第十一話 赤と青を繋ぐもの ゆっくりと暗闇が動いていた。黒の暗闇の中から姿を表す漆黒のシルエット。巨大でそして俊敏でさえあった。 炎が上がり漆黒を照らす。照らされたそれは人の形をしており、眼からは炎よりも純粋な赤い光を発していた。 「シェルターは埋まっちまったらしい。少し遠いが隣のシェルターまで行くぞ」 父親は携帯電話をポケットにしまうと少女の手を引いて走り出した。その後に幼い弟を抱えた母親が続く。 辺りは電力の供給が停止しているのか電灯が光を失い、地下には無い真の空に輝いているはずの月も黒煙でその 姿を十分に示しきれないでいる。 それは突然だった。深夜の沈黙を、危険を告げるサイレンが打ち破った。そして彼女たち一家は幸か不幸か逃げ遅 れてしまった部類に入る。しかし彼女たち逃げ込むはずだったシェルターは何らかの原因で崩れてしまい中にいた人々 は全員が下敷きになっていると言う。 「ジーノ、大丈夫か」 父親は自分の横で走っている少女に声をかけた。少女は答えない。疲れているという事をアピールしているのだ。そ れを察して父親は走りながら握っている手を強く引き、そのまま自分の背中に乗せた。 目線が高くなり彼女の目からはACと言う兵器が見えた。 少女が初めてACを見たのは一年前、カウヘレンと言う都市にあるガレージと言う場所であった。彼女の叔父に当た るダインと言う男がそこを運営しているらしいのだが随分と彼女の目には若く見え、実際若いらしい。しかしその頭部に はV字のシルエットにまで後退してしまった頭髪が哀しげだった。母親と何か口論をしていたがそれを気にする事無く少 女はそこに並べられている兵器を眺めていた。 わあ、という言葉でしか少女にそれを表現する方法は無かった。 どれもあまりにも大きい。人の形をした叔父の言葉で言う軽量二脚タイプのものに、まるで鳥のような中量逆関節タイ プ、まるで戦車そのものの無限車両タイプ、そして今この街で戦っているACに最も近い形をしている重量二脚タイプ。 その漆黒の重量二脚ACは左肩のグレネードキャノンの砲身を展開させ、その目標を定める。鳥のような形をしたMT と呼ばれる兵器は両腕から機銃を発射させ攻撃するがまるで、いや実際に豆鉄砲でしかなかった。 グレネードキャノンから砲弾が吐き出される。バックファイアでその後方のビルの窓ガラスは一枚残らず割れ落ちた。 吐き出された砲弾はビルに着弾、爆発するとその半分を抉り取り、撒き散らされた熱片が次々にMTに突き刺さり、或 いは弾丸のように叩き付け破壊していった。 ラジオ、或いは警告音声から伝えられた話によるとこの街を襲っているのはあの脆弱なMT達であると言う。本当に そうなのだろうか。少女には分からない。ただ、あのACはヒーローと言うにはあまりにも容赦が無かった。確かにMTを 次々と破壊しているが街の被害も気にしてはいない。 「もう少しだ……」 父親は整わない声のまま見えてきた施設を指差した。その先にはケーキのスポンジのような形をした建物が不思議 な光を発してそこに建っていた。これは運動エネルギー干渉レーザーによるシールドの光だ。あのケーキのスポンジの ような形をした建物はシールドの発生装置であり実際には避難施設はその地下に存在する。 しかしその向こうにはまるでこの家族の避難を拒むかのようにMTが両腕の銃身を持ち上げたままそこに仁王立ちし ていた。 一家はそれにも構わずに施設に向かって走り続けた。まさかわざわざ人に向かって攻撃してきたりはしないだろう。 その予想通りそのMTは彼女たちにはまるで関心が無いように頭部をきょろきょろと動かしていた。 これなら大丈夫だろう。 父親は大丈夫だ、と少女に優しく告げ、急がせていた脚を幾分かゆっくりとしたものにした。 その時だった。 圧倒的な爆音。破裂音。全てが音に埋め尽くされた。 圧倒的な質量をもつはずの黒い巨大な兵器はしかしそれが信じられない速度で横滑りにその場に現れた。赤い眼光 をなびかせ、それはビルに体当たりをするようにして無理矢理その動きを止め、半身をめり込ませたまま右手に持つマ シンガンの銃口をMTに向けた。 ガラスが割れる。圧倒的な質量は動き一つで辺り一面に破壊をもたらした。家族はMTとACに挟まれる形となり降り 注ぐガラス片に恐怖する。 「耳を押さえろ!」 父親が叫ぶ。意味も分からず少女はそれに従った。しかし父親と母親は両腕が塞がりそれは適わなかった。 再び爆音が空間を埋め尽くした。MTの両腕から弾丸が吐き出される。ガトリングが咆哮し、薬莢さえ人を殺すには十 分な威力をはらんでいる。 しかしそれはあくまで人を比較にした場合に過ぎない。漆黒のACは弾丸をその重装甲で弾き返しながら標準を定め た。赤いカメラが光を強める。マシンガンを持っていたマニピュレーターが命令を受け、トリガーを引いた。 それは音と言う表現では足りなかった。それ自体が一家を殺そうとしているかのように押し付ける。隆起する空気が 熱を伴い彼女たちを吹き飛ばそうとした。 上空を光の束が飛び交う。花火のような華々しいものではない。それは死だ。一度触れれば死の色が全身に染みつ いてしまう。 少女は叫んだ。手で覆ったはずの耳にはそれを突き抜けて破壊音が伝わってくる。自分自身の声は無いも同然だ。 ACの放つマシンガンの弾丸は戦艦レベルの破壊力を持つ。当然MTのチタン装甲は着弾した途端貫かれ吹き飛 び、爆発した。 それを最後にあたりは再び、今までと比べてと言う意味での静寂に包まれた。少女は耳を覆っていた手を払うといつ の間にかその場に座り込んでいる父に声をかけた。しかし返事は無い。ただ何かを耐えているように唸っている。振り 返り母を見ると同様にうずくまり、胸元に抱いている幼い弟は異常なほどの大声で泣いていた。 もう一度声をかける。やはり返事は無かった。 再び機械音と衝撃が辺りを包んだ。漆黒のACは家族に背を向けるようにその巨体を反転させている。その向こうに は今先程破壊されたのと同じ形をしたMTが群れを成していた。 逃げて。 悲痛だった。少女には彼らMTがまるで魔物に立ち向かう無力でしかし勇敢な草食獣に思えた。実際にこの街に危害 を加えようとしたのは彼らだというのに。 漆黒のACは左肩に背負っていたキャノンの砲身を立ち上げる。そしてその砲身が垂直になると一切の猶予も無くそ れは咆哮した。 圧倒的な質量を吐き出すバックファイアが家族を襲った。彼女たちはそれに立ち向かう術も身を隠す術も持ち得なか った。 辺りは黒く染まる。もちろん彼女の視界が。 再び目を開けた時その目線の向こうにはクリーム色の天井が映っていた。涙で霞む映像は未だ目的を持たずうろう ろとしている。 嫌な夢見ちゃったなあ……。 少女はまだ夢の中に半分埋もれている意識の中でそう思った。重い右手を持ち上げて手の平を顔の上に乗せる。 月に一度は必ず見てしまう過去の夢。もちろん出来れば思いだしたくはない事に決まっている。しかしその度に彼女 は確信する。 自分はレイヴンを許すことは出来ない。 彼女は寝返りをうつとその視線の先には大きなリンゴにかぶりついている可愛らしい熊がいた。そのリンゴにはデジ タル数字で現在の時刻が表示されている。後数分も経たないうちにこれは目覚し時計としての機能を発揮するのだろ う。 しばらくそれを重い眼で眺めていると案の定それからは電子音が鳴り響いた。人の目を覚ますために鳴り響くそれは ジーノの脳を一気に覚醒させた。熊の可愛らしい丸い耳を押すと電子音は停止した。 早く忘れちゃお。 ジーノはベッドの中で大きく伸びをすると立ち上がり、靴を履いて霞む目でデスクの上を見渡した。そしてやっとの事で 眼鏡ケースを手にするとそこから眼鏡を取り出してかけた。視界は一気に鮮明になる。そして手早く着替えるとコンタク トレンズの入った眼鏡ケースを手に持って自室を後にした。 部屋を出ると生活用の空間が広がっている。ソファーやテーブルなど生活に必要なものが集まっている。 更にそこを抜けると彼女たちの職場ガレージだ。開けたドアからはACの腰程度の高さの吹き抜け通路に出る。手す りはあるがもし落ちてしまえば命は無さそうだ。 「あ、おはよジーノちゃん。シャッターはもう開けといたからまだ寝ててだいじょぶだよ」 そこでレイヴンであるロジャーに鉢合わせした。まだどこか眠そうな顔で頭には虫の持つ触覚のような寝癖を作ってい る。 ジーノがガレージ中を見渡すとその言葉通りシャッターは上がっており、そこからは夏の朝日が雨の予感と共にガレ ージ内に射し込んでいた。 その途中に視界に入ったもの。見逃すには大き過ぎた。赤と黄色、そして白のヒーロー色にまとめられたAC、フエー リアエ。確かにあの黒いACに比べれば見た目にはヒーローそのものだろう。しかし見た目ではいくらでも飾り立てるこ とが出来る。このヒーロー色のACも一度ビル街に立てば……。 巨大であるだけで人に与える威圧感は凄まじい。 ジーノにはそれが分かっていた。 「あのさ、俺〜これから買い物に行ってくるよ。朝は少し遅くなるかも知れない。まあ、多分それほど遅くなることは無い からね。会ったら親方にも言っといてね」 そしてじゃ、と小さく手を挙げて自室のドアに掛かっているプレートを『ロジャーは外出中です』にすると建物三階分に 相当する高さの階段を降りていった。 ジーノは再びその視線をフエーリアエに向ける。そして頭の中でその塗装を真っ黒にしてみた。するとそれだけであの 漆黒のACに印象は似たものになった。 デスズブラザー 街を襲い、家族ともっと多くの人を殺したレイヴンの乗るACの名前。レイヴンでない彼女にはそれ以上の詮索は出来 ない。レイヴンの名前も分からないのだ。だから彼女は出来るだけそのことを忘れようと心掛けている。 しかし、ジーノにとって家族のことまで忘れるなどというのは到底出来ないことでもあった。 デュライ ミッション中に兄を殺したAC、デスズブラザーに乗るレイヴンの名前。ナーヴから得られた情報はそれ位しか無かっ た。 ただオールドザムの老人にこの名前を出した時、老人はその口調を重くして語り始めた。 『……漆黒の死神。そいつはそう仇名されてる。機体を黒に染め上げ死神を語る奴は多い。だが、その中で回りから死 神を語られるACはそのデスズブラザーだけだ。……逸話はいくらでもある。火星では一機でフライトナーズ部隊を全滅 させたとも、地球でもアリーナのトップを完膚なきまでに叩き潰したとも言われてる。まあ、お嬢さんが並みのレイヴンだ ったらまず勝ち目は無い。そういう話だ』 そしてそう言い切った。緑色のメッシュが入った髪を掻き揚げながら女、シークはそれを確かめるためハンガーに掛 かっている自分のAC、ロクフォファーを見上げた。 ブロックのような形状の高機動型無脚に、スナイパーライフル、小型ロケットランチャー、そしてジャミングロケットラン チャー。元々支援機としての役割を持っていたため貧弱な武装だ。積載量の都合上装甲も薄い。 それに対してデスズブラザーは重量二脚。マシンガン、グレネードランチャー、ミサイルランチャー、高出力レーザーブ レード。装甲も厚く、機動力も推進力の出力強化、補助ブースターの存在が中量二脚レベルのものを維持している。 それが彼女があの戦闘で見たデスズブラザーの戦闘能力だった。二機のACを瞬く間に戦闘不能に陥れ兄を……。 そこまで考えてシークは拳を固めて座っている長椅子を叩いた。重い音はガレージの喧騒に消えていった。 目の前を整備士が忙しそうに走り抜けていった。手に持っている工具箱からは工具同士がぶつかり合う金属音が鳴 り響いている。シークはその様子を目で追い、心を落ち着けた。 再びシークは老人の言葉を思い出す。復讐。諦めるわけにはいかない。 『……まあ方法は正面からぶつかるだけじゃない。つまり罠だ。偽の依頼を送って落とし入れるわけだ』 老人は淡々と続ける。シークは罠とはつまり何をすれば良いのかを質問する。 『簡単だ。レイヴンを何人も雇って一気に叩けば良い。レイヴンが何人も集まって一つのミッションを受ける事によって 成功率を上げる「チーム」と言うのも存在する。そいつらをあたれば安く済む。成功率も上がるだろう。例えば……』 そして老人は次々とチームの名前を挙げていった。 そう言えば彼女とその兄が共同でミッションを行っていたのもチームと同じ事だ。そう考えるとチーム、という概念は実 は浸透しているのかもしれない。 老人が次々と名前を挙げる中、シークはその中から迷わずに最も信頼できると言うチームを選んだ。 名はエル。 特別どういった由来があるかは分からないがそういう名だ。そのレイヴン個人の名前は分からない。3人組だと聞い ただけで他には何も分からないのだ。ただ、既に名指しの依頼を送っているのでそろそろ顔を合わせても良いはずだ。 出撃場所が同じならばガレージも合わせた方が都合が良いのだ。 「君がシークネイル?」 まちくたびれ俯いているとそこへ覗き込むように顔が入ってきた。わ、とシークが飛び退くとその顔は同様に驚いた表 情になった。 「ねえ、シークネイルなの?」 そう聞いているのはシークよりもずっと若そうな女性だった。いや、少女かも知れない。少なくとも二十歳よりは若そう な彼女にシークは面食らいながらも、ええ、と返事をした。すると彼女は嬉しそうな表情を作って目線をシークの向こう に向けて手を振った。 「ムラサキー、クリムー」 少女はそう言い、シークは彼女の目線の先を追った。 その向こうには茶色い長髪の柄の悪そうな男と、白いバンダナを頭に巻いた長髪の男に比べると中年と言える男が こちらに気付いて向かって来ている。小走りの長髪の男に対して、バンダナの男は大股でゆっくりと歩いており、その速 さは大して変わらない。 「おお! 美人! あんたが依頼主かい」 長髪の男は意外なほど陽気な声でシークに話し掛けた。そして両手を伸ばし彼女の手を取ろうとするが白バンダナの 男がそれを制した。その腕は筋肉で太く、二人に比べるとレイヴンと言うよりも軍人と言う印象が強い。 「君がシークネイルか?」 静かに太い声でそう聞く。余程慎重な人物らしい。 「ええ、シークネイルです」 威厳溢れるその人物にシークは思わず恐縮してしまった。その彼は白いバンダナを外す。礼儀をわきまえた人物の ようで、そのバンダナをポケットに押し込んだ後口を開いた。 「俺は“ムラサキ”だ。一応仕事中は味方だ。短い間だがよろしく頼む」 ムラサキと名乗る男はこぼれる金髪を手で払いながら自己紹介をした。直毛に近いくせになりになりにくい髪質だか らだろうか、いくら払ってもその髪は彼の視線を遮ろうとする。その横で長髪の男はこちらに注目とでも言いたげに手を 挙げている。 「俺、“クリムゾン”。そう言うわけで色々よろしくな」 そしてこの男はクリムゾンというらしい。少女の言うクリムーとは彼のことのようだ。それを確認しようと少女を見ると彼 女は自分を指差して笑顔を見せる。 「あたしは“グレイ”。女同士よろしくね」 そして少女はグレイと名乗った。名前とは違う短い黒髪をしている。エメラルドグリーンの綺麗な瞳が心象的に輝いて いる。 チームと言う性質からだろうか。レイヴンである彼女が持つレイヴンのイメージを覆うほどに皆人間味に溢れた人達 だった。まるで……そう、兄弟か家族のようだ。 「……シークネイルです。よろしく」 何故かいづらさを感じる中、シークはとりあえずのように自己紹介をした。既に名前は知られているのだがつられてで ある。 「クリムーのせいだ」 そんな様子のシークを見てグレイはクリムゾンにそう言う。 「あぁ? 俺は何もしてねえじゃねえか!?」 そのグレイの言葉に不満そうにクリムゾンは声を荒げて反論する。彼の一挙一動に長い髪は大きく揺れる。少女も足 りない背を精一杯に伸ばして負けじとしている。微笑ましいと言って良いだろう。そういった口論だった。思わずシークも 笑いをこぼす。 「ほらやっぱり」 「だから何で俺なんだよ!」 シークの笑みをきっかけに再び噛み合わない口論を始める二人。その二人を溜息交じりに一瞥してムラサキは前に 出る。 「まだガキだが信頼は出来る。俺が保証する」 彼は二人を親指で指しながらそう約束した。彼が言っているのだからやはり信頼できるのだろうとシークも納得する。 「俺はこいつと一緒かあ!?」 しかしクリムゾンはグレイと同じ子供扱いされたことにかなり不満を感じたようで大声でそう聞き返した。辺りは先程か らの騒ぎに振り返る者も多くなっている。 「早速で悪いんだが依頼の確認をしたい。君本人に色々と聞いた方が詳しい部分も分かるだろう。構わないかな?」 ムラサキはクリムゾンの言葉を無視して話を進める。初めて見せる彼の穏やかな表情にシークは落ち着きを取り戻し 小さく頷いた。それを確認すると彼は今までシークの座っていた長椅子にどかと座り込む。 「私が依頼したのは復讐です。デュライっていうレイヴンを知ってますか?」 シークの言葉にムラサキは思考をめぐらせる。しかし該当する名前は無い。