目を開ける。そこはいつもの光景だった。狭い部屋に窓から覗く地下の街並み。そして多分もう二度と見ることの無い
光景。
 昨晩、コンコードからリグでのレイヴン活動を受理するメールが帰ってきた。明日、もしくは今日、俺はここを出る。そ
して柄にも無く感慨深く自分の部屋を見渡した。今まであった物が無い。ソファー、テレビ、冷蔵庫……こんなところか。
昨日も俺は自分の荷物の少なさに驚いた。これは俺だからなのか、レイヴンだからなのか。
レイヴン。
 大破壊という世界戦争の後、人々は地下に移り住んだ。国家を失い人々を先導したのは巨大企業。だからこそ争い
は絶えない。そこでレイヴンズ・ネストというネットワークの下、ACに乗ったレイヴンがそれに参加した。そしてこの状態
が50年も続いたそうだ。今もそうだが、地下のみという環境で人々が正気を保っていたのは評価すべきところだろう
な。
 そしてその状態も今から70年前に終末を迎える事になる。俗に言う、30年戦争、もしくは大深度戦争と言われる地
下世界最大規模の戦争だ。未だにその戦争の起きた理由ははっきりしていない。話によれば原因は不明だが当時の
二大企業、クローム社とムラクモ・ミレニアム社が共倒れした事により、周辺の小さな企業がその穴を埋めようと経済
の中心に雪崩れ込んだそうだ。この出来事の行末は言うまでも無い。小さな紛争が連発、戦争が起こる。これと同時期
にレイヴンズ・ネストが崩壊。二大企業からの支援を失い経営に行き詰まったのだろう。レイヴンズ・ネストを失ったレイ
ヴン達はこぞって企業への所属を行った。しかし、この戦争は勝者を生まないまま終結する事になる。どこかのバカが
地下都市の命綱だったエアクリーナーを破壊した。そのせいで戦争している余裕すら無くなった人類は<アイザック条
約>を結んで地上にその生活圏を移す事になる。廃棄される地下都市が増えてきているのはそのせいだ。
この時に大破壊以来始めての「政府」が生まれる。その反面小さい企業を吸収し二つの大企業が生まれた。それがエ
ムロード社とジオ・マトリクス社だ。この二つの企業が人々を地上へ導いた。まるでかつてのクロームとムラクモみたい
にな。
 長い間人が地下に引っ込んでいるうちに地上は意外なほど回復していたらしい。まるで人類がいなければ地球はうま
くいくといわんばかりにな。それでも地上も疲れ切っていた。未だに生活圏を広げようと緑化は続けられているがそれで
も地上の10%足らずしか安全は確保されていない。
 次第に競争は激しくなる。当時アリーナを正式な賭博として運営していたコンコード社がナーヴスコンコードをネットワ
ーク上に設立した。これはかつてのレイヴンズネストを思わせる完璧なものだそうだ。俺も15年レイヴンをしているが
まだ不自由は感じない。ナーヴスコンコードはレイヴンにかつての目的を思いださせたと言っていい。これを機に企業
は再びレイヴンを使い小競り合いを始めた。
 そして同時期、ジオ・マトリクス社は大破壊以前に進められていたと思われる「テラフォーミング」、「火星移住計画」を
発掘した。この発見は政府を黙らせる役割を果たした。当時地上の再生に力を注いでいた政府にはテラフォーミングを
実現させる余裕も力も無かった。それ故、火星進出を機に力をつけ続けるジオ社を黙認することになる。それどころか
発掘を理由に火星における利権を次々に政府に認めさせた。
 火星テラフォーミング計画の発動から三年。次々に火星に進出して行く企業。しかし政府もただ指をくわえてそれを見
ていたわけでは無い。無け無しの利権を振り絞り企業を監査する火星政府の設立を企業に認めさせたわけだ。それが
一般に企業中央委員会、<LCC>だ。しかし、政府の力はあまりにも小さく、当然その連立組織であるLCCの力は火
星において無いに等しかった。企業は地球と同じようにナーヴス・コンコードによってその力を完全に取り戻したレイヴ
ンを使い、火星圏で争いを続ける。特にジオに対し火星進出に出遅れた形となったエムロードはその火星におけるハ
ンディキャップを取り戻そうとその他組織に対する攻撃が激しかった。その争いはもう止める事が出来そうに無い。
 だから生まれてしまった。当時地球においてトップレベルの実力を持っていたレイヴンを集め政府はそれをLCCに所
属させた。その組織の名をフライトナーズ。その組織を指揮したレイヴンがレオス・クラインだ。奴らは治安維持を名目
に次々に企業の戦力を叩き潰していった。そしてLCCが更に力をつけようと地球から官僚を迎え入れたその時だっ
た。フライトナーズはその官僚ごとLCCを襲撃。俺はその官僚の出迎えに「一応」の護衛に付いていたわけだが、奴ら
のやり方はこれを最初から狙っていたとしか思えなかった。
 これを機に奴らの「革命」が始まる。都市の制圧、宇宙ステーションの占拠、火星軌道エレベーターの攻撃、おまけに
火星衛星フォボスを使った火星破壊。結局最後のは未遂に終わり、クラインはフォボスごと宇宙の藻屑になったわけだ
が。
 しかし火星の受けた打撃は大きすぎた。LCCも解体しちまったわけだから事実上火星は各企業の手に渡る事にな
る。それでもかつてのような派手な衝突は無くなった。そしてしばらく火星での利益は見こめないものとして企業もレイヴ
ンもその殆どが地球に舞い戻る事になる。俺もそうなんだが。
 全てが元に戻った。俺はそんな気がしてならない。レイヴンの殆どは自由を語っているが結局レイヴンは皆レールの
上を走っているんじゃないか? ジオ・マトリクス、エムロード、ナーヴスコンコード。これは大深度戦争以前と同じじゃな
いのか? 
