第五話 風が吹けば… 「結構遠いね」 三度目になる信号につかまりロジャーはバイクを停止させた。その後ろではジーノが拗ねたような顔でずっと口を閉じ ている。 ガレージを出て五分ほど経っているがまだ着かない。そもそも戦闘兵器であるACを置いているガレージと人が多く集 まる学校を近くに設置するわけも無いのだが。 「ジーノちゃんって何歳?」 「……青になったよ」 ジーノは突然に質問に答えようともせずにロジャーを急がせた。 「あ、ほんと」 ロジャーはバイクを再発進させた。通勤ラッシュのため交通量が多い。 ネオアイザック所属都市・カウヘレン。 地下都市から地上への移住の第一歩となった大都市ネオアイザックに所属している比較的大きい都市である。ネオ アイザック所属都市の中でも食品製造の分野でめざましい成長を見せている。ジオ・マトリクス社という手強いライバル も存在するが,文化に根ざした品質作りが低価格をウリにしているジオ製品に比べ一般家庭に受けているのが現在の 状況である。 ジオ・マトリクス社とは,地球,火星共にもっとも大きな勢力をもつ企業体である。兵器開発、食品開発など,あらゆる 分野で影響力を持っている。旧ムラクモ系に属し,『火星テラフォーミング計画』の発掘をきっかけに大きな成長を遂 げ,現在も旧ムラクモ・ミレニアム社の研究成果の発掘を続けている。 「あ,コヨミ」 ジーノが見覚えのある顔を見つけたようだ。しかし、ロジャーからではそれが誰であるかは判断出来ない。とりあえず 速度を落し確認を取る。 「お友達?ここで止める?」 「うん」 ロジャーは歩道にバイクを寄せ,停止させた。ジーノはヘルメットを脱ぎ,おそらく追い越したであろう友人を探してい る。その近くを歩く人々と比べると随分と背が低い。 「ジーノちゃん。今日は雨降るからこれ持ってきなよ」 ロジャーはバイクに取り付けられていた折り畳み傘をジーノに渡した。折り畳み傘にしては大きすぎるサイズだ。広げ るとどのくらいの大きさになるのだろう。 「なに言ってんのよ。こんなに晴れてるじゃん」 ジーノの言う通り空には雲の一つ無いさわやかな青空が広がっていた。天気予報で雨が降るとでも言われない限り 雨が降るなんて信じられない。 「まあまあ,折りたたみだし降らなくても大丈夫だって。じゃあ,お勉強頑張ってね」 それでもロジャーはいつもの笑顔で言う。ロジャーはジーノの差し出した傘の代わりにヘルメットを受け取ると、きた道 を戻っていった。ロジャーの大型バイクのマフラーにつけられたこれもまた大型のサイレンサーがその疾走を静かにし ていた。 「ジーノ。あの人誰?」 コヨミと言うらしいジーノの友人が声をかけた。いきなり友人が見知らぬ男にバイクで送られてきたら気になって当然 だろう。 「家で世話してるバカガラス」 「カラス?」 「カラス」 ジーノは傘を鞄に入れると,早足で学校に向かった。 「おいおい。オメェがこんなにやられるなんて珍しいじゃねぇかよ?」 ツンツンしたモヒカンの男が白いACを見上げながら言った。いかにもレイヴン、といった風貌をしている。その言葉通 り,背中には本来二本ある電極の片方が無く,装甲部分も本来の純白である部分は残っていない。左腕部分はもっと もひどくシールドで防げなかった弾丸を何発もくらい内部機構が剥き出しになっており、シールドは原型を留めていなか った。 「ACはデスズブラザーと言うらしい。レイヴンネームは…デュライ…か」 白髪の少年は携帯ナーヴを操作しながら答えた。モヒカンの男とは違い、こちらは全くレイヴンとは思えない容姿だ。 暗い倉庫の中でその白髪はいっそう白く見える。 「デュライ?知らねぇな。強いのか?」 少年はその質問に答えず、自分のACを親指で指した。見れば分かるだろう、と言う事だろう。 「そうかい。俺も戦って見てぇな」 「殺されるぞ」 「あぁ?俺はテメェより弱いって言いてぇのかよ!」 モヒカンの男は少年の胸倉をつかみ、殴りかからんと拳を振り上げた。 「止めよ、<ユニオンジャック>」 見かねてリーダー格と思われる男が止めた。