葉を繋げてエレベーターを指さした。その先には既
に別階に移動しているエレベーターの扉があった。この辺りには他にもう一つあったがそれもはるか遠くを移動してい
る様子だ。扉上部についたカウンターが5を示したまま動かない。
「ありゃあ、こりゃあしばらく動かない。なんか最近調子悪いんですよ」
 ビリーはエレベーターを呼ぶボタンを親指で何度も押しながら諦めた様子でそう言った。
「じゃあ階段だな」
 その様子を見ながらニコライはそう言った。溜息混じりだ。彼は夏の暑さを再び感じ始めていた。



 青年は青いACの装備している広域レーダーと連動しているモニターを眺めた。未だ反応は無い。このレーダーは今
現在待機している地下都市全域の状況を網羅し、現在の技術で開発されたステルスシステムならば逃すことは無い。
 その青いAC、ブルースコープの持ち主であるレイヴンミニッツスターは、更にその奥に並んでいるACを眺めた。
 純白の中量二脚タイプACはアルビノエンジェル。黒と蛍光パープルに塗り分けられた中量二脚タイプACは天照大御
神。そしてそれらの手前に存在する青いACがブルースコープだ。今回は支援使用ではなく、一機での戦闘が可能なよ
うにエネルギースナイパーライフルは、弾数の多い実弾仕様のスナイパーライフルに持ち替えられている。また、重量
の増加に伴うフレームの劣化を防ぐため、脚部は重量二脚タイプに換装されていた。その他のパーツも微妙に変更さ
れている。
 ここはキャリアーリグの格納庫だ。格納庫天井の二つの大型照明がハンガーに掛けられているACに大きな影を作ら
せている。
「ねえ、ナイツ。ユニオンジャックさんどうなったの?」
 ミニッツスターはその言葉とは裏腹に全く心配しているような表情はしていなかった。むしろ単なる好奇心でしかない
ようだった。
 ナイツと言われた白髪の少年は片目を閉じながら何かを布で拭いていた。時折スプレーを吹きかけている様子から
かなり大事にしている物のようだ。
「聞いていない」
 さも興味無さそうに短くそうとだけ言った。彼の白髪は元からと言うよりも色の抜けたと言った方が近い白で、くすんだ
光沢を放っている。
「へえ。まあそれはそれとしてさ、俺らもう結構待ってるよな」
 ミニッツスターは溜息混じりにそう言い、椅子にあぐらをかかせていた身体を立ち上がらせ、大きく背伸びした。ちな
みに彼の言っている結構とは一時間だ。彼はスナイパーだが待つ事が苦手だ。
「なんつーか、こう! 何でもいいからさあ、さっさと来いって感じ」
 普段は無気力な割には好戦的。ある意味ではレイヴンらしいのかも知れない。
 意味も無くシャドーボクシングを始めた青年を見下ろしている男はそう思った。その男は黒いパイロットスーツのベル
トにカタナを差していた。そして格納庫上部からリフトを使い二人のいる場所まで降り立った。見かけ若い二人に比べる
と風格を感じさせる風貌だ。
「無駄に体力を使うな。敵は至極近い」
 そうミニッツスターをたしなめ、持っていた既に電源の入っているノートパソコンを二人の前に位置するデスクに置い
た。その液晶画面には緑色のフレームで構成されたマップ映像が現在このキャリアーが待機している地下都市を中心
に表示されている。
「遂先程連絡があった。敵勢力が近づいて来ているようだ」
 そしてキーボードを操作すると赤い線が現在の地下都市を抜ける映像が表示された。
 ナイツは拭いていた何かを自分の閉じていた左眼に押し付けた。するとごりっ、と想像すると背筋に寒気の走る音が
した。その後彼は目を何度も瞬きさせた。
「どお?」
 ミニッツスターはナイツの座っている椅子に置かれている眼鏡拭き用のスプレーを指差しながら言った。
「悪くない」
 ナイツはそれに対して短く答えた。確かに今までのようにただ水で洗うよりは綺麗になったような気がする。気分の問
題かも知れないが。
「レイヴマスカー級複数。タービュレンス級複数。支援逆関節MT多数。レイヴン一機。単純に考えても師団級でござる
な」
 リーダー格の男、ツルギは二人を無視して向かっているという敵戦力の詳細を発表した。それにあわせパソコンの液
晶画面にそれらを意味する文字が浮かび始めた。レイヴンに関しては何者であるかは不明であるようだ。NODATAの
文字だけが表示されている。
「うげえ、レイヴマスカーっすか? それつらいっすよ」
 ミニッツスターはそのツルギの言葉から「レイヴマスカー」という単語だけを拾い上げた。
 レイヴマスカーは高凡庸を誇る人型MTだ。パルスビームガン、レーザーブレード、旧AC用レーダーユニットを標準装
備しており、右肩にアタッチメントポイントを持っている。乗り手の技術が十分ならば素体レベルのACとなら互角近く戦
えるとジオ社のお墨付きだ。機動性も高く、今回は数も揃っていると言うのだからその脅威は計り知れない。
「ACは一機…」
 ナイツは立ち上がりパソコンを操作しながらそれを確認した。これだけの大部隊でありながらAC一機は明らかに不
信だ。どうせ雇うのならばもう一機位いても良いのではないか。
「逆関節MTはワイルドグース、バードラといった所でござろう。…ナイツ、今任務の詳細を確認してくれ」
 そう言いツルギは椅子に腰をかけた。こういった情報をまとめるのは自分よりも彼、ナイツに任せた方が良いと知って
いるのだ。
 ナイツはそれを受け何も言わずにパソコンに向けていた目線を二人の間に向けた。
「今ミッション内容を確認する」
 そして今までのような力の入っていない声ではなく、不思議なほどにはっきりとした声だった。ミニッツスターはそれを
面白そうに眺めた。
「目的はここ、敵勢力の東ゲートへの侵入を防ぐことだ。この東ゲートを抜けられた場合今ミッションは失敗となる」
 ナイツはそのはっきりとした声でパソコンを操作しながら二人に説明を始めた。その画面にもその事を知らせる文字
が表れている。
それを見ながらミニッツスターは手を挙げて質問した。分かりやすい自己表現だ。
「そのゲートの向こうには何があんの? 何かやべえもん?」
 それは単なる好奇心なのだろう。彼のような人間はミッション等よりその内容の方に興味を持つものだ。
「知らされていない」
 それに対してナイツは顔色一つ変える事無く答えた。何の装飾も無く簡潔に。
「…確かこの先の区間はここを通らねば行き来は出来ぬはず。ナイツ。何か知らぬか?」
 それに関してはツルギも興味を持ったようだ。眉間に皺を寄せ考え始めた。
「この先…。廃棄都市が二つ繋がっている。その先は…何も無い。地上への通行手段も無いようだ」
 ナイツはパソコンを操作し、それに入力されている情報を自分の中で処理した。しかし二人の質問に対する答えのよ
うなものは見出せなかった。
「ジオの連中、こんなとこ攻めてどうすんだろうね。クラインも僕らにこんなとこ守らせて何考えてんだろ」
 それを聞き、ミニッツスターは今回の任務に全くの理解を示していないようだった。実際今回の事に関してはツルギも
多くを知らされていない。
「分からぬ。…だが拙者らはあくまでレイヴン。ナイツ、続けてくれ」
 しかし彼はそう言って自分を納得させ、ナイツに確認を進めるように促した。
「この地下都市は北ゲート、南ゲート、地上エレベーターで外界と繋がっている。エレベーターは既に機能を失っている
ため敵勢力はこのゲートどちらかを使用すると予想される」
 ナイツは確認を再開した。
「多分両方からじゃん?」
 それに早速ミニッツスターが口を出した。その表情には笑みが含まれている。冗談のつもりのようだ。
「恐らくそうであろうな」
 しかしそれは真実性を持った発想だ。ツルギは彼の言葉を肯定した。鞘に差したままのカタナでパソコンの画面を指
しながら説明を始めた。
「物量を活かした同時且つ多重的な攻撃となるであろう。恐らくだが既にこちらの動きを察しているはずだ。通信、レー
ダーは全てブルースコープを介する。奴には極めて負担が掛かるが構わぬか?」
 ツルギはその簡単な説明を終えた後ミニッツスターに必要なことを告げた。
 一度に多数の敵との戦闘を行う場合、相手の動き、距離、場所はより正確に知る必要がある。それには高性能レー
ダーを装備したブルースコープのものをリークするのが一番だ。また、その頭部EHD−GARDは極めて高いシステム
コントロール能力を持ち、情報の処理ならばお手の物だ。
「大丈夫ッスよ。僕、あんま動かないし。慣れてるし」
 ミニッツスターは手をひらひらさせ、安請け合いする。
「物量に押されぬために火力も必要だ。ナイツ、リグの遠隔操作、お前の力で何とかなるか、否か?」
 更にナイツに対しても同様、必要なことを告げた。彼はナイツのプラスとしての力を頼りにしているのだ。キャリアーリ
グにもオート機能は当然存在する。しかし、移動はともかく攻撃、特に援護射撃となるとコンピューターには無理と言え
る部分が多い。何故なら、援護には敵、味方の理解だけでは無く、必要か、敵に対する効果は如何ほどか。他にも多
数、「予想」する必要があるからだ。しかし計算だけでは計りきれない部分は多く、それらは人間が任された方が良い
結果が出るのは当然だ。そこである程度他のコンピューターとの相互操作が可能なプラスであるナイツにそれを任せ
たいのだ。
「…移動はともかく攻撃だけなら。いや、射撃は難しい。ミサイルだけだ」
 しばらくの沈黙の後控えめな返事がナイツの口から出た。しかしツルギはそれを聞いて満足そうに微笑んだ。
「十分でござるよ。ナイツ、他に何か確認すべき事は?」
 そして再びナイツに確認を促す。それに対してナイツは軽く首を振って見せた。
「いや」
 粗方注意すべきことはツルギが済ませてしまったため他に言う事は無い。ナイツは再び椅子に腰を下ろした。
「そうか。然らば後は各々で準備を済ませて置け」
 そしてもう一度二人を見渡し、そう言い残してリフトを使い天照大御神のコックピットへと向かった。その毅然たる様子
をミニッツスターは目で追った。
「いっそがしいねえ。やっぱリーダーだよ、ツルギさんって」
 そして自分だったらああは出来ないと青年は自分の無気力を認めるように笑いながら言う。
「ユニオンジャックさんは嫌いだったみたいだけど」
 そう言い残しパイロットスーツに着替えるためかシャツのボタンを外しながら更衣室に向かって行った。
 成り行き上一人そこに残されることとなったナイツはあたりを見渡す。そしてすぐ目の前、電源の入っている液晶画面
に目を向けた。
 この都市は複雑な造りではない。数が多い方が圧倒的に有利だ。
 さてどうなるか。
 ナイツは考えようとしたが止めた。こなせばいい。それだけだ。その考えを最後に右目に指を入れ、そして中にある物
を抉り取った。