クリムゾンにその視線を向けても彼は肩 を竦めるだけだった。 「ACは何て名前なの?」 しばらくの沈黙の後グレイは大きな黒い目でシークの顔を覗き込みその横に座り込んだ。 「……俺座る場所無えじゃん!」 長椅子はその三人で残念ながら満席となっていた。クリムゾンはそれに気付くのにしばらく時間を要したがその頃に は完膚なきまでに満席だった。しかし気にするのは彼の他にはいない。 「デスズブラザー。重量二脚タイプで……レイヴンはプラスです」 シークは思い出していた。兄を殺され、彼女は我を忘れフロートの推進力を最大にして接近、ロケット弾を連射してい た。その着弾による爆発、爆炎の向こうでデスズブラザーは直立し間合いを測りながらその砲身を持ち上げ、発射し た。その反動により機体を転倒させることも、その中でパイロットが気絶することも無かった。 「なるほど。プラスか」 ムラサキはプラスとの戦闘経験があった。 4年前。あの頃はレオス・クラインの乱の影響で地球はレイヴンで溢れていた。当然ナーヴスネットワークが完全に機 能している以上レイヴンがアリーナに留まっている理由は無い。むしろ勢力回復を狙い企業はこぞってレイヴンを使い 他企業の妨害に掛かった。力を失っていた地球政府にそれを止める力は無い。その時期は最もレイヴンが激しく戦場 を駆け巡っていた頃だった。 その時期、彼は一人で戦場に赴いていた。最も得意とする殲滅戦。慣れ親しんだ彼の無限車両ACはリニアキャノン で空中から弾丸の雨を降らすヘリの群れに幾つもの穴を開けていた。建物に囲まれ、その向こうには火星とは違う青 い空が戦闘機の吐き出す白煙に埋め尽くされていた。 もう少しで敵戦力を殲滅できる。そこへACが舞い降りた。全身を銀色に染め上げた中量二脚タイプのAC。重武装で あったためおそらくは基準違反AC。コンピューターからは敵の情報を得ることは出来なかった。当時、コンコード社へ の地球での再登録をしていないものは多く、恐らくはその類だろう。 戦力の殲滅が目的だ。当然そのACに対しても攻撃を仕掛ける。しかし、それは中量二脚ACとは思えない急な動き でそれをかわしきると空中からのグレネードランチャーによる攻撃を開始した。 彼はプラスとの戦闘はそれが初めてだった。驚きながらも冷静に状況を判断する。 彼のAC、“オリビア”はACとしては最強の装甲と最強のシールドを持ち合わせている。それこそシールドで受け止め ることが出来ればグレネード弾30発以上に耐え切ることができ、加えて敵ACが基準違反なら空中でも脚部を攻撃す れば容易く破壊は可能だ。グレネード弾の巻き起こす爆炎の中、時を待つ。 しかし頭部レーダーのスキャニングの合間を縫ってそのACは姿を消した。どこだと探すがその姿は遥か遠方、それ こそ巨大なはずのACが点に見えた。光沢を放つ塗装が眩しかったのを覚えている。 彼はマシンガンを連射する。もちろんFCSの有効射程外だ。しかし脚部に流れ弾一発を当てることが出来れば戦況 は一変する。それを待って文字通りの乱れ撃ちだった。 その銀色のACからは光が放たれた。遠距離のためそれを発した兵器ははっきりしない。しかしその光が照射された 直後、オリビアはその圧倒的な威力の前に装甲をズタボロにされた。今までグレネード弾によって受けたダメージも相 なってそれは決着をつける一撃となった。 そこで彼の意識は途切れる。目を覚ました時には病室だった。 彼は医者の説明を受けた。成功率10%の大手術は見事成功した。しかし後遺症はどうにもならない、と。 その後遺症は時折襲う両腕の麻痺。レイヴンとしては致命的だった。しかし彼は他に生き方を知らなかった。フライト ナーズとして地球で特殊部隊に編入された時の事を覚えている。あの時にそれ以外の生き方を忘れてしまったのだ。 彼はレイヴンであり続ける事を選んだ。しかしその時折言う事を聞かなくなる両腕は、その見た目に反して緻密な動 きを必要とする無限車両ACを得意とする彼は満足な戦果を上げることが出来ずにいた。 そこへチームと言う存在を聞く。これならばと彼は相棒を探した。その時真っ先に頭に浮かんだのがクリムゾンと言う レイヴン。レイヴンズテストで一度顔を合わせただけだが光るものがあったのを覚えている。クリムゾンはその話に乗 り、更に最近はグレイもそれに加わり今に至る。 幸、不幸関係無く今の状況を作り出したのはプラスの一撃だった。彼はその脅威を身体で知っている。 「とにかく、全員でそいつを攻撃、君に止めを刺させればいいわけだな?」 シークはしばらくの間を置いて首を縦に振る。ムラサキはふうと溜息の後バンダナを締め直すと席を立つ。すかさず 空いた席にクリムゾンは身体を割り込ませた。 「どんなACだい、そいつは」 まだレイヴンよりもACに興味を持つ。レイヴンとして若い証拠だ。そしてムラサキを除けばここにいる全員はその部 類に入るだろう。 「さっきも言ったけど重量二脚タイプ。全身真っ黒でマシンガンとミサイルとグレネード。ブレードは分からないけど一突 きで装甲を貫くくらいだから7880だと思うわ。まさかMOONLIGHTではないだろうし」 ELS−7880はエムロード製の新型ブレードだ。極狭い範囲にレーザーを集中させる事によりその単純な威力はM OONLIGHTを上回る。ただ、そのプラズマトーチに近い性質上リーチは短く、扱いは難しい部類に入る。 「推進光を見ただけだけどブースターは最高出力のもの。実際見た目よりずっと速かった」 シークの説明を聞く毎にクリムゾンは複雑な表情を作る。強い者と戦う嬉しさと負けるかもしれないという不安が混ぜ 合わさった表情と言ったところだろうか。 「……まあ、ムラサキと俺がいりゃ何とかなんだろ」 そして不安の方が勝った様子で自分に言い聞かせるようにまくしたてた。ここでもムラサキの名が出てくるのは余程 信頼しているからだろう。 「あたしは?」 グレイは笑顔で自分を指差しながら聞く。無意味に楽しげだ。クリムゾンも困った様子で言葉を選んでいるようだ。 「何か腹減ったな。食べ行かねえ?」 しかし何も思いつかなかったようで話題を変えた。どうにも見た目よりもずっと気を使う性格のようだ。 「賛成!」 そしてその事を気にもせずにグレイが両手を上げて続く。 「……まあそろそろそういう時間だな。仕事まで余裕もあるし近場で済まそう」 ムラサキも特に不満はないようにポケットに突っ込んでいた右手を持ち上げ腕時計を確認した。カバーガラスが光を 反射し煌く。そして彼が歩き出すと二人がそれに続いた。広いガレージ。出口までは距離がある。 「私も……一緒にして良い?」 彼らが遠くに行ってしまう前にシークはあまり積極的とは言えない言い方で聞いた。ガレージの喧騒に消えてしまいそ うな声だがグレイは走り寄るとシークの手を引く。 「シークも行こ。お金はムラサキ出すから何食べても良いよ」 彼女は愛称のつもりなのだろうが苗字とはいえそれが本名である事にシークは苦笑する。彼女に手を引かれ一緒に 小走りになるとその向こうでムラサキがやれやれといった様子で二人を見ていた。 走る二人の横で誰かがすれ違った。2メートル近い黒尽くめの男。シークがつい最近あった男だった。 「わあ、でっかい」 グレイがその男の背中を振り返る。男はそれを気にする様子も無くそのままガレージの奥に紛れていった。 「(……レイヴン? )」 そうなのだろうか。メカニックである可能性もあるがあの雰囲気はレイヴンならではのもの。レイヴンであるシークはそ れを少なからず感じ取った。虚無主義とでも言うのだろうか。どこか「乾いた」空気を纏っているのだ。見た目には明る そうに振舞っていてもそれが消えることは無い。ガレージでそれなりに多くレイヴンと顔を合わせていたがそれが変わる 事は無い。 しかし……。 「ほら、早く」 少女が手を引っ張っていた。シークに比べると遥かに非力で手を離せばそのままどこかに飛んでしまいそうだ。導か れるまま走るとシャッターの向こうの光景は雨に隠れ、薄い霧が漂っていた。遠くで車が水溜りを弾く音が間隔を置いて 届いてくる。 「あ〜あ、あめあめあめ。良いよなあ。グレイは濡れんの一番最後でさあ」 クリムゾンは溜息の後皮肉を込めた言葉をグレイにかける。しかし当のグレイにはその意味が理解し切れなかったら しく首を傾げるだけだった。その横でムラサキは何処から出したのか折り畳み傘を広げていた。 「君が持ってろ。こいつと一緒に」 そしてそれをシークに渡すと「こいつ」を示すようにグレイを指差すと雨の中構う事無く両手をポケットに突っ込んで歩 き始めた。 「おいおいおい。この辺り分かんのかよお?」 クリムゾンは愚痴を溢しながら両手で頭を覆いながらそれを追った。本降りとは言えないがこの雨の中どれほどの効 果があるのかは疑問だ。 「あたし達も」 グレイがシークの刺す傘の下でその柄を引っ張った。先程から引っ張られてばかりだが嫌な気はしない。まるで子供 で可愛らしいのだ。 「そうね」 レイヴンらしからないレイヴン。それが三人も集まると不思議と違和感は無い。しかしそれもレイヴンとしては特別な 存在なんだろう。 もしかしたら……。 シークはそう思った。自分の復讐に巻き込んでしまったほんの少しの罪悪感を残して。 雨に少しばかりうたれながら俺は家のあるガレージに戻った。前髪を伝って雫が落ちるのが鬱陶しい。手で掻き揚げ ると生暖かくなった水が油と共にこびり付いて来る。そう言えばここ最近頭も洗ってねえ。リグ暮らしにはそれなりに苦 労があるってもんだ。 リグはガレージの奥に影を作っている。でかい。遠目にそれが分かる。俺の奴の奥にもう1機あるがそいつがそれが レイヴンのものかガレージのものか、そいつは分からない。 しかしガレージに来るといつも思うんだがこれだけACがあるっていうのはどういうことなんだ? レイヴンは日に日に 少なくなっているってどこかで聞いたが実際のところどうなんだ? はっきり言って増えてるんじゃないのか? 確かにここのところインディーズの連中がまた馬鹿騒ぎを始めやがった。それに合わせて各地で戦争があるだろう。 そこを狙って、もしくは軽い復讐目的にレイヴンになろうなんて思う馬鹿もいるだろう。 ……おいおい。どう考えても増えてんじゃないのか。 まあいい。中途半端な奴がレイヴンになっても中途半端に消えるだけだ。だが一握りがランカーになる。そしてそいつ は殺しまくる。するとレイヴンが増える。一握りがランカーになる。殺しまくる。レイヴンが増える。ランカーになる……。 地球から戦争が無くなっても次は火星か……。そして火星から無くなっても地球。人類はどうにも滅びる運命らしい。 一度滅んだようなもんだが。 俺には関係無いな。 暇そうな整備士を見つけた。武器コンテナに背もたれてタバコを吸ってやがる。 「デスズブラザーは何処だ?」 挨拶は抜きだ。そいつは不機嫌そうにこっちを見上げる。俺を見る奴は大抵見上げることになる。しょうがないと言え ばしょうがないんだがな。どちらかと言えば長身のニコライも俺の隣に来ると小さくなる。レイヴンにしては目立ちすぎる かもしれない。 「ああ? あんたレイヴンか?」 一目でそう見えないくらいには俺も人間らしいようだな。そうだよ。さっさと答えろ。 「パスワードを暗証しても良い。さっさと何処にあるのか言え」 そう言うとこいつは渋々無線機を取り出して一言二言話し始めた。無線機のアンテナ部分が赤く点滅するのが目を引 く。何の目的でついてるんだかはよく分からない。 「あんたがオーダーした奴を今つけて調整してるってよ。3番アセンだ。何なら車出すぜ?」 確かに広いガレージ内を徒歩は辛いかもな。しかしどこにあるのか分かれば直接見なくてもいい。まさかレシピを間 違ってるわけが無い。 「いや、いい。終わったらリグに載せておいてくれ」 そう言ってそいつとはもうお別れという事にした。 今回デスズブラザーは改修の必要があった頭以外はそのままに換装する事にした。どう背金が掛かるんだから良い 機会だ。 “ZHD−102/ROCK”。ジオ社新型の重装型だそうだ。今までの“ZHD−MO/EGRET”に比べると二倍以上重 いが装甲の強化がカタログを見る限り著しい。更にバランス制御機能にシステム制御機能が強化されてるんだから状 況を選ばない強さを持ってると言える。 ただ、このままだと基準違反になっちまう。基準違反になると重装甲の意味が無くなるからブレードとラジエーターの 重量ランクをひとつ落として調整している。ラジエーターはともかくブレードの威力は大きく落ちるが、その辺りは今後の 調整でどうにか形にするしか無い。地球のガレージは殆どACテストが出来るような私設は無い。 それで今度ACを動かす機会は今日のミッションになる。依頼は破棄された地下メカ工場で俺を名指しで呼んでる連 中を殲滅する事らしい。 何でもずっと前俺に叩きのめされた奴らの生き残りで復讐ってわけだ。身に覚えがあり過ぎてどこのどいつらかは分 からんが。依頼者としては俺がやってもやられても丸く収まるわけだから俺に押し付けたいんだろう。まあいい。2000 0の安い依頼だが調整には十分だ。 そう言うわけで受けた依頼だが問題が無いわけじゃない。この地下メカ工場は地下工業エリア内にあるわけだが、こ の工場自体はそれほど大きくはない。つまりエリア全体が戦場になるかもしれないという事だ。そうなるとMTの群れで かかられたらAC一機では不利になる。換装しようとも思うがまあそれ程でも無いだろう。杞憂ならそれが一番だ。 外はまだ雨で鬱陶しい雰囲気が漂っている。そう言えば生まれてこのかた傘を差した事は無いな。記憶の範疇でだ が。 雨は止む様子を見せない。少なくとも今日一日は降り続けるのは確実そうだ。 憂鬱な午後。仕事が無ければすることも無い。バイクに乗って嫌な気分を吹き飛ばそうにもこの雨では益々気分は滅 入るばかりだろう。 ACは俯いたまま動こうとはせず眠っている。フエーリアエを含む2機のACも整備が終わり、長椅子に横になっている ロジャーに仕事を与えようとはしなかった。 一番手前がフエーリアエ。中量二脚AC。前回の砂漠戦の時に比べると脚部がエムロード製の新型に換えられ、コア もエムロード製の軽量型に換装されている。武装はほぼそのままだ。 その奥に重量四脚のAC。ハンガーに掛けられ、花のように広がっていた脚はそれこそつぼみのように萎んだ状態で 脚の先だけを合金製の床に着けている。腕にはまだ何も持たされていないが、肩にはデュアルミサイルランチャー、ヘ ヴィチェーンガンと安価な武装が装備されエクステンションには何も装備されておらず、ロジャーと比べてもあまりレイヴ ンとして長くない者がパイロットのようだ。 更にその奥には無限車両AC。厚い装甲に、やはり腕には何も持たされていないが肩にはパルスキャノン、大型ミサ イルランチャーと高級パーツが並んでおり、こちらは無限車両タイプであることも含めてレイヴンはそれなりの戦歴を持 つ者だと思われる。 しかしその巨大兵器ACも今ではレイヴンであり整備士アルバイターであるロジャーと共にガレージのお留守番と言っ たところだった。 「……この本も読んじゃったなあ」 ロジャーは手に持っている文庫本の表紙を眺めながら溜息混じりの言葉を洩らす。表紙には簡素な模様の上に「魔 法都市の怪盗」と書かれているだけで、彼の目を楽しませる要素は無かった。 ふと、その本に挟まっている枝折りに目を探し出した。この間ジーノが偶然に見つけた。ロジャーの婚約者が写ってい る唯一の写真。 あの時はレイヴンになろうとは思わなかった。しかし10年前の出来事。あの出来事が今の彼を手引きした。元々AC は好きだった。そして父親はレイヴンである事も彼をレイヴンに対する憧れを持たせるには十分だ。しかし……。 ロジャーは疑問に思うことがある。 なぜ、父さんはレイヴンになったんだろう。 そこまで考えて彼は笑みを浮かべ、そんな考えを振り払った。きっと守るために決まってる。 頭を持ち上げ視線を遠くに向ける。その先には慣れた場所に電話端末が彼同様暇そうにそこに佇んでいた。近づい てみれば埃が積もっていそうなほど、天気の事もあり影を背負っている。 「電話してみようかな。……したら6年ぶりか」 暇を持て余していたこともありロジャーは両脚を振り上げ勢いをつけて起き上がるとゆっくりとした足取りで電話端末 に向かった。距離はゆうに20メートルはあるがガレージ内では「近い」距離だ。 「院はまだ残ってるよな……」 彼の育った孤児院の電話パスワードを口の中で繰り返し唱えながらその受話器をとった。ケーブルで繋がった本体 のプッシュボタンが緑色の光を発する。しばらく躊躇った後その指をプッシュボタンに伸ばした。 カタンと音がした。 見れば受話器が彼の左手を離れ、ケーブルに繋がったまま壁に叩き付けられていた。そのまま振り子のように左右 に揺れている。 「?」 指先が痺れたように動かない。しかし次の瞬間にはバチリと電気が走ったように激痛が走り、熱湯に浸かったような 痛みを残した。 