かつて東に存在した国の伝統的衣装を着ており、黒い長髪を後ろでま とめていた。その腰には「カタナ」と言われる長剣が掛けられている。 「仲たがいしている時ではないでござろう?」 「チッ」 細く鋭い眼光に押され、ユニオンジャックと言われた男は手をはなした。それでも少年を睨みつけたまま今にも殴りか からんとしている。 「それに<ナイツ>。お前の任務もあくまで情報の伝達でござった。伝達先が無くなった以上引き上げるべきで在ったも のを、それを戦闘までするとはどういう事でござるか?」 「……あれは僕も軽率だった。言い訳をするつもりは無い」 ナイツは携帯ナーヴから目を離すことなく答えた。最初からユニオンジャックの事は気にはしていないようだ。 「それとナイツ。そのデュライと言う者、お前と同じプラスでござったか?」 「いや、僕には感じるところは無かった」 そうか、と少し考える。 「つまり、プラスに在らずプラスと渡り合ったと言う事でござるな。少なくてもその可能性は在る。異論は在るか?」 「いや」 その実に丁寧な言葉にナイツは小さく返事をする。 「そうか。ぜひ我々の力となって欲しいものでござるな」 「無駄だ」 「無駄?何故そうのように申す?」 今までとは違いはっきりとした意思が伺えるその言葉に男は興味深げに聞いた。 「デュライという奴は僕がプラスと知った後も少しも怯むことなく戦い続けた。まるで自分が負けるわけないと信じている 様にな。そんな奴が他とつるむと思うか?」 「つまり、自分と似ていると言いたいのでござろう。だからこそ任務を無視し戦った。まあ、良い。その言葉も十分留意す るが出来れば協力もして欲しい。今は答を出す必要は無いでござる」 「……わかった。言われた事はこなす」 ナイツはそれ以上なにも言わない。とりあえずこの場を治め、安心したように男は溜息をする。 「リーダーは大変ッスね、<ツルギ>さん」 コミックを読みながら寝そべっている青年が冷やかす様に言った。忘れていたと男は青年に答える。 「<ミニッツスター>、そう思うならお主も少しは手伝うでござるよ」 「俺は別にどうでもいいッスよ」 無気力な返事がむしろツルギを心配させた。 「拙者にこのチームをまとめる事が出来るのだろうか……」 レイヴンとは変わり者が多い。しかもここのいる全員がそうだ。ツルギがそれを理解するのに時間はかからなかっ た。 そして、もう一度溜息をする。 「カラーリングってどれぐらいかかるんですか?」 ロジャーは自分のACを見上げながら聞いた。前回の報酬を考えれば事足りるだろうと踏んだ のである。しかし,バ ーメンタイドの口から出た言葉はロジャーを絶句させるに足るものだった。 「50コームだ」 「へっ?」 それはつまり最初の状態でも色が塗れたという事だった。 「なんで言ってくれなかったんですか」 「聞かないからだよ。アセンブリシミュレーターを使え。そいつでいろいろ試してこい。気に入ったら後はこっちの仕事 だ」 「はい」 ロジャーはアセンブリシミュレーターに向かった。アセンブリシミュレーターと言ってもカラーリングの時以外これを使用 するレイヴンは少ないらしい。殆どの場合ACのパーツを何に換装するか言うだけのようだ。よってこれを使用するのは ロジャーのような初心者だけと言える。 ロジャーは赤を基調に白、黄を足して見た。元々こういうのは好きで最初に持っていたイメージとぴったり一致した。 「親方。こいつでお願いします」 「少し派手じゃねぇか?」 いわゆるヒーロー色に塗られた画面上のACを見てバーメンタイドは呆れたように言った。 「いいんですよ」 「まあいいけどよ。おーい仕事だー」 その言葉に話をしていた整備士達が一斉に動き出した。やはり彼らもプロなのだろう。 「じゃあ、俺も仕事探さなくちゃな。親方、お願いしますね」 「おう」 ロジャーは自分のバックの中から端末を取り出した。その途中で大量の衣服が出てきて、初めて自分がパイロットス ーツのままだという事に気付いた。 「いいけどね」 特に気にする事も無く端末をミッションルームに繋げる。さあ、どうだ。 「三つ!俺もここまで来たか!」 