 ……そろそろ起きた方が良いな。俺は思考を停止させるとベッドから降りた。毛布は無い。それでも気温調節がしっ
かりしている地下都市では寒いと感じる事は少ない。
 俺は何かを探そうと辺りを見渡した。何を探しているのだろう。記憶が無くなるというのはこういう事なんだろうか。…
…思いだした。時計ももうこの部屋には無い。俺は携帯ナーヴを覗いた。6:30ジャスト。と思えばそれはすぐに31に
変わる。まだ次の仕事まで余裕があるがここに居てもしょうがない。いま俺の財布に入っているカードキーを大家に渡
せばそれでおさらばだ。
 カーテンの間から地下の灯りが刺しこんでいる。俺はその光りに目を細め,カーテンを閉め切った。



 厨房。そこはいつものようにコンロに火は入っておらず,大きな流しには鍋や食器が洗いっぱなしの状態で並んでい
た。かつてはここも全く使用されず埃と油にまみれていたが、あるレイヴンがここを使用するようになりその機能を回復
させていた。しかし,昨日今日とそのレイヴンが顔を出す事は無く、テーブルには薄く埃の層が朝の日差しを反射してい
る。それは始めての事では無いが今回は少し事情が違う。
 誰もいないその厨房に一人の少女が顔を出した。昨日はあまり眠れなかった事もあり、眠そうに棚の中の食パンを
取り出していた。ビニールに入っている食パンはここから少し遠いところにあるパン屋に売っているもので、もちろん手
作りである。それは食パンしか食べない少女に対して厨房を任されているレイヴンのちょっとしたお節介だった。少女
は食パンをトースターに二枚並べて入れると目盛りを回した。この辺りはあまり技術の発達を感じさせないアナログなも
のだ。ジー,という音と共にトースターの中は赤く熱を帯び始めた。数分で白い食パンは綺麗な狐色になるだろう。
 厨房の外ではその音を掻き消してしまうような作業音が響いていた。その音の先には幾つものマニピュレーターに囲
まれたACがある。コアの背部はハンガーに掛けられないほどに変形してしまっているため大型クレーンで釣っている
状態だ。さらに変形して外れないアタッチメントポイントは部品の単位で解体し、外しているというより分解しているよう
だった。
 そのACはロジャーのフエーリアエだった。一体どんな戦いをしたのだろうといった状態だったそうだ。バーメンタイドの
話では装甲のいたる所が僅かにあぶられたように脆くなっており、 そこにバズーカかグレネードのような大火力兵器を
くらったのだろうとの事だ。
 ジーノはその中でもやはりコックピットフレームが剥き出しになっているコアが気になった。コックピットフレームも命を
預かる以上は丈夫にできているのだが,やはり装甲で守られているコア自体とは比べるべくも無い。それが剥き出しに
なって一体パイロットは無事でいられるのだろうか。
 流しの皿の水を切ってテーブルに置くと、まだタイマーの回っているトースターから熱くなったパンを取り出して皿にの
せた。まだ白いままだが表面はカリカリになっている。ガラスのビンに入っているジャムをスプーンですくい,パンに塗り
つける。それは少しだけオレンジの皮を残していた。
 もう何年こんな朝食を続けているのだろう。ふと、パンをかじりながらそんな事を考える。でも何故そんな事を考えてい
るのだろう。いつものようにしているだけなのに何故こんなに心苦しいのだろう。
 二枚目のパンをかじりながら腕時計を見るともう出なくてはならない時間だ。ジーノは食べかけのパンを右手に,鞄を
左手に厨房を出た。そこでは相変わらず騒がしく作業が続いている。
いってきます。その言葉は作業音にかき消され,誰にも届く事は無い。それでもバーメンタイドはリフトの上からシャッタ
ーを潜るジーノを見送っていた。



 俺のリグに次々にコンテナが詰め込まれていく。中身はマシンガンのマガジンにグレネード弾、ミサイルに代えのパー
ツだ。リグにあるものだけでしばらくやっていくのだからデスズブラザーは当分このままか。
「レイヴン。ACはまだ詰め込まなくていいのか?」
 整備士の男が親切にもそんな事を言ってきた。鼻を油で真っ黒にしている若い男。その言葉の通りデスズブラザーは
まだガレージのハンガーに掛けられたままだ。胸部装甲がめくれ上がりコックピットフレームを剥き出しにしたまままだ
光の灯らぬ赤い目で俺を見下ろしている。
「ああ,今日の仕事で最後だ。それまではここに置いておく」
 具体的には今日の午後2時ジャスト。今からでは少し早い気もするがその前にコンコードのリグが迎えに来るだろう。
今回はいつもの仕事とは少し趣が違う。レイヴンズテストの監査。それが今回の俺の仕事だ。
「そうか。他に何か積むかい? 追加注文が無いんだったらこれ,頼むよ」
 そう言うと男は俺にカードリーダーを渡した。黒い液晶部分に170000の数字が緑色の光を放っている。少し高い気
がするが,いくら水増しされているのだろうか。まあ,それぐらいやらないとガレージも潰れるだろう。俺は何も言わずに
カードリーダーに黒いカードを通した。ピッ,と電子音。そこに表示されていた数字は0に変わり,カシャカシャと中で機
械の動いている音がする。
「まいど」
