第三話 変わりつつある日常 一人の少女が倉庫のようなところをあくびしながら歩いている。やや短いオリーブ色に煌く黒髪は先程整えられたば かりのため綺麗に揺らめいている。大きな瞳にはまだ眠気がたっぷりと含まれているようだ。 そこはまだ小さい窓ガラスから光の筋が伸びているだけで暗い。しかし、そのわずかな光に照らされる巨人がそこに はさらに大きな影を創っていた。一応いくつかのライトは点いてはいるが、その下にはまだ夜が居座っていた。ACであ る。ここはレイヴンが己の相棒を預けるガレージと呼ばれる、いわばACの家である。ここでACは整備され、換装され る。元々兵器であるACを預けておけるだけでレイヴンとしてはありがたいのだが。 少女がスイッチを押すとシャッターが上がり始めた。そのシャッターも見上げるほど大きく、ここにある物の殆どはスケ ールが違うと、しみじみ思う。 「痛ッ! 痛たたたたた!」 突然の音と声とともに、開いたシャッターの隙間から青年が倒れこんできた。痛さのあまり涙を浮かべて頭を押さえて いる。先程の音から察してシャッターの凹凸に頭を何度もぶつけたようだ。 「痛〜。何? 開いたの?」 状況が把握しきれずに、頭をきょろきょろさせている青年に追い討ちをかけるようにバイクが倒れこんできた。かなり 大型のうえに荷物のついたバイクの下敷きになり体をじたばたさせている。 「助けて! ちょ、助けて!」 腰の辺りを挟まれており、必至に彼女に助けを求めていた。 「なに、あんた」 愚痴りながらもバイクを退けるのを手伝う。バイクを起こそうにもそれはどう考えても無理そうなので、青年を引っ張る 事にした。腕を掴み、まだ十分に力の入らない体中の力を込めて引っ張った。しかし思ったより簡単に青年はバイクか ら抜け出すことが出来た。その後支えを失ったバイクは崩れ落ち、思わずびくついてしまうほどの大きな音がガレージ 中に鳴り響いた。ようやく体をバイクの下から救出された青年はその場にへたれこんだ。 「あー助かったー。ありがとう! 君は命の恩人だよ。マジで死ぬとこだったもん」 青年はそのまま疲れたような笑顔で彼女に感謝を示した。素直で真っ直ぐな、子供のような笑顔だ。しかしおそらく成 人しているだろう青年にその笑顔は何故か似合っていた。 「それよりもあんた誰? こんなとこでなにしてんの」 少女は当然の事を聞いた。今のシチュエーションは普通では考えられない。青年はとりあえず立ちあがり、ゆっくりと バイクを持ち上げる。かなりの重さなのだろう。僅かに顔を歪める。栗色の髪が朝日に照らされ金色に見えた。 バイクを立て、改まった様子で再び少女に向き返った。当然なのだが彼が自分よりもずっと背の高いことに少女は驚 いた。 「えっと。今日からここでお世話になります、ロジャーです。昨日来たんだけど開いてなかったからシャッターの前で待っ てたんです」 ロジャーと名乗った青年は愛想良く笑顔を向け彼女に自己紹介をした。しかし少女は腕を組んで呆れたような表情を 見せる。 「で、寝ちゃったわけ?」 「うん。ひどい目にあっちゃったけど」 そして頭を擦って見せた。余程痛かったのだろうか。 「そんな話聞いて無いよ? それ本当なの」 胡散臭そうに少女は青年の顔を覗きこんだ。その顔は笑顔のまま困っているようなおかしな顔だった。 「うん。これ、ここでしょ?」 そう言うと、ポケットの中から紙切れを取り出し少女に見せた。それには住所と簡単な地図が書いており、確実にここ だと示していた。 「どうする? 今から聞いてくる?」 それ見てとりあえず信用することにしたようだ。少女は素直に答えた。 「あ、お願い」 「あたしは<ジーノ>。ジーノ・イルイラ。