一つしか増えていない事に気付きもせず依頼内容を観覧する。しかし、確かにレベルは上がっているようで、報酬も2 5000コーム、30000コーム、40000コームと、この前の40000コームは特例として確実に上がっていた。 <夜間施設警護>、<輸送車両襲撃>、<機密物資破壊>。ん〜、<襲撃>ってのはパス。<警護>ね。25000 コーム。どんなだろ。 client バレーナ 『我が社のラッケルン研究施設の周辺をインディーズの部隊が移動する事がわかりました。目標は他にあるようですが 念のための警備をお願いします。警備期間は本日の20:00から明日の6:00までとします。つきましては…』 夜は勘弁してください。それについでだからきっと大丈夫だよな。えっと<物資破壊>。40000コーム。これはよく分 からないな。 client エムロード 『本日、我が社の輸送航空機がザクークツ砂漠地帯に墜落した。墜落の原因はどうやら航空機自体の欠陥のようだ。 その航空機には比較的極秘の資料が積んでおり、他企業にわたってしまうのはこちらとしては困る。そこで航空機を内 部の物資ごと破壊してもらいたい。もしも、他企業の勢力を確認した場合は一機たりとも逃すな。全て破壊しろ。回収す る必要はない。しっかりとやってくれ』 「イエスっと。親方―!これ終わるのに後どのくらいかかりますー!換装したいんですけどー!」 それを聞いてバーメンタイドは呆れたような顔をした。こいつはどこまでバカなんだ。 「馬鹿野郎!換装するなら色塗る前に言え!一時間待ってな!」 消火栓のような物で塗料を吹きつけているが、ACの大きさを考えるとしょうがないとしか言えない。時間的には急い でいるわけではないのだが。 「どうしようかなぁ〜」 急ピッチで進む作業をBGMにロジャーはカタログを広げた。 「じゃあ、今日はじっとしてろか?」 「俺は医者だからな。患者が誰でもそう言うさ。問題はお前のタフさだがな」 俺は両腕と所々を包帯で巻いていた。軽い火傷だ。洞窟からの脱出でオーバードブーストを連発したのが原因だ。常 人だったら手術するほどの火傷だったそうだが、しかし俺の体はどこまで頑丈なんだかな。 「もう一度言うが今日一日ぐらいは安静にしていろ。体が頑丈といっても傷口から病原菌が入るかもしれん」 「それは医者として言ってるのか?知人としてか?」 「医者としてだ」 なるほど、分かりやすい。しかし俺にはもう一度聞く事があった。 「俺をここに呼んだのはそんな事を言うためじゃねぇだろ。あの女の事が何かわかったか?」 「それの事だが、医者の情報網じゃ無理だ。とりあえずその女をレイヴンと仮定して探させているがなにも出て来ないら しい」 使えねぇな。医者の情報網は。といってもこっちが頼んだ情報屋の類も何もつかめなかったそうだ。よほどの秘密主 義なのか、あの女は。 「そうか、残念だ。じゃあ俺は帰るよ」 「待てよ、お前をここに呼んだのはそんな実りの無い話を聞かせるためじゃない」 特に慌てる様子も無く俺を止めた。このあたりはさすが肝が座っている。 「今度は実りのある話なんだろうな」 「いや、そう言うわけでもなんだがな」 俺がニコライを殴る前に部屋にノック音が響く。 「失礼します。先生、レントゲンのファイルをお持ちしました」 そのドアからどうやら看護婦が入って来た。そしてニコライの目付きが変わるのを俺は見逃さなかった。 「ありがとう。どうかな、今夜食事でも」 いきなり何言ってやがるんだこいつは。だから長続きしないんじゃないか? 「ニコライ、さっさと言いたい事を言え。じゃねぇと俺が誘っちまうぞ」 「分かったよ。済まないけどこの話はまた後で」 名残惜しそうに部屋を出ていく看護婦を見送るニコライ。本当に名残惜しそうだから面白い。 「で、レントゲンがなんとかかんとか言ってたな。俺の体のことか?」 「ああ、まあそうだな」 そう言ってレントゲンを蛍光板に貼り付け明りをつけた。どうやら俺の頭蓋骨だな。 「昨日偶然見つけたんだがな、この即頭部の部分だ。分かるか?」 ニコライの指さした部分に微妙だが黒い影の線になっている部分がある。 