 男はそう言い残し,そのカードリーダーをデスクに置くとまた仕事に戻っていった。その先にはここでは当然の様に並
んでいるACがあった。俺はとりあえず煙草に火をつける事にした。



 そこは病院では少し雰囲気が違う場所だった。死体安置所,隔離施設,病原体培養研究所。そんな普段病院と言わ
れて真っ先には思いつかないような場所とも違う。しかし,子供でもそういう場所がある事は分かっていた。
「強化人間の解剖は初めてだな……」
 白衣の男,ニコライは手術をするような格好で目の前の死体を眺めていた。
 男。年の頃は20,30と言ったところか。書類によれば死後72時間以上経っているはずだが,その肌はまだ生命を
感じさせる。みずみずしいと言うより体温を感じさせる赤みを帯びた 色を保っているのだ。
 解剖室。そこは本来生命を救うために存在する病院という施設では全く異質の存在と言えた。その解剖という行為が
医療の発展に繋がるのだろうが,それは「死」という事実さえ無視した行いだろう。ものを想う事も無くなった生物。それ
を切り刻む事は生物を切り刻む事と同じじゃないのか。少なくともニコライは必要だと知りながらも解剖は嫌いだった。
「勝手は良く分からないが……始める。解剖開始。まずは開胸だ。マクウェン,倒れるなよ」
 あまり深く考えないうちにニコライは手に持ったレコーダーに解剖の開始を告げる言葉を録音した。あまり広いとは言
えない狭い解剖室にはニコライとそのマクウェンと言われた部下が一人,そして解剖を待つ強化人間の死体に、その
全てを録画するカメラ。そして本来医療に使われる刃物が並んでいた。
「強化人間の知識を持っている人が一人もいないのは意外でしたね」
 マクウェンがメスをニコライの手に置きながら言った。ニコライよりも5つ以上年下だろうか。その声は幾分か震えてい
るように聞こえる。
「だから俺みたいな嫌われ者がする事になったのさ。それに嫌われ者にしては技術も悪くない」
 ニコライは皮肉たっぷりにその問いに答えた。しかしその手は止まる事無くメスを何度となく代えながら死体を刻む。
強化人間というからそう簡単には切れないものと思っていたが意外にも少し抵抗があるがその先は一般の死体と同様
にメスはいつもの切れ味を発揮している。
「見た目には普通……ですよね。この人本当に強化人間なんですか?」
 露出していく男の内臓を見ながらマクウェンは事の真意をニコライに尋ねた。疑問に持つのが当然のようにその内臓
は一般に思われているような人工物は無く、少し白くなりその機能を止めた見慣れた内臓が並んでいた。
「話によるとこいつは野ざらしになっていたそうだ。死因は不明。だからこうして俺がバラしているわけだ」
 言い終えるとニコライは手を止め,その手を死体の顔の前に置いた。
「それに強化人間には一般人とは違う決定的な特徴がある」
 そしてその閉じられていたまぶたを無理やり広げた。その目を見てマクウェンはヒッ、と小さく悲鳴をあげた。その目
はまるで彼を睨んでいる様に正面を見据えていた。死後三日経っているというのにその瞳は少しも濁る事無く金色のま
まだった。
 待てよ? 金色って……。
「先生、私は金色の目の人間なんて聞いた事無いですよ」
 マクウェンはその今だ自分を睨んでいる金色の目を睨み返しながらその疑問を口にした。いや,金色の目をした人間
は少なからずいないことは無い。しかし,ここまで金色という表現が確実と言える目を彼は見た事がなかった。その目
は中心の黒い瞳孔を中心に金色の瞳の部分に光沢を持った繊維のような線が走っているのだ。
 その最も質問にニコライはその眼球をメスの柄の部分で叩いて見せた。するとカンカンと硬い音が返ってくる。
「強化人間の目は完全な人工物だ。実際にそれを試すは初めてだけどな」
 自分の声をボイスレコーダーに録音しながら部下に説明を始めた。
「あくまで俺の知っている範囲だけどな,強化人間はあくまで人間なんだ。強化は内臓を人工物に置きかえる方法だけ
じゃ無い。他にもナノマシンで微妙な改造を施したり,まあ筋力強化剤を使った簡単なものもある。他にも色々あるだろ
うな。ただ、どの場合でも眼球の強化は不可能。以外に複雑に出来てるわけだな。だからこの<金色の目>が必要な
わけだ」
 一頻り説明するとニコライは再びメスを持った。
「随分詳しいですね」
 多くの医者が投げ出した強化人間の解剖。ニコライはそれを自然にこなしていく。いくらか警戒してもよさそうなのにメ
スをまるでいつもの手術の様に進めているのだ。彼はそれを半ば不信に感じていた。
「強化人間に関してはレイヴンの方が詳しいんだ。で,何の因果か俺にはレイヴンの知り合いがいる。そいつから聞い
たんだ」
 ニコライはそうとぼけて見せた。その知り合いとはデュライの事だろうか。しかし,レイヴンがその方面に詳しいとはい
えデュライは強化人間に関してそう詳しいわけでは無い。
「それよりも問題はその強化人間ともあろうものがなんで倒れていたかだ」
 ニコライは話題をそらし,作業スピードを速める。しかし,何故倒れていたかと言うのは確かに疑問であった。
「マクウェン,電子顕微鏡借りてこい」
 大体の解剖を終え,倒れた原因の目星のついたニコライは部下に指示を出し始めた。