「とりあえず関係書類はこれで全部ですね」
 ビリーはデスクから取り出した最後の書類を敷布団の敷かれていない骨格だけのベッドに腰をかけているニコライに
渡しながら言った。ニコライはそれを受け取り脇に置きながら手に持っている書類を読み続けた。
 窓からは相変わらずの強い陽射しが射し込み、診察室に影を作っている。しかしそれも幾分か傾いており、虫の鳴く
声が鬱陶しい。地下には無い音だ。車の発する排気音が少ない事だけが唯一の救いか。
 それらの書類を見ながらニコライが感じたのは、まあこれだけでは何とも言えないといったところだった。
 確かに文字、単語、文章を読み取るにはこの男の治癒能力には驚愕すべきものがある。しかし、もしこれがニコライ
の知るレイヴン、デュライならばこんな中途半端な怪我はしないし病院に来ることも無いだろう。第一これが真実である
と言う確証はどこにも無い。
「何とも言えないですね」
 ニコライは粗方読み終えた後素直にそう言った。
「そもそも同一人物かどうかも分かりませんし、何かしら治療を受けていたのかも知れませんよ?」
 そう言うニコライに対してビリーは力を込めて否定した。
「いいえ! 絶対そんな事ありません! 僕が保証します!」
 彼にとっては謎に迫っているつもりなのだろうか。これらの関連性を疑っていないと言ったところだ。
 マクウェンと同じタイプの人間だな。
 ニコライはその様子を自分の部下に重ね合わせた。
 一生懸命は良いのだがそれが空回りする。そういう性格だ。走ってはいるが目的地は決まっていない。そんなところ
だろう。
「まあ、仮にそうだとしましょう」
 仮じゃない、とのビリーの反論を無視してニコライは続けた。冷やかな態度だが、実際は慣れない暑さに彼の体力は
限界に近い。
「そうだとして別に重大な事じゃない。極端に怪我の治りの遅い人間もいれば極端に速い人間もいる。相対的な考え方
ですけどね。まあ、それだけですよ」
 そして彼は早口でそうまくしたてた。ビリーは特に反論も出来ずに考え込んでいた。そしてそんな彼は急に思い出した
ように声を上げた。分かりやすく、
「あっ」
と。
 なんだ? とニコライが怪訝そうに彼を見るとビリーは何かにかけられているビニールのシートを外そうとしていた。彼
の医者の経験からしてその下に隠れているのはレントゲン写真を見るのに使う蛍光板。
「専攻は何です?」
それを外す前にビリーはニコライに質問した。
「まあ、専門は外科だが、内科も一通り。他は検死、解剖に産婦人科も少々」
 どんな意図が含まれているのかは知らないがニコライは一応丁寧に答えた。同じ医者ならば特に警戒する必要も無
い。当然だが。
「良かった。ならこれも大体診れますよね?」
 ビリーはニコライの回答を聞き終えるとそれが望んでいた返事だと言いた気に一気にシートを外した。するとその蛍
光板にはすでにレントゲン写真の類が貼り付けられており、光がついていないせいで真っ黒な紙が貼り付けられている
ように見える。そしてそれに電源が入れられた。パチンというスイッチ音の後、そのシルエットが現れた。
「さっきまで見てたんですけど。え〜とどこだったかな…」
 そしてそう言いながら何かを探し始めた。それはあっさり見つかったらしくデスクの上に乗っていた書類入れを見なが
ら言った。
「お〜るどあいざっくふくごうちかちゅうおうびょういん…、で撮られたものですね。んでこっちがこっちで撮られたもので」
 順々に説明しながら次に彼はデスクの引き出しに入っていたものを貼り付けた。
「MRIとレントゲンです」
 それらを見比べながらニコライは眉を寄せた。
「…こいつは神経か?」
 それはそう言うには躊躇われるほどのものだった。レントゲンで見ることができるのは血管と間違えてしまいそうな白
い線と血液が溜まっていると思われる白い影。そしてMRIに映る白い筋。ニコライにとっては初めて強化人間を見たと
きのような衝撃だった。
 資料で見るものとは違う事実がそこにあった。彼はこんなバリュームを通したような神経は見た事が無く、このいくつ
もの写真が同一人物のものであることは日の目を見るよりも明らかだ。加えてその治癒が急激なものであることも視覚
的に理解できるし、彼が何よりも気になったのは、
「発達してるのか?」
この二枚を比べると治癒が進んでいる方の写真では微妙ではあるが神経の分岐が増え、太くなっているように見える
事だ。
「やっぱそう見ます?」
 それにビリーも賛同する。彼自身それは感じていたことなのだ。
「だがそうなるとこいつはどんな事があったんだ? 神経はこんな簡単に発達するものじゃないだろう」
 ニコライはそもそもこいつは何者だ? という意味を含んだ言葉をビリーに投げかけた。それに対してビリーは露骨に
困った顔を作る。
「あ〜、そいつは言えないっていうかプライバシー保護っていうか」
 しかしニコライはそのたどたどしい言い訳を全て聞く前に最初に渡された書類の中から自分の知りたい事を拾い上げ
た。
ロジャー・バート
生年月日 2/Ju/206
血液型 B
性別 男
住所 不定
 しかしまあ、何とも言えないプロフィールだった。特に特徴のあるの名前でもなし、何よりも住所不定。ホームレスか?
 