「この影になってる部分か?どうゆうことだ」 「この部分は昔空洞になっていてそれが自然治癒で塞がったものだ。ごく小さいものだがデュ ライは手術とかは受け たことは無いんだろ?」 「ああ」 あくまで俺の記憶の範囲内ではな。 「じゃあ、これはお前が記憶を失う前に出来たものである可能性は高い。どうしてこんな空洞が出来たのかは判断しか ねるが、それだけでも伝えておこうと思ってな」 しかし見れば見るほど小さい空洞だ。コンピューターを取り外したとしても小さい。例えば光ファイバーのようなものを 通すことなら出来るだろうか。しかし、そんなことをしてどうなる? 「なにか思い当たることはあるか」 「無いな」 つーか、何のためのものだか思いつきもしない。 「どうだ、デュライ。今後のために一度開いて見ないか?」 「しゃれになってねぇよ。俺はずらかる。またな」 こいつが変な気を起こす前に俺は帰ることにした。いや、もう起こしてるか。 今この下はどうなっているのだろう。 ロジャーはACに乗りながらAC輸送用航空機で目的地に向かっていた。意外なほど揺れは 少ないが、やはり今どこ にいるのか分からないというのは気分がいいものではない。 ザクークツ砂漠。 かつては湖が存在し、森林が緑色を放っていたらしい。しかし、今ではそれらが疑わしいほどに枯れきった砂が広が るばかりである。大破壊と呼ばれる地上最後の戦争がかつての自然の姿をこうも変えてしまったのだろうか。 ロジャーはそれを目で見ることも無くコックピット内でマニュアルを読んでいた。 『レイヴン。目的地に到着した。出撃してくれ』 「あ、はい!」 突然なので上擦った声で返事してしまったロジャーはマニュアルを閉じて操縦桿を握る。目の前の開閉口が開き、砂 漠の砂の放つ煌きにロジャーは目を細めた。 「出撃します」 ブーストダッシュで一気に航空機から降り立った。思ったよりも高い。時折ブースターを吹かしながら落下速度を和ら げ、着地する。あれだろうか。ずっと離れた所になにやら岩とは違う塊がある。ロジャーはブーストを吹かし、その塊へ とフエーリアエを急がせた。レーダーに敵影が映ることはない。 着地の後もかなりの距離を滑走したようだ。砂漠の砂に引きずったような跡が残っており、その先には目標である輸 送航空機が、破壊の必要も無いのではないかというぐらいボロボロの状態でたたずんでいた。これでは生存者は望め ないだろう。それでも破壊が今回のノルマである以上こなさなくてはならない。 「すみません。誰か応答してください。俺はこれからこの航空機を破壊します。生きている方がいれば返事をしてくださ い」 外部音声をオンにして呼びかける。応答が返ることはない。どうしようかとロジャーが迷っていると、レーダーが自機に 迫る赤い点を捉えた。 「ミサイル!」 さすがに感の鋭くなっていたロジャーはフエーリアエを後退させてそれをかわす。後退したフエーリアエのすぐ目前を 中型ミサイルが飛び去っていった。すぐに機体を旋廻させて敵と相対する。前方に点が一つ、砂漠の白い色とは別の 色を放つ何かがいる。さすがに距離が離れて過ぎていてはっきりしない。 『ACを確認しました。<セーゼカ>です。ネオアイザックアリーナ60位。標準武装は特殊腕中型ミサイルランチャー、 ツインヘヴィチェーンガン。重量逆関節タイプです』 新たに取り付けられた頭部パーツの高性能コンピュータが敵の詳細を教えてくれた。しかし、アリーナというのは通常 100人のレイヴンで構成される。つまり敵はそのアリーナでも中堅程度の実力を持っていることになる。少なくともレイ ヴンとしてのキャリアはロジャーを圧倒している。 『へっ!殆ど基本体かい。楽な仕事だ。今にぼろ雑巾してやるよ』 セーゼカのパイロット<メイテンヘイデン>は実力派のレイヴンだった。類希なセンスを持っており、現在のランクに ついたのも通常よりも早くかった。その強さから「強すぎる卑怯者」と仇名され、上位レイヴンさえ恐怖させる存在にまで なっていた。 『レイヴン。ACがいては回収は出来ない。