 やはり俺の買ったリグとは大きさが違う。だいたいACを数機積み、幾つものパーツを備え,更に何人もの乗組員の
登場を可能にしている。どう考えても5000000コームで買える代物では無いだろう。まさに企業用というわけか。ビル
みたいにでかいリグだ。攻撃したことは無いがACでも完全破壊は骨だな。
 喫煙スペースには俺の他にも数人、オペレーターらしい人間もいれば整備士のような奴もいる。煙草飲みにとってリ
グは住み難い場所の様だ。
「そろそろ時間だな……。レイヴン,あんたもそろそろ準備した方が良いんじゃないか?」
 オペレーターらしい男が右腕の腕時計を見て煙草を灰皿に押しつけながら言った。今時珍しい針のついたアナログ時
計なのが俺の目からも分かった。というより俺の目線の位置の関係上覗きこむ角度になっているのだ。
「そうだな。煙草はACの中でも吸えるしな」
 とりあえずそういう事にしておく。俺は灰皿に煙草を折って放り投げるとそこを後にした。自動ドア。俺のリグとはやは
り値段が違うか。
 通路に出るとそこは狭いというのがまず感想になるだろう。船の中と同じだ。どんなに大きくても結局重要な部分に面
積を食われる。それでも俺のリグよりはいくらか広い。ただ、人とすれ違う度に体の大きい俺が不利な気がするのだ
が。
 格納庫。やはりここも俺のリグとは比較にならない大きさだ。2,3倍はゆうに超えているだろう。そしてデスズブラザ
ーは俺から見て一番手前で膝を曲げ,出番を待っていた。その奥には基本機体。既にレイヴンが乗り、電源を入れて
いるのかその「目」は緑色の光りを湛えている。そういえばテストレイヴンに会ったのはあの坊主が始めてか。確か,な
んとかバートだったか? どう見てもレイヴン向きには見えなかったが今はどうしてるんだかな。
 リフトからコックピットに乗り移る。中央の装甲板,そして左右の胸部装甲板。それがめくり上がりその中央にコックピ
ットがせりあがっている。俺はそのコックピットに身を預け、電源を入れる。真っ暗だったコックピット内は緑色で包ま
れ,メインモニタには今回のミッションの詳細と共に機体状況を示す数字が幾つも浮かんでくる。デスズブラザーの中量
コアは俺には少し狭い。それでも軽量コアに比べれば広いんだろうが。
 格納庫のリフトが上がっていく。どうやらミッション開始か。ハンガーから外れたデスズブラザーにリフトから覗く薄暗い
地下都市に向かわせて歩かせる。そうすれば別世界。俺達レイヴンの住みか戦場が待っているはずだ。



 廃棄された地下都市には不思議な共通点がある。それは必ずと言って良いほどテロリスト、またはその類の隠れ家
に使用される事だ。元々廃棄されるのは地下に地上から新鮮な空気を送ってくれるエアクリーナーが正常に作動しな
いからである。しかし何の因果か専門家がさじを投げたその修理がその隠れ人が行い、しかも成功させてしまうのはど
う解釈すれば良い事実なのだろう。少なくとも人が住める環境にしてくれた事に関しては感謝しても良い事であった。
「聞いてるか,テストレイヴン」
 デュライはデスズブラザーと並んでいる塗装のなされていない金属色のACに向けて言葉を発した。薄暗い地下都
市。レーダーにも視覚的にも敵の存在はまだ確認出来ない。それでもできるだけ機体を寄せ電波の傍受を防ぐように
している。
「聞いてるさ先輩。俺はどうすりゃいいわけ?」
 歳はデュライよりもずっと下の様だ。高くはないが低くもない。そういう声だ。デュライはそれを特に気にする様子も無
く必要な言葉を頭の中でまとめ文章にする。
「お前のノルマはこの地下都市に存在する勢力の殲滅だ。相手はMTだがお前さんのACの戦力は大したものじゃな
い。狭い地下都市だ。数はそれほどじゃないだろうが油断すんなよ。失敗しても泣く人間はお前だけなんだからな」
 そして言葉にしてそれを伝えた。
「おっしゃー!」
 その分かりやすい説明を聞いてテストレイヴンはやる気を出したようだ。意味も無く大声を出しブースターを吹かし地
下の街並みを疾走する。基本機体に装備されているレーダーはデスズブラザーのものよりも優れている。よってデュラ
イには彼が敵を既に察知しているかどうかは知る事が出来ない。デュライはいつもの様に距離を離しながら事の成り行
きを見届ける。
しかしどうやら特に考え無しに突進したようだ。十字路にさしかかった所で左右からの機銃にさらされた。待ち伏せをし
ていたのだろう。狭く複雑な地下都市での常套手段だ。ワイルドグース,もしくはバードラか? デュライは遠めに目星
をつける。
 アーマード・コア,ACの装甲は通常の鉄板を打ちつけたようなちゃちなものではない。<多重多種層行型装甲>と言
われるいわゆるハイブリットアーマーだ。この装甲は様々な種類の特殊装甲が地層の様に幾つにも重なり合ったもの
で,まずは高硬度装甲,その下には衝撃,熱を吸収する半粉末硬化装甲が控えている。最初の高硬度装甲が受けた
ダメージはその下にある半粉末硬化装甲が吸収し外に逃がしてしまうのだ。詰まるところこの吸収される威力を上回る
威力を持つ攻撃のみがACに対する有効打となるのだ。これにより装甲が破損した場合も次の二重装甲が顔を出すの