「こいつはどこに行けば会えるんだ?」
 本人に会ってみたい。彼はそう思った。デュライに似ているかはともかくこの男が特異な性質を持つことは確実だ。彼
の好奇心がその真意を知ろうと黙ってはいなかったのだ。
「さあ、妹さんと一緒にここにきたからどっかには住んでると思うんですけど。ガレージをあたってみるしかないんじゃな
いですか?」
「ガレージ?」
 あ、と個人情報を自分の思考袋の中から洩らし続けるビリーは声を上げた。分かりやすい。ニコライは呆れるのもそ
こそこに彼が洩らしてしまった言葉を繰り返した。そして破れた思考袋を突く。
「メカニックなのか?」
「あ〜、それがですね〜…」
 その質問にビリーは諦めたのか言い難そうにしながら小声で答えた。
「レイヴンらしいですよ? 何でも」
 それには何故か笑いが含まれていた。何故そこで笑いが入るのかはニコライには分からないが彼は顔をしかめた。
ここまで来てもレイヴンなのか、と。
「やっぱレイヴンっていうのは変わり者が多いんですかねえ?」
 ビリーの軽口を無視してニコライは立ち上がる。
 片っ端からガレージを当たる。運良く治安の良さでは有名なカウヘレンだ。シティ運営のものとガード認定のもので数
箇所といったところだろう。問題はこの男のレイヴンネームが分からなければガレージでは通用しないということだ。
 ニコライは窓から外の景色を眺める。既に日は傾いていた。後は明日だ。とりあえず泊まる宛てを探さなければなら
ない。これからのことを考え彼は溜息を吐く。
「このバートって奴はどんな奴だ?」
 とりあえずこの男の特徴を聞いてみた。それだけでも何かの役に立つはずだ。
「なんか薄めの茶髪で、年相応の見た目ですね。言うほどの特徴は無いですよ?」
 しかし残念ながら大した情報を得ることは出来なかった。彼はもう一度溜息を吐く。それとまあついでなのでもう一つ
質問する事にした。
「あの受付の彼女、フリーですか?」
「え!?」
 沈黙が流れた。そのビリーはまるで幽霊でも見るような目でニコライを見ている。
「あーと、えーと、多分そうなんじゃないかな〜…?」
 その沈黙をやっと打ち破りビリーは何か煮え切らない返事をした。ニコライは眉を寄せる。口には出さないが事情は
まあ飲み込めた。
「それは良かった。何かの機会に食事にでも誘ってみますか」
「ちょ、ちょっと待ってください、トゥワイフ先生!」
 ビリーは慌てていた。それが何故かはニコライには手に取るように分かっていた。