一応あんたの先輩になるんだから覚えときなさいよ」 ジーノと言う少女はついでのように自己紹介をするとそこから離れた。 「え? そうなの?」 答えることなく少女は階段を駆け上がって行った。 あの子もレイヴンなんだ……。 ロジャーは今までの話を総合してそう「勘違い」した。どう考えてもそれは無いだろう。しかし、ジーノという少女もロジャ ーの姿を見てレイヴンとは思わなかったらしい。少なくとも年上とも思っていないらしく、その扱いはぞんざいだった。 待つ間とりあえず上がりきったシャッターから伸びる暖かい朝日を浴び大きく伸びをする。 暑くなってきたな。もうすぐ夏かな。やっぱり朝はこうでなくちゃね。地下都市はなんか味気ない感じするんだよな。 地下都市慣れしていないロジャーはしみじみ思う。生まれてずっと地上で育ってきた彼にとって、人工的な空気の混ざ っている地下はなんとなくではあるが居づらかった。それでも持ち前の適応能力ですぐに慣れてしまうのだろうが。 しばらくすると階段から金属音が聞えた。先程の少女ともうひとり、スキンヘッドの男が降りてくる。 「お前か? 今日からここで働くってのは」 スキンヘッドの男は階段を降り切るとそう言ってそのまま何かを確認するのかデスクまで歩いて行った。 「あ、はい。ロジャー・バートです」 ロジャーもそれを察したのか名を名乗った。デスクから書類のようなものを持って戻ってくる。名前を探しているのか ぱらぱらとめくっている。 「(あの頭の事に触れちゃだめよ。ああ見えて結構気にしてるんだから)」 「(そんな事言われても困るよ。俺、別に気にして無いし)」 小声で話している二人に男は咳払いする。どうやら聞えていたらしい。 「ロジャー・バートだな。ああ、ちゃんと話は聞いてるぜ。お前のACももう届いてる。あの一番奥の奴だ。分かるよな?」 確かに一番奥には昨日自分が乗っていたのと同じACが置かれていた。しかし、全身の装甲が無傷で、どうやらまっ たくの新品のようだ。 「あれですよね」 「とりあえず、お前が別のガレージにACの整備を依頼しない限りここがあいつの家だ。俺はここの親方をやってる<バ ーメンタイド>だ」 「ロジャー・バートです。よろしくお願いします」 そう言ってごく自然に頭を下げる。 「レイヴンの割りにはずいぶんと礼儀正しいな」 「そうですか?」 バーメンタイドは今までいろいろなレイヴンに会ってきたが、今目の前にいる男は今までで一番普通の空気を放って おり、独特な雰囲気を持つレイヴンとしては異様と言えた。 「あんた……レイヴンなの?」 会話が途切れたところでジーノがロジャーに尋ねた。今まで整備士になりにきたとばかり思っていたジーノには話が 思いもよらぬ方向に進んでいくので聞かずにはいられないのだ。 「ジーノちゃんだってそうじゃない」 「あたしはレイヴンなんかじゃないわよ!」 それは耳を覆わんばかりの大声だった。 「えっ? でもさっき……」 ロジャーが言い終わる前にジーノは先程降りて来た階段を駆け上がって行ってしまった。何事かと追いかけようとした ロジャーをバーメンタイドが止める。 「止めておけ。あいつはお前を整備士だと思ってたんだ」 「それで……」 「それにな」 納得しているロジャーにさらに付け加える。 「あいつはこの世で一番レイヴンが嫌いなんだ。俺の姉貴の娘なんだがな、家族がみんな死んじまったからここで預か ってるんだよ」 「そうなんですか。親方、ここにキッチンっていうか厨房みたいのありますか?」 「一応俺の家だからな。大きいのがあるが?」 なに言ってるんだ? といった感じでその質問に答えた。 「貸して下さい」 ロジャーは返事を聞く前にバイクの荷を下ろし始めた。 