だ。装甲の硬度を無視したエネルギー兵器も半粉末硬化装甲に熱を奪われ,やはり効果は薄い。当然この層が厚くな
ればなるほどその耐久性は高いという事になる。
 しかし、この特殊装甲はあまりにも重い。当然MTなどは一部的に採用する事しかできず,ガードメカなどは論外だっ
た。それでもACがこの多重多種層行型装甲を装備できたのにはやはり内骨格を持っているという兵器らしくない特徴
のおかげだろう。内骨格は常識では考えられない重武装を可能とし、更に衝撃の吸収など装甲と同じ役割まで果たし
ているのだ。ACを小火器で破壊するにはその装甲の無い関節部分を狙うか,もしくは比較的その装甲の薄い頭部の
光学カメラを狙うしかない。しかし,どちらの場合でもACの戦闘能力を低下させる事は出来ても完全破壊は不可能だ。
 とはいえ攻撃を受け続けて良いわけではない。たとえ衝撃を吸収できるとしても金属疲労は免れないし,当然その装
甲が薄い部分に命中する可能性も高くなる。そしてテストレイヴンはそれを体現している様に窮地に陥っていた。四方
をワイルドグースに取り囲まれ,その装甲に機銃を受け続けているのだ。よく見れば右膝から闇と同じ色の煙が吐き出
されており,もう少しで火を吹くだろう。ブースターで離脱しようにもあまりにも数が多くどこに移動しようが囲まれている
のと同様だった。具体的な数はわからないが火線の本数を見れば10機は下らない。それでもACの能力を考えれば苦
労する相手ではないはずだ。
 赤いブレードがワイルドグースは切り裂いた。コックピットのある砲台を脚から切り離され爆発する。しかしその後ろで
はワイルドグースが動きの止まったACにロケットを連射している。音速の炸裂弾はACの装甲にも大きなダメージを与
えることができる。そして既に致命傷ともなっていた。右膝からは赤い炎が吹きあがり,命令を受けつけていないよう
だ。
「駄目だな」
 デュライはデスズブラザーの管理火器をミサイルに換えながらリグに通信を入れた。
「俺が敵の殲滅をした場合の報酬はどうする?」
 既に見切りをつけ交渉に入った。彼はテストレイヴンの監査を多く受け持つ。慣れているのだ。こういう事には。
『数は多くない。残弾も多くは無いだろう。MT一機600コームだ。当然監査分も上乗せしよう』
 少し間を置いて女性オペレーターの声が返ってきた。どういうわけかデュライには聞き覚えのある声なのだが気には
しない。どうせ航空機なり前の監査なりで聞いた声なのだろう。レイヴンならよくある事だ。
「まあ、それぐらいが相場だな。了解だ」
 デュライは少し残念そうにデスズブラザーの火器をグレネードに換えブーストダッシュで距離を詰める。中型ミサイル
は一基705コームであるため一機あたり600コームでは105コームの損となるのだ。ならば少々値が張るがグレネー
ド弾2,3発で一気に殲滅したほうがいくらか安く済む。無理に接近戦を挑んでも狭い地下都市では機銃の回避は難し
いため装甲の交換代がかかってしまう。
 基本機体のACがその場に倒れこむ。度重なるダメージに装甲の前にジェネレーターが先に悲鳴を上げたのだろう。
機体状態を維持する最小限の出力も出すことができず,パワーが落ちたのだ。
「レイヴンズテストの失敗を確認。攻撃開始」
 それをきっかけにデュライはレーザーサイトでグレネードを発射させた。目標はMT群の中央、ACだ。ランチャーから
吐き出された砲弾は赤く炎を吹き上げ辺りを赤く照らしながらその倒れこんだACに吸いこまれた。
 爆発。
 ACに積まれていたジェネレーターはその出力が不安定でも爆発物としては十分過ぎるほどのエネルギーを持ってい
た。グレネード弾の爆風の後それを追う様に更なる爆発。それはACを取り囲んでいたワイルドグースの装甲を焼き、
吹き飛ばす。衝撃は空気を通して辺りに伝わり、赤く照らされたビルは窓からガラス片を吐き出す。アスファルトは海の
様に波立ち、粉々に砕けた。
 爆発が収まる。辺りにはまだコンクリートが降り続いているが気にせずに歩き出した。レーダーには赤い点が一つ。ど
うやら奇跡的に助かったか距離を離していたようだ。散乱するMTの装甲。INDIESの文字は見受けられない。見えな
いだけかも知れないが戦力が大した事の無いのは決定的だった。
 交差点は爆発で窪地になっている。レーダーの反応はその右。動きは無い。デュライはデスズブラザーを急加速させ
一気に肉薄する。マシンガンの銃身の先でロックサイトが展開し目標を捕らえる。目標は二つ。ワイルドグースとそのコ
ックピットから姿を現し両手を振っている。ACのバイオセンサーは人間まで目標と認識しているのだ。
「MTの一機が投降しようとしてるがどうする?」
 さすがに姿を現している相手には攻撃する気はしない。それにMTを見る限りインディーズのものではないようだ。そ
こでデュライは判断をコンコードに任せる事にした。
『すぐにそちらに向かう。パイロットにはMTから降りろと言ってくれ』
 意外にもその反応は穏やかなものだった。かまわん、という反応を予想していたデュライは表情を変えずに苦笑しな
がら外部音声をオンにした。



 いつものように二人は学校の帰り道を歩いていた。昨日とは違い、夏の空は薄暗い青に変わり、街に影を作る火は