「あちち……。何だ?」 我慢できない痛みでは無い。しかし理解できない痛みだった。一切の理由が分からない痛みに頭を傾げながら、まだ 壁と空中との往復運動を繰り返している受話器を右手で取り元に戻した。 その頃にはその痛みも消えており、どんな痛みだったのか思い出すことも出来ない。まだあの怪我が治っていないの だろうか。いや、そんな事は無いはずだ。既に痛み止め無しでもその日常生活に支障をきたすことは無くなった。 いつまでも立ち尽くす彼の頭上でドアが閉まる、乾いた音が響いた。見上げればリュックを背負ったジーノが怪訝そう にこちらを見ている。 「何してんの?」 そう聞きながら階段を降りてくる。金属の階段が彼女の歩みに合わせて規則正しい金属音を上げた。 「暇を持て余してるんだよ。そう言うジーノちゃんはどうしたの?」 この階段を降りるのには時間がかかる。しばらく黙ったままジーノは階段を降り、降りきると小さく溜息を吐く。 「コヨミんとこに行って課題教えてもらいに行くの」 そしてその視線をシャッターの向こうに向けるともう一度溜息を吐く。 「この雨の中じゃバイクで送ってくわけにもいかないね。また今度にしたら?」 ロジャーもその視線を追い、雨が降る景色を眺めた。少なくとも傘を差さずに無事で済む雨ではない。 「ん〜、そう言うわけにもいかないから」 そして諦めたような表情のままロジャーの大型バイクに歩みよりそこに差されている折り畳み傘を手に取った。折り畳 まれた状態でも結構な大きさだ。 「俺も行こうかな。暇だし」 「あんたは留守番。ロジャーが来たってコヨミ何言ってるか分かんないわよ。あたしでも分かんないんだから」 ロジャーが拗ねた表情を作るのにも構わずにジーノは傘を広げた。黒い折り畳み傘は骨の部分がやや変形しもう一 押しあれば折れてしまいそうだがこの雨ならば問題は無いだろう。 「知らない人についてっちゃ駄目だよ」 ロジャーが手を振って送るがジーノはその言葉が気に入らなかった。あからさまに子供扱いされては誰だってそうだ ろう。何か言い返してやろうと勢い良く振り返る。 「あ」 しかし先に口を開いたのはロジャーだった。間抜けな一言を残し立ち尽くしている。 そして次にはジーノの持っていた傘に何かが当たった。 「おっと」 同時にジーノの後ろ頭上辺りから男の声がした。先程のロジャーの言葉が甦る。再び振り返るとそこに傘を差してい る男が立っていた。白いシャツは雨で少し透け、中の青いTシャツが水色に見えていた。 ジーノは後ずさる。男はそれに合わせてシャッターを潜り、傘を畳むとそれを壁に立てかけた。 「ここがガレージ・バーメンタイドでいいのかな?」 男はジーノに警戒させないようにか穏やかな表情でそう聞いた。傘からは大粒の水滴が滴り、コンクリートの床に水 溜りを作ろうとしている。 ジーノが言いよどんでいるところにロジャーが前に出た。 「そうですよ。どうしましたか?」 ジーノはロジャーの後ろにまで下がる。そして開いたままの傘をその場に置いた。 「私はオールドザムの医者だ。ロジャー・バートというレイヴンを探しているんだが、このガレージにはいるかな?」 まさか目の前の青年がレイヴンで、しかも目当ての人物とは思っていないのだろう。 しかしジーノは色々と面倒な事があるのではないかとロジャーの背中を小突いて止めようとするがその意図は彼には 通じなかった。 「あ、俺です。何ですか?」 しばらくの間があった。ただジーノだけは呆れた表情を作って事の成り行きを見守っている。 「そう言う冗談は嫌いじゃない。ただ、今回は真剣に取り合って欲しいんだ。分かるか?」 当然のように男はロジャーの言葉を信じてはいなかった。 「まあ、立ち話もなんですからこっちにどうぞ」 しかしロジャーはその事を気にしている様子は無く、男に椅子を勧めた。と言ってもその椅子は彼らが立っている場 所から10メートルはありそうな場所にデスクに囲まれるように置かれている。男は目を細めてやっとの事でそれを確認 できた。 無言で二人がテーブルを挟んで椅子に腰を下ろす。ジーノも成り行き上立っているわけにもいかずテーブルを囲むよ うに腰を下ろした。 「で、バートはどちらかな?」 「俺ですよ?」 男は自分の質問にそう即答するロジャーを見てまたかと溜息を吐く。意味も分からずに笑みを浮かべるその表情に 苛立ちさえ感じていた。ふとその目線を立ち並ぶACたちに向ける。その巨体に感心する様子も見せずに見渡すと見覚 えのあるACを見つけた。 赤、白、黄の派手な色合いのAC。この間同様屈んだ状態でそこに眠っていた。 「はい」 男がそれに見入っているとロジャーに何かを差し出された。戸惑いながらもそれを受け取る。運転免許証だった。そ してそこには確かにRoger・Bartの文字があった。 「申し遅れた。俺はニコライ・ヴァン・トゥワイフ。正確にはオールド・ザム複合中央病院の外科医兼麻酔科顧問だ。今 日は個人的な用事でここに来たんだが、その用事と言うのがバート、君の身体的特異性に興味を持ってだ」 ニコライと名乗った男は受け取った免許証をロジャーに返しながら一気に用件を並べた。ロジャーは何も言えずに目 を点にして自分を指差した。おそらくは頭の中に? が数個浮かんでいるのだろうとニコライは再び口を開く。 「知り合いに似たような奴がいてな。一人ならともかく二人となると興味も湧くだろう? 解剖させてくれとは言わない。ま あ、色々と話を聞かせてくれ」 そこまで聞くとロジャーは初めて納得した。「解剖」という単語にどことなく恐怖を覚えたがする気が無いのならそれで 良いと思えたのだ。 「いいですけど、何ですか? 俺のトクイセイとか何とかって」 しかし気になる事はある。誰も医者に特異性と言った難しい言葉を使われては気分が良いはずがない。聞いてしまう のは当然だ。 しかしニコライはそれに答えない。その目線はテーブルの上に置かれている円盤型の灰皿に向けられている。それ は一切の汚れが無く、代わりに埃を少しながら被っている。このガレージには意外なことに煙草を吸う人間が一人もい ないのだ。バーメンタイドが煙草はもちろん、酒も受け付けない体質なのはロジャーは失礼ながらも驚いたものだ。 「トゥワイフさん?」 煙草でも吸うのだろうかと思っていたがそうでもないようで、どうしたのだろうとロジャーは声を掛ける。しかし次の瞬間 にはその灰皿はニコライの手により放られ、勢い良くロジャーの顔を目掛けて飛ぶ。 カランと灰皿はアルミ特有の軽い金属音を上げた。それは奇跡的と言えるほどの反応を見せたロジャーによって空 中で払われ、床で底の凹凸を中心に回転している。 「バート。俺ならさっきのは止められないだろうな。これだよ。君の特異性ってのは」 ロジャーとジーノが灰皿のことについて何も言えないままニコライは続ける。 「今は資料が無いわけだが、バートの反射神経感覚神経、神経という神経が通常よりもずっと発達している。自分のこ とだ。身に覚えくらいあるだろ?」 そこまで言うとニコライは立ち上がり動きを止めている灰皿を手に取った。 身に覚え。 無いわけではない。むしろあり過ぎる。言葉では説明のつかない感覚。それは彼の言う通常よりも発達した神経がも たらしたものだと言うのだろうか。 「ん〜、あるにはあるけど無いと言えば無いっていうか。まあそんな感じですけど」 逃げるように曖昧に答えるロジャーだがニコライはその理由を何となくは感じていた。その視線を隣の少女に向ける。 そしてその少女は視線をロジャーに向けていた。 「君が妹さんかな? 君から見てこいつはどうだい?」 「違いますよ。このコはここに住んでて、俺は住まわせてもらってるんです」 ね、とロジャーがジーノに代わり弁解する。ジーノもそうそう、と首を縦に何度も振った。 「そう、そうか。それはとんだ勘違いだったな」 そう言いながらもニコライは自分にその事を吹き込んだ男の顔を思い出した。そう言えば先走る性格であることは間 違い無かったのだ。あいつもあまり信用できない口だな。ニコライは表情を動かす事無くそう考えた。 「まあそれはそれとしてだ。バートは出身ははっきりしてるのか?」 ロジャーはその質問に頭に? を作る。 「出身? どこで生まれたとかですか?」 ニコライは首を縦に振る。 「俺は生まれも育ちもコルナードのノーシズベイですよ。バイクに乗るようになってからはあっちこっち行くようになったん ですけどね。最近はここに落ち着いてます」 ほう、とニコライは感心したような返事をする。と言っても別に感心しているわけではない。ごく普通であるその出生に 対しての相槌だ。とは言えバイクでコルナードベイシティからアイザックシティまで来るだけでもかなりの事だ。途中は砂 漠のような土地ばかりで、中間都市も数えるほどしか無い。時速60キロで走ったとしても一月はかかりそうな距離であ ることも驚きの対象だ。しかしニコライは気にしない。普通は列車を使うものだからだ。ロジャーに関してもその例に漏 れないはずだと判断したのだ。 「故郷の家族は? レイヴンになる事に反対されただろ」 「ああ、そりゃまあ……」 ここで初めてロジャーの表情が曇る。それはニコライにとっても意外だったようですぐに話題を切り替えた。 「それで、レイヴンになってどれ位になる。あまり慣れてる感じじゃないな」 「ええっと?」 ロジャーは指折り数え始めた。それに何度も数え直しているので時間がかかっている。 「大体でいいんだが?」 ニコライがそう止めるのも聞かずにロジャーはその計算を終了した。 「ちょうど二ヶ月と二週間ですね。74日です。うん」 ロジャーは満足したように大袈裟に何度も頷く。しかしジーノはその脇腹に拳を押し当てるように叩きつけた。 「三ヶ月と二週間。104日」 そして不機嫌そうに訂正を求めた。 「だっけ?」 「だよ」 「……あれ〜?」 再び指折り始めるロジャー。ニコライはそれを気にする様子も無く、再びその目線を並んでいるACに向けた。見比べ るとやはり中量二脚ACのカラーリングは他に比べ目立ってくる。 「あれか? あの赤いやつ」 ニコライは真っ直ぐにフエーリアエを指差した。 「そうですよ。分かります? あのかっこよさが!」 意味も無く声を張り上げるロジャー。彼はACが好きなのだ。理屈ではなく「格好良い」からである。だからこそ彼にとっ てACのルックスは最重要なのだ。しかしニコライはそんな事はどうでも良いらしい。 「派手だな。悪趣味だ」 更にそう言い切ってのける。彼はどちらかといえば落ち着いた配色を好む。しかしそれさえもどうでも良かった。 こいつは変な奴だ。おまけに何もためになりそうな事は一つも無い。 「そうかなあ。俺は良いと思うけどなあ」 ロジャーは本気で悩んでいる様子を見せる。 「あたしもこの色はどうかと思うけど。原色じゃなくてちょっと落ち着けた感じにすればそれなりになるんじゃない? あと 名前、フエーリアエだっけ? わけ分かんない」 「フエーリアエ? 俺もよく分かんない。親父のACの名前付けただけだから」 ごもっとものジーノの質問にロジャーは笑うしかない。 「フエーリアエ。夏風の使い、だ。古い言葉で元々別の言語だったんだろうが今じゃ淘汰されたんだろうな。他にも似た ような言葉は色々とあるだろう。俺の名前も同じようなものだ」 二人の会話から疑問を汲み取るとニコライは即座に博識である部分を示した。ジーノとロジャーはしばらくの間黙って いたがほぼ同時にお〜、と素直に感心した。 何か似てるぞ、この二人は。 ニコライはその反応を見てそう感じたが、この男はともかく、おそらくはこの少女の方はそれを不快に感じるだろうと 黙秘することにした。それに言ったところで反応はつまらないものに違い無い。 「バート。最後の質問だ。デュライって名前に聞き覚えはあるか?」 この男は何も知らないという事は何となくだが理解できた。しかしやはり何かしらあるのではないかと思うとこの質問 は最も手っ取り早いものだった。 「でゅらい? うーん、何だか知っているような……。あ〜、知ってます知ってます。俺は知っています」 しばらく考え込んだ後ロジャーは手を合わせて何度も知っている、を繰り返した。 「ほう!?」 これに対してはニコライも大いに興味を持ち、身を乗り出す。 「知ってますよ……」 「うん」 「俺は知ってます……」 「ああ、分かった」 「あれは確か……」 「確か……?」 ニコライの握る手に力が込められる。 「レイヴンになる試験の時に試験官がデュライってレイヴンだったような……!」 その力は一気に抜けた。偶然。全くの偶然。出来すぎているは偶然に違いない。彼はそんな偶然に「運命」や「必然」 を持ち出すほど愚かでも、信仰心を持っているわけではなかった。 「そうか。そりゃあ良かった」 あからさまに溜息を吐くと腕を組んで椅子にもたれかかった。 「えっ!? 駄目ですか?」 「いや、駄目と言うか何かな」 そういう問題ではないとニコライは言いたいのだがどうにもこの男は通常の感覚とは数メートルずれているようなので 曖昧にしておくことにした。彼はこういうタイプの人間が苦手だ。物事を倫理立てて考える彼にとって、言わば不条理と 言える思考は理解に苦しむのだ。 「トゥワイフさんってオールドザムの人なんですよね?」 「ん? ああ、そうだよ」 「何でわざわざこっちまで来たんですか?」 いきなり、今まで言葉少なめだった少女がニコライに質問を投げかけた。今まで構えていたのだが、それほど警戒す るべき人物ではないと判断したのだろう。しかし実際には個人を色々と探ろうとする人物を信用して良いのかは疑問だ が。 「まあ、それくらい重要って事だよ。私自身興味もあるし、友人の頼みでね。医者の特権を利用して色々と探っているの さ。主任にどやされるような事も結構しているよ」 そこまで話すと彼は僅かに笑みを浮かべる。愛想の良い笑みだ。医者に必要な「子供向けの笑顔」だが。 「友人?」 「それに関しては何も言えないよ。秘密を守るのも医者の仕事でね」 調子良く話をはぐらかすとゆっくりと立ち上がる。もうそろそろ退散しなければ余計なことまで話してしまいそうだから だ。 「トゥワイフさんはお医者さんですよね?」 「ああ、何度も言ってる通りな」 急に何だとニコライは不機嫌そうに答えた。 「お医者さんって頭良くないとなれないんですよね」 「一般にはそうだな」 「じゃあジーノちゃん教えてもらったら。勉強」 「あたし?」 急に何事かとジーノは自分を指差して聞き直した。少しばかり話が飛躍し過ぎてやいないか? と思って当然ではあ るが。 「そうそう。ほら、雨だし。トゥワイフさんもしばらく雨宿りも兼ねて」 そう、それが良いとロジャーは一人納得すると席を立ってニコライに向けて例の笑顔を示した。 「俺コーヒーでも煎れてきますから。あ、お茶の方が良いですか? いや、やっぱコーヒーですよね。じゃ、お願いしま す」 そして厨房に消えていった。 取り残される形となった二人は成り行き上仕方なくといった感じで、ジーノは参考書を広げ、ニコライは椅子をテーブ ルに寄せる。 「数学かな?」 彼女の広げた参考書にはグラフと、X、Yと言った数字が踊っている。ページの端には簡単な解説も入っていることか らテキストと言った方が正しいだろう。 「二次方程式。簡単だ。応用の部分は少し難しいだろうけどそこは私が手伝うよ。最初は君がやってみな?」 ニコライはそう言うと、まだ閉じられている本を手にとって広げた。どれも懐かしい内容だが微妙に変わっているよう だ。それに彼は火星の出身で地球とは学習の進め方も微妙に違うのかもしれない。 しばらくするとジーノのペンを持った手が動かないことに気付く。 「出来れば最初から教えて欲しいんですけど」 これは爆発でばらばらになった死体を繋げるよりも大変そうだ。 溜息をつきながら彼はそう思った。 戦場に向かう大型AC用輸送車両。今現在は四機のACをその体内に宿し、地下通路を無限車両で進んでいる。地 下都市のブロックとブロックを繋ぐ通路は一般道と企業用に分けられており、この車両はそのうち企業用を進んでい る。 無限車両はホバー推進と違いコンクリート道路にダメージを与え、車両内を揺らす。確かにコストパフォーマンスは良 いのだが、それだけだ。そのため通常地下ではホバー推進、地上の特に野戦地帯で無限車両を使用するのが普通 だ。しかしコストパフォーマンスを考えるとやはり例外もある。 「揺れるねえ……」 その中、長椅子に腰をかけているグレイが呟くように言った。 「ホバーは高くて」 その横で同様に座っていたシークは申し訳無さそうに言う。 金属色の露出している壁に挟まれた通路で、彼女ら二人は既にパイロットスーツに着替えていた。正確には耐圧服と 言われるそれを着ている二人は女性的なラインを失っている。それぞれ白や黒の中間色で占められているそれは特徴 無く、同じヘルメットを被ってしまえば二人を全く見分けのつかないものにしてしまうだろう。 