いつの間にか厨房には人だかりが出来ていた。いつもは誰も使う事の無い汚い厨房がいつの間にかきれいになり、 見知らぬ青年が鼻歌交じりに料理をしているのである。ここで働いている整備士達は誰か話し掛けろ、と言い争ってい た。結局言い争いに負けた若い整備士が声をかけることになった。 「あの、何をしてるんですか?」 「料理をしてるんです」 その青年は目線もずらさずに野菜を切りながら答えた。 「いえ、そうじゃなくって何でここで料理してるんですか」 「何でって言われてもなぁ。朝まだ食べて無いんですよ。あ、皆さんも食べます?」 そういうといきなり人だかりに向かって聞きだした。しばらくの間を置いて何人かが手を上げ食べると言い出したので 青年はさらに多くの野菜を取り出し始めた。 「すいませんけど、あの棚の食器洗ってください」 「僕がですか! ?」 「そうです。全部お願いします」 何で僕が……。ぶつぶつ言いながら食器を洗い始めた。青年は尚も野菜を慣れた手付きで切っていく。なんとなく変 な光景だ。それに結局青年の正体を探る事は出来なかった。整備士達もいつまでもそうしているわけにもいかないの で仕事に戻っていく。 「洗い終わりましたよ」 「こっちも出来ました。みんな呼んできて下さい。俺、その間に並べときますから」 しばらくするとそこには10人の整備士と一人の正体不明の男が複数のテーブルを囲んでいた。そこにはジーノの姿 もある。青年はそれを見つけると、向かい合わせの席についた。 「や、ジーノちゃん。どお? 決行自信あるんだけどさ」 「……ロジャーだっけ。あんたが作ってるって知ってたら来なかったわよ」 ジーノの前に置かれた野菜スープからはまだ湯気が上がっているが、まだ手がつけられていないようだった。 「んー。ねぇ、ジーノちゃんはなんでそんなにレイヴンが嫌いなの。俺は好きだけどな」 「それはあんたがレイヴンだからでしょ」 その言葉に周りはざわめき始めた。ジーノ同様レイヴンだとは想像もしていなかったようだ。 「あたし、レイヴンと話なんてしたくないんだけど」 「でもさ、ずっと嫌いってつまらないと思わない? だって好きだとどんどん面白くなってくるけど、嫌いだとそれで終わり でしょ? そんなのもったいないと思うけどな」 「あんただってレイヴンに大事な人たちを殺されたら嫌いになるわよ。パパもママも弟も友達もみんな殺したのよ、レイ ヴンは。それなのに好きになれるわけ無いじゃない」 「ふうん。俺と同じなんだ」 「同じって?」 「俺も家族や仲間をレイヴンに殺されたんだ」 「じゃあ、その復讐ってわけ?」 「ううん。違う」 少しは共感できる事があるかと思ったがそうでも無くがっかりする。 「じゃあ何でよ」 「だって俺を助けてくれたのもレイヴンなんだよ? それに親父もレイヴンでさ、死んじゃったけど俺達を守るために戦っ た。それなのに嫌いになれるわけ無いでしょ?」 ジーノにはその話をしているロジャーがとても自慢げに見えた。 「だからあんたもレイヴンに?」 「うん。何か守れるかなって。ACが好きっていうのが一番の理由だけどね。そうだ! ほら、スープ冷めちゃうよ。おい しくなくなっちゃうよ」 笑顔でそう締めくくった。まるでいつまでも場を暗くしない為に。あたりの張り詰めたような雰囲気は和らぎ、少しずつ 周りから話し声が戻っていった。 「ロジャー! メール来てるぜ!」 遠くからバーメンタイドの大声が聞える。 「あ、はーい。すぐ行きまーす!」 そう言うとものすごい勢いで野菜スープを食べ終えた。しかしさすがに熱かった様で水をまたものすごい勢いで飲んで いる。 「ごめん、ジーノちゃん。俺、行ってくるから」 席を立つとそのままバーメンタイドの待つ出口に向かって行った。 