ビルの向こう側まで傾いていた。歩道はコンクリートの灰色と建物がつくる黒い影がまるで模様のように不思議な雰囲
気を放っていた。歩く二人からも長い影が伸び、それも模様に溶け込んでいる。
「ジーノは今から私の家に来んの?」
 小さい影をつくるコヨミはこれからの事を友人に聞いた。一応誕生会はコヨミの自宅で行われる事になっているが、学
校の帰りであるしコヨミは確認してみるのだ。
「……とりあえず一度戻ろうかな」
 ジーノはそれに静かに答えた。しかしジーノの目線は何処か上の空で、その返事も少し間を置いてだった。そしてそ
れにはコヨミも気付いていた。少なくとも四年の付き合いだが、ジーノの意思がはっきりしないのは始めてだった。
元々,ジーノはあれで少し気難しい性格でケンカもしたし、落ち込んでいるのも見たが、今日のジーノはコヨミの知らな
いジーノだった。
「そっか、ロジャーさんに送ってもらえればすぐに着くよな」
 コヨミはできるだけ明るく努める。親友としてもせっかくの誕生日にこれではあまりにもかわいそうな気がしてならな
い。しかし,その言葉にジーノがあっ,と声を出したのをコヨミは見逃さなかった。
「……もしかしてロジャーさんとケンカしてるとか?」
 そして自分の思った事をそのまま言ってみた。
「ジーノのが謝れよ〜? こういうのって決まって悪いのあんたなんだからさ」
それは冗談で言った言葉だった。「それどういう意味?」。そして半分笑った顔で怒り始める。これがコヨミの考えていた
いつもの反応だった。
「そっかな……」
 ジーノはその冗談に付き合うどころかそうとも気付かずに顔をうつむけてそう言った。どうでも良いような,そして半分
諦めているような,そういう顔で。
 本当にどうしたのだろうか。どう考えてもあのロジャーがジーノとケンカをするとは考えられない。ジーノが一方的に突
っかかっているのなら話がわかるが先程の反応でそうではない事が分かる。ねえ,ジーノ。ここまで出かかるがそれ以
上何を言えば良いのか分からなかった。そうこうしているうちに二人の帰り道は二つに分かれた。ひとつは住宅地,もう
ひとつはガレージに。
「一応言っとくけど絶対に来いよ」
 そう言ってコヨミは自宅への道を歩いて言った。ジーノはそれに小さく手を振って応える。そしてひとりで信号の色が赤
になるのを待っていた。カウヘレンは工業都市ではないため,ACやMT,ガードメカなど巨大な物を運ぶ大型輸送車の
交通量は比較的少ない。それでも治安の良さは当然人口の増加をもたらし,その結果,交通量は増加する。そのため
信号の変化は緩やかで短気な者なら地下の通路を通って行くだろう。しかし,ジーノにはそれが短く感じられた。気付け
ば信号が変わっていた。そんなかんじだった。
いつものように横断歩道の白い部分だけをを踏みながら一人の帰り道を進む。ガレージに近づくほどその交通量は少
なくなる。歩道には植えられた木々が風に揺られ,アスファルトの模様をランダムに変化させている。
「ただいま」
 大きなガレージのシャッターを潜り誰ともなく自分が帰ってきた事を伝える。そこはいつものようにうるさい作業音が響
いている。ただそこにフエーリアエの姿は無く,換装されているのは他のレイヴンのACのようだった。
「ん? ジーノ,コヨミん家に行くんじゃなかったのか?」
 てっきり今日は遅くなるのだろうと思っていたバーメンタイドがどうしたのだろうと話しかけた。いつもならば作業を優先
するところだがさすがにそういうわけにもいかない。
「おじさん……」
 しかしジーノはその質問には答えずにフエーリアエがいた場所に顔を向けた。そこにはそう,その姿は無く,フエーリ
アエを吊り上げていたクレーンが残っているだけだった。
「ああ,フエーリアエか?」
 その様子からジーノの聞きたい事は想像がついた。しかし言って良いものかとバーメンタイドは自分の頭をかいた。こ
れは困った時の彼のクセだった。いつのころからこんなクセがついたのだろうか。おそらくはジーノを預かった頃からだ
ろうか。
「結局頭しか使えなかった。左脚の推進力を伝えるノズルも逆流した時に焼けてどうしようもなかったからな。頭は倉庫
に置いてある」
 結局事実しか伝えることが出来ない自分が情けない。一応姪を預かり,ガレージの親方をしているがまだ彼自身、人
として完成しているわけではない。彼もまだ30を数えまだ数年も経っていないのだ。
「そっか」
 そしてただいまと言い直すとジーノは自室に帰っていった。
このガレージには三人の人間が住んでいる。一人はここでガレージの親方をしているダイン・バーメンタイド。もう一人
はその姪で整備士とともに学生であるジーノ・イルイラ。そしてもう一人は最近住み始めたお人好しのレイヴン,ロジャ
ー・バート。彼らはACの換装が行われるメインガレージの吹き抜けになっている二階に並んでいる部屋である。他の整
備士も時々使うのだが休むにはそこはあまりにもうるさい。ここに住むには耳栓が欠かせないのだ。
『ロジャーは外出中です』
 そう刻んであるプレート。いつの間に作ったのかわからない木製のプレートだ。何処で手に入れた板なのだろう。裏返
してみると、