そのACを破壊しろ』 航空機からロジャーに通信が入った。その言葉は冷静そのものだがロジャーは返事が出来る状態ではなかった。 続々飛んでくるミサイルを回避するので精一杯で、とてもそんな余裕はない。 それでもフエーリアエも頭部を軽量ながら高い情報処理能力、バランス制御能力を持つ<ZHD−2000/SV>に、 さらにレーダーを小型ロケットを発射できる<ZWL−S/60>に換装されていた。一応中量級に属するが機体構成上 高い機動力を持っていたが、装甲が薄く、中型ミサイルはそれを破壊するに十分の威力を持っていた。 「とりあえず接近すればなんとか…」 ロジャーはミサイルをかいくぐりながら接近を試みる。時折ミサイルが命中したが致命傷ではない。ライフルで牽制し ながら一気に距離を詰める。しかし、ミサイルの白煙の先でセーゼカは膝を曲げ肩に背負ったツインヘヴィチェーンガ ンを構えていた。 チェーンガンもキャノン兵器に分類される火器である。チェーンガンは弾丸を高速で連続発射する兵器で、コックピッ トに与える影響は少ない。しかし、連続発射するには弾丸は大型で、二脚類のACが発射すると大きく目標から外れて しまい使いものにならず、他のキャノン兵器同様構えることが必要であった。 ダガガガガガガガガ…… 二本の砲門から凄まじい勢いで弾丸が吐き出され、フエーリアエの装甲が弾丸の雨にさらされ発射音と規則正しく音 をたてる。ミサイルをやっとくぐりぬけた後であったため、接近戦を挑もうとしたロジャーはそれをかわすことができなか った。回り込もうにも、逆関節特有の旋廻スピードがそれを阻む。 「まずっ……」 どうしようもなくなったロジャーは機体を後退させ、ヘヴィチェーンガンの射程外に逃げたが、それを見透かしたように ミサイルが追撃してくる。メイテンヘイデンの罠。ミサイルを連発されるとどうしても接近したくなる心理が働くが、メイテ ンヘイデンはそれを利用していくつもの戦場を勝ち延びてきたのだ。 ドガァアン 衝撃がコックピットを揺らす。中型ミサイルがコア部分に直撃したのだ。その衝撃を歯を食いしばり耐え、負けじとミサ イルで反撃する。しかし、それはエクステンションに装備された迎撃ミサイルで撃墜された。ミサイルは効かない、この 距離でロケットは命中するものじゃない、ライフルは射程外だ、ブレードを振った日には蜂の巣にされる…。袋小路にな っているロジャーは攻撃を回避することしか出来ない。時折距離を詰めようものならヘヴィチェーンガンが牙をむく。 『思ったより粘りやがる。こいつで一気に勝負を決めてやるよ』 ミサイルの残弾が少なくなったメイテンヘイデンは痺れを切らし、自ら距離を詰めヘヴィチェーンガンを発射させた。ま だミサイルを警戒しているロジャーはライフルで応戦しながら回避を続けるしかなかった。メイテンヘイデンはそのライフ ル弾を気にも止めることなく連射を続ける。この火力の前にライフルなど豆鉄砲にも等しいからだ。 『オラオラオラ、こいつをかわし切れると思うなよ』 フエーリアエはサイトの中でライフルを撃ちながらウロウロしているだけで、もはや風前の灯と言えた。しかし、そんな 状況が約十秒ほど続いたところでメイテンヘイデンは異常に気付いた。攻撃の命中を知らせるHIT表示が点滅してい ないのだ。 『こいつ、全部かわしてやがるのか?!』 しかも逆にライフルを受け続けていたセーゼカの装甲はすでに無事とは言えなくなっていた。特殊腕と言われる火器 はその性質上殆ど装甲を施すことが出来ず、またセーゼカは重武装を施すためそのコアは装甲の薄い軽量コアになっ ていたため、軽量ACと比べてもさらに装甲が薄い組み合わせとなっていた。 「よし、だんだん見えてきた」 ロジャーはすでに機銃の一つ一つを確認できるほどにその動きに慣れていた。通常ならパニックを起こしてしまうよう な状況でも神経を研ぎ澄まし、ヘヴィチェーンガンのクセ、いやメイテンヘイデンのクセを見ぬいたのだ。彼は射撃の軌 道修正を全てFCSに任せてしまい、微妙な左右の動きに対応しきれていないのだ。