「今日からお前が使う端末だ。大事にしろよ。代えは代金引換なんだからよ」 そこには、すでにディスプレイ部分が開いている端末が置いてあった。携帯ナーヴ等に比べるとさすがに大きいがバ ックなどにも十分入る大きさだ。通信にはコードが必要になるが、多機能である事を考えるとこちらのほうが多くお世話 になりそうだ。 「じゃあ、これもらっていいんですか」 「コンコードからの送り物だ。ACくれるぐらいだからこのくらいなんて事無いんだろ」 早速メールボックスを開く。メールは一件届いており、「ナーヴスコンコードよりお知らせ」をクリックして開く。 from ナーヴスコンコード to レイヴン 『レイヴンズテスト合格おめでとうございます。本日付を持ってあなたは正式にレイヴンとして登録されました。あなたに は、基本AC,端末、十万コーム、パスワードを支給させていただきます。あなたのパスワードは<18Jh876d9K>で す。ミッションについてはあなたの技量、所在などを検討した上で、依頼を提供させていただきます。今後のあなたの御 活躍に期待しています』 「コームって何ですか?」 初めて耳にする単語にロジャーは質問した。 「コームってのは企業間で使われる架空の通貨の事だ。ドルで換算するのは大きすぎて面倒だからこっちが使われる わけだな。とろあえずパスワードが手に入ったんだったらナーヴに繋いで見ろ。依頼がコンコードから送られてきている はずだ。ただし、お前は駆け出しだ。あまり数に期待するなよ。決まったら俺のところに来い。アセンブルの説明をして やる」 言い終わると階段を登っていった。ジーノに言われていたより親切だと、ロジャーは思う。きっと彼女は必要以上にあ の頭の事をからかっているのだろう。 ナーヴに繋ぎ、ナーヴスコンコードの運営しているミッションルームにアクセスする。IDとパスワードを入力すると依頼 リストが出てきた。 「二つ? 最初はこんなもん?」 拍子抜けしたようにいう。 そこには画面の上に小さく二つの依頼が記載されていた。本来ならばもっと多くの依頼が存在すると言いたげに画面 にはいくつもの空欄が浮かんでいる。<無人メカ破壊>、<テロリスト駆逐>。報酬は共に10000コームで、まさに新 人に与えられた仕事といった感じだ。 そのうちロジャーは<無人メカ破壊>が気になった。詳しい内容を知るために画面を開く。 client ジオ・マトリクス 『我が社の所有するエプケン航空整備施設の無人ガードメカが外部からの命令を受け付けなくなりました。恐らく他企 業の妨害工作だと思われますが、このままでは我が社側も施設に入る事が出来ず、施設を放棄している状態です。施 設内の無人ガードメカを残らず破壊してください。では、よろしくお願いします』 内容を最後まで読み終えると『依頼を受けますか? 』と出てきた。その下にはYES,NOの二つの文字が浮かぶ。ど うやらYESをクリックするだけで契約が結ばれるようだ。YESをクリックすると『契約が受理されました』と出て、結構あ っさりしているのものだと、ロジャーは少し拍子抜けた。同じにもう一方の依頼内容も見ておけば良かったと軽く後悔し たが、実際は人を殺す必要の無い『無人』という項目だけで、ロジャーはこちらを選んだのは確実だが。 依頼の選択を終えるとバーメンタイドの話を聞きにいく。まさかこのままの機体で戦うわけにはいかない。 「お、来たか。あれがアセンブリシミュレーターだ。カタログを見ながらそいつで機体を組んでくれれば後は俺達の仕事 だ。ただ、このガレージに置いてないパーツは表示されないからな。そういうのは取り寄せる事になるが時間がかかる 上送料はそちらの負担だ。