『ロジャーはこの中です』
 何か間違っている気がする。でもジーノにそれがロジャーであるような気がした。鍵もかけずにこんなものを掛けてい
たら泥棒に入ってくれと言わんばかりだというのに。
 ジーノはドアノブに手を掛けた。なぜかは彼女自身も分からなかったがその他に何もする事が思い付かなかった。ロ
ジャーの部屋は本が目立つ。四角の狭い部屋にはベッドととりあえずついているようなアルミの机があり,その机の上
には彼の本が積み重なっている。ロジャーの割りにはあまり綺麗に整頓されていないのは意外だった。昨日ジーノが置
いた表紙の無くなった雑誌もその中に埋もれてしまいそうだった。
「あれ?」
 ジーノは一冊の本に挟まっているものを見つけた。枝折りに使っていたのだろうか、分厚い推理小説だ。主人公がギ
ャングの男たちに銃を向けられている所に挟まれている。
 それは写真だった。栗色の髪の少年を中心にその両親が挟むように立っている。その少年は間違い無くロジャーだ。
今と変わらず人懐っこい笑顔をしている。その父親は丸い眼鏡を掛けて穏やかに微笑みながらロジャーを見ており,母
親も一緒に微笑みながら少年のロジャーの肩を抱いていた。幸せそうな光景。この中にこれから起こる出来事を予想
できた人がいたのだろうか。公園の大木を背景に笑顔を向けている家族が死に別れてしまう事に。
それを見ているうちにジーノは少し気になる事に気がついた。栗色の髪のロジャー。その両親は二人とも金髪なのだ。
しかしよく考えて見ればおかしい事でも何でも無い。ロジャーの祖父か祖母が栗色の髪をしていたのだろう。
 ジーノは写真をもとに戻し,自室に戻った。そのドアに掛けられたプレートは『ロジャーはこの中です』のままになって
いた。



 テーブルにはたくさんの料理が湯気をあげていた。その中心のスパゲッティが赤い色を目立たせている。
「これほんとにコヨミが作ったの?」
 ジーノはそれに素直に驚いた。コヨミが料理ができるというのは知っていたが実際に見てみるとそれも慣れたもので
あることがわかる。まるであいつみたいだ、とつい思ってしまうがそれは心に閉まっておく。折角の誕生日だ。楽しまな
ければ。
「親無しで育てばこんなもんだって」
 コヨミがそれに素っ気無くこたえた。実際には親がいないわけでは無く,両親共に仕事で帰る事が少ないだけなのだ
が。
「おまけに成績優秀でスポーツ万能。羨ましいね」
 特に成績に関してはジーノと同じ学校にいるのが不思議なくらい優秀だった。逆にジーノが無事に学校生活を送れる
のは単にコヨミのおかげである。
「私はそれを全部捨ててでも人並みの身長が欲しいね」
 食器を並べながらコヨミが皮肉っぽく言う。
「今なんセンチだっけ?」
「ひゃく……よんじゅう」
「ほんとは?」
「いいだろ、もう」
 これ以上自分を小さくされては堪らないとコヨミは強制的に話を止めた。それでもジーノがいつもの調子なので安心し
た。先程みたいな調子ではどうしても気まずくなるだろう。助かった。正直コヨミはそう思った。
「先に食べちゃおうよ。冷めちゃうとおいしくなくなっちゃうし」
 既に並べ終わった料理を前にしてジーノが言う。ジーノにしてみれば久しぶりのご馳走だろうか。いや,あってもただ
食べようとしなかっただけだが。
「ん? どうした?」
 ジーノはコヨミが不思議そうに自分を見ている事に気付いた。
「どうしたって……、いいの?」
「なにがよ?」
 何の事だか分からず質問に質問で返した。しかし全く心当たりが無いわけではない。むしろ自分の考えないようにし
ている言葉が出てくるのではないかと不安だった。
「何って,まだロジャーさん来てないじゃん」
 やっぱり……。できるだけ意識しないようにとしていたがやはり名前があがってしまうとどうしようもない。心に閉まって
いたものが次々に溢れてくる。
「いいよ。多分来ないし」
 ああなってしまっては助かるはずがない。
「死んでるよきっと」
 もう止まりそうになかった。
「レイヴンになんかならなきゃ良かったのに。あのバカそういうの人一倍嫌いなくせしてどうしてレイヴンになんかなった
んだろうね。何かを守りたいなんてレイヴンじゃなくてもできるのにさ。ほんとバカだよ。自分も守れないんじゃ意味無い
のに」
 そこまで言うともう言葉は出なかった。代わりに出てくるのは涙。そしてレイヴンではなく、知り合いを失った事による
悲しみがそれ以上に体中に溢れてくる。肩を震わせ、目を閉じる事もできずにずっと自分のつま先を見ていた。
 コヨミはそれを見ている事しかできなかった。いくつもの驚きで彼女自身もうごく事が出来なかった。ロジャーが本当に
レイヴンであった事。彼が死んだらしい事。そしてジーノがその事で泣いている事に。
 あたりに流れる沈黙,アナログの掛け時計の針の音がやけにうるさく感じられる。しかしインターホンの音がそこに鳴
り響いた。
「はーい」
 弾かれたようにコヨミは正面玄関に走っていった。
『いや,ごめん! よく考えたらコヨミちゃん家わかんなくてさ。ちょっと道迷っちゃって』
 それは聞き覚えのある声だった。少し高めでよく通る声。少しの悩みも感じさせない屈託の無い喋り方。どれも随分と