「ねえ、シークは何で復讐しにいくの?」 急に、本当に急にだった。グレイは本来レイヴンとして干渉しないはずの部分に踏み込んだのだ。チーム所属と言う 特殊な立場のせいか、彼女はレイヴンとして持って当然な警戒心があまり無く、また逆に相手の警戒心を気にすること が無い。 「そうね……」 シークはそれを察してか気にした素振りを見せずに思案した。 彼女に対しては話しても良いように思われた。特にレイヴンとして勘繰ることは無いだろうし、他の二人が彼女の話を 聞いたからと言って何かしら行動を起こすとは思えない。しかしだからと言ってやはり話すことは出来なかった。そう、相 手が誰であろうと話す気にはなれない。 「ごめん。悪いとは思うけどやっぱり話せない」 グレイに向けていた視線をゆっくりと通路の床に向ける。その先には退屈な灰色が広がっており、所々汚らしい黒い 染みが浮かび上がっている。それは光の加減で虹色のプリズム化した光を反射し、何かしら油性のものによるものだ と分かる。 「何で?」 「何で? じゃねえよ」 それでも諦めようとしないグレイだが彼女の言葉を遮るようなタイミングで男の声がそこに割り込んだ。シークがその 声に視線を送るとそこには二人同様パイロットスーツに身を包んだクリムゾンが立っていた。その深紅を意味する名と は裏腹に青を基調に黄色のラインの入ったもので、二人とは違い特徴的なものだった。 「話したくないって言ってんだったら聞かねえの。こりゃ礼儀だぜ? 礼儀」 そう言いながら手に持っていた缶をシークに、グレイにと順々に渡した。見た目よりずっと気の効く性格なのだろうか。 「ありがとう」 それを受け取ってシークは素直に礼を言う。冷えている缶にはそれが紅茶であることを示すパッケージが貼られ、水 滴が浮いていた。 「ま〜だ目的地には着かねえみたいだ。こんなもんでも飲まねえとやってらんねえって」 彼女の例の言葉をあまり気にしている様子も無く、彼はグレイの隣にどかと腰を下ろすとパイロットスーツのポケット から同様に缶を取り出した。 「クリムー、これと交換して」 グレイはそれがオレンジだと知ると自分のコーヒーを差し出す。 「買ってもらったくせに贅沢言うんじゃねえの」 「コーヒーあんまり好きじゃないの」 「だったら飲むなっての」 それが気に入らないのかクリムゾンはその缶を取り上げて、その缶を持った手を彼女から遠ざける。 「ああっ、返してよー」 手を伸ばしてもその短い腕では全く届かない。 「おいおい、別に飲まなくていいんだぜ?」 その様子がおかしくクリムゾンは笑う。そしてその事自体がシークは微笑ましいと思った。まるでこれから戦争に赴こ うとしているとは思えない。 「シーク助けて」 勝ち目は無いと諦めたグレイはシークに助けを求めた。しかしその様子も余裕に溢れ、こんな中にも信頼があるのだ と感じる。 「それじゃあ私の紅茶と交換しましょうか。ね?」 シークはそう優しく提案し自分の紅茶を差し出すと、グレイはそれを受け取って嬉しそうな表情を顔いっぱいに浮かべ た。 「うん。シークって優しいから好き」 「わざわざこんなもん買ってきてくれる俺も十分優しかねえか?」 クリムゾンは不満そうに持っていた缶コーヒーをグレイに、そしてグレイはそれをシークに渡した。 「クリムーはバカだから嫌い」 「馬鹿って言うな。っていうか馬鹿はおめーだよおめー。コーヒーくらいてめーでどうにかしろってんだよマジでマジで」 「ケチだし」 「ケチじゃねえよ。ケチだったら奢ってやってねえよ」 「それにオレンジ飲んでるもん」 「……だからなんだよ」 二人の理屈の通らない口論を尻目にシークは缶のプルタブを開ける。彼女のやや伸びた爪では開けづらかったが親 指の腹を使い、ゆっくりと押し開ける。クールであるため開け口から香ばしい香りが伸びる事は無かったが、口に含む と缶コーヒー特有の甘ったるさが口一杯に広がりそれが彼女を安心させた。 「そういやムラサキの奴はどこ行ったんだ? さっきからさっぱり見えねえな」 急にクリムゾンは辺りを見渡す素振りをしながらそう言った。そう言えばシークもこの車両に乗ってからは一度も顔を 合わせてはいない。 「そうね。そう言えば全然見ない……」 シークはそれに気付くとコーヒーにもう一度口をつけてから呟くように言う。 「また一人。寂しくないのかな、ムラサキ」 その横でこちらも呟くような声でグレイは言う。しかしそのグレイの方がよほど寂しそうな表情で、今までの明るい表情 が曇っていた。 「まったく、ムラサキのことになるとご焦心だなグレイ?」 「う〜」 からかうようなクリムゾンの言葉にグレイは俯いて黙ってしまった。 「……どうする? 探す?」 まだ中にコーヒーがたっぷりと残っている缶を傍らに置いてシークは提案した。今までとは違うグレイの様子が気にな ったのもあったのだが、やはりこれから共に戦場に赴くのだから何かしら会話をしておきたいと思っているのだ。それで なくとも彼は必要以上の事は話そうとしないのだ。 「い〜や、いいって。いつもの事だ。ふらっと消えちまうんだよ。時々な」 呆れたような、そういった言い方だった。本当にいつものことなのだろう。 「いつも?」 「ああ、いつもだ」 シークの言葉にクリムゾンは声のトーンを変える事無くそう答えた。 何か大きな段差に乗り上げたのだろうか、一瞬車両が大きく揺れた。それは彼女らの座っている長椅子にも振動を 与え、シークの傍らに置かれていた缶が倒れるように通路に落ちた。うるさい振動音の中にあってその金属音は消えて しまいそうなか弱いものだった。 「あっ」 シークが慌てて拾い上げたが、その拍子にこげ茶色の液体がそこに撒き散らされた。 「あ〜あ……」 彼女の手が握る缶の中にはいまだに容量を告げる重みが残っているが、それは既に飲む気にはなれなくなってい た。 黒い水溜りはその濃度を薄くしながら広がっている。 「ムラサキはACの中にいるよ」 当然、グレイは消えそうな声で誰に言うでもなく呟いた。 「ムラサキはいつもそこにいるの」 そしてそう言い終えると彼女は再び黙り込んだ。 息の詰まりそうな闇の中、彼はただ操縦桿を握り目を閉じていた。 これは彼なりの「おまじない」だった。こうしている間はこの両腕を信頼していられる。そして自分も。 この両腕を初めに呪ったのはACに乗っていた時ではなかった。 地下都市は全てが自動的だ。閉鎖空間である地下は都市単位で企業の管理を受けている。その維持、運営が企業 の仕事でもあるのだ。しかしそれも間接的なものである以上ミスもあれば欠陥もあるものだ。 その時、彼は集光システムによって地下に送られる天然の太陽光を浴びていた。しかしそれからは人体に害のある ものはカットされ、真に天然と言えるものとは言えない。しかし高級区域であるそこはファイバーによって地上の空間を 再現していた。今となっては地上にも都市は存在するが、ある意味では今でもこちらの方が整った環境が維持されてい る。そして地下だと言うのに閉鎖感は一切感じられない。 今日は特別な日だ。そのために彼は自分には似つかわしくないこの場所にいた。 地下であることを感じさせない緑色の風景、公園と言うのが正しいのだろうか。その中心に大理石のモニュメントがあ った。大きな球体、小さな球体。その前を小さな男の子たちがボールを投げながら通り過ぎていった。 火星クーデター。レオス・クラインの乱。 その終息からこの日でちょうど3年になる。このモニュメントはその事件を、そしてその被害者達を忘れないために建 てられた慰霊碑だ。大きな球体が地球、小さな球体が火星を表す。何故こんなところに建てられたのかは分からない。 しかしおそらくは本当は忘れるために建てられたのだろう。一応は建てなければ人道に反する、しかし地球政府として は己らの無力を示すこの事件は忘れたいことでもあったのだ。そして……。 「その結果がこれか……」 彼はその慰霊碑を見上げながらそう呟いた。大きさは台座を含めて3メートルほど。 『火星と地球、全ての死者に冥福を』 そう刻まれたその大理石の台座には彼の姿が映っていた。 かつてフライトナーズ、特殊治安維持AC部隊として彼は火星へ降り立った。火星の秩序回復、そのための出動であ ったはずなのに……。 レオス・クラインの理想。そんな下らないもののために彼は戦うことになった。そして運良く生き長らえ、クラインは死 に、この慰霊碑だけが残った。 仲間がいた。同じ地球で治安維持という目的のために戦った仲間。しかし彼らも同様に火星という場所で戦うことにな り、次々と圧倒的な数を前に死んでいった。クライン自身、それをまるで当然のように何も言うことは無かった。 一度だけ見たことがある。特殊部隊隊長レオス・クライン。都市を制圧したもののそれも雇われレイヴンの大群の前 に殲滅され、部隊の再編成のため軍隊に戻った時だった。 赤と黒に塗り分けられたパイロットスーツに身を包み、短く刈り込まれた黒髪、そして強化手術を受けたと言う筋肉が 隆起する体躯。見た目には歳は彼とそう変わらない。サングラスでその目線を隠し、一層その感情を読み取ることは出 来ない。 表情の宿らぬその顔。彼は被害の報告の後その顔に怒りを感じた。これは既に冷静沈着などと言うものではない。 最初から感情などと言うものなど無いのではないか、そう思わせるその顔に彼は言った。 「何をするつもりだ、クライン」 なおもその顔が歪むことは無い。しかしそのサングラスから覗いたその瞳に彼はたじろいた。その目は人のものとは 思えない、悪魔の目、深紅に輝きその中央で瞳は金色に光を放って見えたのだ。 彼は恐怖した。既に戦場での恐怖が麻痺してしまった彼がだ。 レオス・クラインはその問いにじっくりと言葉を選んでいるようだった。そしてその顔に初めて笑みが浮かぶ。ぞっとす る笑みだ。 「全ては秩序のため、再生のため、人類のため」 そう言い、そこから消えた。 彼は動けなかった。まるでその目に魂を抜かれてしまったように立ち尽くすしかなかった。 そのクラインも実は古代文明の巨大兵器だと言われたフォボスを占拠し、火星を文字通りの意味で攻撃を仕掛け、し かしあるレイヴンが単体でそれを阻止した。 それが全て。火星を疲弊させた戦乱。彼は再び地球に戻ることとなる。レイヴンとして。 この慰霊碑の下に仲間の死体が丁寧に棺に納まり埋まっているわけではない。もちろん、火星側の被害者に関して も同様だ。しかしそれでも彼は毎年この日にここに来る。そうしなくては心の整理がつかないままだ。来たところで何に 解決にもならないのだが。 彼はある戦闘で重体となり、時折両腕が麻痺する後遺症を抱えてしまった。しかし彼にレイヴン以外の生き方は無 い。だからクリムゾンという新米のレイヴンである男を彼は相棒に選んだ。腕は悪くない。見込みもある。だが奴はどう にも経験が少ないせいか窮地に陥ると混乱してしまう。 その男がここに彼が行く理由を聞き、呆れたように言った。 あんなもんなんにもならねえよ。結局今の時代神も仏もねえんだからよ。 その通りだなと彼は笑うしかなかったが、彼にとってまだ拭い切れないものなのだ。 遂先程花屋で買った花束をその慰霊碑に添える。そこには毎年のように他にも大量の花束が置かれていた。彼の置 いたのはその中では目立たない紫色の名も知らぬ花。置かれればその他に色彩を放つ花の中に消えてしまうようだ。 不意に彼の視界が曇った。彼は溜息を吐く。「前兆」だ。後数秒もすれば一時間近く両腕は自由を失う。肩の辺りから 感覚すらも失われるのだが既に慣れてしまった。戦闘中でも後はクリムゾンに任せてしまえば良い。だから奴にはその 事は知らせていない。下らない見栄かもしれないがレイヴンでなくとも弱みを知られるのは避けたい事だ。 彼は公園の端に置かれていたベンチに腰を下ろした。昨年は青かったが今年は塗り替えられたか、ACの如く丸々取 り換えられたのか白いものだった。 ゆっくりと動く風景。彼はその風景を眺めていた。 平和な、それこそ今の時代には似つかわしくない景色。天井にあるのはただのコンクリートの天井ではなく、「空」の 映像が投影された人工の空が広がりまるで地上だ。視野を広げればその向こうには住宅地が広がり、他の地下都市 とは違う生活観が漂っている。 本当に俺にはここに似つかわしくない人間だな。 こんなところ彼にとっては居辛いだけでしかない。既に自由が利かなくなった腕が動くようになったならすぐに退散して しまおう。そう決め、より深く背もたれに寄りかかった時、偶然にもその目線の先には不審な男がいた。 何故不審かと思ったのかと言えば単純にその男が銃を持っていたからだ。黒い中型の拳銃。殺傷能力は十分備わっ ている。装弾数はフル装填なら26発ほど。そしてその男も挙動不審そのものでとても正気には見えない。そう、今にも 人を殺しそうだった。距離は20メートルほど。慰霊碑を挟んだ向こう側の歩行者道路を何かから逃げるようにしてい た。 そしてその男が小走りする進行方向、男と女と少女が二人。家族だろう。楽しそうな会話を交わしながら後方の存在 に気付いていない。 ガードも企業ガードも何してやがる! 高級区域では一般人が銃を持つのは禁止されてるはずじゃないのか! 彼は思わず立ち上がり男の様子を見る。 もしその男が家族に手を加える事無くそこを通り過ぎてくれれば、男は遅かれ早かれポリスの役割を持つガードにそ の身柄を押さえられるか始末されるだろう。そうなってくれれば今の彼の焦りもとり越し苦労に過ぎない。 しかしその期待は裏切られる。男は家族に気がついたようだ。距離的にはしょうがないのだが理解できない言葉を叫び ながらその銃を家族に向けた。 いつもなら彼はそれを見て見ぬ振りをしていただろう。人の生き死になど飽きるほど見てきた。しかしこの時に限っ て、いや今日という日だからこそ彼は感情的になっていたのかも知れない。 その視線をだらしなく垂れ下がった右手の手首に向ける。そこには腕輪にしては大きすぎるものがあった。 これは仕込銃だ。携帯ではなく隠し持つためこのような形状をしている。カバーを外せばそこには1センチほどの銃身 と剥き出しになり金属に挟まった小さな弾丸が三発、そして非力そうな撃鉄が姿を現すはずだ。撃鉄はそのままトリガ ーの役割を果たし、弾丸を叩くとそれは短すぎる銃身から発射される。有効射程距離は1メートルにも満たなく、発射の 瞬間その腕は火傷を負う事になる。しかし彼はこういった生き方以外出来ない。 もしこれを使うことが出来ればその轟音で男の気を引くことが出来るであろうし、運が良ければ命中し自由を奪うこと が出来るはずだ。さすがにここまで小さいと急所にでも命中しなければ殺せはしない。しかしそれでも十分だ。 しかし両腕が言う事を聞く事は無かった。この両腕が使えなければ発射する事はおろか狙いを定めることも出来な い。 どうしようもない焦燥感が、普段あらゆる状況での冷静な判断を必要とするレイヴンである彼を直情的にした。 まるで人形の腕のようにだらしない両腕をぶらつかせながら走り出した。その両腕は本当に切り落としたいほどに邪 魔なだけでしかなく、彼をさらに苛立たせた。 家族に危険を知らせようと彼が大声を出したのと同じタイミングでそれを上回る轟音が周囲に叩きつけるように響き 渡った。 紫煙が男のシルエットをおぼろげにする。それに対する家族は何事かと振り返った。運良く命中はしていないようだ。 しかしその事態を把握するとその両親は愚かにも子供を庇い立ちはだかる。 違う! 違うんだ! お前たちが五、六発の弾丸を防いだところで次にガキどもを殺すには十分過ぎる弾丸が残る! 逃げろ! 散開して逃げるんだ! そうすれば最低でも死ぬのは一人で済む! 彼の思いは思考となって彼の頭脳を反響はせど言葉にはならなかった。もし言葉にすることが出来たとしても所詮そ れは音速。初速は音速を超える銃弾の方が早く家族に死を伝えるだろう。 再び銃声、それは男の「探り」であった一発目とは違い、数発分もの轟音が重なり合ったものだった。 まずは当然子供を庇い、壁となった両親が弾丸を受けた。着弾のたびにその体は人形のように踊り、液体を撒き散 らす。おそらく先にショック死したであろう父親が前のめりに倒れるとその後ろから姿を表した姉妹のうち背の高い、お そらく姉の方であろう少女は一撃を眉間に受け吹き飛んだ。即死だ。助かりはしない。 使用されている弾丸は幸か不幸か重実弾だ。通常の弾丸よりも大きさはさほど変わらないが重量は2倍近い。また、 通常に比べ飛距離が短くなり貫通力が劣るが、人体に対して与えるショックは比べものにならない。それこそ軽い女や 子供は一撃で吹き飛ぶだろう。しかし貫通力に劣っているため両親のほうは愚かしくも確実に壁の役割を果たし子供 たちを守っていた。しかしそれにもそろそろ限界がきているようだ。 先程の少女の吹き飛びようからそれを察すると一気にジャンプする。両腕を使わない、無理な状態での走行であった ため今まで声を出すことが出来なかったがそれが今回幸をそうした。