後、機体を組むのにもきっかり金は払ってもらうぜ」 「カラーリングはどうするんですか?」 「金さえあればな」 それも金を取るらしい。 とりあえずカラーリングは諦めてシミュレーターに向かう。カタログを見ていると、十万コームはあまり多くはない。憧れ の<MOONLIGHT>もここには置いていないようだ。とりあえずジェネレーターを高出力の<HOY−B1000>に、ブ ースターを現在のより高出力、低燃費の<EBT−V55>に代えるとそれだけで残金は殆ど無くなってしまった。しばら くはこの機体で戦う事になるだろう。 「こいつでお願いします。名前は<フエーリアエ>で」 「ああ、もう行っていいぞ」 そういうと、バーメンタイドは部下たちに指示を出し始めた。する事の無くなったロジャーはとりあえず厨房に戻る事に した。食器を片付けるぐらいの仕事は残っているだろう。 厨房に戻ってみると、どうやら大人気だったようで大きめの鍋に入っていた野菜スープは全て無くなっていた。テーブ ルにあった食器は流しにまとめられていたが、ジーノの座っていたテーブルにはスープがまだ残ったままで置かれてい た。 まったく。今日も疲れちまったな。俺みたいなガキどもに何させてんだかね、あのお偉いさん方は。毎日毎日戦ってば っかりじゃあ脳みそが腐っちまうよ。まあ、あいつらは腐ってんだろうけどよ。 「……?……!?……!」 ん? 誰か来やがったか? 「NO13! こんなところで何をしている! 今は集合の時間だろうが!」 「休憩に決まってんだろ。あいつらと違って俺はデリケートなんだよ」 あーあ。監査員かよ。面倒だよ、まったく。 「何で貴様だけそうなんだ。命令は絶対だと教育されているだろう! あまり命令違反を繰り返すと廃棄処分にする ぞ!」 決り文句だ。こう言われちまったらどうしようもない。本当に廃棄されたらたまったもんじゃないからな。 「はいはい。すいませんね、どーも」 やな境遇だよ、まったく。実験体ってのはよ。こうなったら言う事聞くか。またあいつらと顔合わせるのはノイローゼの 症状が進むかも知れないがな。 通路を歩いていく。出来るだけゆっくりと。あいつらとは一緒に居たくない。俺は1ダースの内の一本にはなりたく無 い。同じ顔をしているあいつらと一緒に居ると気が狂いそうになる。俺は俺だ。 次の誕生日ぐらい一人で祝わせてくれよ神様。 ……ん? 朝か。結構日が高い。カーテン越しにも明かりが眩しい。 またあの夢だ。夢……。いや、覚えてる。今までとは違う。しっかりと頭に焼き付いている。夢? そうなのか? これ は過去の俺の記憶じゃないのか? 実験体、NO13、これくらいか。もっと手掛かりが必要だな。もう一度眠れば続きを見る事が出来るだろうか。いや、 元々週に一度見るか見ないかの夢だ。信用は出来ない。 失われた過去……か。 15年以上レイヴンやって初めての手掛かりだ。このままにはしていられない。とりあえずあの女だ。あの女を探し出 してやる。あては無いが何時か。 ピーッ、ピーッ、ピーッ、…… 携帯電話が鳴っている。嫌なタイミングだ。こっちは必死だってのによ。出ない訳にはいかないが。 「なんだ?」 『なんだじゃないだろう、デュライ。時間になっても来ないから電話したんだろうが。今どこで何してる』 電話の向こうから不機嫌そうな声が聞こえる。その向こうでなにやら大声が聞こえるがまあ今はいいだろう。 「ニコライか?」 『ああそうか。そっちが頼んだってのに覚えていないんだな。そんな事だから記憶が戻らないんだ』 ニコライは俺がひいきにしている医者だ。俺の体はかなり頑丈だが仕事柄まったく怪我をしないわけでは無い。その とき妙に話があったので時々体を調べてもらっているのだ。 