肩に装備された砲身は上下には 動いても左右に動くものではないのだ。それゆえ、機体をフエーリアエと向かい合わせようとはしても、正面に捉えるこ とをしなかったメイテンヘイデンの攻撃は、高機動を誇るフエーリアエに命中することは無かったのだ。 カラカラカラ…… ツインヘヴィチェーンガンが空回りする。 『弾切れ?!』 驚愕しながらもミサイルを発射しながら距離を離す。しかし,フエーリアエはそれに合わせた様にオーバードブーストで 急接近し、ミサイルを受けながらもブレードを薙いだ。 ミサイル発射火器である右腕が宙を舞う。ブレードが触れた部分が熱を帯び、搭載されているミサイルが次々と爆発 した。体勢を立て直したセーゼカはそれでも攻撃を続けるが、すでに至近距離、ミサイルは通り過ぎていくだけで、全く 役に立たない。もう一度ブレードを振るとそれが先程のライフルにより装甲が弱くなっていた右脚を両断した。 倒れこむセーゼカ。しかし、オーバードブーストを開始し、機体を引きずりながら一気に領域を離脱していった。 『畜生!なんなんだあいつは!』 初めての敗北、しかも殆ど基本機体の新人に負けた。彼はどうしようもない怒りにまかせ、減りゆくコンデンサ容量を 気にせず機体を加速させていった。 『レイヴン。敵ACが戦闘領域を離脱した。目標を破壊して帰艦してくれ』 その通信と同時に輸送航空機が降下してきた。 「あ、ちょっと待ってください」 ロジャーの目にはボロボロになった航空機の周りで手を振る人物の姿がはっきりと見えた。 「すみません。俺の勝手で荷物壊しちゃって」 栗色の髪の青年は奇跡的に助かった乗組員の頭を下げていた。助かったのは彼だけでなく、他にも重傷の者も含め て三名の無事が確認されている。着地したのが柔らかい砂漠であったのがよかったようだ。 「言うな。無事を確認しようとしてくれた分、こっちが礼を言いたいぐらいだ」 「そんな、お礼だなんて。あ、他の方は大丈夫ですか?」 「ああ、命に別状は無いそうだ」 「よかったぁ」 やっとホッとしたような顔をする。不思議な奴だ……。彼は素直にそう思った。彼はレイヴンに会ったのは始めてでは なかったが、少なくともこの青年のような者に会ったことはない。いや、それはレイヴンでなくとも滅多にいそうに無かっ た。 「荷物も他に渡ると困るがそれ自体はそんなに大事な物じゃないしな」 「そうですか」 その言葉を言い終わると、機内が揺れだした。 『間も無く着地する。全ての乗組員は着地に備えろ』 機内に女性の声が響く。 「じゃあ、俺、ACのとこに戻ります」 青年はそう言って歩き出した。屈託の無い笑顔が印象的だった。 雨音がしている。そろそろ夏なのだろう、雨が降っているというのに蒸し暑い。ガレージの中もフエーリアエが運ばれ てきたが作業は行われていない。整備士達もだるそうに座りこんでいた。静かだった。 バーメンタイドは椅子に寄り掛かりながらハンガーに支えられているフエーリアエを見上げていた。しかし、なんとまあ ボロボロにしてくれた。塗ったばかりの塗装は所々剥げ、ミサイルが命中したであろう場所は黒鉛がへばりついてい た。さらに到る所がペコペコにへこんでおり、機銃を食らい続けていたと分かる。 「ACと戦ったんだなこりゃあ」 バーメンタイドは煙草を吹かしながら呟くように言った。周りに聞えないぐらいの大きさで。 静寂を破ったのはバイクの排気音だった。その音は次第に大きくなり、ガレージにそのまま入ってきた。しかし、その音 はバイクの大きさに比べると小さく感じる。 「うっひゃ〜。ずぶ濡れだよ」 ヘルメットを脱ぐと栗色の髪がこぼれた。白いYシャツからTシャツが透けて見える。というよりまさしくずぶ濡れだっ た。ロジャーはポケットからハンカチを取り出すが、それは役に立ちそうに無い。 「うあ〜。まいったな」 とりあえずバイクを降りる。動くたびに体から水滴が飛び、靴の中まで水浸しで歩くたびに重い水の音がした。 「ロジャー」 不意に呼ばれた。振りかえるとジーノが朝ロジャーに借りた傘を持っていた。ついさっきまで使っていたのだろうか、ま だ湿っている。 