男はこちらに気付いている様子は無い。 本来ならばブーツに仕込んだブレードで喉笛を掻っ切るところだが、今はブレードを立てている余裕は無い。空中で 腰を捻り、だらしなく力の入らない右腕を鞭のようにしならせ、右手首の仕込み銃をハンマーに見立て、それを男のこ めかみに叩きつけた。男は意味不明の言葉を発し吹き飛んだ。 着地し、即座にまだ転げまわっている男に向かって走り出す。男は先程の攻撃の後声を出していた。それはつまり気 を失っていないことになる。更にその手には銃が握られたままだ。 倒れている男に追い打ちの蹴りを加えようと脚を振り上げる。しかしそれよりも先に轟音が弾丸を吐き出した。 狙いがしっかりと定まっていないのか、それは彼の脇腹辺りを掠めるだけだった。しかし、それでも重実弾は彼にとて つもない衝撃を与えた。まるで脇腹で爆弾が爆発したかのような衝撃が彼を叩きつけ、ぶしっ、と明らかな噴出音の後 大量の血液が噴出した。それだけに留まらず衝撃で肋骨の下二本がひしゃげ、彼に苦痛を与えた。 ショックで気が遠退く。しかし彼は強く地面を蹴り、その衝撃で自分を強制的に覚醒させた。更に先程強く地面を蹴り つけたことにより右足のブーツの爪先から金属光沢を放つ刃が現れた。 再び轟音。彼はそれよりも先に見を屈ませかわす。それと同時に左脚に力を込めそこに固定すると、一気に右脚を 持ち上げ振り回した。そのブレードは男の喉元を掠め、発射の衝撃で仰け反っている右腕に突き刺さった。次の瞬間 金属音と共にブレードは折れ、彼は自由になった右脚を返し足裏で、男の顔面を蹴り飛ばした。 銃を支える事の出来なくなっていた男のその腕からは銃がこぼれ落ちていた。彼はそれを踏みつける。その様子を 見た男は彼と自分の右手を何度も見比べ、再び意味不明の言葉を吐き出すと走ってそこを去っていった。 男の姿が消えたのを確認すると緊張が解けたのか、失血のせいか膝が折れた。腕は言う事を聞かず、顔面からぶ つかるようにそこへ倒れた。横腹から流れ出ているであろう血が、コンクリートを伝い彼の顔を濡らす。死の感覚が体 中をゆっくりと廻っていく。 おじさん、手、動かないの? 声だ。少女の声。その声と共に雨雲のようだった死の感覚は微かに晴れる。 彼の視線の先には自分の血で濡れたコンクリートがあるばかりだ。視線を動かそうと首に力を入れるが僅かに蠢くば かりで、まるで夢の中のようだ。 「……あ?」 肺から漏れた空気が彼に間抜けなうめき声を出させた。 全く言う事を聞かない身体に対してその意識は僅かにまともな思考を可能としている。全身の感覚を探り、どこか動く 部分を探す。視線の先にはいまだに赤い色があるばかりで動こうとしない。 ふと、今まで沈黙していた両腕が動くことに気がついた。今まで使っていなかったためその両腕の事は忘れていたの だ。 その両腕は彼の命令を受け、そのコンクリートに手をつくと彼の体を持ち上げた。腕はがくがくと震え、しかしそれでも その身体を僅かに持ち上げることに成功した。 視線の先には今までと同じ赤の色、しかしそれはコンクリートではなく、血で染まった少女の顔だった。状況が把握し 切れていないのかその場にへたれこみ、ぼんやりとした様子でエメラルドグリーンの大きな瞳が彼を見ている。その血 は彼女のものではないのだろう、怪我をしている様子は無い。 「……た……すけを……、べ……」 頭の中の言葉は声にならない。これが限界なのか。そこで力が抜け再び顔面からコンクリートに激突した。しかし声を 出し続ける。 「……すけを……」 何故こんな事になった。何故あの男は……、何故この腕は動かなかったんだ。 「……を……」 次第に薄れていく意識と反比例して無念だけが膨らんでいった。 『ムラサキ? いるでしょ? 』 当然の無線越しの声。過去から現実に引き戻されたムラサキは慌てることも無く手前のディスプレイを確認した。今 はまだ機体の状況を示す数字は無く、無線を受信していることだけを告げるランプが緑色に光っている。 「ああ」 ムラサキは膝の上に乗っていたヘルメットを自分の口元にまで持っていくとそこに内蔵されているマイクを通してそれ に答えた。被ろうと思ったがそうすると腕が言う事を聞かなくなる気がするので止める。このヘルメットは通常のものより 幾分か軽く、気にするほどでもないのだが。 『クリムーが心配してるよ? 』 声は少女のものだった。あの時彼の目の前にいた。 「あいつは俺の心配なんてしない」 不機嫌そうな声で彼は答えた。そう、クリムゾンは彼の腕のことを知らない。普段のムラサキの技量のみが全てであ るから、圧倒的な実力に頼りにする事はあっても心配はする事は無いだろう。 『そんな事無いよ』 もし心配するとしてもそれはその事を知る彼女くらいだ。彼はそのことが気になっている。 「なあ、グレース」 ムラサキは彼女の答えを無視すると呟きに似たトーンで自分から切り出した。 「今からでも良い。レイヴンなんてさっさと止めろ。俺の腕の事は知ってるだろ? またああなったらあの時のお前の家 族みたいに守り切れない。俺の巻き添えを食うだけだ」 この時は家族のことを出すのが一番良い、そう思い彼はわざと突き放した言い方をした。 『大丈夫、クリムーがいるよ。それにあたしだってそんな時のムラサキを守るためにレイヴンになったんだから』 しかし彼女も引き下がる事は無い。ムラサキは溜息を吐く。 見た目よりもずっと強情なのだ、こいつは。 「俺がお前を預かったのはレイヴンにするためでもお守りをしてもらうためでもない」 『みんなが死んだのはムラサキのせいじゃないよ……』 「そんな事は分かってる」 『分かってないよ』 「お前にもしものことがあったら俺はお前の家族に顔向け出来ない」 『だから大丈夫だよ。クリムーもいるし、あたしもいるし、ムラサキがいるから』 再び溜息を吐く。こんな会話は何十回と繰り返している。だが一度も彼女は引き下がる事は無いのだ。変に俺に似て しまったとムラサキは更に再び溜息を吐く。 「……とにかく今回もお前は前に出るな。この話はまた後でだ」 これ以上話す気も失せ、そう言ってコンソールに手を伸ばす。 『ねえムラサキ』 その手が無線を切る前に彼の手元のヘルメットから声が発せられた。面倒で仕方が無いのだが切るわけにもいかな いのでコンソールに伸びる手を留めた。 「なんだ?」 再びヘルメットを口元まで持ってきてそれに答える。 『ん〜、やっぱなんでもない』 しかしその声はそれを最後に一方的に切れてしまった。後には僅かなノイズ混じりの静寂が残った。 ムラサキはコンソールを叩きながら再び溜息を吐く。それは今日何度目になるか分からない溜息だった。 俺の真っ黒に塗装されたキャリアーリグが目的の地下区域に到着した。既に破棄されている区間であったため、途中 開閉が出来なくなっていた区域と区域を区分するゲートが多く存在したが、それはリグの電力を多少供給して解決し た。 その先にあったこの地下都市。電力の供給は殆ど無く、集光システムによる照明が僅かに天井から降り注いでいる だけだ。 リグの照明で照らされる路面の状況はと言えば既に戦闘が行なわれていたらしくアスファルトは殆どが砕け、所々そ の下の土が露出していた。その先には目的のメカ工場。かなりの規模だ。元はムラクモ・ミレニアムのものであったこと を示す、マーカーがリグのディスプレイに投影される。 俺はリグを自己判断状態に移行させると座り心地の悪いシートから立ち上がりデスズブラザーの待つ格納庫に向か った。 状況がおかしいと言えばおかしい。 ホバー推進による振動が歩く俺の足元に伝わる中俺はその考えを捨てることが出来なかった。 そもそもこんな場所で何故戦う必要がある。 ちょっとした武装グループがどうやってこんな所まで来るんだ。 簡単に契約しちまったが考えれば考えるほど胡散臭い部分が出てくる。念のためを考えて火力はフル装填にしてあ るが、いきなりMTの群れにかかられると閉所では不利になる。無限車両にすることも考えたがリグに幾つも脚部を載 せることは出来ないから結局は汎用性に勝る重量二脚になった。 さすがにリグでの生活も慣れてきた。狭いと思っていた通路も天井の照明の手入れがしやすいと思えば悪くない。 一分ほど複雑且つ窮屈な通路を歩き抜けて格納庫に到着した。広いと思っていた格納庫もACが入ってしまえば窮屈 そのものだ。積み重なったコンテナが膝をついて眠っているデスズブラザーの半身を隠している。 吹き抜けの通路から突き出ているリフトに乗り、パネルを操作する。それは俺の命令を受けてデスズブラザーと同高 度まで降下、その後横方向に移動しコックピットフレームが露出しているコアの前に止まった。 高い所はあまり好きじゃない。俺はさっさとフレーム部分に飛び移りコックピットのシートに身を埋めるとコアを外界か ら遮断する。コックピットフレームがコア内中心に収まるのを始めに装甲が収まる振動がシート越しに俺に伝わる。 デスズブラザーにパワーを入れる。まるで血液が流れ始めたように薄暗かったコックピット内に光が満ち始め、暗闇 に慣れた俺の目は瞬間眩しさを感じるがそれにもすぐに慣れる。 起動した手前ディスプレイが俺に装甲が完全にコアに収まったことを知らせる。それを確認するとコンソールを叩きハ ンガーに命令を下す。 メインモニタにデスズブラザーの光学カメラが捉えた映像を投影する。初め格納庫床を見ていたその目線は次第に 高くなり、振動と共にその目線が格納庫の開閉口で定まる。 デスズブラザーを通してリグに格納庫を開かせるように命令を下す。シリンダーが動き、天井が高くなると同時に正面 部分が倒れ、そこから地下の世界が顔を覗かせる。暗い。 コンテナから伸びるロボットアームからマシンガンを受け取り、コンテナが進路上から退けたのを確認した後デスズブ ラザーをゆっくりと暗闇の中に沈ませた。 暗い。光学カメラの感度を上げても良いんだがそれではファーストアタックでカメラが焼け付く危険がある。コンソール を操作して肩に取り付けられているライトに光を灯す。二条の光はデスズブラザーの動きに合わせて揺らめく。 レーダーの感度は前の頭よりもずっと良い。コアのインサイドラッチを開きデコイ射出の用意をしながら工場の正面口 にまで到着する。まだ敵影は無い。 開閉口の右横に取り付けられていた端末にデスズブラザーの左マニピュレーターをそえ、情報の交換をする。マニピ ュレーター内に走っているファイバーに端末が反応していることから電力は生きているようだ。レクテナシステムか発電 システムがまだ繋がっているんだろうな。楽観的な予想だが照明も点いているだろう。 ファイバーを通してゲートに開くよう命令を下す。しばらく沈黙し、壊れてるかと思ったが間隔を置いて開き始めた。オ イルを注す余裕なんてのは無いようだ。 完全に開いたゲートの向こうはコンテナが乱雑し、埃の舞う古びた施設だ。それが確認できるように照明も僅かだが 生きている。ただ、集光システムによるものではなく人工染みた黄色の光だ。俺には慣れたもんだが。 ライトを消し、僅かにカメラの感度を上げて施設に侵入する。デスズブラザーの侵入を確認しゲートが閉まる。退路は 断たれた。 静かだ。MT特有のやかましい機動音も敵影も無い。デスズブラザーの歩行音がいやにうるさい。瞬間敵に動きが悟 られていると警戒する。 間違い無く罠の類だ。この工場自体に馬鹿でかい爆薬が仕掛けられてる可能性もある。手前のディスプレイにはトラ ップのようなものは映らない。杞憂なら良いのだがそう言うわけにもいきそうに……! 俺は反射的にバックブースターを咆哮させ、ラッチからデコイを射出する。 ロックされたことを示すアラームがあった。反射的にというのが情けねえ。 一呼吸置いてミサイルが一基、しかし次の瞬間にはそれは四基に分裂しそれぞれデコイの影響を受けあちこちに激 突し爆発する。黒煙がただでさえ暗い施設内の視界を更に悪くする。 息つく間も無く光が炸裂する。エネルギー兵器、それも大出力のものだ。俺の経験がそう言ってる。 先程の閃光から発射される場所を予測し、射線からデスズブラザーを退避させる。案の定閃光の中から白い火球、 おそらくはプラズマが射線を通っていき、壁に着弾。光を撒き散らす。 ロックアラームは止まない。ライフル弾が装甲を叩いたのをデスズブラザーが俺に伝える。 それと同時に甲高い機械音。これはACのフロート、ディーンドライブの起動音だ。ってことはさっきから俺の狙ってる のはAC、それも複数か。 さすがにやべえかも知れん。 ミサイルの吐き出した黒煙の中から真紅の装甲が覗く。軽量二脚、こいつもACか。 『ACを確認』 んなことは分かってる。さっさと他に言う事があるだろ。 『ACの詳細確認。機体名“アルッシフォーク”。ネオアイザックアリーナ58位。オールドアイザックアリーナ70位。標準 武装、強化型ハンドガン、軽量型レーダーユニット、高出力ブレード。近接用軽量二脚機体』 なるほど。さっきの攻撃に紛れて接近しようって腹か。ハンドガンの牽制も無しに接近してきやがる。俺に捉えられて ることに気付いてないわけだな。 武装は完全に切り詰めて装甲は中量二脚級だ。ただし脚部の装甲はどうしようもない。 マシンガンを向ける。アルッシフォーク、……面倒な名前だ。赤い奴はそれに反応して機動を変化させる。ふん、チキ ンか。俺は構わずにマシンガンをレーザーサイトに切り替え振り回し掃射する。 『ACを確認』 デスズブラザーが再びACを確認する。それよりも先に紫色の無限車両ACが赤い奴を追うように黒煙の中から豪快 なOB音と共に現れた。左肩にはプラズマキャノン、そして今は右肩の……細いな。リニアキャノンか? そいつが俺を 睨んでやがる。 散弾が発射されるタイミングを予測、瞬間バックブースターを始動させる。二、三発掠ったが致命傷じゃない。 『ACの詳細確認。機体名オリビア。アリーナ登録無し。武装予想不可能』 そうかい。だがこいつはさっきの奴とは違う。OBの機動が確実だ。さっきのリニアキャノンを囮に見事俺の側面をとり やがった。 一瞬ロックアラームが止み、すぐさまアラームが開始される。ミサイル攻撃の予兆だ。再びインサイドラッチからデコイ を射出させる。レーダーが捕らえたミサイルの軌道から見てまた多弾頭ミサイルだ。 『ACを確認』 聞き飽きた。ミサイルは例の如く分裂、デコイにいなされて爆発した。しかしそれに合わせてか、赤い奴がデスズブラ ザーの側面からブレードを向けて接近してきやがる。金色の光。俺が前まで装備していた7880だ。さすがに直撃はつ れえな。タイミングも見事だ。こいつらはただの集まりじゃない。チームってやつか。 が、俺はそんな蛆虫の集まりに大したやつはいない事を知ってる。どいつもこいつも一匹じゃ何も出来ないムシケラ だ。 『ACの詳細確認。機体名“ロードライナー”。アリーナ登録無し。武装予想不可能』 赤い奴の視界をインサイドラッチから射出したデコイで覆う。一瞬動きが鈍ったところでバックブースターで高速移動、 赤い奴が俺の目の前でパントマイムしてるところに逆にブレードで綺麗な刺青を入れてやる。 三条の赤い閃光がデスズブラザーの左腕から伸びてそいつが赤いやつの装甲を更に赤くした。気に入ったか? 『ACを確認』 四機。そろそろうんざりだな。ところでさっきのロードライナーって奴はどこに隠れてやがる。っと、なんか変なやつが 手前に着弾した。スパークして火花を散らしている。 『ACの詳細確認。機体名ロクフォファー。オールドザムアリーナ77位。標準武装、スナイパーライフル、ジャミングロケ ットランチャー、小型ロケットランチャー、高効率ブレード。高機動無脚AC』 なるほどさっきのはECMロケットか。 ……ロクフォファー……? 聞いたことがあるな。 マシンガンの攻撃だ。連続した炸裂音が側面からデスズブラザーに伝わる。俺はそいつを距離を離すことで間接的に 回避する。着弾の度にやかましい金属音。うぜえな。 管理火器をミサイルに切り替えて機体を旋回、紫色の奴をロックして一基だけ発射する。そいつは弾幕を切り抜けて 見事着弾……、と思ったがシールドで阻まれた。レーザー光から見るにMERRORか? MERRORは最強のシールドだ。おまけにこの無限車両、どれもこれも重装甲パーツで構成されてやがる。 それでも爆炎で時間は稼げるだろう。とりあえず河岸を変えて仕切り直す。 OBの使用も考えたがレーダーがそいつに追いつかない。一瞬でも状況把握を怠ると相手はACでしかも複数だ、一 気にボカンだぜ? ロックする度にマシンガンで牽制しながらなるたけ広い場所を探す。手前のディスプレイがマップを表示して後方に広 い空間を見つけた。 ……ロクフォファー。ああ、思い出した。 ちょっと前にローバストついでに潰したAC二機の片割れのことだ。復讐のつもりか? 赤い奴がハンドガンで牽制しながら距離を詰めてくる。来いよ。俺は戦う場所を見つけたぜ? 続いて紫色の無限車両、初めて見る灰色の軽量逆関節。