「悪い。今すぐに行く」 『そうしてくれ。結果は聞かなくても分かっているだろうがな。もう五回目だぞ』 そうか。それは意外だ。 「何回か調べればそれだけ詳しく分かるだろ」 『男の体にはあんまり興味無いんだよ。どうせ結果は変わらない。これで最後にしてくれ』 「分かったよ」 電話を切る。すっかり忘れてた。 とりあえず朝飯を食わなくては。いや、もう昼飯か。どっちにせよ食わなくてはやっていけない。昨日買っておいた大量 のパンのうち一つを取り出した。 ガタン。ガタン。 揺れがひどい。今どこを走っているのだろう。そんな事を考えるがそれよりも初めてのミッションに対する緊張のほう が強い。ロジャーはまだ自前のパイロットスーツを持っていなかったため、両手にバイク用の手袋とヘルメットをしてい るだけだった。 今、ロジャーはACに乗ったままAC輸送用タンクで目的地まで運ばれているのだ。しばらくすると揺れが収まり、目の 前の開閉口が開き始めた。 『レイヴン。到着した。出撃してくれ』 完全に開くとそこには広い通路が続いていた。どうやらすでに施設内に入っていたようだ。施設内は明るく、ACと比 べても十分ジャンプできる高さを持っていた。この類の施設はACでも移動できるようになっている事が多い。MTにあ わせている規約にしても大きすぎる。しかし、それがなぜかは不明だがレイヴンにとってありがたい事だった。 「出撃します」 ロジャーはタンクを降り切るとブーストダッシュで通路を疾走する。レーダーにはすでにいくつのも敵が確認でき、数は かなり多い。 角を曲がるとライフル弾が飛んでくる。 それに反応したロジャーはすぐに角に隠れる。敵は四角の箱にキャタピラのついたようなメカだった。量産性のみを 考えた造られた<トゥームロック>である。一応ガードメカだがそれすらまともにはこなせないようなメカで、戦闘能力は 戦闘兵器としては極めて低い。当然ACと張り合うような代物ではなかった。 気を取り直してライフルのみを角から出し発射する。二発命中したところで一体が爆発し、もう一体も容易に破壊でき た。 ある程度破壊すると、再びブーストダッシュで移動を始める。しかし、このジェネレーターは前回装備していたものとは 比べ物にならない出力だ。ブースター出力の強化も伴い、動きも実に軽快だ。敵の攻撃をかわしながら攻撃しても息切 れする事も無く戦ってくれる。フエーリアエはこの前の基本ACとは姿は同じでも全く違うのだ。 「これで21体目……」 そろそろ嫌になってきたところだ。ACは殆ど無傷だったが、ロジャーには疲労がたまってきている。 『レイヴン。無人機の全滅を確認した。帰還しろ』 「はい。助かります」 ロジャーはACの戦闘モードを解除すると待機しているタンクに向かった。 そういえばまだ住む場所決まってなかったな……。 ロジャーにはいくつもの不安が付きまとっていた。 いつもの病院のにおい。消毒液のにおい。どうにもこのにおいは好きになれない。なんとなく鼻の中が痛くなる気がす るんだよな。 「前にも言ったがお前が<強化人間>である根拠は発見されなかった」 「そうか」 期待はしていなかったがな。強化人間とは通称<プラス>と呼ばれるいわゆる改造人間だ。<大破壊>と言われる 大戦争以前の技術によって行われているらしい。強化された人間は耐久力が上がったり、知覚が増えたり、脳みそが 機械になったり、その気になれば体を捨てる事も出来るらしい。レイヴンにとってそれはそのままACの強化になる事が てんこもりだ。俺は必要以上に体が頑丈だから強化人間じゃないかと思っていたんだが、どうやらそうでも無いらしい。 「血液中にナノマシンの類も発見されなかった。