 三機のACが中型の黒いキャリアーリグを囲むようにして立っていた。地下都市の中心に位置する交差点で待機して
いるわけだが、地下都市全体の規模からするとそれは置かれているに等しい規模のものであった。
 東ゲートへ侵入するには北ゲート、南ゲートから登場するにしてもこの交差点を通るしかない。加えてこの場所からは
両ゲートが一望できるため、対応もしやすい。ただ、終始挟み撃ちされているのと同じ戦闘状態となるため一度に攻め
られた場合単純に二倍の戦力と戦う必要がある。ただ、そこはACの特性を活かせば何とかなりそうなところではあっ
た。
「ナイツ、何かいる?」
 ミニッツスターが待ちかねてブルースコープにスナイパーライフルの射撃体勢をとらせながらナイツに状況を聞く。
「…」
 しかし返答は無い。それは今はまだ状況に動きの無い事を示していた。
 AC間での沈黙が流れ、キャリアーリグのホバー音と天照大御神の装備しているステルスによる影響であるノイズ音
の他は彼らの耳には届かない。
『そこのAC!』
 不意に都市中に仕掛けられているスピーカーから男の野太い声が発せられた。
「見つけた…」
 ナイツはその音声を確認すると神経を集中させる。脳内に設置されているコンピューターをACのコンピューターと同
調させ、そこから無線でブルースコープのコンピューターに接続、更にそこからこの声の主が使用しているコンピュータ
ーにまで侵入させる。
『君たちの存在は不当なものだ! 大人しく投降し降伏しろ! さもなくば攻撃する!』
 その言葉は明らかに自分たちの有利を誇示していた。姿を現してはいないのだからその規模は明らかになってはい
ない。つまり真実味を持った虚仮脅しというわけだ。彼らは気付いてはいないだろう。その行為が自分たちの情報を洩
らす結果になっているということを。
「きてるぜきてるぜ! その調子だナイツ!」
 ミニッツスターは次々にブルースコープに流れてくる敵情報を天照大御神とアルビノエンジェルにリークさせながら歓
喜の声を上げた。
 この時ナイツは水の中に沈んでいるような浮遊感を感じていた。それは決して穏やかな感覚ではない。むしろ圧倒的
な孤独が彼のコンピューターによって拡張されている精神を蝕んだ。しかしその事に彼自身気付いてはいない。やがて
暗闇の海に光が射し始めた。ナイツはその光に向かって精神を集中させる。そして、
「終了。ACのコンピューターに侵入するのは無理だった」
五感の世界に戻った。ACの目線の先には南ゲートが映っている。
『今直ぐ武装を解除し投降せよ!』
 野太い声は未だに彼らに圧力をかけていた。しかし三人の耳には届いていないも同様だ。
「なに、十分でござる。よくやってくれた」
 ツルギがナイツの功績を労う。しかしその目線は先程送られてきた情報をACが解析した結果が映し出されたディス
プレイに移っている。それはミニッツスターも同様だった。
「南側、レイヴマスカー4、タービュレンス3、バードラ16、ワイルドグース12、シャフター7、AC1、輸送車両1。北側レ
イヴマスカー3、タービュレンス4、バードラ12、ワイルドグース16、シャフター7、輸送車両1。南側の方が手強いッス
ね」
 ミニッツスターが声に出してその戦力を確認する。その声はあまりの戦力にやや萎縮しているようにツルギには感じ
られた。
『説得は無駄と判断し攻撃を開始する!』
 その野太い声はそれを最後に沈黙する。そして両ゲートが同じタイミングで重々しく開き始めた。空気が振動し枯れ
た植木が揺れている。
「よし、拙者が南を務めよう。ナイツは北側を頼む。ミニッツスターは援護だ。お主の射撃の腕、彼奴等に思い知らせて
やるが良い」
 ツルギは天照大御神に戦闘モードを起動させながら役割を割り振った。確かに対AC戦となるとこの三機のACの中
では天照大御神が最も向いている。
「了解! ちゃんと援護するからツルギさんも頑張って下さいよ」
 彼のおだてによって戦闘意欲を取り戻したミニッツスターがブルースコープに軽量グレネードランチャーの発射態勢を
とらせる。それに従うようにナイツもプラズマキャノンを反対のゲートに向け展開させる。両電極後部の放熱板が光と共
にあり余る熱を放出し始めた。
 そして両機ともに開き切ったゲートに向かいそれを発射させた。ゲート入り口に群がっていたMT群はそれを回避しよ
うと機体を加速させる。しかし加速機能を持たないワイルドグース、バードラは炸裂した爆炎に巻き込まれ吹き飛んだ。
 それを逃れたシャフターがブースターを切り、右肩に装備されたキャノンの発射態勢をとる。
 ブルースコープとアルビノエンジェルが再び高火力狙撃を行う。動きのとれなくなっているシャフターの殆どがそれによ
って吹き飛ばされた。
 しかしそれを逃れたシャフターがキャノンから大きな筒弾を発射させた。それは三機のACの上空に向けて発射され、
空中で白煙と共に破裂した。そしてその白煙の中から多量の銀色に光るものが舞い降り始めた。
「チャフか」
 それは電波反射率の高いアルミ箔だ。レーダー機能や、ミサイルの妨害。さらにはFCSに機能も著しく低下させる原
始的、しかし確実な戦果を弾き出す手堅い対電子武装だ。更にこの武装をしているという事は相手側はそれに対する
対抗策を持っている可能性が高い。恐らくチャフの影響を受けていないはずだ。それを示すようにレイヴマスカー、ター
ビュレンスがブースターを使い高速前進を始めた。
 しかしツルギたちが共有使用しているレーダーユニット“BRS−B−OSPREY”はノイズ除去能力が極めて高く、チャ
フ程度で動作不良を起こすやわな物ではない。加えてブルースコープの使用しているFCS“DOX−ELENA”は完全な
射撃用であり、同様にノイズ除去はお手の物だ。
 ミニッツスターは動きのとれないシャフターに対して再びグレネードを発射する。通常よりも短い砲身から吐き出され
た砲弾は軽く弧を描きながら未だ遠距離と言える間隔を超えて確実に着弾した。爆発を起こし辺りに金属片を撒き散ら
す。
「ミサイルは使えん」
 ナイツはチャフの影響を考慮し素直に敵部隊に対して接近を開始した。降り注ぐアルミ箔を無視して動きを止めてい
るシャフターのコックピットが存在する胸部分にパルスレーザーを照射する。同部分に連続でレーザーの加熱を受けコ
ックピットフレームごと胸部が蒸発し、そのシャフターは沈黙する。
 接近するACに対して物量で勝るジオ社側はあらゆる火器を集中させた。しかしそれは殆どが回避され、命中したとし
てもそれはシールドに阻まれダメージを与えるには足りなかった。その間にもアルビノエンジェルのパルスレーザーは
寸分の狂いも無くMTたちの急所を捕らえ、破壊していった。
『くそっ、何が起きてんだ!』
 戦車のものをそのまま小さくしたようなコックピットの中でパイロットは悪態を吐いた。黒いACが見えたかと思った瞬
間モニターがブラックアウトし、彼の乗っているワイルドグースの反応が悪くなったのだ。現在の状況を伝えようにも無
線も使えず、それもできない。そして次の瞬間彼が見た閃光は、彼がこの世で見た最後の光だった。
 紫色の高出力レーザーがワイルドグースを真っ二つに切り裂いた。二つに分かれたそれは時間差を置いて爆発す
る。
 そのワイルドグースを切り裂いたのはツルギの天照大御神だ。天照大御神に装備されているステルスはレーダー機
能に障害を及ぼす妨害電磁波と共にFCSを撹乱する妨害電磁波を発射するナノマシンを散布する機能を持っている。
しかしそのナノマシンのFCSを撹乱するという機能はあくまで基本動作であり、ワイルドグースや、シャフターなどの電
子的機密性の低い量産MTなどはその影響を受けただけで動作に支障をきたしてしまうのだ。そのため企業部隊や、
ガード部隊の中にはAC用ステルスを「MT殺し」と言う者も少なくない。
 ツルギはそのワイルドグースの爆炎を突っ切りその先ででたらめにパルスレーザーと機銃を連射しているバードラ群
に肉薄する。彼らはファーストアタックであったグレネード弾による余波を受けないために三機が並列していた。
『チクショオ! 当たれ! 当たれ!』
 ナノマシンの散布を停止している天照大御神だが中量二脚ACとしては軽量に設定されているためその動きは極めて
俊敏だ。当たるとしても機銃が掠る程度で装甲が薄い天照大御神ではあるが全く気にするべきものではない。
 天照大御神が左腕を振り上げそこから伸びた閃光が一筋のレーザーブレードを形成、そしてその一振りが三機のバ
ードラを腰の辺りから一気に両断する。それらは爆発せずに規則正しく倒れこんだ。
 その背後でブレードの使用による姿勢制御状態になっている天照大御神に対してレイヴマスカーがブースターを使い
急速接近していた。更にその左腕からは赤い光が伸びており、コア背部に強力な一撃を見舞うつもりだ。
『よくも部下を…』
 彼はレイヴマスカーを駆り幾つもの戦場を生き抜いた歴戦の戦士だった。ジオ社でも大尉として部隊を率い、このレ
イヴマスカーが唯一ACに負けていない機動力を生かした白兵戦で既に5機のACとレイヴンを葬っている。
『くたばれ!』
 そして今回もACにとっては比較的装甲の薄いコア背部にブレードの一撃を加え、一気にコックピットフレームを貫こう
と左腕を伸ばす。しかし次の瞬間にはその左腕は本来あるべきところには無かった。
 彼のレイヴマスカーのモニターには先程まで背中を見せていたはずの天照大御神が右腕を振り切っている映像が映
し出されていた。そしてレイヴマスカーの左腕はレーザーを伸ばしたままビルに叩きつけられていた。
『…何?』
 一体何が起こったのかを理解し切れない彼は答えを求めた。何が起こったのかを。しかし実際には何てことは無い。
旋回ブースターによる急速旋回とブレード使用による軌道修正を組み合わせた斬撃だ。
「武士の背は死地だ。思い知れ」
 天照大御神は左腕を振り抜く。それは重チタン合金の装甲を赤熱させ、今度は右腕から伸びた光がそれをなぞっ
た。そして更にそれを振り切った後旋回ブースターを咆哮させ、再び光をなぞらせる。高熱で蒸発し、レイヴマスカーは
胸から切断され爆発四散した。
 その爆炎の中を貫き、弾丸が火線を残しながら飛んで行った。それには一切の狂いも無く、その先に存在したワイル
ドグースの光学カメラを貫いた。更に天照大御神に空中からの射撃を加えようとしているタービュレンスの右膝を貫き、
撃ち落した。そして墜落し地に伏しているタービュレンスに容赦の無いグレネード弾による追撃を加え、破壊した。
 それはブルースコープによる射撃だった。MTには不可能な超遠距離射撃で次々と獲物を落としている。
「ツルギさーん、なんかちょっと数が多い気がするんスけど…」
 しかしさすがに残弾に不安が出てきたミニッツスターが弱音を洩らした。最前線で戦っていたはずの天照大御神も後
退し始めており、余程軽く生成されているのかチャフは未だに宙を彷徨っている。これではミサイルを使用出来ない。
火力的に不足しているわけだ。
「予備弾倉は格納庫に積んであろう。無駄口を叩くな」
 使用制限の無いレーザーブレードを唯一の武装とする天照大御神にワイルドグースを両断させながらツルギがそれ
をたしなめた。しかしそのステルスも散布できるナノマシンが底を着き、既に排除されていた。身軽になってはいるが遠
距離からの射撃に対応することが出来ず次第に追撃が困難になってきている。
 ワイルドグースの起こす爆発の向こうで二つの影が高速でそこを通り過ぎて行った。ツルギはその影の正体を確認す
る。レイヴマスカーだ。
「行かせぬ!」
 ツルギは天照大御神を反転させ、スーパーチャージャーを展開させる。しかしそれよりも早くそのレーダーに天照大
御神に迫るミサイルの影が映った。4基、5基、いや、16基。タービュレンスのミサイルランチャーによる連射では考え
られない数だ。
「ACか…。ミニッツスター! レイヴマスカー二機が抜けたぞ!」
 それを確認するとそのミサイルに群れを回避しながらミニッツスターにレイヴマスカーを任せた。しかし多すぎる。単純
に攻撃の密度が高く、ミサイルを迎撃する手段を持たない天照大御神は機動力でそれを回避するしかないのだが、そ
れは難しいことだ。
 結局全てかわし切る事は出来ず、右肩と右膝に手痛い直撃を受ける事となった。装甲の薄い天照大御神にとってミ
サイルの直撃は致命的だ。
「んな事は分かってますよ!」
 ミニッツスターは怒鳴るように返事しながらグレネードランチャーを、平行しこちらへ向かうレイヴマスカーに向けて発
射した。しかしレイヴマスカーの反応は早く、それを左右に散開して回避すると射程内となったパルスレーザーガンを連
射した。
「やべえよ…」
 それをキャノン発射体勢のため回避できず装甲が蒸発する。致命傷ではないが、体勢を戻したときには無視できな
いダメージが装甲に刻まれていた。ジャンプさせ、レーザーを回避しながらライフルを発射する。それは既に狙撃では
ない。
 それを肩に受けレイヴマスカーが体勢を崩す。しかしもう一方のレイヴマスカーはすかさず加速しブルースコープを振
り切ろうとする。
「ちくしょ!」
 そのレイヴマスカーに対しても発砲するがそれは肩装甲を掠めただけで動きを止めることは出来なかった。そしてそ
のまま一気にブルースコープを振り切り、交差点を通過した。
 こうなったらとミニッツスターは機体を屈ませ狙撃体勢に入る。グレネード弾は既に撃ち尽くしていた。仕方なくスナイ
パーライフルを構え、その狙いを後頭部に定める。ここならばいくらレイヴマスカーでもライフル弾の一撃で貫けるはず
だ。破壊は出来なくとも動きを止めるには十分だ。トリガーを引く、しかしその狙いは直前に受けた衝撃によって大きく
外してしまった。
 ブルースコープの頭上にレイヴマスカーがいた。踏みつけているのだ。狙撃のためレーダーをロングレンジに固定し
ていたため発見が遅れてしまった。
「ウゼェぞ!」
 半ば混乱しながらミニッツスターはブルースコープを上昇させる。それによってレイヴマスカーは体勢を崩したが空中
で立て直しレーザーを浴びせながらその目の前に着地した。
「どけよ!」
 ミニッツスターはそれをブレードで追い払おうとする。しかし再び横からの衝撃でブルースコープは待機しているキャリ
アーリグに叩きつけられた。タービュレンスからの援護ミサイルだ。更に体勢を崩しているブルースコープにレイヴマス
カーは容赦無くブレードによる追い討ちを仕掛けた。ブースターを吹かし、それを寸でのところで回避したがスナイパー
ライフルがハンドガード部分から切り落とされた。これでは発射は出来ても精密な狙撃は不可能だ。
 白煙を吐き出しながら迫るミサイルを潜るようにして回避しながら天照大御神はその紫色の閃光を横に薙いだ。それ
によってタービュレンスは両腕を切断され、そこに更に追い討ちの斬撃を受け腰部分から切り離された。爆発はしない
が火花と共に黒煙を噴出しており時間の問題であることは明らかだ。
 ツルギはその黒煙の中に黒い機体を隠すと光学カメラをズームさせる。途中タービュレンスと特殊兵装のシャフター
がこちらへミサイルを発射しているのが確認されたが、それはレーダーに捉えているので気にはしない。更にその先に
極彩色の影が確認できた。ACだ。シルエットから判断するに無脚タイプのようだが、性質の関係上積載量が低く設定
されているフロートのわりには上半身が膨らんでいるように見える。
『ACを確認しました』
 コンピューターがその映像から情報を反映するのを確認すると天照大御神をすぐさまそこから距離を置いた。ミサイ
ルが通り過ぎ、1基がタービュレンスの上半身に接触、爆発する。
『ACの詳細を確認しました。“アバター”です。オールドアイザックアリーナ4位、ネオアイザックアリーナ3位。標準武装
はアサルトライフル、多弾頭ミサイルランチャー、小型ロケットランチャー、照射型レーザーブレード。標準無脚機体で
す』
 そのコンピューターボイスと同時に手前ディスプレイにそのアバターというACのイメージ画像が表示される。しかしそ
れは同じ極彩色ではあるがその武装や機体構成パーツは大きく異なっていた。そしてツルギにはあの無脚ACが積載
基準を超えているように見えた。
「アバター…。“ヒュリオー”か。己がプラスである事を隠しているというが…、真だったか」
 天照大御神にミサイルの追撃を回避させながらツルギは確信する。