こいつは特殊腕だ。人の形をしていやがらねえ。 そしてやかましいディーンドライブ音を引っさげて見覚えのある無脚ACが顔を出す。レイヴンのクセに復讐なんて考 えてやがる馬鹿がこいつか。 いいぜ、かかってこいよゴミども。手前らの準備したエンターテイメントの相手をしてやる。俺を楽しませてみろ。もちろ ん楽しめなかったらチケット代は返してもらうぜ。手前らのACを切り売りしてな。 「くそ! この野郎掴み所が無え!」 度重なる攻撃が尽くかわされACアルッシフォークのコックピットの中でクリムゾンは苛立った声を上げた。 「クリムゾン、あまり先行し過ぎるな。見ただろう、やつの動きを。一人で戦える相手じゃない。回避に集中しながらハン ドガンで動きを止めておくんだ」 そのクリムゾンをムラサキの落ち着いた声がなだめた。しかし彼自身もあの漆黒のAC、デスズブラザーとそのレイヴ ン、デュライに脅威を感じているのは確かだった。 「だけどよぉ……、くそ! 重量二脚のクセになんでハンドガンも当たねえんだよ!」 ハンドガンはライフルやマシンガンに使用される弾丸とは全く違う性質を持つ弾丸を使用する。それは鉛のような軟 質のもので、着弾の瞬間その弾丸は潰れ、威力を伝える面積が増すのだ。そのため、破壊力という意味での威力は軽 減されるが目標に大きな衝撃と熱量を与えることが出来るのだ。性質上弾丸は重く、かと言って発射に使用される火薬 の量も増加されているため弾速は遅いわけではない。しかし目の前の漆黒の重量二脚ACは事も無げにそれを回避し 切っているのだ。 「あまり接近し過ぎないで。あいつ、ロック無しでもちゃんと狙ってくる」 シークも彼をなだめるのに加わる。しかし彼女の言葉は彼女自身の経験からくるものだ。 「まずはいつものように囲め。俺が先陣をきる」 その言葉と同時にムラサキはオーバードブースターに火を入れた。スーパーチャージャーから吐き出される大容量の 圧縮空気が超重量のオリビアを高速でデスズブラザーに突進させる。 デスズブラザーはそれに反応し、横滑りするようにそのトップアタックを回避するとグレネードランチャーを展開させ、 側面からオリビアに発射した。しかしその側面部、エクステンションポイントには追加装甲が取り付けられそれがグレネ ードによるダメージを軽減していた。 ランチャーの発射によってその動きの鈍っているデスズブラザーに対してグレイはロードライナーをジャンプさせると 両腕部のデュアルグレネードランチャーから二発の砲弾を発射させた。 しかしそれを察したデュライの動きの方が早かった。発射の瞬間に合わせて高速で射線から機体を外すと着弾地点 から距離を離す。 二発のグレネード弾が着弾したそこは当然通常のグレネード弾一発による爆発では及ばない破壊がそこにもたらさ れた。高温が炸裂し、デスズブラザーの漆黒の装甲を照らす。 そこに間を置かずしてオリビアから一条のプラズマが放たれる。しかしそれさえもバックブースターの急速後退で回避 する。そこへアルッシフォークが絶妙のタイミング、バックブースターによる加速にブレーキをかけているところに斬りか かった。距離、角度、申し分無いはずだった。しかしそのレーザーブレードは空を薙ぐだけだった。 「んなっ!?」 デスズブラザーはマシンガンの銃身をアルッシフォークの胸部に押し当てていたのだ。その腕も、レーザーもデスズブ ラザーに届くことは無く、逆にマシンガンは今度こそ破壊と言う目的を持って連射された。追うようにして連射される弾丸 にアルッシフォークの中量コアはその距離も近いこともあり、次々に装甲を抉られていく。 「歯を食いしばれ」 ムラサキはそう言い放つとプラズマキャノンの砲身をデスズブラザーの手前に向けて照射した。直接狙うとアルッシフ ォークもただでは済まない、つまり爆風によって両者を引き離すための攻撃だ。それは見事目的を果たした。デスズブ ラザーは一瞬早くその場を離脱し、爆風に煽られたのはアルッシフォークだけであったが。 「何のつもりだ、ムラサキ!」 空中で機体を立て直しながら叫ぶ。 「蜂の巣にならなかっただけありがたいと思え。それよりもちゃんと相手を見ろ」 オリビアの手にあるマシンガンを掃射しデスズブラザーを牽制する。例の如く重量級とは思えない見事な動きでそれ を回避している。しかしあくまで牽制だ。命中が目的ではない。更にそれにロクフォファーからのロケット攻撃が加わる。 それはちょうど十字砲火という形になり動きの制限され始めたデスズブラザーの装甲にも弾丸が命中し始めた。その 間にクリムゾンはアルッシフォークに回り込む。 包囲網。そう言った表現がしっくり来る。 デスズブラザーを中心にオリビア、ロクフォファー、アルッシフォークが三角形を作り取り囲み、ロードライナーがその 外に位置して三機を援護する形だ。もちろんデュアルグレネードランチャーを有するロードライナーの一撃が決まれば そのまま火力を集中、即座に破壊できるだろう。 オリビアのインサイドラッチから機械が飛び出した。それは角張り一本足になったくらげのような形状をしており、空中 でしばらく漂った後、デスズブラザーを察知し短い砲身から一条のビームを連射し始めた。 これはオービットと言われる自律兵器だ。自ら敵を察知、攻撃するメカではなく兵器。武装という形で格納、任意に射 出という点で通常の自律兵器に比べ汎用性に優れているが火力自体はそれほどではない。ただし、攻撃を受けている と言う脅威自体が強みになるのだ。 ビームが装甲を焦がす。しかし厚い装甲の前には水鉄砲のようなものだ。しかし集中して食らえば水鉄砲もいつか分 厚い岩石に穴を開けるだろう。 回避行動をとっているデスズブラザーにロクフォファーが確実なライフル攻撃を加える。通常よりも多い量の火薬、そ して長い砲身によって発射される弾丸は通常のライフル弾よりも圧倒的に速い弾速を誇る。近距離ならその回避はほ ぼ不可能だ。しかしデスズブラザーは違う。デスズブラザーのパイロット、デュライは発射のタイミングを図り、発射の瞬 間に高速で移動する。それはFCSには対応できない動きだ。 「当たらない……!」 シークもさすがに苛立ったうめきにも似た声を、肺が空気を吐き出すついでに洩らした。ロケットランチャーに切り替え るという手もあるにはあるのだが彼女にそれを命中させる自信は無かった。 「……ちっ」 プラズマキャノンの連射に遂にオリビアはコンデンサ容量のレッドゾーンに差し掛かった。プラズマ兵器は通常のエネ ルギー兵器と違いエネルギーを熱に変え、それを照射するものだ。威力は相当なものだが効率は悪い。 プラズマ兵器が通常のエネルギー兵器に比べその破壊力が格段に優れているのは、通常のエネルギー兵器と違い プラズマは質量を持っているからだ。この性質はACの多重多種層行型装甲自体、つまり半粉末硬化装甲と高硬度装 甲の両方にダメージを与えることが出来るのだ。 しかしそれも当たらなければ意味が無い。管理火器をリニアキャノンに切り替えながらムラサキは舌打ちする。高速 散弾ならば多少の命中は見込めるであろうがやはり多少でしかない。マシンガンにしてもその重装甲の前には頼りな い。 デスズブラザーはまるで窺っているように回避に集中している。致命傷は無い。 この状況で最も疲弊しているのはムラサキのオリビアだ。装甲は厚いが回避能力は無いに等しいため、遊撃とも言え る近づき様のレーザーブレードによる斬撃は装甲を確実に蒸発させる。加えて近づかれればそれだけ同士撃ちの可能 性も高くなり迂闊には手が出せなくなるのだ。 デスズブラザーの後肩装甲にロクフォファーの発射したロケット弾が命中し、爆風で体勢を崩す。 ラッキーヒットだ。背後からの攻撃であったし、ロック兵器ではないためタイミングを計っての回避などは事実上無意 味に近い。もちろんレーザーサイトで通常ロック兵器の如く使用できるのならば逆の結果が出たかも知れない。そう言 った意味でも完全なラッキーヒットだった。 しかし幸運を幸運で終わらせてはならない。 それに気付き最初に動いたのはムラサキのオリビアだった。エネルギー残量が少ないためリニアキャノンの砲身を展 開し、真っ直ぐに見据える。 リニアキャノンは電磁誘導によって一度に多数の軟質弾丸を発射するキャノン兵器だ。電磁誘導によって発射される 弾丸の初速はおよそ時速4000kmにも達し、着弾によってもたらされる破壊力は至近距離であればグレネード弾の それに匹敵する。次弾の装填に時間が掛かり、自重がかなりのものであるのが欠点である。 しかしそれは発射されなかった。デスズブラザーはむしろロケット弾による衝撃を利用し加速するとオリビアに接近 し、マシンガンの銃身でその砲身を払いのける。そして逆にグレネードランチャーの砲身をオリビアの頭部に向けた。オ リビアの目の前に赤い眼が煌く。 オリビアがマシンガンを持つ右腕を持ち上げるよりも先にランチャーが火を吹いた。着弾、爆発。しかし重装甲が施さ れた頭部はそれに耐えた。首と言えるアタッチメントポイントが火花を散らすがそれでも耐えたのだ。しかし着弾点は醜 く窪み、光学カメラを守る保護バイザーは跡形も無い。内部の光学カメラも「右目」が潰れてしまっている。 爆発の衝撃が二体を引き離した。実際にはデスズブラザーが一方的に吹き飛んだのだが。 「くっ、カメラが……。頭部のサポートCPUも所々フリーズしたか」 ムラサキは冷静に状況を見つめる。これほどのダメージならオリビアにとっては軽傷だ。無限車両タイプのACはその 気になれば頭部無しでも十分戦うことが出来る。 そこへオリビアを飛び越えるようにミサイルが飛来する。ロードライナーからの援護攻撃だ。誘導性能を持つミサイル は簡単には回避できない。多弾頭式なら尚更だ。しかしデスズブラザーはジャンプし、分裂したミサイルを潜るようにし ていとも簡単に回避した。 「ムラサキ。大丈夫?」 グレイが心底心配そうな声をムラサキに向けた。その間にもデスズブラザーは見事な動きで集中攻撃をのらりくらりと かわしている。これで重装甲というのだから破壊は気が遠くなりそうだ。 「ああ、俺の恋人はかなりタフだからな。それよりもあまり前に出るなと言ったろ」 「恋人って……。あれ?」 全て言い終わらないうちにロードライナーのコックピットにロックされたことを告げるアラームが鳴り響いた。 「どうした」 「ロックされたみたい」 その言葉には特に同様は見られない。戦場では珍しいことではないからだ。 「だから言ったろ。距離を……」 そこまで言いムラサキははっとなった。 おかしいのだ。 デスズブラザーから見てロードライナーの前方には守るようにしてオリビアが配置されている。つまりまずロックされる べきはロードライナーではなくオリビアのはずなのだ。それだと言うのにロックされたのはロードライナーであった。 ……最初から狙いは! ムラサキがその事に気付くのとほぼ同時にデスズブラザーのスーパーチャージャーが展開される。大気を吸収し、そ れを圧縮する機械音が施設内に響き渡る。 大火力を有し、その代償として装甲の薄いロードライナー。これほどレイヴンの攻撃衝動を駆り立てるACはない。何 せ放っておけば危険であり、しかし攻撃すれば容易く破壊できる。今回のように多数で向かった場合まず最初に狙わ れるのは当然なのだ。 マシンガンをスーパーチャージャーに向け連射させる。そこにハンドガンによる攻撃、ロケット弾による攻撃も加わる が決定打は無い。 「グレイ! そこから離れろ!」 しかしムラサキのその言葉は次に咆哮したオーバードブースターの轟音にかき消された。スーパーチャージャーに押 し込まれた圧縮空気が一気に吐き出され、デスズブラザーを加速させる。そしてその進行方向の先にはロードライナー が両腕の砲身を持ち上げている。 オリビアがすれ違い様放ったリニアキャノンがデスズブラザーの左半身の直撃する。しかしその動きは全く止まる様 子が無い。 グレイはほぼ反射的にそのトリガーを引いた。二門の砲身から吐き出された砲弾は瞬間命中するかと思われたがバ ックブースターが一瞬オーバードブーストによる加速を止め、FCSが騙される形となってそれは命中しなかった。 デスズブラザーは一気にロードライナーに肉薄、そのまま背後にまで達すると加速を止め反転、ミサイルランチャーか ら四基の中型ミサイルを発射する。ロードライナーのエクステンションポイントには迎撃レーザー装置が装備されていた が背後からの攻撃には対応できない。そのミサイルは砲弾の発射によって動きの鈍っているロードライナーの背後に 次々に命中、爆発を起こした。 「グレイ!」 オリビアがオーバードブースターの急加速でデスズブラザーとロードライナーの間に割って入る。そしてすぐさまマシン ガンを掃射し牽制を始めた。 「……うん。大丈夫。弾倉壊れちゃったけど」 意外に明るいグレイの声にムラサキは安心する。だが通信機構にダメージを受けたのかノイズ混じりだ。 「ムラサキ! 俺が仕掛けるぞ!」 クリムゾンがそう叫ぶと同時にオリビアの横を高速で通り過ぎていった。オーバードブースターが咆哮し、その残光が 薄暗い施設には眩しい。 ライフル弾がデスズブラザーの肩装甲を叩いた。ロクフォファーからの援護攻撃だ。 「さっきの動きでENが残り少ないの?」 今までの動きが嘘のようにいとも簡単に攻撃が命中したためシークがもしやと口を開いた。 「だったら今が攻め時ってなぁ!」 クリムゾンはハンドガンを容赦無く連射する。そしてそれはシークの推論が正しいことを示すように命中し、炸裂した 弾丸が漆黒のACに衝撃を与える。ACはバランスをとるのに精一杯で十分に動けないでいる。 そこへ更にオリビアのリニアキャノンの攻撃が加わった。高速散弾は直撃こそしなかったが重装甲にもダメージを与 え、その衝撃が動きを奪った。 「オラ! 決めちまえグレイ!」 「うん!」 その返事よりも早くグレイはロードライナーをオリビアを飛び越えるようにジャンプさせた。逆関節特有の高い跳躍能 力は推進力無しでも十分な距離を稼ぐことが出来る。 「……グレイ」 ムラサキが呟く。 ロードライナーの背後、ミサイル攻撃によって黒く炭素の張り付いたそこは、ミサイルの爆発によって大きく歪んでい るのが見えた。そしてそれが酷いのはコア背部ではない。その両脇。デュアルグレネードランチャー背部の排気口が文 字通り潰れていたのだ。 「止めろ! グレース、撃つな!」 その叫びとほぼ同時、二発の砲弾が甲高い音と共に発射された。しかしその瞬間、デスズブラザーは今までとは打っ て変わって素早い動きでそれをかわす。異変はその後だった。 ロードライナーの二門の砲身が信じられないことに膨れ始めた。そしてそうかと思えば次の瞬間には連続した大爆発 が起こりロードライナーは爆炎に包まれた。 ムラサキにはグレイの叫び声が聞こえた気がした。しかし実際にはそれは爆音にかき消されてしまっている。 爆炎が黒煙に変わりおさまると中からはコアが左右からの衝撃によって平たく潰れてしまっているロードライナーが現 れた。逆関節特有の安定性のためか直立したままだが、その動きはギクシャクとしたもので頭部は首アタッチメントポ イントを残し吹き飛んでいるようだ。 そこへ容赦無くデスズブラザーはグレネード弾を撃ち込む。砲弾はやや下方に反れ、ロードライナーの脚部に着弾し た。ロードライナーはその爆発で跳ね飛んだ。一度天井にまで叩きつけられ、そのまま墜落した。 「グレース!」 ムラサキが叫ぶ。 爆発の原因は単純だ。グレネード弾発射によるバックファイア、つまり膨張した空気、熱の逃げる空間が奪われたた めランチャー内でそれが暴れたのだ。装填されていたグレネード弾も当然爆発し、グレネードキャノンは跡形も無い。 「最初から狙ってやがったのかよ!」 ハンドガンの命中、そんな些細な事さえもデスズブラザーの「誘い」だったのかとクリムゾンは吐き捨てるように叫ん だ。 彼とて近接戦闘を得意とする以上心理戦にはそれなりの自信はある。もちろんオーバーロードを装って敵の隙を窺う などは基本中の基本だ。しかし「わざと攻撃を受ける」などという「誘い」は聞いたことが無い。戦闘において攻撃を受け るというのはそのまま敗北に繋がる。今のような実戦ならそれは死にさえ繋がるのだ。しかしデスズブラザーはそれをし た。ただ重装甲であるというだけでは到底普通の心臓ではなし得ない。 今までの調子でハンドガンを連射する。しかし先程のようには当たらず、デスズブラザーは当然のようにそれをかわ す。そしてそのまま囲まれての戦闘を避けて通常推進でそこを離脱する。 「勝負してやる!」 クリムゾンは閉所のためそれほど効果の無いレーダーユニット、弾丸の残り少ないハンドガンを破棄すると更に速度 を増して接近する。そこへマシンガンによる反撃。接近していることもありうまく回避できず、強化した装甲にも疲労が 見え始めた。しかしやはりその機動力の差は如何ともし難い。