懐かしいものに感じられた。その声は少しずつ近づいてきた。コヨミの声も混ざり,その家は今までが嘘の様に賑やか
になっていく。ジーノは二人がまだ着かないうちに手で涙を拭いた。
「こんばんはー。遅れちゃったね」
 それは間違い無くロジャーだった。唇を切り,そこを縫った後が痛々しい。長袖のシャツからも手首まで伸びるテーピ
ングが覗いていた。しかし間違い無く彼はロジャーだった。栗色の髪に張り付いたような笑顔。それは変わっていなかっ
た。
「久しぶりだね」
「うん」
 ジーノはいつもの調子のつもりだったがロジャーはその目が少し赤いのに気がついた。そして心配そうに目を細め
る。
「心配させちゃった?」
 その言葉にジーノは手のひらをヒラヒラさせた。
「全然」
 そっか……,そしてうんうんと頷く。それで全てが済んでしまった。
「はーい,パーティーはやり直しー」
 いつまでもそうしている二人にコヨミは手を叩いて宣言する。料理は少し冷めてしまっているがまだ大丈夫だろう。
「そうだ,これがジーノちゃん誕生日おめでとうケーキです」
 ロジャーは思い出したように自分が持っていた白い箱からそのケーキを取り出してテーブルに置いた。それは白いク
リームがのっているごく普通のケーキだった。しかしよく見てみるとクリームと一緒に色々なフルーツがスポンジに挟ま
っている。
「ロウソクも持ってきたよ」
 そしてはい、とそのロウソクの入った袋をジーノに渡した。透明のビニールには白いロウソクが入っている。ジーノが
それを一本一本白いクリームに差していく。そして気がついた。
「一本足りないけど」
 現在ケーキの上には10本のロウソクがあり、袋の中には5本のロウソクが残っている。
「なに言ってんの。ちゃんと15本持ってきたよ?」
 ロウソクの本数を数えながらロジャーは不思議そうに言う。そしてそれがちゃんと15本ある事に安心した。
「今日16なのあたし」
「あ! そっか!」
 この間まで15と聞かされていたという事はその次の誕生日には16になる。なるほど。ロジャーは納得した。しかしジ
ーノは納得するわけにはいかない。
「どうすんの足りない分」
「あ、だったらコヨミちゃん家のやつを貰って」
「うちには無いですよ」
「じゃあ外に行って枯れ枝でも探してみよう」
「バカ?」
「一本ぐらい無くても良いんじゃないの?」
「そうもいかないわよ。15本あったら16本無いと中途半端でしょ」
「そうだよなぁ」
「じゃ,ロジャーさんが買ってきたら?」
「……簡単過ぎて気がつかなかった」
 結局ロウソクを買いに行く事無くその場は収まった。しかしロジャーはその後この事でからかわれる事になる。



 ニコライは電子顕微鏡を覗きながら書類にそれをスケッチしていた。医者というよりはその姿は科学者の様だった。
「やっぱりナノマシンになにかしら異常があったみたいだな……」
 その言葉の通り,赤血球ほどのナノマシンはまるで癌細胞の様にひとつに固まってしまっていた。これが何を意味す
るのかはニコライにも分からないがそれが死の原因である事は容易に想像がついた。
 結局あの後も『金色の眼』とナノマシン以外の人工物は見つからなかった。どうやらこの強化人間はナノマシンで間接
的な強化が施されたのだろう。
 強化人間手術は大破壊以前の技術によって行われる。それはドーピングのような軽いものでは無く,いわゆるサイバ
ネティック技術を用いるものだ。それがどういうものかは今でも明らかにはなっていない。と言うのもかつてはレイヴンズ
ネストが多額の負債を抱えてしまったレイヴンに対し,その負債を帳消しにするという条件で強化『実験』を行っていた
のだ。その生存率は1パーセントにも満たなかったらしく,現在ではその実験の生き残りは存在しない。また,そのかつ
ての強化人間手術も本当にサイバネティックなものであったかも現在では知る術は無く,まるで大破壊以前の出来事で
あるようにその真相は深く失われてしまったのだ。現在行われている強化人間手術はその技術の残像を行っているに
過ぎない。
「しかし,本当に強化人間は『金色の眼』なのか……」
 ニコライは外された『金色の眼』をビーダマを覗くように睨んでいた。見れば見るほど精巧にできている。金色は信号
の伝達を早めるためだろうか。
「どうしたんですか?」
 その眼を離さずにしているニコライの様子に気付きマクウェンが声を掛けた。髪と同じ色の黒い眼を眠そうにこすりな
がら。結局深夜まで付き合わされたのだ。
「いや,気にならないわけでは無いんだが……」
 そう言いながらもその眼を離そうとしない。
「(デュライはあの女の眼は青いと言っていた。強化人間の眼が皆この金色の眼ならその女は強化人間ではないという
事になる)」
 いつまでも頭を離れない疑問に駆られながらもその眼を離さない。
「どういうことだ……」
 ニコライは頭の中での憶測が崩れていくのを感じていた。


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 テストレイヴンに貸し出される初期機体。特別扱いがされる事は無い。

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