 無脚、すなわちフロートタイプに分類される脚部はディーンドライブと言う遠心力を上部に集中させる事によってエネ
ルギーを無駄にする事無く機体を浮遊させる事ができる。この遠心力を傾ける事によって移動もできるのだが、急な加
速には未だ推進力を必要とするため未だ実験段階を超えてはいないという感は強い。
 また、このディーンドライブによって支える事のできる重量は、理論上ACレベルのものなら余裕を持って積載できる
はずだが、ある一定の重量を超えるとジャイロバランサーの機能効率が著しく低下し、遂には停止してしまう。この原因
は未だはっきりしておらず、他の脚部同様積載量が設定されるに至った。フロート技術のノウハウが無いエムロードが
開発を敬遠している原因はここにあり、逆にこの問題が解決されればACの脚部はすべてこれに取って代わるであろう
とも言われている。
ただ、プラスはジャイロバランサーのバランス制御を自分で補佐するということでこれを解決し、あのACアバターのよう
に限界を超えた積載を可能としている。つまり、無脚ACにおいての基準違反とはプラスでしか有り得ないのだ。

 アバターはジオ社の戦力を有効活用しようとしているらしく自分からは積極的に攻撃はしない。先程のように機を見て
遠距離攻撃を加える程度だ。
 AC、しかもプラスという「力」を持っているのにも関わらず味方を噛ませ犬の様に守るどころか捨て駒にする。それは
ツルギにとって許せない事だった。
 特殊兵装シャフターが両腕から機銃を掃射する。ツルギはその火線を縫うように回避しながら接近するとシャフター
の頭部を一突きして沈黙させた。
 その間にもタービュレンス、アバターはミサイルを発射し、遠くからはパルスレーザーが飛んでくる。南側戦力はレー
ダー、モニターから見るに少なくともタービュレンス2機、ワイルドグース、もしくはバードラが合わせて7機。そしてもちろ
んACも控えている。ブルースコープからの援護が途絶えた今、前進は困難を極める。かと言ってこの数の前進を許せ
ば押し切られるのは明らかだ。
 ワイルドグースのロケット弾をジャンプで回避するとその隙にブースターを使いタービュレンスが天照大御神の横へ回
り込み、そのままパルスレーザーを発射した。更に前方のタービュレンスからもミサイルが2基、それを待っていたかの
ように発射された。十字砲火を浴びる形となりパルスレーザーは更に上昇する事によって回避したが、ミサイルは天照
大御神のすぐ横にあるビルに着弾、爆発し熱片が撒き散らされた。それによって大きく体勢を崩した天照大御神に対
し、ここぞとばかりにアバターが接近、右肩のヘヴィチェーンガンを連射した。
「かわせぬ…」
 ツルギはブースターを使い体勢を立て直しながらも右腕でコアを庇った。火線はちょうどそこを捕らえ、弾丸が庇った
右腕を次々と貫いた。遂にはレーザー発生装置に着弾し爆発を起こした。ツルギはそれを利用し天照大御神を急速後
退させる。それを確認するとアバターはまるで虫捕らえた魚のように距離を離していった。
「おのれ…」
 既に役に立たなくなった右腕をもう一方のレーザーブレードで二の腕から切断する。これにより重量を減らす。しかし
その冷静な対処とは裏腹にその表情は苦虫を潰したように険しいものだった。
 その間もタービュレンスと逆関節MTの攻撃は止むことは無く、徐々に後退を始めた。
「くそっ!」
 ミニッツスターは何とかレイヴマスカーを振り切り、切断されたスナイパーライフルをゲートへ向かっているレイヴマス
カーへ向けた。既に左腕はブレードによって切断されている。当たらない事は分かり切っていた。しかしトリガーを引く。
 その瞬間そのレイヴマスカーは白い光に包まれ爆発を起こした。
 何だ? ミニッツスターがその光景を惚けたように眺めていると目の前にレイヴマスカーが赤い閃光を伸ばしたまま
出現した。しかしそれは横から割り込んできた赤い光によって右膝を貫かれ、横倒しになる。そしてその真上。ミニッツ
スターは天使を見たような気がした。
 天井の大型照明を背景に純白のACが両肩から光を発していた。そしてそのまま高速で降下、踏み潰す。多重多種
層行型装甲に包まれた超重量兵器であるACの重みに特殊チタンで包まれただけのMTが耐えられるわけが無かっ
た。
 そのACはアルビノエンジェルだった。赤い目をブルースコープに向け、戻す。
「ミサイルを使う。ランチャーから離れろ」
 そのブルースコープのコックピットに少年の声が流れた。ミニッツスターにはその声が妙に心強く感じられた。
「頼むよナイツ。俺は格納庫で武器を調達すっから」
 その言葉は既にナイツには届いていなかった。先程と同じプロセスでキャリアーリグにまで接続し意識を集中させる。
リグからの光景が幾つもナイツの頭脳に浮かんでは消え、暗闇のようだが光に満たされ、情報が水のように流れる。
幾つもの映像の中から一つを選び、管理火器と手を繋ぐ。これがトリガーだ。
 それを引くとリグに装備されていた4基のミサイルランチャーが反応し、目標を捕らえ始めた。ナイツの頭脳には自分
の眼で見ているものと、リグがミサイル発射の標準に使うカメラが捕らえているものが四つ映し出されている。常人には
不可能な五感の拡張を彼はやってのけた。
 ロック、そして発射する。このミサイルはACの尺度で測ると小型に分類され、威力は低目だがFCSはACの規格では
ないためそれよりも精度の高い発射が可能だ。
 タービュレンスはミサイルジャマーとデコイを駆使しそれを回避するが、機動力が無いに等しいワイルドグースやバー
ドラは回避することはできず次々に鉄屑に変わっていった。
「ミサイル! ナイツか!」
 白煙が背後から伸びて行く様子を見ながらツルギが歓喜の声を上げる。そしてこの機を逃す事無く回避行動に移っ
ているタービュレンスの両脚を切り落とし追い討ちをかけて沈黙させる。 更にその先でミサイルに対して迎撃ミサイル
を連射しているアバターに接近する。爆炎で視界が悪くなっているがそれはむしろ好都合だった。アバターに乗るレイ
ヴン、ヒュリオーがプラスでなければ。
 弾丸が爆炎を貫き天照大御神に迫った。ロックアラームが無かったため反応が遅れ、コアと頭部に数発が命中し、
装甲数枚が弾け飛んだ。
 しかしそれに怯む事無く爆炎の中に天照大御神を突進させ、アバターに接近を試みる。そして爆炎の向こうで天照大
御神を出迎えたのは圧倒的な弾幕だった。
 ロックアラームの無いことからロックオンされていない事が分かる。しかしその射撃は正確で一度動きを止めれば装
甲が薄くダメージが残る天照大御神はすぐさま破壊されてしまうだろう。更に迂闊に接近しても右手に装備されているプ
ラズマライフルは脅威そのもので、左腕に設置されている高効率ブレードは低出力のブレード発生装置を3基装備し、
合計した消費エネルギーは膨大だがその分攻撃に転じた場合の速度はSAMURAIの比ではない。加えて天照大御神
のSAMURAIは右腕が欠けているのだ。
 しかし、アバターの無脚は装甲を重視しているためステルスと右腕の無い天照大御神に比べ機動力で劣っている。つ
け込むならそこしか無い。
 その天照大御神にロケット砲を向けているワイルドグースがミサイルの直撃を受け、脚を残し上半身が爆発した。
 これで南側は粗方…。
 ナイツはACの破壊は流石に無理だと判断し、北側でミサイルを回避し続けるタービュレンスに意識を集中する。射出
できるデコイは既に底を着いているようだが、ミサイルジャマーの影響は著しく、発射できたとしてもタービュレンスの機
動力はミサイルを回避するには十分だった。
 しかし対処は簡単だ。ミサイルで敵の動きを制限しそこにアルビノエンジェルからの攻撃を加えればいい。ビルに追
い込むように発射角を調節して3機のミサイルを発射させる。すると彼の予想通り左右を挟まれたタービュレンスはブ
ーストジャンプしそれを回避、その間にアルビノエンジェルにプラズマキャノンの発射体勢をとらせる。
 しかしその瞬間ナイツの視界が黒一色に染まり、視覚が失われた。更に力を失ったようにアルビノエンジェルが膝を
つく。
 無理をさせ過ぎたか。
 ナイツは全身の発熱と思考の鈍りを感じた。情報の処理どころかその方法も分からない有り様だ。コンピューターと
神経が断裂している。このままではアルビノエンジェルどころか己の身体を動かすことさえままならない。
 そのナイツに対してタービュレンスは急接近、左マニピュレーターの代わりに取り付けられているプラズマトーチにエ
ネルギーを出力する。それに連動し砲弾でも吐き出しそうな大きな筒からプラズマガスが噴出し白い熱線が姿を現し
た。
 これはレーザーブレードと近い性能を持った武装だがブレードを形成するのでは無く、極めて狭い範囲にエネルギー
が集中された炎を噴出すものだ。そのためブレードと比べてもその有効射程距離は短く、AC用の兵器としては採用さ
れていない。しかし動きを止めたアルビノエンジェルを切り刻むには十分だった。
 ブレードを振る要領でタービュレンスは左腕を振り上げアルビノエンジェルに叩きつける。熱線がアルビノエンジェル
の左肩装甲を溶解させ、コアに深い傷をつけた。更にその赤く赤熱する傷口に再びプラズマを叩きつけようと左腕を振
り上げた。
 しかしそれは次の瞬間爆発が起こり阻まれた。本来ジャグが装備するはずのバズーカ砲を抱えたブルースコープが