遂に側面に回りこむとバックブースターによる機動を計 算に入れてブレードを振う。 完璧なタイミング、だが次の瞬間にはアルッシフォークは強い衝撃を受け二機のACの間には距離が開いた。 「んだそりゃあ!?」 デスズブラザーの左マニピュレーターにはつい先ほどアルッシフォークが破棄したハンドガンが握られていた。しかし クリムゾンが驚愕したのはそのことではない。 元々ACの左右の腕には役割が持たされている。右腕には火器、そして左腕にはレーザーブレードやシールドといっ た補助武装が装備されるものだ。当然右腕にはレーザーブレードやシールドを設置するアタッチメントポイントは無い し、左マニピュレーターにも火器を持つことは出来てもOSを受け付けるような機能は無いのだ。 そもそもACのマニピュレーターには情報を交換するためのファイバーが走っており、これを通して武装のOSを受け 付けたり、端末を通してゲートを開閉したりすることが出来る。もちろん左右のマニピュレーターに同様の機能がある が、実のところ左右の腕は見た目こそ同じだが中身は全く違うものだ。当然火器のOSを受け付け、情報をコックピット に反映し、そして使用出来るようにACがその状態を整理してくれるはずは無い。 だがデスズブラザーは紛れも無く「左手」で火器を握り締め、トリガーを引き発射していた。FCSを使用していないよう でその発射角はでたらめと言えるものだが、そこへマシンガンでの攻撃も加わり回避は容易ではない。 「……まさかマニュアルってことか?」 クリムゾンはその弾幕を逃れながら信じられないというふうに呟く。 ACの「手」はマニピュレーターであるため当然五本の「指」を自由に動かすことが出来る。火器のトリガーを引くことも 可能だ。しかしそれはあくまで戦闘モードではない時だけだ。戦闘状態でマニピュレーターがそんな不安定な状態なら ば火器を落としてしまうからだ。だが、無理をすれば出来ないことではない。そう、本来出来るはずの無い無理をだ。 たまらずクリムゾンはアルッシフォークを柱の陰に隠した。 「ムラサキ! シークでもいい! 援護してくれ!」 本音であった。このデスズブラザーに一対一では勝ち目は無い。 「グレイ。大丈夫? 返事をして」 シークはロクフォファーのマニピュレーターをロードライナーにつけながら応答を求めた。ACのマニピュレーターには 情報を送受信する機能があり、普通に無線を使うよりもこちらの方が確実なのだ。 ノイズが彼女の声の代わりに返ってくる。絶望的な空気が彼女を包み込み始めたが、次第にノイズの中に声があるこ とに気がついた。 「痛いよ……、誰か……、痛い……」 それは紛れも無い。痛々しいグレイ彼女のものだった。苦しげだがどうやら生きているようで、シークは安堵する。 「大丈夫? 聞こえてる? ねえ、聞こえてる?」 再び返答を求める。もしかしたら受信装置のほうは死んでいるかも知れないからだ。もしそうならそれに近い生命維 持装置も破損している可能性が高い。 「……シーク?」 だがその心配は無かったようだ。不思議な事だがその返事と共にノイズは晴れ、はっきりとしたグレイの声が返って きた。 「シークぅ、助けて。狭いよ。足が挟まって……。痛い……」 「(コックピットフレームが潰れてるの? ) 大丈夫、落ち着いて。とりあえずACのモードを回して。熱を出してると狙わ れるかも知れないから」 シークは出来るだけ平静を装った。ここで慌ててはかえってグレイを混乱させてしまうだろうからだ。 「でもぉ……」 「大丈夫。落ち着いて。一度通常モードに落として生命維持を最大にするの。そしてそのまま待機モードにまで落とし て。出来る?」 ゆっくりと必要なことを説明する。コンソールやディスプレイの配置はコアによって異なるため具体的なことが説明でき ないのが残念だ。 「……うん」 しばらく後シークの言葉の意味を把握したのか覇気の無い返事が返ってくる。しかしそれでも十分だった。 「まかせて。きっと大丈夫」 最後にそう言うとロクフォファーのマニピュレーターをロードライナーから離した。すると当然だが途端に無線は途切 れ、シークを不安にさせる。 彼女は後悔していた。自分の下らない復讐に巻き込んでしまったことに。いや、正確に事情が変わったということだろ う。デスズブラザーとそのレイヴン、デュライの実力は己を圧倒している。だからこそ助太刀を依頼した。 どんなに実力差があってもAC戦での一対複数。それも情報通の老人のお墨付きなのだ。一切の問題無く敵は討て るのだと確信していた。しかし、それは甘い考えだった。 デュライの力は圧倒的だった。常に戦況を一手も二手も先に理解し、裏を読んでくる。そして正面切っての戦闘となっ ても全く歯が立たないのだ。 今となっては一人でも生き残れるのかどうか、それも疑わしい。既に勝ち目を感じていないのが正直なところであっ た。 グレネード弾が炸裂した。爆炎が柱ごとアルッシフォークを吹き飛ばす。撒き散らされるアスファルトは確かな質量を 持ってACの装甲に叩きつけられた。 「だから先行しすぎるなと言ったろう! 無限車両でその距離を進むのにどのくらい時間かかるのか考えろ!」 無線を通じてムラサキの苛立った声が響き渡る。 「今はんな事言ってる場合じゃねえ!」 クリムゾンは叫ぶ。実際には喋る余裕も無い。 ハンドガンを放り捨てたデスズブラザーはオーバードブースターを咆哮させチャージをかけた。重量級の突進はそれ 自体がとてつもない破壊力を持つ。もちろんそのAC自体もぶつかる以上無傷というわけにはいかないが相手が軽量 であればあるほどその反動も少ない。 それを回避しようとクリムゾンはブースターを全開にして機体を横滑りさせる、がその動きは何かに激突し止められて しまった。 「柱ぁ!?」 これもあいつの計算通りかと気付くよりも早く、デスズブラザーのミサイルランチャーから連続してミサイルが発射され る。それは衝突によって動きの止まっているアルッシフォークにかわせるものではなかった。 一基がコアに命中、装甲板を吹き飛ばす。続いて二基が左肩装甲を引き千切り、一基が頭部に命中、前面部分を吹 き飛ばした。 黒煙の収まらないままそこへデスズブラザーはマシンガンを発射しながら左肩から激突した。頭部の殆どを失ったア ルッシフォークにその衝撃を耐える事が出来るはずが無かった。コアを大きくへこませながら転倒する。 デスズブラザーは接触の後減速、動きを止める。衝突の後更に壁に叩き付けるなどといった愚行は自機にも負担を かける。デュライはそんなことをするほど愚かではない。 「動けっ! 動けこの!」 頭部のシステム補助を失い、アルッシフォークは混乱していた。クリムゾンの命令にも十分に対応し切れていない。 デスズブラザーはまだ仰向けになっているアルッシフォークの両脚をその太く大きな足で踏みつけた。一切の抵抗無 しにその脚はぐしゃりと潰れた。ブースターノズルが火を吹き、デスズブラザーの足の下で黒煙がくすぶる。 「このぉ!」 やっとの事で動き始めたアルッシフォークに無理矢理ブースターを全開で出力させると、即座にレーザーブレードを出 力する。 金色に輝くレーザーにはあのMOONLIGHTをも上回る破壊力が秘められている。しかしそれもレーザーだけの話 だ。アルッシフォークの左腕はデスズブラザーの伸ばしたマシンガンの銃身によって止められていた。圧倒的な重量で 押さえ込まれ、動かない。 そのままデスズブラザーはその左腕を伸ばす。そこからが三条の赤い光が伸び、破壊の熱を発散しているのが見え る。 とっさに右腕を伸ばすが赤い閃光に巻き込まれた途端蒸発し、その動きを止めることは叶わない。 クリムゾンは叫ぶ。しかしそれもすぐに静かになる。 赤い閃光はゆっくりとアルッシフォークのコアに沈み込んでいった。飴のようなドロドロとしたものを垂れ流しながら遂 にその光はコックピットにまで到達する。その瞬間、電気刺激を受けたアルッシフォークは滅茶苦茶にマニピュレーター を動かすがそれも治まった。 ライフル弾がデスズブラザーの肩ライトに命中し破壊した。しかしそれはダメージに繋がるものではない。 「そんな……」 機動力の関係上先に到着したシークは思わず目を背けたくなるような光景を見ていた。見た目にはただACが胸に大 穴を空けているだけだが、その内部のことを考えると悲惨だ。 歯を食いしばる。出来るだけ冷静であるために。 ロケットランチャーからロケット弾が発射される。既に残弾数のことは頭には無かった。連射されたそれは、初弾はデ スズブラザーに命中するもその他のロケット弾は回避することも無く外れた。狙いが定まっていない。 それを見透かしてかデスズブラザーはグレネードキャノンの発射体勢をとり、確実な攻撃を仕掛けようとしているよう だ。 ロックアラームが点滅する。シークは反射的にブースターを吹かした。ロクフォファーの機動力は圧倒的だ。狙われて いると分かっている攻撃が当たることは有り得ない。そのまま攻撃を封じようとジャミングロケットランチャーを展開す る。 しかし次の瞬間に飛び出したのはミサイルだった。たったの一基だがそれはシークの虚を突き反応が一瞬遅れる。 直前で回避することは出来たが、今度はスーパーチャージャーから熱光が放出され、漆黒の重装甲を高速で加速させ た。 殆ど反射的にシークはその直進方向を避けるようにロクフォファーを回避させる。しかしそれよりも先にミサイルが発 射された。 ミサイルは一度ロクフォファーを通り過ぎたがそれは背後で方向転換、再びロクフォファーに向かう。目視出来ていな いため回避は難しい。シークはデコイを設置するため管理火器をデコイに切り替えようとするが間に合わず二基のミサ イルが着弾した。爆発の後小型ロケットランチャーが脱落する。 それでも旋回性能で勝っていることを自分に言い聞かせ、機体をデスズブラザーを目視するために反転させる。当然 だがその先ではデスズブラザーがこちらへ旋回しているのが確認できた。当然なのだが正直また常軌を逸した動きで こちらへ反撃の隙を与えないのではないかと、内心シークは気が気ではなかった。 スナイパーライフルを発射する。薬莢が飛び出し、弾丸が命中する。しかし一切ダメージは感じられない。おまけにそ のライフル弾も残り20発を切っている。破壊には関節部分を狙わなければならないのだがそんな余裕は無い。 デスズブラザーは完全に向き返るのを待たずしてマシンガンを振り回す。掃射される弾丸を回避しようと射線を避け ると、しかし次にはミサイルが発射された。それはちょうど進行方向に向けて発射されたため機動を停止、目の前を白 煙を引きつれてミサイルが通り過ぎる。それを待たずして甲高い音。グレネード弾が発射されたのだ。回避にこそ間に 合ったが至近距離での爆発に巻き込まれ、大きく吹き飛ばされる。無脚は踏ん張ることが出来ないため体勢を大きく 崩す。 今度こそデスズブラザーはグレネードキャノンの砲身を展開、発射体勢をとる。見ればロクフォファーの無脚に搭載さ れているブースターの一基が外れ落ちている。ウェイトバランスがまだ狂っている以上回避は出来まい。 次弾が装填される重い音。しかし轟音がそれをかき消した。 オーバードブースターから爆炎を吐き出しながらオリビアがデスズブラザーに接近していた。 「お前は……!」 それに気付きデスズブラザーは立ち上がりトップアタックを回避しようとする。しかしそれをオリビアのリニアキャノンの 与える衝撃が封じ込めた。 「何故お前みたいなやつがいるんだ!」 超重量を誇るオリビアはそれが一発の弾丸のようにデスズブラザーの脇腹から激突した。脇腹に押さえ付けられてい るように変形している左腕は有り得ない方向に曲がってしまっている。 壁に押しつぶされては堪らないと、デスズブラザーは展開されたままになっているグレネードランチャーをオリビアに 押し付け発射した。二機の間に大爆発が起こりその爆風がデスズブラザーを自由にした。表面装甲が焼けるが気には しない。空中でバックブースターを吹かし一気に距離を離す。 着地。小回りの利かないオリビアは即座に方向転換は出来ず、ブースター切り旋回を始めた。そのオリビアに向かい ミサイルのロックを始める。ミサイルランチャーが鎌首もたげ、その目標をオリビアの背後に定めた。 しかし次の瞬間にはデスズブラザーは光に包まれその目標を失った。ロクフォファーの放ったジャミングロケットが命 中、付着したナノマシンが妨害電磁波を発しているのだ。正確な発射にはロックオンが不可欠なミサイル兵器はこれで ほぼ無力化する。 シークはブースターの安定しないロクフォファーを叱咤し一気にデスズブラザーに肉薄、ブレードを振う。デスズブラザ ーはその動きに反応し、バックブースターを吹かそうとするが、左肩の推進装置が爆発、それに呼応するように左腕の 肘から下が爆発と共に脱落した。もちろんその爆発で予定していた回避行動に失敗し、ロクフォファーに左腕から伸び た青い光がデスズブラザーの漆黒の装甲に赤い傷をつけた。 「やった」 あのデスズブラザーに一太刀でも浴びせることに成功したシークは歓声を上げた。しかしその顔は未だに複雑な感情 が絡み合い、苦い表情を浮かべている。 一瞬でも気が緩んだわけではない。しかしデスズブラザーがロクフォファーに接触した瞬間そのモニターにノイズが走 り、一瞬だが視界を奪われた。ナノマシンの発する妨害電磁波の影響だ。 鮮明になった映像の先に漆黒のACの姿は無かった。見失ったことを素直に認め、レーダーに目を通す。相手が相手 だ。自分よりも機械の方が信用出来そうな気がしたのだ。しかしそれよりも早く連続した衝撃がロクフォファーを叩い た。 「右!?」 その攻撃の方向から攻撃角度を予測し、機体を旋回させる。しかしそこにもデスズブラザーの姿は無く、あったのは 崩れ落ちた柱だった。 「跳弾!?」 既にレーダーのことは意識の外であった。 そのシーク、ロクフォファーの背後でデスズブラザーは冷たく赤い眼を煌かせる。そしてその砲身を背中に押し当てる と躊躇わず発射した。 爆発、その一撃で両肩のロケットランチャーが破壊される。吹き飛ばされる間も無く再びグレネード弾が着弾、炸裂し 右腕が吹き飛ぶ。そのまま硬質金属の壁にまで叩きつけられた。更にグレネード弾の砲撃を受ければ壁と爆炎に押し 潰されてしまうだろう。しかしそうはならなかった。 プラズマが照射され、それが金属製の床を一瞬で焼き払う。本来その目標であったデスズブラザーは一瞬先にその 攻撃を予測し移動していた。そのままデスズブラザーはオリビアの背後を探りながら接近を始めた。 シークは既に何も映す事の無くなったカメラを頭部のものからコアのものに切り替えた。しかしそれさえも左カメラは破 損している様でモニタ全体に映像を映す事は適わない。ディスプレイにも機体の異常を示す危険信号で一杯だ。機体 を動かそうにもフロートジャイロバランサーが破損したらしく、ディーンドライブが起動しない。僅かに左腕がばたつくだ けだ。そしてその左腕もマニピュレーターが脱落しており、レーザーブレードはその動きに合わせてがくがくと揺れ頼り ない。おそらく出力した瞬間爆発と共に脱落してしまうだろう。 「もう駄目なの?」 戦闘能力を奪われたことは元より機体を動かすことすらままならない。シークはただディスプレイに八つ当たりする事 しか出来なかった。 オリビアがリニアキャノンの砲身から高速散弾を発射する。それを左エクステンション、バックブースターが破損したこ とにより機動力の低下しているデスズブラザーは満足に回避することは出来ず、右半身を散弾の雨にさらした。しかし デスズブラザーの重装甲はそれを受け流し、ミサイルランチャーから四基のミサイルが飛び出す。 デスズブラザーのミサイルランチャーが搭載しているのは中型ミサイルだ。当然だがその火力は小型のそれを圧倒 し、この火力を集中した場合の単体に対する破壊力はグレネード弾の一撃を上回る。 オリビアはそれを受け止めようとシールドを展開させる。運動エネルギー干渉フィールドが展開され、ミサイルの衝突 による貫通力、爆発による破壊力を拡散させる。 しかしそれは全てを防御することは出来ず、すり抜けた二基のミサイルがオリビアの左肩に着弾し、エクステンション の追加装甲を吹き飛ばした。 この追加装甲はリアクティブアーマーの一種で、直接の衝撃には強いのだが、そもそもは取り付けられたものであり エクステンションポイントに対する衝撃にはどうしようも無い。 爆発したミサイルの吐き出す黒煙がシールドのエネルギーを奪うのを嫌い、シールドの出力を切ると余剰出力を攻撃 に回した。 プラズマが照射される。デスズブラザーはそれを回避しながらミサイル攻撃を続ける。そのミサイル発射の度にオリビ アの迎撃機銃が反応し、ミサイルを撃ち落さんと弾丸を撒き散らした。迎撃確率は低いがその外れた弾丸はデスズブ ラザーに対しての攻撃にさえなった。その威力は微々たるものだが。 