脳に金属のようなものも無い。デュライの体の頑丈さはどうやら先天性 のものだ。何よりお前は確実に歳をとっている」 聞き飽きた言葉だ。ニコライの言っている事が正しければこれで五回目か。 「やっぱりそういう事になるか」 「ずいぶんと残念そうじゃないか。強化人間のほうが良かったか?」 「ああ、プラスだったら記憶中枢を操作して記憶が戻ると思ってよ。まあ、いいさ。糸口見たいなもんが見えてきた」 「どういう事だ? 記憶が戻ったか?」 身を乗り出して聞く。興味津々って感じだな。 「昔の夢を見た……、かもしれん」 それを聞いて奴はガクッする。なんだよその反応は。 「なんだよそりゃあ。結局何にも分からないんじゃないか」 「いや、今まで何度か見た夢なんだが、今日始めてはっきりしたのを見たんだ。何年前の記憶かわからないがな」 「つまり、あてにならないって事だろ?」 グサリときたな。こいつは言う事に遠慮がない。きっと末期ガンの患者に平気で言うんだろうな。あんたは後一ヶ月の 命だ、ってよ。 「デュライ、いいかげん過去を諦めるってのは駄目なのか? はっきり言って記憶が戻っても今更だろ」 「それは医者として言ってるのか? それとも知人としてか?」 「友人としてだ」 ……友人ね。俺もお前みたいのが友人にいると飽きないよ。 「じゃあ、女に詳しい友人に聞くが、長い金髪で青い瞳の女を知ってるか。一般の美的感覚ではかなり美人らしい」 「……多すぎて絞り込めないな。他に特徴は無いのか?」 こいつは……。 「身長は……そうだな、170位か。そうそう、俺を気絶させるほどの見事なボディブローを打つ」 そういえばあの夢を見たのはあの女を見た後だ。やはりあいつが鍵を握ってる。絶対だ。 「それを聞いてはっきりしたよ。俺をからかってんのか」 「そいつはどうやら俺の過去を知ってる。俺もなんとなくだが見覚えがあった」 「……マジなのか?」 「マジだ」 何か考え込みやがった。自慢の脳をフル回転させている証拠だ。こいつは訳がわからなくなるといつもこうなる。 「力学的に詳しくは分からないが、お前の耐久力はそれこそ強化人間並みだ。気絶させるのはそこいらの力自慢じゃ 無理だろう。それこそ近距離で鉛弾でもぶち込みでもしない限りな。それを気絶させるとなるとその女は……」 「……まさか、プラス? !」 そうか、合点がいく。それなら俺の古い記憶と姿が合致してもおかしくない。プラスは体の最低でも脳の手術から始ま るため、成長、老化が止まるって話だ。 「で、デュライ、どうするんだ。そういうのは訳ありが多い。所在は隠していると考えて間違い無いだろう。それでも探す か?」 「探すさ。じゃねぇと俺がレイヴンである意味が無くなる。今日はいろいろ参考になったゼ。またな」 そうだ。そのために俺はレイヴンであり続けているんだ。 「待て」 帰ろうとする俺を呼び止める。今度は何を言うつもりだ? 「なんだよ」 「なんだじゃない。お前が残念そうにしているのが分かるのは俺ぐらいだ。少しは信用してくれても良いんじゃないか」 まったく、よく言う。 「頼めるか、ニコライ」 「医者の情報網を甘くみるな」 そうだったな。少なくとも俺の友人、か。 俺は振りかえらずにその言葉とその友人に感謝した。 AC フエーリアエ RAVEN ロジャー・バート
ロジャーは初期機体を支給された企業通貨で強化した機体。名は父親の乗っていたACの名をそのままつけられて いる。 バイク乗りである彼の趣味かジェネレーターとブースターが高性能であるものに換装され、それに全ての通貨を使用 してしまっているが、その結果極めて良好な性能を手に入れた。しかし、まだ火力には問題がありこれからの換装にそ の強化が求められる。 |