両腕を失ったタービュレンスの前に立ちはだかった。
「何してんだナイツ!?」
 急に動きを止めたナイツに声をかけながらバズーカ砲のトリガーを引く。それはその頭部に着弾し胸部ごと吹き飛ば
した。
 黒煙を吐き出しながら倒れこむタービュレンスを眺めながらミニッツスターは再びナイツに声をかける。
「おい。だいじょぶか?」
 その声は彼に届いてはいた。しかしそれに対して返事をすることは出来なかった。コンピューター部分が停止するだ
けでこうにまでなってしまうとは。こうなってしまったのはこれで三度目だが、やはり慣れることは出来ない。
「死んじまったか。じゃあ俺が北側かたずけんのかよ。たりぃな」
 その様子を見てミニッツスターはナイツが死んだと判断したようだ。しかし悔やみの言葉は一言も無く、面倒臭そうに
残りのタービュレンスの攻撃に向かって行った。
 しかしナイツにはその様子を音でしか自覚することが出来なかった。
 光が爆発する。赤いプラズマ光が天照大御神の黒い装甲を照らした。撒き散らされるコンクリート片が容赦無く叩き
つけ、それも確実に天照大御神の装甲を抉ってゆく。
「先程の援護で他に敵は隠れておらぬ筈」
 レーダー、モニターでそれを確認しながらツルギは機を窺っていた。フロートに内蔵されているブースターの出力は通
常コア背部に設置するものよりも弱い。ただ、ディーンドライブの性質上それでも十分な速度を叩き出すことが可能だ。
しかしそれは遠心力と重力が釣り合っている状態である時だけで、空中での移動はディーンドライブの恩恵を受ける事
が出来ない分その速度も低い。一度空中戦を仕向けることができれば戦局は天照大御神に傾くはずだ。
 ヘヴィチェーンガンの火線をかわしながら側面をとる。しかしその瞬間にはその瞬発力を利用して距離を離していた。
すかさず旋回ブースターで向き返るが再びヘヴィチェーンガンがその視界を覆った。回避するも初弾が頭部光学カメラ
を捕らえた。「片目」が無くなった事によりその有効視野が狭まるがACの光学カメラは単一でも立体視が可能だ。
 仕方無く距離を離すもそれを追うように、着弾した弾丸がコンクリート片を撒き散らす。更にはその上を白煙を吐き出
しながらミサイルが天照大御神に迫った。地面を蹴ってジャンプ気味にそれをかわすが、ビルに着弾したミサイルは爆
発、破片を撒き散らし再び視界を塞いだ。
 コンデンサ容量が心許無くなってきた事もあり、機動力が低下していた天照大御神に更にミサイルが迫る。特殊な軌
道を描くミサイルを紙一重にも近い動きでそれを回避するも、それは余裕が無い事を表している。その間もヒュリオー
は距離を離し、一切の勝機をツルギに与えようとはしなかった。
 接近、後退を繰り返すうち遂にヘヴィチェーンガンが天照大御神を捉えた。ツルギはとっさに左腕でコアを庇うが当然
のようにその左腕は火を吹き、爆発した。
「不覚…!」
 両腕、即ち戦闘能力を失った天照大御神は後退を余儀無くされた。更には出力が限界にまで低下し遂にブースター
は沈黙してしまった。
 そこへ容赦無くプラズマライフルが向けられる。発射された光弾が右脚を貫く。腿部分から持っていかれ、天照大御
神はバランスを崩しビルに倒れ込んだ。沈むようにコンクリートに埋もれていく天照大御神に再びプラズマライフルが向
けられる。
「南無サン…」
 深く息をしながらコアを庇わせようと両腕に命令を下す。しかしその命令通りに動いた腕は無く、ツルギは死を覚悟し
たように操縦桿から手を離し両手を組んだ。
 その両者に赤い光が割って入った。その光はプラズマライフルを持つアバターの右腕関節を的確に捉え、その動きを
奪った。
 それでもアバターはとりあえず天照大御神を破壊しようとヘヴィチェーンガンの砲身を持ち上げる。そこへ再び赤い光
が飛来しアバターの頭部を捉えた。視界を奪われ、ヒュリオーはカメラをコアに設置されているものに切り替えようと距
離を離した。その間に赤い光の主は距離を詰め、天照大御神を庇うように立ちはだかった。
「…ナイツか。すまぬ。拙者は動けぬ。後は任せた」
 純白のACは赤い眼でその様子を確認する。純白だからこそその赤い眼は一層際立った。
「了解」
 ナイツはそれに答えた。感覚の30%近くが未だ反応を示さないが通常戦闘を行うには十分だった。
 遠方からミサイルが発射され、アルビノエンジェルに迫る。しかしナイツは大きな動きをすることは無く、機体を歩行さ
せながらパルスレーザーで次々とミサイルの信管を撃ち抜いた。常人には到底不可能な動きにアバターは焦るようにミ
サイルを破棄し、ヘヴィチェーンガンを連射しながら接近する。
 しかしその伸びる火線をナイツはまるで機体をよろつかせるような緩急法則性の無い動きでかわし、パルスレーザー
でコアに設置されているカメラを狙う。しかし流石にその動きは読まれていたらしく本来の戦闘スタイルを取り戻したヒュ
リオーは機体を後退させ始めた。
 そこでナイツはスーパーチャージャーを展開。圧縮空気による瞬間加速で距離を詰め、パルスレーザーを掃射する。
 それは避け切れずに装甲のいたる所を蒸発させながら再び距離を離そうと推進方向を切り替える。しかしそれはナイ
ツの予想通りの動きだった。
 アルビノエンジェルにプラズマキャノンの発射態勢をとらせ、その発射角を調節し、発射する。それを背後をビルに阻
まれていたヒュリオーは仕方なく空中への動きで回避するがそれは彼にとって苦肉の策であり、アルビノエンジェルの
狙いである事は分かり切っていた。
 根元を破壊されビルは倒壊を始めた。耐久力を失った低い階から粉末に変わってゆく。そしてそれは遂に横倒しにな
り辺りは煙幕と化したコンクリートが視界を奪っていた。
 ヒュリオーは全感覚を駆使して消えたアルビノエンジェルを探す。しかし次の瞬間にはグレネード弾を撃ち込まれたよ
うな強い衝撃がアバターを襲った。空中での推進能力に劣るアバターは機体を十分に安定させることが出来ない。しか
しレーダーの指示通りに機体を向き返らせる。その先には白煙の中迫る赤い双眼。もし天使だとしたら、死を伝えに来
たに違いない死神を思わせるには十分な禍々しい光だった。
 その天使アルビノエンジェルは空中での機動力を駆使し、再びアバターの上空を取ると降下ブースターに火を入れ
た。まるで蹴りを入れるかのようなその動きでアバターは頭部を踏み潰され、空中で失速、ビルに機体を擦りつけるよ
うに落下した。
 それを追い、頭部を失ったアバターの目の前に再びアルビノエンジェルが姿を表す。
 アバターはビルに機体が沈んでしまっている為身動きがとれない。しかし右腕を持ち上げプラズマライフルを発射し
た。この距離ならば回避はできまい。
 しかしその赤い閃光はアルビノエンジェルの左腕から発せられる青い光に阻まれ届くことは無かった。
 ナイツは意識を集中させ、システムを操作する。それに連動するようにシールドの光はその輝きを増し、一瞬だが辺
りを白一色に変えるほどの強烈な光となって炸裂した。
 その瞬間にアバターはより深くビルに叩きつけられ、そのビルもコンクリート部分が潰れるように吹き飛んだ。この一
角全ての窓ガラスが割れ、アルビノエンジェルの足元さえ、クレーターのように窪んでいた。
 滝のように降りかかる粉末化したコンクリートに埋もれかかっているアバターは完全にその動きを失っていた。あの閃
光を間近で受けたコアは醜く窪み、そこへパルスレーザーが照射される。その連射でコアが赤熱する。
 アルビノエンジェルは膝を曲げる。両肩の電極が目標を見据え、展開した放熱板から光と共に熱が放出される。電極
の間に発生した磁場が無理な負荷で熱を発生させそれがプラズマに変わる。そして電磁誘導によってそれはアバター
の赤熱したコアに放たれた。そしてそれは一瞬にして装甲、コックピットフレームを貫きジェネレーターを爆発させた。
 その爆発力でビルは支えを失い、倒壊を始めた。その巻き添えを受けないようにアルビノエンジェルはブースターを
使い距離を離す。
 辺りは再び粉塵で満たされた。ACの光学カメラでもはっきりと像を映し出せない有り様だ。
 それが収まったのを見計らってだろうか。ブルースコープが煙を吐き出しているバズーカ砲を肩に担ぎながら現れた。
意外に苦戦したらしく、頭部と右胸にプラズマトーチによる大きな傷が刻まれている。
「ありゃ、ナイツ生きてたの」
 緑色に光るカメラを向け、アルビノエンジェルを確認すると意外そうな声を上げた。
「ツルギさんは?」
 見当たらない黒いACを探しながらそれを聞いた。レーダーにも反応らしい反応は無く、粉塵も収まり切ってはいな
い。
「ここだ」
 不意にツルギから通信が入る。それと同時に瓦礫が崩れ、そこから片脚の黒いACが倒れ込んだ。
「これ以上は動けん。リグで回収してくれ」
 その天照大御神の様子を見てミニッツスターは肩を竦めた。
「酷いッスね。とりあえず出た方が良いじゃないスか?」
 それに対してツルギは溜息交じりに答えた。
「ハッチが陥没しておる。抉じ開けねば無理だ」
 それを聞いてミニッツスターは笑いながらブルースコープをリグに向かわせ、アルビノエンジェルもそれに続いて行っ
た。
「然し…、この先には何があると言うのか」
 コックピットの中でヘルメットを脱ぐと長い黒髪がこぼれた。それを紐で一つにまとめると深く溜息を吐く。今終わった
死闘と未だ分からないこの戦いの理由に対して。