「これ、ありがと」 「ううん、どういたしまして」 ロジャーはそれを受け取り、バイクに差し込んだ。 「あのさ、ジーノちゃん。出来ればタオル持ってきて欲しいんだけど」 ジーノは返事もせずに階段をあがっていった。 「ロジャー、ACと戦ったんだろ?お前の儲けは半分も残らないと思うぜ」 バーメンタイドがフエーリアエを指差しながら話し掛けた。 「撃ち過ぎですか?」 「つーか撃たれ過ぎだな。特にコア部分の装甲はゴッソリ交換しねぇと駄目だし、ブースターも所々焼けちまってる。ライ フルの銃身にも何発か機銃が当たったんだな。曲がって歪んでるぞ。当然ライフルに関しては撃ち過ぎでもあるな」 ロジャーはがっくりと頭を落とす。するとものすごい量の涙が流れるように髪から水滴が滴る。 「おい、いつまでそうしてんだよ。さっさと拭いたらどうなんだ」 「ジーノちゃんがタオルもってきてくれますから」 持って来ないに決まってる、と言うところだったがそれを止める。こいつが待ちぼうけを食らうのも面白い。バーメンタ イドは笑いを噛み締め、話題をそらした。 「で、なんて奴と戦ったんだ?ACなんだろ?」 「はい。ACはセーゼカって言うらしいですよ。強かったですけど、無事ミッション成功です」 ロジャーは笑顔でいうが、バーメンタイドは眉間を寄せる。いかにも信じられないといった感じだ。なぜならば彼はメイ テンヘイデンのファンだったのだ。 「セーゼカといったら『強すぎる卑怯者』のメイテンヘイデンか?おいおい、冗談はよせよ。あいつはお前が倒せるような 奴じゃないぞ。聞き間違いだろ」 「絶対セーゼカですって」 「じゃあ、他にセーゼカっていうACに乗ってるレイヴンがいるんだな。そうだよ、そうに違いない。ネオアイザックアリー ナ60位のあいつがお前にやられるわけが無い」 「俺が戦ったのも確かネオアイザックの60位でしたよ」 「嘘だろ」 「ホントですって」 「いい加減にしろよ」 「いい加減にしてよ、二人とも」 話が終わりそうに無かったのでジーノがそれに割り込んだ。その手にタオルが握られているのでバーメンタイドは眉を 上げる。 「これで借り無しだからね」 「うん、ありがと」 ロジャーは受け取ったタオルで頭を拭きながらごく普通に礼を言う。ジーノの言っていることなど少しも気にしていな い。ジーノにして見れば傘を借りたお返しなのだろうがロジャーはそこまで頭が回らない。 「へぇ、珍しいんじゃねぇか、ジーノ」 その叔父がからかうように言う。明らかな悪意が混ざった言い方だ。 「あたしはただ朝のお返しをしただけだからね!」 そしてその姪は明らかな動揺の色を表し、階段を駆け上がって行った。 「あ〜あ。行っちまったよ」 「いいですよ。これは俺が置いときますか」 そうじゃないだろ。バーメンタイドは何も無い頭を掻いた。 雨音が大きくなったような気がした。 AC フエーリアエ RAVEN ロジャー・バート
レーダーユニットをロケットランチャーに換装し火力強化した構成。頭部はそれに合わせレーダーを搭載したタイプと なっている。 通常火力を強化する場合有効射撃範囲の広い右手火器を強化するものだが、ロジャーはまだそこまでは理解出来 ていなかったようだ。加えてロケットランチャーはレーザーサイトによって照準しなければならないため、未だ扱い切れ ていない。 AC セーゼカ RAVEN メイテンヘイデン
アリーナの新星、メイテンヘイデンの乗るAC。遠距離から両腕の高性能ミサイルによる攻撃を加え、耐え切れなくな り無理矢理接近してきたところを両肩のツインヘビィチェーンガンで打ちのめすと言う戦法でアリーナを目下連戦連勝 中である。アリーナ戦を重視した構成だが今回はミッションでもそのまま投入された。 火力に対して装甲は極めて脆弱であるが、相手が攻め込んできた場合に備えてラジエーターは最強のものを搭載す るなど極めてしたたかな構成であり、射撃戦では迎撃ミサイルランチャーによって相手に攻め入るきっかけを作らせな い。 最後にはロジャーを見くびったための無駄な射撃によりチェーンガンの弾丸が底をつき、惜敗を喫する。 |