「……くそっ」 予想発射限界回数に差し掛かったプラズマキャノンから管理火器をマシンガンに切り換え、掃射した。デスズブラザ ーはそれに反応し一度柱にその身を隠した。すかさず余裕を与えないためにその柱にリニアキャノンの砲身を向け、 発射した。高速散弾は柱を粉砕し、欠片を辺りに撒き散らす。その影にいたデスズブラザーはまるでそれを見計らって いたようにグレネードランチャーの砲身をオリビアに向け、破片が舞い落ち切るのを待たずして発射した。ムラサキは それをシールドで防御すると再びマシンガンを掃射する。 「このままじゃ埒が……」 ムラサキはオリビアのスーパーチャージャーを展開させると、無限車両のブースターノズルをフルスロットで出力す る。そのまま高速加速が始まり、デスズブラザーに接近する。更にそれを回避しようとするデスズブラザーの動きを高 速散弾で制限するとそのまま二度目のチャージを仕掛ける。 しかしデスズブラザーは高速散弾を無視して無理矢理回避する。確かに関節に大ダメージを与える高速散弾も、戦 車に轢かれるよりはマシだと言える。そのままこちらへ接近しているオリビアへグレネード弾を発射した。 大量にエネルギーを消費している最中にシールドを使用するわけにもいかず、その回避を諦めた。しかし、それはデ ュライの狙い通りだった。 吐き出された砲弾の狙いはオリビアの右手、マシンガンだった。それは狙い通り着弾、マシンガンは高熱に晒され爆 発した。装填されていた弾丸は次々と破裂し当たりに撒き散らされた。 それを持っていたオリビアは堪らない。至近距離で500発近くのマシンガンを一度に発射されたようなものだ。マニピ ュレーターの粉砕を始めに、右肩、左腕、頭部が撃ち砕かれ、コアの迎撃機銃も弾倉を撃ち抜かれ、爆発した。 コックピット内の情報受信装置は全てブラックアウトし現在の状況を把握出来ない。既に悪態を吐く余裕も無く、慣れ た手付きでコンソールを操作、既に無い頭部からのサポートを切り、コアに内蔵されているCPUに全ての機体制御を 任せ、機能を再起動された。 一度全ての機能が停止し、新たな情報を得て再び起動される。頭部のサポートが無いためそれはあまりにもゆっくり としたものだった。その間にも機体は大きく揺れ、攻撃を受けているのが分かる。そして不気味なほど静かだった。コッ クピットフレームは外界と完全に遮断されている。それが実感できたのはこれが初めてだった。 そしてオリビアは再び目を覚ます。コアに搭載されたカメラは不鮮明ながらも状況を視覚に伝えてくる。そして目の前 にはデスズブラザーがこちらを睨み、左肩キャノンの砲身を折り畳んでいる。砲弾が切れたようだ。 機体状態のチェックなど無しに管理火器をリニアキャノンに設定、砲身が伸びるのを確認し、発射した。 デスズブラザーはそれに反応し、動作の鈍っているオリビアの側面を取ろうと散弾を掠らせながら高速で接近し、マシ ンガンで反撃する。 小回りに劣るオリビアは至近距離となると不利になる。それを補うためにインサイドラッチからオービットを射出する。 小型のマシンは空中で小型ディーンドライブを作動させ動きを止めると目標を探知しビームを連射する。しかし重装甲 の前にはあまりに微力だ。デスズブラザーは気にする様子も無く至近距離でミサイルを連射した。連続した爆発がコア に炸裂し、前面装甲を吹き飛ばす。 「オリビア……。頼む。最後まで力になってくれ」 機体の危険を知らせるアラームを無視し、再び管理火器をリニアキャノンに切り換え、ロックを待たずして床に向け発 射した。 先程の発射は攻撃のためのものではない。言わばデスズブラザーのまね、「誘い」だ。 床で跳弾した硬質弾丸が散弾であることも含めあちこちに散らばる。それがデスズブラザーの目の前に弾丸のカーテ ンを作り、一時的に視界を遮る役割を果たす。それを嫌いデスズブラザーはカーテンから距離をとるが、途端何かが落 下しデスズブラザーに命中、爆発した。 それはオービットだった。先程の跳弾した弾丸が跳ね上がった際にオービットを撃ち抜き、さながら時限機雷のように 落下したのだ。 ムラサキにとってはそのオービットが命中したのは出来すぎだった。少しでも気を引くことができれば十分のつもりだ ったが、これは勝機だ。オービット内に装填されていた燃料が火を吹き、デスズブラザーの視界を奪っている。 ムラサキは天に全てを任せることにした。管理火器を予想発射限界回数に達しているプラズマキャノンに切り換えそ の砲身を真っ直ぐ燃え上がるデスズブラザーに向ける。するとプラズマキャノンのプラズマ加速装置が音を立てて起動 する。運の勝利だ。 「喜んでくれ、クリムゾン」 そう呟き、トリガーにかけた指に力を込めた、がその力は急激に失われた。そして遂にはその両腕は操縦桿から離 れ、重力には従いだらりと地を向いた。 「こんな時に!」 彼は叫んだ。そして既に自分のものでなくなってしまっている両腕に力を込めようとするがいつもと同じだ。 まるで拒んでいるように。 デスズブラザーの耳には彼の叫びは届かない。届いたところで手を緩めることがあるはずは無いのだ。 燃える機体をゆっくりとオリビアに近づけ、そのマシンガンの銃身を迎撃機銃を破壊され空洞になっている部分に差し 込んだ。その銃身の先にはムラサキのいるコックピットフレームが、まるで母体に眠る胎児のように埋もれている。そし てその胎児を破壊すべくマシンガンが火を吹いた。 連続した炸裂音、それと同じ数だけ薬莢が飛び出し金属音を響かせる。弾丸が着弾し金属の潰れる音、破裂する音 がそれを追い、最後に何か生き物の叫び声のようなものを最後に静寂が訪れた。 ゆっくりとデスズブラザーがマシンガンの銃身を引き抜いた。その先端は僅かに赤い。それは金属が焼けたものなの か、それとも別のものなのか。薄暗がりの中、判断は難しい。 ぎらつくその赤い眼が身動きの取れないロクフォファーを捉えた。コアは原形を留め、中身のカゴに閉じ込められた烏 は生きている可能性が高い。ゆっくりとその脚をロクフォファーに向かわせる。 デュライは理解していた。今回のトラブルの原因はこのロクフォファーだ。これはレイヴンという業を背負った同じ存在 であるというのに復讐などという下らないことを仕掛けた。次にまたこんなことの無いように殺さなければならない。 そしてシークもその事を理解していた。きっとあのグレネードランチャーには後一発、グレネード弾が残されているに 違い無いのだ。 デスズブラザーが目の前にロクフォファーをその赤い眼で見下す。押し潰されそうな威圧感がシークをシートに縛り上 げた。そしてその砲身がゆっくりと下ろされ、ロクフォファーを前にぴたりと定まった。後はこの砲身から死が吐き出され るだけだ。 シークは諦めた。もうどうしようも無い。相手は死神。聞いただけで勝ち目を感じることが出来ない。この間会った男 の言う通りに下手に物事に首を突っ込むべきではなかったのだろうか。 復讐。少なくとも自分でするべき事。彼らを巻き込むべきではなかった。グレイはしばらくすれば来る回収部隊が無事 に救出してくれるだろう。彼女は生きているからだ。きっと皆が死んでしまったことに心を痛めるだろうが生きてくれてい ると思うだけでシークの心は楽になった。最後まで身勝手この上ない事だが、そう思うしか無い。 ただ、モニターを見つめる。覚悟が出来てしまえば恐怖は治まってしまうものなのだろう。彼女はただ、その時が来る のを待った。 しかし次の瞬間には無気力なものであったシークの瞳は大きく開かれ、恐怖でいっぱいになった。モニターに映るデ スズブラザーの向こう、そこには半身を持ち上げミサイルランチャーをデスズブラザーに向けるロードライナーの瀕死の 姿があった。 「止めて! 逃げて!」 その叫びよりも先にデスズブラザーは動いた。ロードライナーから発射された多弾頭ミサイルを無視して今までロクフ ォファーに向けていたグレネードランチャーの砲身を真っ直ぐにロードライナーに向ける。 シークは滅茶苦茶に操縦桿を動かしコンソールを叩いた。しかし左腕が大袈裟に動いただけだった。その途中レー ザーブレードがコードを引き出しながらズルズルと外れ落ちた。 「グレイ!」 甲高い音と共に砲弾が吐き出される。それは真っ直ぐコアと脚部の接続部分、腰アタッチメントに着弾し、爆発。コア は脚部と千切り離され、宙を舞った。そしてそのアタッチメント部分は火を吹いており、その火はジェネレーターに直結 する背骨を思わせる太いノズルに着火、次の瞬間には大爆発を起こし、コアは四散した。パイロットの生存は絶望だ。 シークはその光景を見ていることしか出来なかった。 ゆっくりと時が過ぎる。彼女の目に映るものは既に風景に過ぎない。光子の粒の集合、意味を持たない色の組み合 わせだ。 そこに音と振動が加わる。そして黒い影、赤い眼。それらはすべて一つに組み合わさり、巨人の姿を作り出した。そ の巨人の右手から鋭い光が発せられる。それのもたらした衝撃でシークは正気を取り戻した。 それはマシンガンの発砲によるものだった。続け様の衝撃にロクフォファーは跳ね飛ばされ、強く壁に叩きつけられ た。しかしそれは装甲を数枚弾き飛ばすだけのもので致命傷ではない。しかしマシンガンは沈黙し、銃身からはより静 かに硝煙がたなびく。 『運の良い奴だ』 しばらくして外部音声から声が飛び出した。それは低い男の声で、そして聞き覚えのあるものだった。そして憎むべき レイヴン、デュライの声だ。 デスズブラザーは左腕こそ無くなっているがそれ以外はまだ綺麗なものだった。重装甲であることに加え高い回避能 力を兼ね備えているのだから当然だ。弾薬を補給すればまだ十分戦えるだろう。漆黒のまま、塗装の剥げていない装 甲がそれを物語っていた。 『いや、こういうのはどうだ? 手前がこれから何度俺に仕掛けてきても俺はお前を殺さん。ただしお前に関わった奴は みんな殺す。だがお前は殺さん。何度仕掛けて来てもだ。お前は殺さん。だがお前以外はみんな殺す。どうだ? 気に 入ったか? 』 外部音声によって伝えられるその声は沈黙に消えていく。 『お前は俺の相棒と同じ死神ってわけだ。傑作だな』 まったく調子の変わらない低い声。彼女はこの声の主を知っている。名前だけではなく、その顔も。 彼女は何も言えなかった。全くの無力だった。あらゆる意味での力を奪われ、言葉を出す力も言葉を紡ぎ出す思考力 さえも残っていない。 しばらくしてデスズブラザーは動き出した。ブースターを使った軽快な動きはその場に一切の余韻を残すことは無かっ た。 老人はいつものようにそこに座っていた。 地下都市には珍しい昼と夜があるバー。朝はクローズ、昼はカフェ、そして夜はバー。時間帯を気にしない地下都市 の人間にとっては随分と新鮮だろう。24時間営業が当たり前な地下都市の商店の中、珍しいことには違いない。 そしてこの老人はいつもここに座っている。朝、このバーが閉まっている時以外。この店の人間ではないのだ。 しかし老人はいつもの席でいつものように座って、新聞紙を広げている。そして時には携帯端末を参照し、時には金 を受け取り情報を売る。 どんな掟知らずも自然とこの席に座ろうとしない。言ってみればここは聖域であり、座れば必ず不安に襲われる。そう 言うものなのだ。 今はカフェの時間帯だ。酒を飲む者はいない。老人の手元にはブラックのコーヒーが波紋を浮かべている。彼は口に 咥えていた短くなった煙草をクリスタルの灰皿に押し付けると、足元に置かれていた鞄の中からノート型の携帯端末を 取り出すとカウンターに乗せて電源を入れた。 折り畳んだ新聞紙を端末の下にひく。この方が熱をよく吸収し端末に負担をかけない。彼は誰に教えられることも無く それを知っていた。 「なあ、あんた」 オーナーが老人に負けず劣らず深く刻み込んだ皺を動かしながら老人に話し掛けた。 老人の名を知る者は一人もいない。ただ、情報屋であり、老人であり、あんた、てめえ、お前、じじい、だ。しかしそれ で不自由する者は一人もいない。 老人は返事もせずにオーナーの顔を見るだけだ。しかしそれが返事だ。そう言うものなのだ。 「こいつ試してくれよ。新しいメニューだ」 オーナーはそう言ってその太く毛深い腕で大きな白い皿を差し出した。その上には香ばしい臭いを放つ平たいもの、 ピザが載っていた。半径約30センチの皿いっぱいに載せられ、チーズが強い臭いを放ち、トマトソースの上に乗った薄 切りのピーマンがアクセントになっている。 老人はそれを受け取るとゆっくりとカウンターの上に置いた。結構な重さのはずだが老人はそれを気にする様子は無 い。 「俺らにもくれよー」 その様子を見ていた若い少年の集まりが不満そうにそんなことを言いながらカードを配っていた。しかし彼らも老人が どんな立場か知っているので本気でそんなことを言っているわけではない。 「黙れ。不良どもが」 オーナーはそれを軽くあしらう。 「ピザは初めてだな。いくらにする気だ?」 老人はその既に切れ目がついているピザの一切れを持ち上げながら低い声で呟いた。ピザとしてはスタンダードな作 りでクセは無さそうだ。 「一応そいつで6ドルの予定だ。ポルゴじいさんのリクエストでな」 オーナーの言葉に老人はほう、と曖昧な返事をしてから垂れそうなほど溶けているチーズも含めて一口で食べてしま った。そしてゆっくりと咀嚼して飲み下し、コーヒーで口の中の甘味を流し込んだ。 「さすがだ。だが6ドルはどうだろうな。5ドル50がいいところだ」 そしてそう言い、もう一口食べて携帯端末のコンソールを叩いた。 「あんたには敵わんな。ご忠告はありがたく受け取っておく」 オーナーは肩を竦める。それはどういう意味が含まれているのか、知ろうとする者はいない。 老人は再びピザの甘味をコーヒーで流し込みながら、ネットワーク上から新たな情報を片目で流しながら端末に記憶 させていった。その途中、ふと老人はある事が気になった。 シークネイルというレイヴンのその後。レイヴンではない彼にそれを知る方法は限られている。とりあえずオールドザ ムアリーナのランキングに目を通してみる事にした。アドレスを入力し、指定検索が開始される。 老人はその間ピザに手を伸ばしたがそれを止め、コーヒーカップに手をかけた。 甘すぎる。 今となってはそう感じた。まあどうでも良いのだが。 携帯端末の液晶画面には無愛想な文字の羅列がごったしていた。彼はその中からオールドザムアリーナのランキン グを指定するとその内容に目を通す。 シークネイルの名は無い。 ロクフォファーの名は無い。 何度も繰り返し見る。 しかしやはり無い。 老人はピザを手にとり一口で口の中に押し込んだ。やはり甘すぎるような気がしてならないのだ。 AC デスズブラザー RAVEN デュライ
実験的に頭部を新型の重装甲型に換装された仕様。それ以外は標準の仕様に極めて近い。だが重量増加に伴いジ ェネレーターとラジエーターが幾分か弱体化している。またデコイの装弾数も少なくなり、防衛能力が劣ってしまってい る。それでも装甲強化に伴いデスズブラザーはより純粋な戦闘に特化する事になる。 AC ロクフォファー RAVEN シークネイル
標準仕様。デスズブラザーとはその純粋な戦闘能力に大きな開きがあり、敵う筈も無かった。 AC オリビア RAVEN ムラサキ
圧倒的な重装甲、耐久性を誇る超重量無限車両。並みの火力では進撃を止める事さえ出来ず、踏み潰される。 武装も優秀なものが選択され、万が一に備え装弾数に優れるマシンガンまでも搭載し継続戦闘能力は他の追随を許 さないものである。FCSも極めて優秀で確実に適を追い詰める事が出来、機動力に勝る相手にもインサイドラッチのオ ービットによる牽制が可能である。 頭部を破壊されるも後少しまでデスズブラザーを追い詰めるがムラサキの後遺症により行動不能となり、コックピット フレームを撃ち砕かれた。 ちなみにオリビアとは彼が火星に上る前に病死してしまった妻の名前である。 AC ロードライナー RAVEN グレイ
瞬間火力に特化した軽量逆関節機体。扱いが簡単で、高級ながらも使いやすいパーツで構成されている。搭乗者で あるグレイはレイヴンとしては未熟そのものであるため、アセンブルはムラサキが行っている。 武装は殺傷をなるだけ感じる事の無いように考慮されており、また装弾数を少なくする事により逸早く戦場から離脱 するように仕組まれている。それでも追加弾倉が搭載されているのは防衛を考慮しているからであろう。 最後はロクフォファーを守るためにデスズブラザーに攻撃を仕掛けたが完全に破壊された。 AC アルッシフォーク RAVEN クリムゾン
アリーナでよく見る事の出来る近接戦闘を重視した軽量二脚AC。武装を相手の動きを封じ込めるハンドガンと高出 力ブレード、近距離で確実に目標を捉えるレーダーユニットに絞り込み、上半身を装甲で固めている。 ブレードの一太刀を浴びせる事も無くデスズブラザーにコックピットフレームを蒸発させられた。 |