「暇だな」
 白いナイトを手に持ち、それでビショップを蹴散らしながらベンがついでのように言う。
「そうだね」
ロジャーも黒いナイトを手にとり、ポーンを取り上げる。
 広いガレージには今この二人しかいなかった。窓から見える景色は夜の色を含んでいる。ACもフエーリアエの他に
は置いておらず、単純に仕事が無いのだ。主のバーメンタイドもどこかへ行ってしまい指示を出す者もいなかった。
「何でまだ残ってるの?」
 とっくに仕事など無くなっているガレージ残っているベンにロジャーはビショップでクイーンを退かしながら言った。
「あ、あ〜あ。あ? あれだよ。明日デートだから親方に車借りようと思って」
 主力を失い攻め悩んでいるベンはとりあえずポーンを手に持ちながら答えた。そして何か思いついたようでそのポー
ンを置き、すぐ横のナイトを前進させた。
「借りれるのか?」
 ロジャーは笑いながらそう言った。黒いナイトをキングに近づけた。
「微妙。つーか前例無し」
 更にナイトを前進させ、クイーンを取り返しながらベンは答えた。互いに素人の駒運びだが、それをとやかく言う者は
ここにはいなかった。
「駄目じゃん」
 ロジャーは再び笑い、クイーンをとった黒いビショップでポーンを取り上げた。
「チェックメイト」
 そして満面の笑みを作りながら言った。心得のある者なら恐らく気付いただろうが二人は素人だった。
「嘘っ!?」
 ベンは何度も状況を見直すが何度見てもチェックメイトだった。見ているだけで都合良く駒が動いてくれることが無け
れば、ビショップが消えてくれる事も無かった。ベンは力尽きて椅子にもたれた。その途中で何かに気付く。
「ロジャー、白髪だろそれ」
 ベンは自分の頭を指差しながら言った。その言葉通りロジャーの前髪には白いものが混ざっている。
「嘘っ!?」
 ロジャーは慌てながら自分の髪に手を当てるが、当然自分でその様子を知ることは出来ない。ベンは機転を利かせ
て手鏡を渡す。それを受け取って確認するとあまり目立たないが確かに白いものが二本確認できた。
「そういう髪って白髪になりやすいから気をつけた方が良いぜ」
 学生時代は「物知りベン・フーバー」の名をそれなりに轟かせたベンは自慢げにそう言った。
「気に入ってるのに…」
 その発言にロジャーはショックを受けたように、優しく自分の髪を撫でた。どうにも本気で気にしているようだ。
「まあまあ、親方みたいになるわけじゃないって」
「俺みたいか」
 ロジャーを慰めようと言った言葉だったが、それを最も敏感に聞きつける男がいた。振り返れば圧倒的な威圧感を放
つスキンヘッドの男が両手に白い袋を持って裏口に立っていた。
「ベン・フーバー君。ちょっと来なさい。話がある」
 スキンヘッドの男バーメンタイドは袋を降ろして手招きした。渋々それに従うベン。その横を避けるように少女がゆっく
りと歩き出していた。
「お帰りジーノちゃん。今日はどうしたんだい?」
 ロジャーのその挨拶を聞いているのかいないのかジーノは二人の様子を見ていた。
「うわ、ヘッドバッド…」
 そして見事に決まった技の名前を口にする。痛みをアピールするベンだがバーメンタイドはその手を緩める気は無さ
そうだ。
「そう言えばコヨミちゃんも一緒じゃなかった?」
 それはあまり気にしないようにしながらロジャーは再び似たような質問をした。それにやっと反応を示したジーノは視
線をそのままロジャーに答える。
「うん、遅くなりそうだから叔父さんに迎え来てもらったんだけど…。あ、ヘッドロック…」
 視線の先に頭を筋肉で膨らんだ太い腕で締め付けられているベンがいた。腕を叩いて既に限界であることを示し、や
っとのことでお許しが出たようだった。
「そう言えば今日借りた本からまた写真出てきたよ。いい加減写真枝折りの代わりにしない方が良いんじゃない? くっ
ついたら結構大変だし」
 そう言いながらリュックの中から文庫程度の本を取り出した。そしてそれを開き、中に挟まっていた写真をロジャーに
手渡した。
「この娘は?」
 その写真には11,2の少女がテーブルに置かれた料理をバックに写っていた。ロジャーと比べると黒に近い茶髪を
肩まで伸ばしている。
 ジーノがこのようにロジャーの本の中から写真を見つけることは多く、その度に彼はその写真に写っている人物の話
をする。その話がジーノは嫌いではなかった。
「うわぁ、懐かしいもの出てきたね」
 ロジャーはそれを受け取るとその言葉通り懐かしそうにその写真を眺めた。しかしどこか寂しげな、そういう表情だっ
た。
「ロジャー…。お前そういうのが好みか?」
 訝しげな表情でベンがその写真を除きこんだ。バーメンタイドもそれに続き、こちらは腕を組んで黙っていた。
「いや、これ10年位前のだしさ。今は俺と同い歳」
 そう言ってロジャーは写真の裏側に記載されている撮影日付を見せた。それは確かに10年前のものでロジャーは、
この娘の誕生日に撮った、と付け加えた。
「この娘はどんな娘なの?」
「うーん。言いづらい、かなあ」
 いつものように逸話の催促をするジーノだが、ロジャーは何か困ったようにその写真をチェス板の上に置いた。
「やっぱ、お前…」
「いや違う」
 何か言いかけたベンの言葉を全て聞かずにロジャーは否定した。そして溜息の後立っているジーノを見上げた。
「言わなきゃ駄目?」
 そしてすがるような目でジーノを見た。
「駄目だ」
 割り込んで先にバーメンタイドが言った。
「駄目だな」
 ベンがそれに続く。
「だね」
 既にチェックメイトだった。援護無しでは勝ち目は無く、そもそもキングしか残っていない場合ルール上の敗北となる。
そしてロジャーは辺りを見渡すがやはり味方はいなかった。
 彼は溜息を吐き、諦めたのかゆっくりと口を開いた。
「え〜と、俺の、婚約者。一応」
 一瞬辺りは凍りついた。きょろきょろとロジャーは三人を見比べる。
 最初に口を開くことが出来たベンは悪い冗談でも聞いたような顔で文句を言った。
「おいおい。それは無いだろロジャー。お前が言うと笑えないぞ」
「いや、別に笑いが欲しくて言ったわけじゃないし」
 どうやら本当だなと判断したバーメンタイドはからかったような口調で言う。
「式はいつだよ」
「いや、まだ見通しは立ってませんし」
 そしてこう言った話題に一番敏感なジーノは目を輝かせて言った。
「どうして婚約したの? どこに住んでるの? ねえねえ」
「ははは」
 質問攻めに乾いた笑みを浮かべながら写真を大事そうにポケットに入れると立ち上がった。
「はい。この話題は終わり。ね?」
 そしてそう言うと逃げるようにして厨房へ向かった。まだからかい足りないのかベンとジーノはそれを追おうとするがバ
ーメンタイドがそれを止めた。
「ベン。お前も食ってけ。どうせろくなもん食ってないんだろ?」
「いや、そりゃあ給料とかも」
 バーメンタイドの言葉にそこまで言いかけたが、上司の笑顔を見るとそれは失言であることは容易に想像がついた。
「ご馳走になります、親方」
 それを聞くと満足そうにバーメンタイドはロジャーのいる厨房に向かった。ベンはその様子を煮え切らない思いで見て
いたが例の如く何も言えなかった。
 厨房でロジャーは写真を見ていた。懐かしんでいる、やはりそういった表情で。
「あいつらの言ってることは気にすんな」
 急に背後から話し掛けられロジャーはその写真を背に隠しながら振り返った。そこには腕を組んで壁にもたれかかっ
ているバーメンタイドが訳知り気に話し掛けていた。
「10年前つったらあれだろ?」
 10年前
 ロジャーの脳裏に甦る赤いAC。銀色のAC。子供の泣き声。
 彼はそれを振り払うと笑みを浮かべてバーメンタイドに答えた。
「ちゃんと生きてますよ。彼女」
 その言葉に特に反応を示す事無く彼は、そうか、と言っただけで腕を組んだまま厨房を後にした。そこに一人残され
たロジャーはしばらくその様子を目で追う。
 最近は夜が来るのが早くなったな。
 ロジャーは特に意味も無くそう思った。


AC               
RA                    

HEADZHD−AG/TURRET
COREZCL−XA/2
ARMZAN−616/AUR
LEGZAL−XA1/FA
BOOSTERZBT−H4/T
FCSLODD−BLAZER
GENERATORHOY−B999
RADIATORRRX−COT−1550
INSIDENONE
EXTENTIONBEX−BD150
BACKZWX−E90/MAC
ARM−REWG−KP1500
ARM−LEES−777LAR


 標準仕様。
 今回はシールドの運動エネルギー干渉フィールドを瞬間的に周囲に発散させると言う技を見せた。もちろんこれは通
常では考えられない事である。

AC                   
RA                   

HEADZHD−8008/S
COREZCL−XA/2
ARMZAW−2/SAMURAI
LEGZLN−XXO/TP
BOOSTERZBT−Z1/ARTERE
FCSDOX−ALM
GENERATORHOY−B1000
RADIATORRBG−CM6
INSIDENONE
EXTENTIONBEX−BT180
BACKZXR−S/STEALTH


 標準仕様。

AC                 
RA               

HEADEHD−GARD
COREECL−XR00
ARMEAN−MWZ
LEGZLN−01/BARREL
BOOSTERZBT−GEX/3000
FCSDOX−ELENA
GENERATORHOY−B999
RADIATORRPS−MB/MKO
INSIDEINW−EM−RRO
EXTENTIONBEX−BAMS−287
BACK−RBRS−B−OSPREY
BACK−LEWC−GN−81
ARM−REWG−SRF−9
ARM−LLS−T/100


 今回その仕様が大きく変わり、重量二脚ACとなっている。
 積載能力の強化に合わせ、総合火力に優れる強化型スナイパーライフルに換装され、その他の兵装も強化されてい
る。
 火力が強化されながらも敵戦力の圧倒的物量の前に苦戦する。しかし最後には武装をユニオンジャックのAC、ジャ
グにために搭載されていたバズーカ砲に持ち替える事によりMT部隊を撃破する。

AC               
RA           

HEADEHD−DOME
COREECH−D4
ARMZAN−414/SLA
LEGZLR−ZIO/MATRIX
FCSLODD−QHT
GENERATORGPS−BVX/10
RADIATORRRX−COT−GK10
INSIDEINW−DEC−MQ2
EXTENTIONZEX−AL/REX
BACK−REWM−S612
BACK−LEWC−CNG4000
ARM−RZWG−HC−IR/K99
ARM−LZLS−T/100


 通常では有り得ない基準違反無脚。元々強化人間、即ちプラスであると言う疑いを持っていたレイヴン、ヒュリオーが
その能力を持ってジャイロバランサーを強化している。アリーナにおいては基準内におさめ、見た目にわかる能力は使
用しない。
 その機動力と共に強化された装甲のため撃破は困難である。加えてその武装も瞬間火力に優れるプラズマライフ
ル、継続戦闘能力に優れるヘヴィチェーンガン、一度に多数の目標を攻撃出来るミサイルランチャーを搭載し、火力面
でも優れる。
 極めて消極的な戦い方で、確実に敵を追い詰める。しかし最後には圧倒的な実力を持つナイツのアルビノエンジェル
の前にコアに大きな風穴を作る事になった。

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